File5:意外な再会
文字数 3,626文字
ヴィンセント・ヴァンサント州議会議員の自宅は、セントラルパークに程近いセントラルLA内にあった。塀付きの広い庭のある家だ。
チャップマン氏によると妻のコートニーは仕事をしておらず自宅にいる事が多いという。次男のフランシスは商社勤めで日中は不在のようだ。
コートニーの様子を直接観察したいのでむしろ好都合であった。チャップマンは「情緒不安定」と言っていたので、もし殺害に関与していれば態度に出てしまう可能性は充分考えられる。
近くに車を停めた2人はヴァンサント家の玄関の呼び鈴を鳴らす。
「…………」
応えがない。もう一度鳴らしてみる。
「……反応がありませんね? 寝ているか、どこかに外出中でしょうか?」
アポなしで訪問しているので、そういう可能性は勿論あるだろう。念の為もう一度呼び鈴を鳴らしてみた。結果は同じだった。
ローラは何となく……本当に何となく嫌な予感がして、試しに玄関のノブを回してみる。
カチャ……という音と共に、玄関は何の抵抗もなく開いた。
「……!」
ローラの脳裏に、『ルーガルー』事件の時にダリオと訪れたマコーミック邸での出来事がフラッシュバックする。
今回の『バイツァ・ダスト』も人外の怪物が絡んでいる可能性が非常に高いというジョンの言葉が急に思い出された。
(いや……いや……まさか。あんな事がそう何度も起きるはずない……。きっとコートニーが外出時に鍵を掛け忘れただけよ。もしくは鍵を掛け忘れたまま入浴中とか……)
懸命に悪い予感を振り払おうとして理由付けするが、胸の動悸は高まる一方だ。
「せ、先輩……? どうしたんですか?」
リンファが戸惑ったように聞いてくる。家人が出てこないのに玄関の鍵が開いているという状況に疑問を抱いていない。経験が浅すぎるのだ。
ローラは舌打ちしたい気持ちを堪えて、リンファに口に指を当てるジェスチャーをした。
「……ッ!」
それでようやく状況を把握したらしい。一転して顔を青ざめさせている。想定外の事態に明らかに動揺している。彼女はここで待機させておくべきだろう。
マコーミック邸でのダリオの悲劇の事も頭にあった。
ローラは素早く拳銃を抜くと、リンファにここで待っているようにジェスチャーで指示し、なるべく音を立てないようにドアを開けて、家の中に滑り込んだ。
ローラの取り越し苦労の可能性も皆無ではないので、現段階ではまだ署への連絡は控える。
「…………」
家の中は静まり返っている。それが増々マコーミック邸を彷彿とさせた。ローラは銃を水平に構えながら、足音を立てずに廊下を進みリビングへと踏み込んだ。
「……!」
リビングの中央に、1人の男がこちらに背を向けて佇んでいた。肌や髪からしてアフリカ系のようだ。つまり明らかにコートニーの息子達でもない。
「……ッ! 動くな! ロサンゼルス市警よ! 両手を挙げてゆっくりと振り向きなさい!」
銃を突きつけながら鋭く警告する。果たして男は警告に従ってゆっくりこちらに振り向いた。ローラは息を呑んだ。男の顔に見覚えがあったのだ。
「あ、あなた……エディ……? エディ・ホーソンさん……?」
それはかつて『サッカー』事件で、ローラがミラーカと出会う切欠ともなったマイク・ホーソンの父親、エディ・ホーソンであった。
「何故あなたがここに……いえ、事情は署で聞くわ! コートニーはどこ!?」
意外と言えば余りにも意外な人物に一瞬ローラは周囲の状況を忘れかけるが、すぐに己の職務を思い出す。だがローラの詰問に対してエディは……
「王が……偉大なる王がお命じになった……。彼 の心に恐怖と服従を植え付けよと……」
ローラの事を見ているようで見ていない茫洋とした目つきで、うわ言のように喋りだす。
(王……? 一体何の事? それに今、「彼」って……)
エディの言動に戸惑うが、彼が一歩前に踏み出した事で思考は中断される。
「動かないでっ! 床に伏せて両手を頭の上に乗せなさい! すぐにっ!!」
銃口を見せつけながら更に大声で警告する。が、エディは全く聞こえていないかのように近付いてくる。ローラは瞬間、判断に迷った。
エディはアフリカ系……つまり黒人だ。他に目撃者もいない場所で白人の警官であるローラが発砲すれば、最悪人種差別問題に発展する恐れがある。
この街は丁度ローラが生まれた90年台初頭の大規模な暴動によって、殊更にアフリカ系の人種問題について敏感なのである。ロサンゼルス市警も未だにその当時の悪いイメージを払拭出来ているとは言い難い。
だがその一瞬の判断の迷いによってローラは後手に回る結果となった。
エディが跳んだ 。
「な――」
ローラは自身の目を疑う。リビングの天井は高く、10フィート以上はある。その天井スレスレまでエディがジャンプして跳び掛かって来たのだ!
碌な助走もなしに人間に飛び上がれる高さではない。明らかに異常事態だ。
(まさか、グール……!?)
やはり『サッカー』事件で遭遇したグール達も人間離れした身体能力を発揮していた。だが今は夜ではないし、エディは人間の言葉を喋っていた。
「く……!」
ローラはやむを得ず発砲した。半ば反射的な動作だった。銃弾はローラの射撃技術によって正確にエディの胸に吸い込まれ…………ずに、まるで何か固い物に当たったかのように弾かれた!
弾かれる寸前、エディの身体を覆い包むような青白い膜が発光した。
「……ッ!?」
ローラの顔が驚愕に歪む間もあればこそ、エディが空中から片手を突き出すようにして落下してきた。その手の先にも青白い光が……
「……!」
本能に従ってローラは横っ飛びに身を投げ出す。その直後ローラがいた場所の後ろにあったスチールラックが、エディの手が触れると同時に物凄い音と共にひしゃげて弾け飛んだ!
素早く身を起こしたローラだが、その時にはエディが再び手を構えながら向かってきていた。
ローラも再び発砲。今度は連続して引き金を絞る。銃声が轟くが、やはりエディの身体が青白い膜に覆われ弾丸が弾かれる。
「邪魔する者にも王の裁きをっ!」
手を突き出して迫ってくるエディから逃げるように、ローラは裏庭と繋がっている大きな窓に駆け寄る。
詳細は全く分からないが、あの青白い光がエディを保護し、攻撃手段にもなっているようだ。ローラは現状ではエディの拘束も射殺も難しいと判断。それどころか自分自身の危機だ。
方針を転換したローラは、窓に向かって斜め上に銃を構えて発砲する。銃声と共に、派手な音を立てて窓ガラスが粉々に砕け散る。
窓の外……つまり通りから複数の人の悲鳴。ここは住宅街だ。日中なら様々な理由で出歩いている人間は誰かしら存在する。当然窓ガラスが割れる音や銃声はそういった人々の注意を派手に引き付ける。それに加えて……
「先輩……!?」
玄関の方からリンファの声も響く。待っているように指示はしたものの、流石に銃声が何発も鳴り響けば駆け付けない訳には行かないだろう。というかそうでなければ相棒……いや、警官失格だ。
「さあ、ここで注目を浴びるのが、その王 とやらのご意思なの!?」
「……むぅ!」
エディが唸る。どうやらそのくらいの判断能力は残っているようだ。先の攻防からすぐにローラを殺すのは難しいと判断したのか、そのまま割れた窓から外に飛び出して逃げていった。
直後に拳銃を抜いたリンファが、荒れたリビングに飛び込んできた。室内の様子と銃を構えたままのローラの姿に目を丸くする。
「せ、先輩!? これは一体……!?」
「説明は後よ。あなたはこの家中を探してコートニーを見つけるのよ。私は……本部に指名手配の要請を入れてくるわ」
「し、指名手配!? 犯人がいたんですか!?」
「後でと言ったでしょう!? さっさと行動しなさい!」
「……ッ! は、はい!」
ローラに怒鳴られたリンファは、飛び上がりそうな勢いで2階へ駆け上がっていった。他にも仲間が潜んでいれば、確実に今の乱闘中にエディに加勢してきたはずだ。とりあえずもうこの家の中に脅威は潜んでいないと判断してもいいだろう。
ローラは急いで家を出て車まで走る。
(何故エディ・ホーソンが……。一体何が起きているの? 王とは何の事? それにエディを保護していたあの青い光は……。ミラーカ達が言っていたのはこの事なのかしら……)
車の無線を入れながら、ローラは早くも遭遇した人外の現象に、暗澹たる気持ちになるのを抑える事が出来なかった……
チャップマン氏によると妻のコートニーは仕事をしておらず自宅にいる事が多いという。次男のフランシスは商社勤めで日中は不在のようだ。
コートニーの様子を直接観察したいのでむしろ好都合であった。チャップマンは「情緒不安定」と言っていたので、もし殺害に関与していれば態度に出てしまう可能性は充分考えられる。
近くに車を停めた2人はヴァンサント家の玄関の呼び鈴を鳴らす。
「…………」
応えがない。もう一度鳴らしてみる。
「……反応がありませんね? 寝ているか、どこかに外出中でしょうか?」
アポなしで訪問しているので、そういう可能性は勿論あるだろう。念の為もう一度呼び鈴を鳴らしてみた。結果は同じだった。
ローラは何となく……本当に何となく嫌な予感がして、試しに玄関のノブを回してみる。
カチャ……という音と共に、玄関は何の抵抗もなく開いた。
「……!」
ローラの脳裏に、『ルーガルー』事件の時にダリオと訪れたマコーミック邸での出来事がフラッシュバックする。
今回の『バイツァ・ダスト』も人外の怪物が絡んでいる可能性が非常に高いというジョンの言葉が急に思い出された。
(いや……いや……まさか。あんな事がそう何度も起きるはずない……。きっとコートニーが外出時に鍵を掛け忘れただけよ。もしくは鍵を掛け忘れたまま入浴中とか……)
懸命に悪い予感を振り払おうとして理由付けするが、胸の動悸は高まる一方だ。
「せ、先輩……? どうしたんですか?」
リンファが戸惑ったように聞いてくる。家人が出てこないのに玄関の鍵が開いているという状況に疑問を抱いていない。経験が浅すぎるのだ。
ローラは舌打ちしたい気持ちを堪えて、リンファに口に指を当てるジェスチャーをした。
「……ッ!」
それでようやく状況を把握したらしい。一転して顔を青ざめさせている。想定外の事態に明らかに動揺している。彼女はここで待機させておくべきだろう。
マコーミック邸でのダリオの悲劇の事も頭にあった。
ローラは素早く拳銃を抜くと、リンファにここで待っているようにジェスチャーで指示し、なるべく音を立てないようにドアを開けて、家の中に滑り込んだ。
ローラの取り越し苦労の可能性も皆無ではないので、現段階ではまだ署への連絡は控える。
「…………」
家の中は静まり返っている。それが増々マコーミック邸を彷彿とさせた。ローラは銃を水平に構えながら、足音を立てずに廊下を進みリビングへと踏み込んだ。
「……!」
リビングの中央に、1人の男がこちらに背を向けて佇んでいた。肌や髪からしてアフリカ系のようだ。つまり明らかにコートニーの息子達でもない。
「……ッ! 動くな! ロサンゼルス市警よ! 両手を挙げてゆっくりと振り向きなさい!」
銃を突きつけながら鋭く警告する。果たして男は警告に従ってゆっくりこちらに振り向いた。ローラは息を呑んだ。男の顔に見覚えがあったのだ。
「あ、あなた……エディ……? エディ・ホーソンさん……?」
それはかつて『サッカー』事件で、ローラがミラーカと出会う切欠ともなったマイク・ホーソンの父親、エディ・ホーソンであった。
「何故あなたがここに……いえ、事情は署で聞くわ! コートニーはどこ!?」
意外と言えば余りにも意外な人物に一瞬ローラは周囲の状況を忘れかけるが、すぐに己の職務を思い出す。だがローラの詰問に対してエディは……
「王が……偉大なる王がお命じになった……。
ローラの事を見ているようで見ていない茫洋とした目つきで、うわ言のように喋りだす。
(王……? 一体何の事? それに今、「彼」って……)
エディの言動に戸惑うが、彼が一歩前に踏み出した事で思考は中断される。
「動かないでっ! 床に伏せて両手を頭の上に乗せなさい! すぐにっ!!」
銃口を見せつけながら更に大声で警告する。が、エディは全く聞こえていないかのように近付いてくる。ローラは瞬間、判断に迷った。
エディはアフリカ系……つまり黒人だ。他に目撃者もいない場所で白人の警官であるローラが発砲すれば、最悪人種差別問題に発展する恐れがある。
この街は丁度ローラが生まれた90年台初頭の大規模な暴動によって、殊更にアフリカ系の人種問題について敏感なのである。ロサンゼルス市警も未だにその当時の悪いイメージを払拭出来ているとは言い難い。
だがその一瞬の判断の迷いによってローラは後手に回る結果となった。
エディが
「な――」
ローラは自身の目を疑う。リビングの天井は高く、10フィート以上はある。その天井スレスレまでエディがジャンプして跳び掛かって来たのだ!
碌な助走もなしに人間に飛び上がれる高さではない。明らかに異常事態だ。
(まさか、グール……!?)
やはり『サッカー』事件で遭遇したグール達も人間離れした身体能力を発揮していた。だが今は夜ではないし、エディは人間の言葉を喋っていた。
「く……!」
ローラはやむを得ず発砲した。半ば反射的な動作だった。銃弾はローラの射撃技術によって正確にエディの胸に吸い込まれ…………ずに、まるで何か固い物に当たったかのように弾かれた!
弾かれる寸前、エディの身体を覆い包むような青白い膜が発光した。
「……ッ!?」
ローラの顔が驚愕に歪む間もあればこそ、エディが空中から片手を突き出すようにして落下してきた。その手の先にも青白い光が……
「……!」
本能に従ってローラは横っ飛びに身を投げ出す。その直後ローラがいた場所の後ろにあったスチールラックが、エディの手が触れると同時に物凄い音と共にひしゃげて弾け飛んだ!
素早く身を起こしたローラだが、その時にはエディが再び手を構えながら向かってきていた。
ローラも再び発砲。今度は連続して引き金を絞る。銃声が轟くが、やはりエディの身体が青白い膜に覆われ弾丸が弾かれる。
「邪魔する者にも王の裁きをっ!」
手を突き出して迫ってくるエディから逃げるように、ローラは裏庭と繋がっている大きな窓に駆け寄る。
詳細は全く分からないが、あの青白い光がエディを保護し、攻撃手段にもなっているようだ。ローラは現状ではエディの拘束も射殺も難しいと判断。それどころか自分自身の危機だ。
方針を転換したローラは、窓に向かって斜め上に銃を構えて発砲する。銃声と共に、派手な音を立てて窓ガラスが粉々に砕け散る。
窓の外……つまり通りから複数の人の悲鳴。ここは住宅街だ。日中なら様々な理由で出歩いている人間は誰かしら存在する。当然窓ガラスが割れる音や銃声はそういった人々の注意を派手に引き付ける。それに加えて……
「先輩……!?」
玄関の方からリンファの声も響く。待っているように指示はしたものの、流石に銃声が何発も鳴り響けば駆け付けない訳には行かないだろう。というかそうでなければ相棒……いや、警官失格だ。
「さあ、ここで注目を浴びるのが、その
「……むぅ!」
エディが唸る。どうやらそのくらいの判断能力は残っているようだ。先の攻防からすぐにローラを殺すのは難しいと判断したのか、そのまま割れた窓から外に飛び出して逃げていった。
直後に拳銃を抜いたリンファが、荒れたリビングに飛び込んできた。室内の様子と銃を構えたままのローラの姿に目を丸くする。
「せ、先輩!? これは一体……!?」
「説明は後よ。あなたはこの家中を探してコートニーを見つけるのよ。私は……本部に指名手配の要請を入れてくるわ」
「し、指名手配!? 犯人がいたんですか!?」
「後でと言ったでしょう!? さっさと行動しなさい!」
「……ッ! は、はい!」
ローラに怒鳴られたリンファは、飛び上がりそうな勢いで2階へ駆け上がっていった。他にも仲間が潜んでいれば、確実に今の乱闘中にエディに加勢してきたはずだ。とりあえずもうこの家の中に脅威は潜んでいないと判断してもいいだろう。
ローラは急いで家を出て車まで走る。
(何故エディ・ホーソンが……。一体何が起きているの? 王とは何の事? それにエディを保護していたあの青い光は……。ミラーカ達が言っていたのはこの事なのかしら……)
車の無線を入れながら、ローラは早くも遭遇した人外の現象に、暗澹たる気持ちになるのを抑える事が出来なかった……