File6:ナターシャ・イリエンコフ
文字数 3,339文字
そうしてようやく『エーリアル』の行動範囲が絞れてきたかと思う頃、再び『誘拐事件』が発生した。やはり時刻は夜。夜の闇に紛れるようにして飛来した怪物は、今度はなんと街外れを走っていた乗用車を襲撃。車はズタズタに切断されて大破。
運転していた男性ジェフリー・プレストンは、車と同じくバラバラに切断された死体となって発見された。同乗していた妻のヴァージニア・プレストンと15歳になる娘のエミリー・プレストンの2人が行方不明となっていた。
車が大破する轟音と、女性の甲高い悲鳴を付近の住民が聞きつけて様子を見に来た所、何か黒く巨大なものが空中に飛び去って行く姿を目撃。ニュースや新聞で騒がれている『エーリアル』だと確信した目撃者が即座に警察に通報。
ヴァージニアとエミリーの2人は、その後の付近の捜索でも発見されず、『エーリアル』による「誘拐」と断定された。
****
元はトヨタ製の日本車のようだった。つまりそれなりに高性能でかつ整備の行き届いた車体をしていたのだろう。しかし今はその面影すらなく、まるでスクラップ工場に送られる廃棄部品のような様相を呈していた。
前部と後部が綺麗に輪切りにされた車は、それこそスクラップにするかのような勢いで破壊されつくしていた。あの切断面は、以前の邂逅時に交通標識を切断したのと同じ「凶器」によるものだろうか。
犯行現場となった郊外の車道にて、車の残骸を見ながらローラはそんな事を思った。ジョンが駆け寄ってきた。
「被害者の身元が判明したぞ。バラバラ死体はウェスト・ロサンゼルス在住の会社員、ジェフリー・プレストン42歳。『誘拐』されたと思われるのは妻のヴァージニア38歳と、15歳の一人娘エミリーだ。近所では旦那には勿体ない美人母娘として有名だったそうだ」
「そう……ありがとう」
ローラはかぶりを振る。また美人 が狙われた。犯人の……『エーリアル』の目的はまだ確定してはいないが、何か非常に不愉快な物である予感がする。
「それじゃ、目撃者に話を聞きに行きましょうか」
そう言って2人が、現場の隅で待機してもらっていた目撃者の所に足を運ぶと、何と先客がいた。
「す、凄かった。ホントに凄かったんですよ! こう……翼がブワーッと広がって、それがとんでもない大きさで、で、そいつを物凄い速度で振り抜いたと思ったら、立ち向かおうとしてた男が、まるで人形みたいに一瞬でバラバラになって……! 両足にそれぞれ女の人を捕まえてて、それでそのまますぐに飛び去っちゃったんですよ! 翼も身体も真っ黒くてすぐに見えなくなっちゃいましたよ」
興奮したようにまくし立てているのは、事件の目撃者のピーター・スペンスだ。彼の話を聞きながら、頷きつつメモ帳に走り書きをしている……赤毛の女性記者。
(あれは……)
ローラはその燃えるような特徴的な赤毛をつい最近見た事を思い出した。女性が視線を上げた。
「オーケー、ピーター。とても臨場感のある詳細な情報をありがとう。あなたの話は明日のLAタイムズの一面に載る事になると思うわ。楽しみにしていて」
女性はそう言ってピーターに礼を言うと、近づいてきたローラ達の方に向き直った。その顔を見て確信した。間違いない。先日警察署を出る時の質問攻めの際に、最後に意味深な質問を投げかけてきたあの女性記者だ。
「あらあら、悠々のご参上ね。素人に先を越されるなんて、ちょっと弛んでるんじゃないかしら、ローラ・ギブソン刑事?」
女性が口を開いた。挑発的な口調だ。
「……素人とは違って色々とやる事や面倒な手続きが多いのよ。初対面だと思うけど、私の名前を知っているの?」
そう返すと、女性は名刺を出して渡してきた。
「LAタイムズの記者、ナターシャ・イリエンコフよ。あなたの事は前から個人的に注目していたのよ、ギブソン刑事」
外見もそうだが名前からしてもロシア系だ。ロシア移民がアメリカの大手新聞社で記者をしているというのは少し意外だ。しかしそれよりもその言葉の内容が気になった。
「注目していた? どういう事?」
「『サッカー』……」
「え!?」
「『ルーガルー』、それに『ディープ・ワン』……」
「ちょ、ちょっと……」
自分に深く関連した、ここ最近の事件の『犯人』達の名をいきなり挙げられてローラは動揺する。ナターシャが目を細める。
「ここ最近LA界隈を賑わせた凶悪殺人鬼達だけど、皆はっきりとした決着を見ないままに人知れずに事件は終息している……。そう、まるで全て有耶無耶にしようとしている誰か の意思が働いているかのようにね」
「……!」
「世間は一刻も早く忘れたいのと、新たな殺人鬼の出現でそれらの過去の事件は急速に風化していく。でも私達は……私は違う。有耶無耶になんてさせないわ。今、このLAで何か……とても恐ろしい事が起きている。それを必ず突き止めて見せるわ」
ナターシャの視線が真っ直ぐにローラを捉え、急に落ち着かない気持ちにさせられた。
「だ、だとしても、それと私に何の関係が? 私はただの一刑事に過ぎないわよ?」
ナターシャは鼻で笑った。
「ハッ! あなたが?ただの 一刑事ですって!? それはジョークで言ってるのかしら? だとしたら全く笑えないわね」
ローラは次第にムカムカしてきた。
「どういう意味? というか仕事の邪魔よ。マスコミの妄想逞しい与太話なら余所で――」
「――『サッカー』事件の最中に、当時の相棒だったトミー・フラナガン刑事が殉職しているわね?」
「……ッ!」
ナターシャを無視して聞き込みに向かおうとしたローラだが、思わぬ名前に足を止めざるを得ない。ナターシャは手応えを感じて笑みを深くする。
「当初は失踪扱いになっていたはずだけど、いつの間にか 殉職という事で人知れずに葬られていた。未だに遺体も見つかっていないのに奇妙な話よね? しかもフラナガン刑事の遺族には、市の方から明らかに補償の額を超える見舞金 が支払われていた。まるで……何か口止めしたい事があるかのように、ね」
「おい、根も葉もない事を言いふらすな。トミーは殉職したんだ。ほじくり返すんじゃない」
ジョンが語調を強めて、ナターシャに詰め寄る。だが彼女は慌てる事も無く肩を竦める。
「しらばっくれても無駄よ。私、市警内部にも伝手があるの。ねぇ、ギブソン刑事。相棒だったフラナガン刑事の身に実際は何が起こったのか、あなたなら知っているんじゃないかしら?」
「そ、それは……」
「ローラ! 何も喋るな! 行くぞっ!」
動揺するローラの手を引きながらジョンが怒鳴る。だがナターシャは構わずに更に畳みかける。
「フラナガン刑事の後に組んだダリオ・ロドリゲス刑事……。彼も病院から脱走した後行方を眩まし、やはりいつの間にか殉職扱いになっているのよね。そう……丁度『ディープ・ワン』事件が終息して程なくというタイミングでね」
「……ッ!」
「それだけじゃない。あなたの直属の上司に当たるリチャード・マイヤーズ警部補も『殉職』しているのよね? 『ルーガルー』事件の只中に、ね」
ローラはジョンの手を振り解いた。
「おい、ローラ――」
「ごめんなさい、ジョン。彼女をこのまま放っておく訳には行かないわ。ある事ない事書かれでもしたら困るし。そうでしょう?」
「む……」
「私に少し彼女と話をさせて。あなたはその間にピーターの方を頼むわ。大丈夫。ここは私に任せて」
しばらくローラと睨み合っていたジョンだが、やがてふぅっと溜息を吐いた。
「……全く、一度決めたら引きやしない。……本当に任せて大丈夫だな?」
「ええ」
「……いいだろう。ピーターは俺から話を聞いておく。その間に済ませろよ」
「解ってるわ。ありがとう、ジョン」
ジョンは肩を竦めるとピーターの方へと歩いていった。それを見届けてローラはナターシャに振り返る。
運転していた男性ジェフリー・プレストンは、車と同じくバラバラに切断された死体となって発見された。同乗していた妻のヴァージニア・プレストンと15歳になる娘のエミリー・プレストンの2人が行方不明となっていた。
車が大破する轟音と、女性の甲高い悲鳴を付近の住民が聞きつけて様子を見に来た所、何か黒く巨大なものが空中に飛び去って行く姿を目撃。ニュースや新聞で騒がれている『エーリアル』だと確信した目撃者が即座に警察に通報。
ヴァージニアとエミリーの2人は、その後の付近の捜索でも発見されず、『エーリアル』による「誘拐」と断定された。
****
元はトヨタ製の日本車のようだった。つまりそれなりに高性能でかつ整備の行き届いた車体をしていたのだろう。しかし今はその面影すらなく、まるでスクラップ工場に送られる廃棄部品のような様相を呈していた。
前部と後部が綺麗に輪切りにされた車は、それこそスクラップにするかのような勢いで破壊されつくしていた。あの切断面は、以前の邂逅時に交通標識を切断したのと同じ「凶器」によるものだろうか。
犯行現場となった郊外の車道にて、車の残骸を見ながらローラはそんな事を思った。ジョンが駆け寄ってきた。
「被害者の身元が判明したぞ。バラバラ死体はウェスト・ロサンゼルス在住の会社員、ジェフリー・プレストン42歳。『誘拐』されたと思われるのは妻のヴァージニア38歳と、15歳の一人娘エミリーだ。近所では旦那には勿体ない美人母娘として有名だったそうだ」
「そう……ありがとう」
ローラはかぶりを振る。また
「それじゃ、目撃者に話を聞きに行きましょうか」
そう言って2人が、現場の隅で待機してもらっていた目撃者の所に足を運ぶと、何と先客がいた。
「す、凄かった。ホントに凄かったんですよ! こう……翼がブワーッと広がって、それがとんでもない大きさで、で、そいつを物凄い速度で振り抜いたと思ったら、立ち向かおうとしてた男が、まるで人形みたいに一瞬でバラバラになって……! 両足にそれぞれ女の人を捕まえてて、それでそのまますぐに飛び去っちゃったんですよ! 翼も身体も真っ黒くてすぐに見えなくなっちゃいましたよ」
興奮したようにまくし立てているのは、事件の目撃者のピーター・スペンスだ。彼の話を聞きながら、頷きつつメモ帳に走り書きをしている……赤毛の女性記者。
(あれは……)
ローラはその燃えるような特徴的な赤毛をつい最近見た事を思い出した。女性が視線を上げた。
「オーケー、ピーター。とても臨場感のある詳細な情報をありがとう。あなたの話は明日のLAタイムズの一面に載る事になると思うわ。楽しみにしていて」
女性はそう言ってピーターに礼を言うと、近づいてきたローラ達の方に向き直った。その顔を見て確信した。間違いない。先日警察署を出る時の質問攻めの際に、最後に意味深な質問を投げかけてきたあの女性記者だ。
「あらあら、悠々のご参上ね。素人に先を越されるなんて、ちょっと弛んでるんじゃないかしら、ローラ・ギブソン刑事?」
女性が口を開いた。挑発的な口調だ。
「……素人とは違って色々とやる事や面倒な手続きが多いのよ。初対面だと思うけど、私の名前を知っているの?」
そう返すと、女性は名刺を出して渡してきた。
「LAタイムズの記者、ナターシャ・イリエンコフよ。あなたの事は前から個人的に注目していたのよ、ギブソン刑事」
外見もそうだが名前からしてもロシア系だ。ロシア移民がアメリカの大手新聞社で記者をしているというのは少し意外だ。しかしそれよりもその言葉の内容が気になった。
「注目していた? どういう事?」
「『サッカー』……」
「え!?」
「『ルーガルー』、それに『ディープ・ワン』……」
「ちょ、ちょっと……」
自分に深く関連した、ここ最近の事件の『犯人』達の名をいきなり挙げられてローラは動揺する。ナターシャが目を細める。
「ここ最近LA界隈を賑わせた凶悪殺人鬼達だけど、皆はっきりとした決着を見ないままに人知れずに事件は終息している……。そう、まるで全て有耶無耶にしようとしている
「……!」
「世間は一刻も早く忘れたいのと、新たな殺人鬼の出現でそれらの過去の事件は急速に風化していく。でも私達は……私は違う。有耶無耶になんてさせないわ。今、このLAで何か……とても恐ろしい事が起きている。それを必ず突き止めて見せるわ」
ナターシャの視線が真っ直ぐにローラを捉え、急に落ち着かない気持ちにさせられた。
「だ、だとしても、それと私に何の関係が? 私はただの一刑事に過ぎないわよ?」
ナターシャは鼻で笑った。
「ハッ! あなたが?
ローラは次第にムカムカしてきた。
「どういう意味? というか仕事の邪魔よ。マスコミの妄想逞しい与太話なら余所で――」
「――『サッカー』事件の最中に、当時の相棒だったトミー・フラナガン刑事が殉職しているわね?」
「……ッ!」
ナターシャを無視して聞き込みに向かおうとしたローラだが、思わぬ名前に足を止めざるを得ない。ナターシャは手応えを感じて笑みを深くする。
「当初は失踪扱いになっていたはずだけど、
「おい、根も葉もない事を言いふらすな。トミーは殉職したんだ。ほじくり返すんじゃない」
ジョンが語調を強めて、ナターシャに詰め寄る。だが彼女は慌てる事も無く肩を竦める。
「しらばっくれても無駄よ。私、市警内部にも伝手があるの。ねぇ、ギブソン刑事。相棒だったフラナガン刑事の身に実際は何が起こったのか、あなたなら知っているんじゃないかしら?」
「そ、それは……」
「ローラ! 何も喋るな! 行くぞっ!」
動揺するローラの手を引きながらジョンが怒鳴る。だがナターシャは構わずに更に畳みかける。
「フラナガン刑事の後に組んだダリオ・ロドリゲス刑事……。彼も病院から脱走した後行方を眩まし、やはりいつの間にか殉職扱いになっているのよね。そう……丁度『ディープ・ワン』事件が終息して程なくというタイミングでね」
「……ッ!」
「それだけじゃない。あなたの直属の上司に当たるリチャード・マイヤーズ警部補も『殉職』しているのよね? 『ルーガルー』事件の只中に、ね」
ローラはジョンの手を振り解いた。
「おい、ローラ――」
「ごめんなさい、ジョン。彼女をこのまま放っておく訳には行かないわ。ある事ない事書かれでもしたら困るし。そうでしょう?」
「む……」
「私に少し彼女と話をさせて。あなたはその間にピーターの方を頼むわ。大丈夫。ここは私に任せて」
しばらくローラと睨み合っていたジョンだが、やがてふぅっと溜息を吐いた。
「……全く、一度決めたら引きやしない。……本当に任せて大丈夫だな?」
「ええ」
「……いいだろう。ピーターは俺から話を聞いておく。その間に済ませろよ」
「解ってるわ。ありがとう、ジョン」
ジョンは肩を竦めるとピーターの方へと歩いていった。それを見届けてローラはナターシャに振り返る。