File38:血の封印
文字数 4,737文字
「ゾーイ、あなた……!?」
「ローラ、ごめんなさい。ようやく
「……!」
終わった。
彼女達はメネスの封印方法の解読作業に当たっていたはずだ。それが終わったという事はつまり……
だが何故ゾーイがメネスの拠点を見つける事が出来たのだろう。ローラの疑問を余所に事態は動く。
「ほう……お前は……。自ら余に殺されにくるとは殊勝な心掛けよな」
ミラーカを吊り上げた体勢のままメネスが若干訝しむような表情になる。
「メネス……あなたを復活させてしまったのは私。だから私には……あなたを
そういってゾーイが取り出したのは小さなナイフであった。まさかあんな物でメネスと戦う気だろうか? 一瞬そう思ったが、何故かそれを見たメネスが顔色を変える。
「お前……まさか……!?」
メネスに構わずゾーイは
「……ッ!」「ゾーイッ!?」
ローラの悲鳴。ゾーイの顔が苦痛に歪む。彼女はナイフを捨てると、足元に置いてあった壺のような物に自らの血を注ぎ始めた。
「き、貴様……やめろ……止めぬかぁぁぁっ!!」
メネスがミラーカを放り投げると、その触手の先端を剣のように尖らせてゾーイの方に殺到させる。ただの人間である彼女では一溜まりもない。ローラが思わず絶叫しようとして――
「ふんっ!」
「……!」
ゾーイの前に突如割り込んできた黒い影によって、砂の触手が斬り弾かれた。それは以前にも見た事があるシルエット……
「ジョンッ!?」
既に黒い皮膜翼を広げて戦闘形態となったジョン・ストックトンであった。
ゾーイだけでなく、ジョンまでここにいる理由がさっぱり解らないローラ。だが苦し気に床から身を起こしたミラーカによってその疑問は氷解した。
「ジョン……あなた、私を追尾したわね……?」
「……申し訳ありません、カーミラ様。奴の居場所がどうしても解らず……ニックの提案です」
つまりミラーカに道案内をさせる事でメネスの元に辿り着いたという訳か。何という事を考え付くのか。
「邪魔だっ!!」
だがメネスが再び攻撃してきた事で思考は中断された。ゾーイを狙って再び砂の刃が迫る。ゾーイは手首から流れ出る血をひたすら壺に注いでいる。
「させるか!」
ジョンがサーベルを縦横に振り回して刃の付いた触手群を斬り払う。ミラーカすら上回るような凄まじいスピードだ。ゾーイへの攻撃を阻まれたメネスが苛立ちと共に怒りを露わにする。
「貴様も吸血鬼か! 小賢しい! もう余興は終わりだ! 余を怒らせた事を冥府の底で後悔するがいいっ!」
ゾーイがしている行動はメネスにとって相当の脅威であるようだ。なりふり構わなくなったメネスが……遂に
「……ッ!!」
一瞬の後、そこには時代掛かった豪奢な衣装に身を包んだ1体のミイラがいた。それと同時に奴から発せられるプレッシャー……『陰の気』が爆発的に膨れ上がった。人間であるローラやクレアにすら感じられる程の圧力で、ジェシカやヴェロニカは顔を青ざめさせ、大量の冷や汗が額や頬を伝う。
(これが……メネスの本当の力……!?)
ローラはかつて『サッカー』との決戦時に、一瞬だけ戦闘形態へと変身したヴラドのプレッシャーを思い出した。
『かあァァァッ!!』
変貌した声で奇声を発しながら、メネスの両手から大量の砂の刃が出現する。先端は鋭い刃でありながら鞭や触手のように自在に
「……ちぃっ!」
ジョンの舌打ち。さしものジョンも1人では防ぎきれない状況だ。圧倒的な手数と威力の前に押され気味になり、何本かの刃が遂に彼の身体を捉え、切り裂きながら弾き飛ばした!
「ぐおぉっ!?」
「ジョンッ!」
血を噴き出しながら部屋の壁際まで吹き飛ぶジョン。ローラは悲鳴を上げた。致命傷ではないようだが、これでもうゾーイを守る者はいない。魔力を大分吸い取られてしまったミラーカも、刀を杖代わりにようやく立ち上がった所だった。足もふらついており、到底ゾーイの救援には間に合いそうもない。
「ゾーイ、逃げてぇっ!!」
『無駄だ、逃がしはせん。お前は今ここで――』
メネスが何か言い掛けてゾーイに止めを刺そうとした時、ふいに彼女がスクッと立ち上がった。その手に持つ小さな壺には既に充分な血が満たされていた。ジョンは時間稼ぎの役を全うしたのだ。
『……ッ!!』
「メネス……終わりよ! ――! ――!!」
血の気の失せた青白い顔のままゾーイは、ローラには解らない言語で何かを叫びながら、壺に入っていた血をメネスに向かって盛大にぶち撒けた!
メネスは恐れ慄いたように砂の刃を引っ込めるが、一部の刃に血の飛沫が掛かった。すると……
『お……おぉぉ……!!』
その血が付着した部分の質感が変化し、まるで銅の塊のような色合いになる。そしてその変質は触手を伝って瞬く間にメネスの全身を覆い尽くしていく!
『馬鹿な……あり得ん! 余が全てを手にするのはこれからなのだ! 貴様に……貴様らなぞにぃぃぃぃっ!!!』
その叫びを最後に、メネスの全身が銅の色に変化した。後にはメネスの形をした一体の銅像が立っていた。
「い、今よ……メネスを……砕いてぇっ!!」
「……!」
ゾーイの言葉に反応したのはミラーカだった。彼女は苦し気ながら刀を構えると、メネスの銅像に向かって刃を一閃。
「…………」
皆が固唾を飲んで見守る中、メネスの銅像に横一直線の亀裂が走り……上半身が横にズレていく。支えを失った上半身は床に落下すると粉々に砕け散った。間を置かず下半身もその後を追うように亀裂が縦横に走り、同じように粉々になって砕け散った。
「あ……!」
同時にローラ達4人を拘束していた砂の枷が、只の砂に変わって崩れ落ちる。4人は一斉に磔から解放され、床に四つ這いの姿勢で這いつくばった。
「お、終わった、の……?」
クレアが顔だけを起こしながらメネスの
「ミ、ミラーカ、大丈夫……!?」
ローラは久しぶりに自由になった身体に鞭打って立ち上がり、残骸の側で片膝を着いて荒い息を吐いているミラーカの元へ駆け寄る。クレアはジョンに、ジェシカとヴェロニカがゾーイの方に駆け寄っていった。
「ロ、ローラ……ええ、何とかね……。あなたこそ無事で良かったわ。……メネスに何もされていないわよね?」
「えっ!?」
ローラはドキッとした。あの砂の触手の快感攻めが脳裏に甦る。あの快楽に思わず溺れそうになってしまった事も。
「……ローラ?」
「あ……い、いえ、何でもないわ。な、何もされていないわよ、勿論! その前にあなたが助けにきてくれたんだし」
「……ふぅん、まあいいわ。とにかく無事で何よりだったわ、ローラ」
「わ、私も……助けに来てくれて本当にありがとう、ミラーカ。でも……どうやってここに来たの? まさか脱獄してきたんじゃ……」
だとすると大変な事になる。別の懸念が浮かび上がるローラだったが、ミラーカがかぶりを振った。
「夜が明ける前に戻れば大丈夫だと思うわ」
「え……それって」
「ええ、また……例の『死神』が現れたの。あいつに教えられた病院跡に落とし物よ」
「……!」
そう言ってミラーカが差し出したのは、ローラのデザートイーグルだった。
「それが私をここに導いてくれたのよ」
「そう、だったの……」
銃を受け取ったローラは、ギュッとそれを握り締める。
「……ニックにも感謝しとけよ? この『作戦』はあいつが立てたものだからな」
「……それにナターシャと、あなたの可愛い相棒にもね。彼女達のお陰で解読出来たのよ」
「ジョン! ゾーイッ! 大丈夫なの!?」
既に変身を解いたジョンがクレアと共にやってきた。ゾーイもジェシカとヴェロニカに支えられながら歩いてきた。ジョンの方は胸に浅くない傷を負って血が流れ出ている。だがジョンは肩を竦める。
「ああ、このくらいなら問題ない。全く……自分の事ながら吸血鬼ってのは凄いモンだ」
「ジョン、過信は禁物よ。それとそのニックはどこにいるの?」
「あいつなら自分は
実際にはまだ自分の
一方、正真正銘普通の人間であるゾーイは、自ら切った手首の傷と失血の為に大分苦しそうにしていた。
「と、とりあえず応急処置だけはしましたけど、早めに病院へ行った方がいいと思います」
ヴェロニカだ。彼女はライフガードでありガールスカウトの経験もあるので、傷の応急処置くらいならお手の物のようだ。
「解ったわ。ありがとう、ヴェロニカ。……ゾーイ、大丈夫?」
「ええ……何とかね。でもまだ終わっていないわ。メネスは死んだ訳じゃない。あくまで『封印』しただけ……。
ゾーイはそう言ってメネスの残骸を見やる。
「…………」
その辺りの事情もヴラドと同じだ。ローラは今回の『バイツァ・ダスト』事件は、色々な面で妙に『サッカー』事件との符合が多い事が気になった。果たしてこれは偶然なのだろうか。
「……メネスは私が責任を持って封じ込めるわ。誰にも知られない場所に、ね」
ゾーイは青白い顔のままだが、しっかりとした口調で宣言した。ローラはその目を見て、彼女に任せても大丈夫だと判断した。
「ええ、お願いするわ、ゾーイ。全部終わったら一杯奢らせて」
「任せて、ローラ。楽しみにしてるわ」
2人の旧友は再会を約束し、固く握手を交わした。
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メネスの〈信徒〉達による集団テロ行為は市警や保安局の尽力もあり、夜明けまでには収束した。数百人に及ぶ死傷者を出した事件であったが、その後何の声明も発表されず世間的には謎の暴動事件として扱われた。
メネスが何の目的でこの暴動を起こさせたのかは、結局張本人が封印された事で真相は闇の中となってしまった。
暴動は勿論の事、『バイツァ・ダスト』による殺人も当然それ以降発生する事は無く、事件は未解決のまま終息を迎えた。これまでの事件と同様マスコミやネットで盛んに取り沙汰されたが、やはり今までと同様やがて新たな事件が街を騒がせるようになり、徐々に忘れられていった。
因みにミラーカに関しても、ジョンやローラの尽力及び弁護士の力によって冤罪が証明され、晴れて自由の身となった。
ミラーカの『出所祝い』は、ジェシカやヴェロニカ、ナターシャら主だった仲間達が集まっての華やかな物となった。ローラとミラーカはその夜、これまでの会えない時間を取り戻すかのように、互いに貪るように