File13:黒馬幻妖

文字数 3,543文字


(やった……!)

 ローラは思わず心の中で喝采を上げる。だが次の瞬間には、目を疑うように表情を硬直させる羽目になった。

『クハハハハ……』

 斬り飛ばされたシモンズの馬頭が、空中で制止していた。そして首だけで嘲笑うように耳障りな笑い声を響かせている。悪夢のような光景だ。

 そしてそれだけでなく、首を失った胴体が何事も無かったように動き出し、女性に対して殴りかかってきたのだ。

「ぬぅ……!?」

 女性は咄嗟に反応し、再び攻撃してきた腕を斬り飛ばす。だがその腕もやはり空中で制止した。そして何と腕だけになっても、空中を飛びながら女性に襲い掛かったのだ!

「な……!」

 女性は慌てて曲刀を薙ぎ払うが、腕は素早い挙動で斬撃を回避。鋭い鉤爪で女性を引き裂こうとする。それだけでなく最初に切断された右腕も浮き上がると、空飛ぶ左腕と切り結んでいる女性の背中を貫かんと迫る。

「あ、危ないっ!」
「……ッ!」

 ローラの警告に反応した女性が横っ飛びに奇襲を躱す。だが2本の腕は変幻自在に空中を飛び回り女性を翻弄する。

「おのれ!」

 女性は忌々し気に唸ると、腕を躱しつつ『本体』と思われる馬頭目掛けて突撃。今度はその頭を縦に両断した。しかし……

『クハハ……』
「な……馬鹿な!」

 何と馬頭は縦に分断されながら、尚平然と笑っていた。そしてあっという間に元通りにくっついてしまった。絶句する女性だが、その間に浮遊する両腕と、首と両腕を失った『胴体』が突進してきた。

「……ちっ!」

 女性は舌打ちして曲刀を薙ぎ払い腕を牽制。返す刀で突進してきた胴体を、やはり縦に両断した。

「……っ!」

 だが胴体もやはり両断されてもなんら痛痒を覚えた様子なく動いている。いや、それどころか……


(な、何なの……!?)


 ローラは何度目になるか解らないまま目を疑った。縦に分断された胴体がそれぞれ(・・・・)再生して、2体の馬の怪物がそこに出現していたのだ。勿論最初の両腕と馬頭はそのままに。つまり敵が3体(・・)に増えたという事。


『クハハ……』『無駄、無駄』『死ね、死ね』

「ぬぅ……こ、これは!?」

 悪夢のような面妖な光景に、流石の女性も動揺して後ずさる。その額に冷や汗が伝う。だが敵は容赦なく襲い掛かってくる。

「ちぃっ!」

 女性は再び二刀を×の形に構える。あの閃光を使う気だ。

「نور فلش!」

 ローラの予想を裏付けるように、女性の身体から強烈な光が迸った。襲い掛かって来ていた3体の怪物は残らず閃光を浴びた。だが……

『効かぬ、効かぬ』
「うっ……!?」

 何とジャーンには効果抜群だったあの閃光が全く効いていなかった。何事もなかったように怪物達は女性に攻めかかる。閃光が効かなかった事に動揺する女性だが、それでも果敢に反撃して、襲い掛かってきた2体の馬の怪物を両断した。


 しかしその怪物達は更にそれぞれに再生してしまい、敵は5体(・・)になってしまった。


「ば、馬鹿な……どうなっている!?」

 女性の顔に隠しきれない焦燥が浮かぶ。敵の数が更に増えた事で、防戦一方になる女性。しかし馬の怪物の動きはジャーンのそれよりも速く、かつ変幻自在だ。女性は敵の攻撃を必死に躱し続けていたが、浮遊する腕の一本が女性の僅かな隙を突いて、鉤爪が遂にその身体を捉えた!

「がぁっ!?」

「あ……!」

 鮮血が舞った。その光景を見たローラは息を呑む。

 女性の鎧は大きく肌を露出した、防御面という意味では著しく性能の劣った『鎧』である為、その鉤爪はまともに女性の背中を抉った。痛々しい赤い切り傷が走る。

「うぐぅ……!」
 女性が苦痛に顔をしかめて呻く。馬の怪物達が嘲笑う。


『クハハハ、どうしたのだ、さっきまでの勢いは?』
『これがあのお方より授かった力だ』
『人間如きが……』
『死ぬがいい、死ぬがいい』
『殺す、殺す、殺す、殺す……』


 傷を負って動きの鈍った女性を更なる追撃が襲う。女性は肉体的には尋常な人間であるようで、ミラーカのように多少の傷など物ともしないで全力戦闘を継続するという訳にも行かないようだ。

「くそ……!」

 女性はそれでも必死に敵の攻撃を躱すが、徐々に躱しきれない攻撃が出始め、腹部や太もも、上腕部など露出した部分に掠り傷が増えていく。掠り傷とはいってもその度に失血量も増えて、更に動きが鈍くなっていく。悪循環だ。

 このままでは女性は負ける。ローラはそれを悟った。

 このような能力を持った敵はローラとしても初めてだ。ここにいたのがミラーカだったとしても、やはり同じように追い詰められていたのではないだろうか。そう思える相手だった。


(ど、どうすればいいの? このままじゃあの人が……! 私に何か出来る事は……)

 ローラは必死に頭を回転させた。彼女のこれまでの経験上(・・・)、どんな怪物にも弱点は存在しているはずだ。完全無欠の存在などあり得ない。少なくともジョフレイ市長の部下(・・)にしか過ぎないシモンズに、そこまで万能の力があるとは思えない。

(……! そう、シモンズ(・・・・)だ……!)

 面妖な能力と光景に気を取られて失念していたが、あの馬の怪物の正体はシモンズなのだ。そしてローラも一度シモンズに攻撃している。しかしその時も攻撃は効かなかった。何故(・・)効かなかった?


 ――無駄だよ。そこに映っているのはただの幻影だ。解りやすく言うと実体のあるホログラムのような物だ。


「――っ!!」

 不死身の怪物のカラクリが読めた気がした。あの怪物は女性の閃光をまともに浴びても傷一つ負わず、怯む事さえしなかった。何体ものジャーンを吹き飛ばし灼いた威力からしても、全く怯まないというのは不自然だ。ヒントは既にあの時に提示されていたのだ。

(見極めろ……! 奴は彼女を襲う事に夢中になって私達の事を忘れている。ならどこかに『粗』を出すはず……!)


 一旦冷静になると、これまで幾多の怪物達と(まみ)えてきた経験が、彼女に活力と洞察力を与えた。


(……あの怪物達の動きと精度からして、この倉庫内のどこか……かなり近く、かつ戦いの場を俯瞰出来るような……)

 その視点で注意深く視線を走らせると……

「……!」

 倉庫の隅に、二段に積み上がったコンテナの上。天井の隙間から差す月明りがその場所で僅かに歪んでいるように見えた。いや、注意深く観察しないと解らない程度だが、間違いなく不自然に歪んでいる。

(見つけた……!)

 ローラは膝枕していたリンファの頭をそっと床に降ろすと、片膝立ちの姿勢になってデザートイーグルを構えた。そして慎重に照準を合わせると、迷う事無く引き金を引いた!


 ――ドウゥゥゥンッ!!


 重い銃声が響き渡る。怪物達に一方的に攻められ、掠り傷だらけになって片膝を着いて喘いでいた女性が思わず振り向いた。

 だが女性に追撃が降ってくる事はなかった。それどころか全ての馬の怪物達の動きが止まった。同時に怪物達の輪郭がぼやけて消滅していく。

『お、お……き、貴様……!』


「こ、これは……一体?」

「あそこ! コンテナの上よっ!」
「……!!」

 突然の事態に戸惑う女性に、ローラは鋭い声で銃弾を撃ち込んだ地点を指し示す。そこに……透明化の解けた馬の怪物がいた。しかしその胸の辺りに大きな銃創が穿たれており、激痛に悶え苦しんでいた。間違いない、あれが本体(・・)だ。そして本体は不死身でも何でもない。

「……そういう事か!」

 女性もようやくシモンズの能力を察したようだ。傷だらけの身体に鞭打って立ち上がる。そして曲刀を構えると、気合の叫びと共に一気に跳び上がってシモンズに斬りかかった!


「うおおぉぉぉっ!!」
『……ひぃぃ!?』


 マグナム弾をまともに喰らって呻いていたシモンズは、迫りくる女性の斬撃に対処する余裕は無く恐怖に悲鳴を上げる。女性が光り輝く曲刀を一閃。

『……!』

 斬撃は狙い過たずシモンズの首を切断した。今度は空中で止まる事もなく、刎ね飛ばされた首がクルクルと宙を舞って床に落下した。同時に力を失った胴体もゆっくりと横倒しになってコンテナの上から転落した。

 その顔と身体が元のシモンズの物に戻っていく。そしてそれも数瞬の後には、ボロボロと崩れて塵になって風化してしまった。市長の手下……霊魔(シャイターン)となったシモンズの最後であった……
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