File14:強襲

文字数 4,111文字

「さあて、準備は出来ている訳だけど、本当に来てくれる(・・・・・)のかな?」

 ニックの言葉にクレアも難しい顔で頷く。

「そうね……。『エーリアル』の知能がどれ程なのかはまだ解っていないけど、もし人間並みの知能を持っているとしたら、罠を警戒して現れない可能性もあるのよね」

「まあ来なければ来ないで『エーリアル』の知能が人間並みだという証明になる訳だが、これだけの部隊を動員しておいて得た成果がそれだけだったら、確実にネルソンの首は飛ぶだろうな」

 ジョンも同意するように頷いた。

「今頃来てくれるように祈ってたりしてね」

 ローラはその光景を想像して、またちょっと噴きそうになった。だがニックが(かぶり)を振った。

「ああ、いや、違う違う。僕が言ってるのはそういう意味じゃなくてね。『エーリアル』は美女ばかりを狙うんだろう? ちゃんと来てくれるのかな(・・・・・・・・)ってね……」

 ちょっと面白そうな口調だ。クレアの眉がピクッと動く。

「あら……それはどういう意味かしら、ジュリアーニ捜査官?」 

「おお、ニックと呼んでくれと言っているだろう、クレア。別に深い意味は無いさ。ただもし『エーリアル』が君達を無視して、他の女性を襲ったりしたらと思うと、ねぇ?」

「……!」

 それはつまり「美女」と認められなかったという事になってしまう。勿論こんな化け物に好かれたくはないのだが、そうなったらなったで女として敗北したような複雑な気持ちになるのは間違いない。

 その女の感情を揶揄されていると解り、クレアの頬が引きつる。だがローラは……

「……あいつは来るわ。絶対にね」

 それを確信しているような口調だ。ニックは興味深そうな様子になる。

「ほう……何故そう言い切れるんだい?」

「奴とは以前に一度会っているからよ」

 あの時のローラを見据える目……。あれは間違いなくローラに対して邪な感情を抱いていた。自意識過剰の勘違いでは断じてない。

「奴は人間を見くびっている。例え罠の存在を知っていようとお構いなしに襲ってくるはず。今度はこっちが奴等に反撃する番よ」 

「ローラ……」

 クレアの気遣わしげな声。続けて何かを言おうとした時――


 4人が装着しているインカムから一斉に警告の合図。ローラ達はLAPDから、クレア達はFBIからそれぞれ上空に飛行物体を確認したとの報が入る。今は夜だが部隊の大半は暗視ゴーグルを装着しているので、視界に関しては問題ない。

「ははっ! おめでとう、クレア! 君達は無事に美女認定のようだよ!」

「言ってる場合!?」

 素早く散開しながら銃を抜き放つニックに、同じく銃を抜いたクレアが怒鳴る。勿論ローラ達も上空に注意を払いつつ警戒態勢に入る。と同時に風が動いた、ような気がした。

「……ッ! 伏せて!」

 ローラが警告を発するのとほぼ同時に、風に乗った無数の『刃』が降り注ぐ。

「ちっ!」

 ジョンの舌打ち。咄嗟に伏せたジョンとニックの頭上スレスレを『刃」が通り過ぎる。ローラとクレアの元には『刃』が飛んで来なかった。どうやら無事誘拐対象(・・・・)に認定されているらしい。


 そして『ソレ』が物凄い勢いで滑降してきた。

「……ッ!」

 横っ飛びに避けたローラは素早く転がって体勢を立て直す。『ソレ』と目が合った。


(違う……あいつ(・・・)じゃない!)


 地面に着地したそいつは、体長は6フィートない程度で以前ローラが遭遇した化け物をそのまま小型化したような怪物だった。翼の大きさも比較すると大分小さい。

(まさか……例の『子供』って奴!?)

 そう思う間にも『子供』が再び襲い掛かってくるような挙動を見せる。

「ローラッ!」

 クレアが横合いから発砲する。『子供』は着弾の衝撃で身じろぐが致命傷を受けている様子はない。と、そこに今度はクレア目掛けて別の影が滑降してくる。

「クレア、危ないっ!」「……!」

 『子供』だ。もう一体居たのだ。思わぬ奇襲にクレアが硬直する。『子供』の爪がクレアを捉えようしたその瞬間――

「――ふっ!!」

 クレアに横合いからタックルをかまして強引に抱きかかえて回避させた。ニックだ。ジョンがすかさず銃撃で牽制する間に素早く距離を取る。

「あ、ありがとう……」

「どう致しまして。……しかし聞いているよりちょっと小ぶりなようだね。『エーリアル』本体ではないのかな?」

 ニックは不本意そうに礼を言うクレアに軽く肩を竦めてから、2体の『子供』に向き直る。ローラが頷く。

「ええ……私の推測だけど、『エーリアル』は女性を攫って子供を作ってるかも知れないのよ。どうやらこれで裏付けが取れたわね」

「な……」

 クレアが絶句するが、ニックは予想していたらしく納得したように頷いた。

「ああ、僕もそうじゃないかと思っていたんだ。しかしだとすると凄まじい成長速度だね……!」

「来るぞ!」

 ジョンの警告。『子供』達が襲い掛かってくる。1体は翼をはためかせながら真っ直ぐ突っ込んでくる。そしてもう1体は翼を大きく広げて再び『刃』を放つ体勢に入っている。

「後ろ! 散ってっ!!」

 咄嗟に警告と指示を出すが、急造のチームでどこまで通じたかは不明だ。

 少なくともジョンには通じたらしく、彼は散開しながら後方で『刃』を放とうとしている『子供』を妨害しようと、その広げた翼目掛けて銃弾を撃ち込む。ローラもそれに加わり、二方向から両の翼を撃ち抜かれた『子供』は翼を畳んで怒りの咆哮を上げる。どうにか妨害に成功したようだ。だがもう1体の『子供』が既に危険な距離まで迫っていた。

「……!」

 ローラを捕えんと両腕を突き出しながら突進してくる。後ろの『子供』に攻撃したばかりで体勢が整っていないローラはそれを躱せない。思わず硬直するが、そこにやはり左右から銃声。クレアとニックの援護だ。迫ってきていた『子供』の動きが鈍った隙に、ローラは何とか離脱した。

「ローラ、大丈夫!?」

「ええ、ありがとう、クレア。助かったわ。でも……」

 何発もの銃弾を受けたはずの『子供』達だが、痛痒は感じているようだが殺傷には至っていない。やはり深刻な火力不足だ。まさに今こそSWATやFBIの精鋭部隊の出番のはずなのに、一向に救援に来る様子がない。

 いや、何故救援に来ないのか……実はその理由は既に明らか(・・・)だった。ニックがかぶりを振る。


「全く……罠を警戒して来ない処か、まさか『総攻撃』を仕掛けてくるとは……。所詮化け物だからと少々甘く見ていたようだね」


 周囲では既に重火器の連続した発砲音や怒号、悲鳴などが至る所で轟いていた。そしてその上空を縦横無尽に飛び交ういくつもの黒い影……。『子供』達だ。それもぱっと見には数え切れない程の。恐らく10体はいると思われる。

 誘拐された女性達の数を考えれば、ほぼ全戦力を投入してきている可能性が高い。いや、女性1人につき1体しかいないという保証はない。もし1人の女性から複数の『子供』が生まれていると考えると、或いは更に多くの『子供』が既に誕生している可能性すらある。事態は思っていたよりも深刻だ。

「どうする!? 部隊からの救援は期待できそうにないぞ!? 俺達だけじゃあいつら1体でさえ倒せるか分らんぞ」

 ジョンが目の前の『子供』達を睨みつけたまま、焦ったように怒鳴る。


「そう……みたいね。……もしもの時を想定しておいて(・・・・・・・)正解だったわ」


「ローラ?」

 クレアの訝し気な声。ローラの手には銃の他に、いつの間にかスマホが握られていた。

「くそ! また来るぞ!」

 今度は2体ともが突っ込んでくる。1体は正面から。もう1体は回り込むように側面から迫ってくる。翼をはためかせて加速しており、その速度はまるで巨大な四足獣が全力疾走しているようであった。最初の攻撃は本気ではなかったのだ。予想外の速さとそれに伴う迫力に人間達は反応が遅れる。

 何とか正面からの突撃は回避したが、それによって皆が散り散りになり体勢が崩れた所を側面から迫っていた『子供』が狙う。狙う先は……

「クレアッ!」「……ッ!」

 『子供』の爪がクレアの身体を捉える。その鷲のような爪で両肩を掴み、強引に飛び上がろうとする。クレアは必死の形相で暴れるが、全く敵わずに為す術もなくその身体が宙に浮き上がる。こうなると銃で撃って牽制する事も難しい。下手すればクレアに当たってしまう。

 そのままあわや連れ去られるかと思われたその時――



 ――『子供』達とは別の黒い影が疾った。



 その影は物凄い速度で飛び上がると、あっという間にクレアを捕まえて飛び去ろうとしていた『子供』と同じ高さに到達し、持っていた()を薙ぎ払った。

 ギィエエエェェッ!?

 『子供』の口から初めて苦鳴のような声が漏れ出る。同時にクレアを掴んでいた足が離れる。重力に引かれて落下するクレア。だがその影がクレアを横抱きにキャッチし、そのままフワッという感じで地面に着地した。

 もう1体の『子供』が怒りの咆哮と共に、その影――女性に襲い掛かる。女性は冷静にクレアを降ろすと、振り返りざまに『子供』のカギ爪を躱し逆に刀で斬り付けた。

 赤い鮮血が飛び散り、『子供』の腕が切り落とされた。

 ギェッ! ギェェッ!?

 『子供』はやはり苦鳴を上げながら、大きく飛び退る。


「あら……化け物でも血はやっぱり赤いのね? 一つ発見があったわね」


 刀の血糊を飛ばし、妖艶に微笑むその黒髪の女性は――


「――ミラーカ!!」


 ローラが喜色を上げて駆け寄る。ジョンとそしてニックも唖然としてミラーカの姿を見やっている。怪物相手なだけに、万が一の場合に備えて近場に待機してもらっていたのだ。
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