File10:有力な手がかりと新たな仲間
文字数 3,861文字
「……何か予想以上の大事って感じね。いや、勿論人外の怪物が暴れ回っているのも大事ではあるんだけど……」
「ええ、その通りよ。黒幕の事はさておいても、今は実際に街や市民に被害を及ぼしている『エーリアル』を何とかしなければならないわ」
「……『エーリアル』がUMAだというのは知れ渡っているけど、こいつもやっぱり人外の怪物……一連の事件に関係があるのね?」
「私とミラーカはそう睨んでいるわ」
「…………」
ナターシャは何かを考え込むような姿勢になった。やがて顔を上げる。
「……オフレコで構わないんだけど、『エーリアル』に関して警察の捜査はどこまで進んでいるの?」
「はっきり言えば、殆ど進展らしい進展はないというのが現状ね。やはり闇夜に紛れて空を飛び回るという性質が厄介で、行動範囲やルートなどが全く絞り込めていないのよ」
それが一番頭の痛い問題であった。
「街の北部で起きた連続失踪事件との関連で、エンジェルス国立公園が怪しいとは言われてるんだけど、あの広い森林地帯を山狩りするというのも現実的じゃなくてね。そこにいるとは限らないし……」
それにローラ自身が遭遇した『エーリアル』の事を思い返せば、中途半端に山狩りなどすれば、万が一遭遇した時に甚大な犠牲を払う事になるだろう。しかもそれで確実に討伐できるという保証が無いのだ。
状況は総じて芳しくないと言える。しかし手をこまねいていては、また新たな事件が起きるのは確実だろう。何か現状を打破する情報が欲しい所だ。
「なるほど。警察も手詰まりって事ね。だったら……協力できる事があるかも知れないわ」
「えっ?」
ナターシャはバッグの中から何枚かの写真を取り出した。それはズタズタに破壊された何かの建物だった。色々なアングルから撮られた写真のようだ。
「……これは?」
「ラムジェン社の事は知ってる?」
「あのバイオテクノロジー企業の? ……ええまあ、世間一般レベルの事なら。確か製薬会社としての側面もあって、新薬の治験なんかも積極的に行っているはずよね」
「そう、そのラムジェン社よ。これはラムジェン社の所有する『保養所』の写真なんだけど」
「保養所……? あっ! 確かちょっと前に爆発事故 があって、CEOが亡くなったとか……」
ナターシャは頷いた。
「まさにその『保養所』よ。で、この写真は『事故』からそう日が経たない内に忍び込んで撮影したものよ」
「な、何でそんな事を……?」
「記者っていうのはあなた達警察とは違って、常に事件のネタが無いかアンテナを張り巡らせている物なのよ。で、私はこの『爆発事故』が明らかに怪しいと睨んだのよ」
「怪しい?」
「CEOを含めて16名もの人間が亡くなった大事故にしては不自然に扱いが小さかったのよ。TVだけじゃなく、LAタイムズ に於いてもね……。あなたも私に言われるまで忘れていたくらいにね。担当記者や上 に問い合わせてみても皆ダンマリ。これは絶対に何かあると思って独自に調べていたんだけど当たりだったわ」
ナターシャは写真を指差した。
「見て。この写真なんか、『爆発事故』にしては不自然だと思わない? 柱や壁はまるで鋭利な刃物で切断 されたかのような破損があちこちに見受けられたのよ」
「……!」
壁や柱を切り裂く程の鋭利な刃物 ……。心当たりは……ある。
「ま、まさか……?」
「不審に思って人の流れを調べてみたらこの『保養所』には、連日ラムジェン社の研究員達が通い詰めていたわ。日夜忙しいはずの研究員達が毎日保養所に通って何をしていたのかしらねぇ? そして『爆発事故』から殆ど日も空けずに会社の関係者達が大挙してやってきて、私が写真で撮ったような不自然な『痕跡』を粗方消していった。まるで本当の爆発事故に見せかける かのようにね」
「…………」
ラムジェン社保養所の『爆発事故』が報じられた日と、北部の連続失踪事件が起き始めた時期は重なっている。保養所に通い詰める研究員達。保養所に残されていた切断跡のような痕跡。そして痕跡を消し、マスメディアにも隠蔽工作を行う会社……。
(その『保養所』に、何か知られたくない秘密 があったのだとしたら……?)
色々と辻褄が合う。
ローラは顔を上げてナターシャを見た。
「……あなた刑事にだってなれるんじゃない?」
「よしてよ。私は記者が性に合ってるわ。で、この情報はお役に立ちそうかしら?」
「ええ……そうね。とても興味深い情報だわ。でも、何故? 折角集めた情報を無償で提供してくれた訳は?」
ナターシャは肩を竦めた。
「私だって一市民として、一刻も早い事件の解決を願っているのには変わりないわ。それにその『黒幕』の話を聞いた後なら余計にね。あなた達は正直に自分達の秘密を開示してくれた。なら私も情報の出し惜しみはフェアじゃないでしょ?」
「ナターシャ……」
「それに勘違いしないで。無償って訳じゃないわよ」
「え?」
ナターシャは少し人の悪そうな笑みを浮かべた。彼女はローラだけでなく、ミラーカの方にも視線を向ける。ミラーカはきょとんとした顔になる。
「ロサンゼルスの闇に巣食う人外の怪物達と人知れずに戦う女刑事と吸血鬼……。最高の題材じゃないの。理由は解らないけど、怪物達はあなたに引き寄せられるように姿を現す。それはつまりあなた達に付いていけば今後も似たような事件を間近で体験できるかも知れないという事でしょう?」
「そ、それは……」
ローラ自身極めて遺憾ながら、その可能性は否定できない。
「だから今後もあなた達を独占的に取材させて欲しいの。それがこの情報の『対価』だと思ってくれればいいわ」
それを聞いたミラーカが身を乗り出してくる。その口には……いつの間にか牙が伸びていた。
「ナターシャ。さっき も『忠告』したと思うけど、これは遊びじゃないの。相手は私でさえ及びも付かないような化け物揃いなのよ。興味本位の軽い気持ちで私達の側にいれば、必ず巻き込まれて死ぬ事になるわ。ローラの相棒達……それにFBIやロングビーチ市警の人間達がどうなったか知っているでしょう? それに取材ですって? あくまで私達の事を公にしようという気なら……」
「……ッ!」
ミラーカがスッと目を細める。彼女の周りの温度が数度一気に下がったような気がする。ナターシャは慌ててかぶりを振る。
「ま、待って、早まらないで! 取材という言い方は語弊があったわ。要はあなた達の行動の記録を取らせてもらいたいのよ。一種の手記みたいなものね。公に出来なくたって構わない。私自身が納得する為にも『真実』を記録して残しておきたいのよ。それに安易な好奇心なんかじゃない。私の中のジャーナリストとしての『魂』が訴えているのよ。『真実』をその目で見ろってね! 『真実』の為ならいつだって殉じる覚悟は出来てるわ。新聞記者を舐めないで頂戴」
ナターシャは顔色を青くさせながらも気丈にミラーカを睨み返した。しばらく睨み合っていた両者だが、やがてミラーカがフッと殺気を消して引き下がった。牙もいつの間にか見えなくなっている。圧力から解放されたナターシャがガクッと椅子に崩折れた。
「ミラーカ……」
「そんな顔しないで、ローラ。解ってるわ。ちょっと念を押しただけよ。彼女の覚悟を見たかったというのもあるけど」
「……私は合格かしら?」
テーブルに突っ伏しながらもナターシャは視線を上げてミラーカを仰ぎ見る。
「ええ、まあ及第点かしらね。ただし何かあった時にあなたまで守れる保証はない。それでいいなら私は構わないわ。後はローラ次第よ」
「そう、ね。正直市民をみすみす危険に晒す事には警察官として同意は出来ないわ」
「でも私は……!」
ナターシャが立ち上がり掛けるのを手で制する。
「ええ、解ってる。『真実』を知りたいというあなたの気持ちも、決して軽い物ではないという事もね。それに私自身、トミーやダリオ、そしてマイヤーズ警部補達の事を……彼等がどう生きて、どう死んだのかを、誰かが正確な記録として残してくれるなら、それは彼等の為にも良い事なんじゃないかって気がするのよ」
「ローラ……」
ミラーカの気遣わし気な声。ナターシャが目を見開く。
「それじゃ……」
「まあそれにここで認めずに、勝手に付き纏って死なれでもしたら寝覚めが悪いしね。今の私達に出来る範囲で良ければ協力させてもらうわ」
ちょっと照れくさそうに冗談めかして付け加えたローラに、ナターシャは感動してその手を思い切り握り締める。
「ちょ、ちょっと……」
「ありがとう、ローラ! ありがとう、ミラーカ! あなた達の許可なく公表するような事は絶対にしないと誓うわ! 共にこの街に巣食う闇の存在を……『黒幕』を必ず暴きましょう! 宜しく頼むわ!」
「え、ええ……こちら、こそ、宜しく? 頼むわ、ナターシャ」
ナターシャの勢いに押されるように引き攣った笑みで応じるローラ。その様子を見たミラーカが苦笑しつつかぶりを振る。こうしてローラ達にまた1人心強い(?)同志が加わったのであった……
「ええ、その通りよ。黒幕の事はさておいても、今は実際に街や市民に被害を及ぼしている『エーリアル』を何とかしなければならないわ」
「……『エーリアル』がUMAだというのは知れ渡っているけど、こいつもやっぱり人外の怪物……一連の事件に関係があるのね?」
「私とミラーカはそう睨んでいるわ」
「…………」
ナターシャは何かを考え込むような姿勢になった。やがて顔を上げる。
「……オフレコで構わないんだけど、『エーリアル』に関して警察の捜査はどこまで進んでいるの?」
「はっきり言えば、殆ど進展らしい進展はないというのが現状ね。やはり闇夜に紛れて空を飛び回るという性質が厄介で、行動範囲やルートなどが全く絞り込めていないのよ」
それが一番頭の痛い問題であった。
「街の北部で起きた連続失踪事件との関連で、エンジェルス国立公園が怪しいとは言われてるんだけど、あの広い森林地帯を山狩りするというのも現実的じゃなくてね。そこにいるとは限らないし……」
それにローラ自身が遭遇した『エーリアル』の事を思い返せば、中途半端に山狩りなどすれば、万が一遭遇した時に甚大な犠牲を払う事になるだろう。しかもそれで確実に討伐できるという保証が無いのだ。
状況は総じて芳しくないと言える。しかし手をこまねいていては、また新たな事件が起きるのは確実だろう。何か現状を打破する情報が欲しい所だ。
「なるほど。警察も手詰まりって事ね。だったら……協力できる事があるかも知れないわ」
「えっ?」
ナターシャはバッグの中から何枚かの写真を取り出した。それはズタズタに破壊された何かの建物だった。色々なアングルから撮られた写真のようだ。
「……これは?」
「ラムジェン社の事は知ってる?」
「あのバイオテクノロジー企業の? ……ええまあ、世間一般レベルの事なら。確か製薬会社としての側面もあって、新薬の治験なんかも積極的に行っているはずよね」
「そう、そのラムジェン社よ。これはラムジェン社の所有する『保養所』の写真なんだけど」
「保養所……? あっ! 確かちょっと前に
ナターシャは頷いた。
「まさにその『保養所』よ。で、この写真は『事故』からそう日が経たない内に忍び込んで撮影したものよ」
「な、何でそんな事を……?」
「記者っていうのはあなた達警察とは違って、常に事件のネタが無いかアンテナを張り巡らせている物なのよ。で、私はこの『爆発事故』が明らかに怪しいと睨んだのよ」
「怪しい?」
「CEOを含めて16名もの人間が亡くなった大事故にしては不自然に扱いが小さかったのよ。TVだけじゃなく、
ナターシャは写真を指差した。
「見て。この写真なんか、『爆発事故』にしては不自然だと思わない? 柱や壁はまるで
「……!」
壁や柱を切り裂く程の
「ま、まさか……?」
「不審に思って人の流れを調べてみたらこの『保養所』には、連日ラムジェン社の研究員達が通い詰めていたわ。日夜忙しいはずの研究員達が毎日保養所に通って何をしていたのかしらねぇ? そして『爆発事故』から殆ど日も空けずに会社の関係者達が大挙してやってきて、私が写真で撮ったような不自然な『痕跡』を粗方消していった。まるで本当の爆発事故に
「…………」
ラムジェン社保養所の『爆発事故』が報じられた日と、北部の連続失踪事件が起き始めた時期は重なっている。保養所に通い詰める研究員達。保養所に残されていた切断跡のような痕跡。そして痕跡を消し、マスメディアにも隠蔽工作を行う会社……。
(その『保養所』に、何か知られたくない
色々と辻褄が合う。
ローラは顔を上げてナターシャを見た。
「……あなた刑事にだってなれるんじゃない?」
「よしてよ。私は記者が性に合ってるわ。で、この情報はお役に立ちそうかしら?」
「ええ……そうね。とても興味深い情報だわ。でも、何故? 折角集めた情報を無償で提供してくれた訳は?」
ナターシャは肩を竦めた。
「私だって一市民として、一刻も早い事件の解決を願っているのには変わりないわ。それにその『黒幕』の話を聞いた後なら余計にね。あなた達は正直に自分達の秘密を開示してくれた。なら私も情報の出し惜しみはフェアじゃないでしょ?」
「ナターシャ……」
「それに勘違いしないで。無償って訳じゃないわよ」
「え?」
ナターシャは少し人の悪そうな笑みを浮かべた。彼女はローラだけでなく、ミラーカの方にも視線を向ける。ミラーカはきょとんとした顔になる。
「ロサンゼルスの闇に巣食う人外の怪物達と人知れずに戦う女刑事と吸血鬼……。最高の題材じゃないの。理由は解らないけど、怪物達はあなたに引き寄せられるように姿を現す。それはつまりあなた達に付いていけば今後も似たような事件を間近で体験できるかも知れないという事でしょう?」
「そ、それは……」
ローラ自身極めて遺憾ながら、その可能性は否定できない。
「だから今後もあなた達を独占的に取材させて欲しいの。それがこの情報の『対価』だと思ってくれればいいわ」
それを聞いたミラーカが身を乗り出してくる。その口には……いつの間にか牙が伸びていた。
「ナターシャ。
「……ッ!」
ミラーカがスッと目を細める。彼女の周りの温度が数度一気に下がったような気がする。ナターシャは慌ててかぶりを振る。
「ま、待って、早まらないで! 取材という言い方は語弊があったわ。要はあなた達の行動の記録を取らせてもらいたいのよ。一種の手記みたいなものね。公に出来なくたって構わない。私自身が納得する為にも『真実』を記録して残しておきたいのよ。それに安易な好奇心なんかじゃない。私の中のジャーナリストとしての『魂』が訴えているのよ。『真実』をその目で見ろってね! 『真実』の為ならいつだって殉じる覚悟は出来てるわ。新聞記者を舐めないで頂戴」
ナターシャは顔色を青くさせながらも気丈にミラーカを睨み返した。しばらく睨み合っていた両者だが、やがてミラーカがフッと殺気を消して引き下がった。牙もいつの間にか見えなくなっている。圧力から解放されたナターシャがガクッと椅子に崩折れた。
「ミラーカ……」
「そんな顔しないで、ローラ。解ってるわ。ちょっと念を押しただけよ。彼女の覚悟を見たかったというのもあるけど」
「……私は合格かしら?」
テーブルに突っ伏しながらもナターシャは視線を上げてミラーカを仰ぎ見る。
「ええ、まあ及第点かしらね。ただし何かあった時にあなたまで守れる保証はない。それでいいなら私は構わないわ。後はローラ次第よ」
「そう、ね。正直市民をみすみす危険に晒す事には警察官として同意は出来ないわ」
「でも私は……!」
ナターシャが立ち上がり掛けるのを手で制する。
「ええ、解ってる。『真実』を知りたいというあなたの気持ちも、決して軽い物ではないという事もね。それに私自身、トミーやダリオ、そしてマイヤーズ警部補達の事を……彼等がどう生きて、どう死んだのかを、誰かが正確な記録として残してくれるなら、それは彼等の為にも良い事なんじゃないかって気がするのよ」
「ローラ……」
ミラーカの気遣わし気な声。ナターシャが目を見開く。
「それじゃ……」
「まあそれにここで認めずに、勝手に付き纏って死なれでもしたら寝覚めが悪いしね。今の私達に出来る範囲で良ければ協力させてもらうわ」
ちょっと照れくさそうに冗談めかして付け加えたローラに、ナターシャは感動してその手を思い切り握り締める。
「ちょ、ちょっと……」
「ありがとう、ローラ! ありがとう、ミラーカ! あなた達の許可なく公表するような事は絶対にしないと誓うわ! 共にこの街に巣食う闇の存在を……『黒幕』を必ず暴きましょう! 宜しく頼むわ!」
「え、ええ……こちら、こそ、宜しく? 頼むわ、ナターシャ」
ナターシャの勢いに押されるように引き攣った笑みで応じるローラ。その様子を見たミラーカが苦笑しつつかぶりを振る。こうしてローラ達にまた1人心強い(?)同志が加わったのであった……