File2:侵食する危機
文字数 4,295文字
LA市内、有名なハリウッドサインが良く見えるセントラルLAにある住宅街。大きな垣根や芝生を経て立ち並ぶ家々の一つに彼女達は集っていた。
その家には広い地下室が備わっており、防音設備を施した簡易的な音響スタジオとなっていた。そこでは現在4人の少女達がバンドの練習に励んでいた。
ボーカル、ベース、ギターそしてドラムと、バランスよく揃ったロックバンドで、4人全員が同年代の少女という珍しいガールズバンドであった。
『ウィキッドキャッツ』という名前のそのバンドで、ボーカルを担当するのは茶色いショートヘアの白人の少女……ジェシカ・マイヤーズ。
そのどちらかと言えば小柄な身体から、信じられないようなエネルギーを発散させてスタンドマイクに向かって歌い続ける彼女に上手く合わせるように、ギタートリオもそのテンションを上げて楽器を演奏していく。
高いボルテージに包まれたまま練習を続ける彼女達だが、現在歌っている曲が終わった所でようやく一区切りついて休憩という事になった。
「ふぅぅ……皆、いい調子だな! 前に集まった時より確実に歌いやすくなってるよ!」
ジェシカがそう口火を切ると、他の3人は嬉しそうに笑いながらもかぶりを振った。
「まあ、私達も勿論練習や勉強は続けてたけど……ねぇ?」
と他の2人に同意を求めるように問い掛けるのは、黒人の少女でベーシストのローレル・ブキャナンだ。
「ええ、やっぱりコレ が大きいわよねぇ」
頷いて自らが持つギターを撫でるのは、ヒスパニックの少女でギタリストのペネロペ・サリナス。
「本当にネ。値段が高い物ハ質が良いっテ当たり前ノ事を再認識したよ、ワタシは」
やや片言で独特の訛りがある英語で喋るのは、日本人の少女でドラマーのマリコ・モリサキだ。高校生になってから家庭の都合でアメリカに転居してきたマリコは、まだ若干英語が拙いが意思疎通は全く問題ないレベルであった。
4人は高校時代からの友人同士で、全員が音楽に興味があった事から意気投合してバンドを結成したのであった。全員が女性のガールズバンドというだけでも珍しいが、4人共がそれぞれ異なる人種でかつ美少女揃いという事でより希少性が高く、別の意味でも有名になりつつあった。
だが勿論演奏とは別の理由で名が売れるのは彼女達の本意という訳ではなく、本人達はそんな色眼鏡を払拭すべく、歌唱や演奏技術の向上に非常に熱心で積極的であった。
そしてその一環という訳でもないが、ギタートリオの楽器はどれも今まで使っていた古い物ではなく、真新しく性能の良い楽器に替わっていた。本人達はそれが理由で演奏が良くなったと言っているのだ。
ジェシカが頬を掻いた。
「いや、まあ……喜んで貰えて良かったよ。やっぱり皆には最高の状態で演奏してもらいたいからな」
ジェシカは最近になって大きな臨時収入 があったので、それを使って友人達に新しい楽器をプレゼントしたのだ。プレゼントと言っても勿論事前に本人達に相談して、自分で欲しい物を選んでもらったのだが。
「ほんと、ジェシカ様様ネ。……まア、あなたの親戚 が亡くなっタのを喜んだりしたら悪いけド」
マリコの言葉にローレルが頷く。
「でも遺産分与 で親戚のあなたにもお金を遺してくれるなんて、とてもいい人だったのね」
「あ、ああ、そうだよな。きっと親父が死んでお袋と2人暮らしだったのを憐れんでくれたのかもな」
「ジェシカ……」
ジェシカの語った理由 にペネロペが同情的な視線になる。嘘を吐いている ジェシカは、少し居心地悪そうにその視線から目を逸らした。
実際に最近親戚が亡くなったのは事実らしいのだが、彼等は別にジェシカ達に遺産など遺していなかった。この臨時収入は勿論『シューティングスター』の事件で協力した報酬として、映画スターのルーファスから支払われた物であった。
だがそれを打ち明ける訳にはいかないので、親戚の遺産分与という事にしてあるのだ。
幸いペネロペの表情はすぐに明るくなった。彼女はおどけた調子でジェシカにひれ伏すような真似をした。
「でもそのお金を私達の為に使ってくれた偉大なるジェシカ様に感謝を捧げます。ありがたや~」
「「ありがたや~」」
同調したローレルとマリコも同じようにおどけながら平伏する。
「おいおい、よせって! ホントに降って湧いた臨時収入なんだからさ! 皆の為に使うのは全然惜しくないんだよ! それにまだお金は残ってるしさ」
いわゆるあぶく銭なのでジェシカとしても気軽に使えるのだ。しかもミラーカの提案で信託預金になっているので、必要以上に無駄遣いしてしまう心配もない。それで友達が喜んでくれるなら彼女としては本当に惜しくはないのだ。
「ふふふ、でも本当にありがとね? 私達もジェシーの心意気に応えてもっと頑張らないとね!」
ペネロペがそう言って笑うと、ローレルも意気込んで頷いた。
「そうそう! そんな訳で実はあたし、大学でずっと新しい曲を作ってたんだ。この機会にやってみたいんだけどどうかな?」
「良いネ! 最近は活動でモ同じ曲が続いてて新シい刺激が欲しかった所ダしね」
マリコも乗り気になる。ジェシカは勿論異存なしだ。
その後練習を再開した4人が楽しく騒いでいると、マリコの携帯が鳴った。
「あ、エリオット からだワ。もうコんな時間だっタのね」
スマホの画面を見たマリコが呟いた。いつの間にか結構な時間が経っていたようだ。
「あら、最近できたっていう例の熱々の彼氏 ?」
「ワオ! あの待ち受け画面のイケメン!? いつ紹介してくれるの、マリコ?」
ローレルとペネロペが冷やかす。最近マリコは彼女が通っている大学に編入してきたエリオットという男性と交際しているらしいのだが、ジェシカも含めてまだ誰も直に見たことが無かった。
「だったら丁度良かっタ。今日これカら彼がウチに来るノ。皆の事もソこで紹介するワ」
因みにここはマリコの家であった。高校生にもなってから異国に転居させる事になった娘に負い目を感じた彼女の両親は、娘に対して極力様々な便宜を図ってくれた。この地下のスタジオ化もその一環であった。
「はは! そいつは楽しみだな! マリコを任せられる奴か、アタシらが品定めしてやろうぜ!」
「彼、結構繊細だかラお手柔らかニね?」
ジェシカ達は皆好奇心丸出しで、冷やかす気満々であった。マリコは苦笑しつつも楽しそうにしていた。
*****
その後地下から出て家のリビングで皆でテレビを見ながら駄弁っていると、玄関のチャイムが鳴った。事前にメールを受け取っていたマリコはすぐに玄関に迎えに出ていった。そして短いやり取りを経て、1人の男性を伴ってリビングに戻ってきた。
ジェシカは直前までローレルやペネロペと一緒に、マリコの彼氏を冷やかしてやるつもりでニヤニヤしながら待ち構えていた。
しかしマリコが連れてきた男性を一目見ると、彼女の目は驚愕に見開かれた。男性はスラッと背が高く、茶色い髪をナチュラルスタイルにしたかなりの美青年であった。ローレルとペネロペが口笛を吹いた。
だが……ジェシカが驚いたのは、別に彼が想像以上のハンサムだったからではない。そもそも顔だけはマリコの携帯で見た事があるのだ。
(こいつ……人間じゃないっ!)
直接相対した事でジェシカにはそれが解った。……解ってしまった。というよりその男はリビングに入ってきた途端、『陰の気』を強烈に発散させたのだ。まるでジェシカを挑発するかのように。
それで彼女は確信した。向こうもジェシカの事を知っている と。
しかも男が発する『陰の気』はかなり強力な物であった。彼女の父親のリチャードほどではないが、それでもジェシカは相手が自分よりも強いと感じた。『陰の気』の圧力だけで判断するならミラーカに匹敵するレベルだ。
「さあ、皆、改めテ紹介するワね。彼はエリオット・カーライル よ」
何も気づいていないマリコは、呑気に男――エリオットを3人に紹介する。
「やあ、エリオットだ。君達の事はいつもマリコから聞いてるよ。『ウィキッドキャッツ』か。いい名前だね。僕も及ばずながら応援させてもらうよ」
エリオットが柔らかい物腰で微笑んで手を差し出してきた。
「ペネロペ・サリナスよ。宜しく、ハンサムさん」
「ローレル・ブキャナンよ。マリコの事宜しくね?」
やはり何も知らない2人がエリオットと握手している。ジェシカは自分の友人達が得体の知れない怪物に囚われている情景を想像してしまった。
相手が人外の怪物でジェシカの事も事前に知っていたのだとすれば、この男がマリコに近付いたのは間違いなく偶然ではない。
(な、何だよ……何が目的なんだよ)
エリオットが内心で混乱するジェシカにも手を差し出してきた。
「やあ、君がボーカルのジェシカ・マイヤーズだね? 君の事も色々と聞いているよ。そう……色々と ね」
「……っ」
ジェシカの顔が強張る。含みのある物言いと挑発するような目線。そして僅かに吊り上がった口の端……。
その全てが、エリオットの目的がジェシカ自身であると告げていた。それも明らかに友好的とは言えない目的のようだ。奴はその為にマリコを利用しているのだ。そして今、マリコを介してローレルやペネロペとも怪しまれずに面識を持った。
ジェシカに害意を持つ怪物が人間のふりをして彼女の友人達に近づき、その懐に入り込んでいる。ジェシカはこの状況に激しい危機感を抱いた。
(ど、どうする? どうしたらいいんだ……!?)
危機である事は解っても、具体的にどうすればいいのかが解らない。増々混乱してしまうジェシカ。
「……ジェシカ? どうしタの?」
「……っ。あ、い、いや。何でも無い。何でも無いよ、うん」
エリオットが正体を隠している以上、ジェシカにはそれを暴く手段がない。マリコが不審そうに見やってきたので、ジェシカは慌てて引き攣った笑みを浮かべつつ、エリオットが差し出した手をぎこちなく握る。この場ではそれ以外に出来る事がなかった。
その家には広い地下室が備わっており、防音設備を施した簡易的な音響スタジオとなっていた。そこでは現在4人の少女達がバンドの練習に励んでいた。
ボーカル、ベース、ギターそしてドラムと、バランスよく揃ったロックバンドで、4人全員が同年代の少女という珍しいガールズバンドであった。
『ウィキッドキャッツ』という名前のそのバンドで、ボーカルを担当するのは茶色いショートヘアの白人の少女……ジェシカ・マイヤーズ。
そのどちらかと言えば小柄な身体から、信じられないようなエネルギーを発散させてスタンドマイクに向かって歌い続ける彼女に上手く合わせるように、ギタートリオもそのテンションを上げて楽器を演奏していく。
高いボルテージに包まれたまま練習を続ける彼女達だが、現在歌っている曲が終わった所でようやく一区切りついて休憩という事になった。
「ふぅぅ……皆、いい調子だな! 前に集まった時より確実に歌いやすくなってるよ!」
ジェシカがそう口火を切ると、他の3人は嬉しそうに笑いながらもかぶりを振った。
「まあ、私達も勿論練習や勉強は続けてたけど……ねぇ?」
と他の2人に同意を求めるように問い掛けるのは、黒人の少女でベーシストのローレル・ブキャナンだ。
「ええ、やっぱり
頷いて自らが持つギターを撫でるのは、ヒスパニックの少女でギタリストのペネロペ・サリナス。
「本当にネ。値段が高い物ハ質が良いっテ当たり前ノ事を再認識したよ、ワタシは」
やや片言で独特の訛りがある英語で喋るのは、日本人の少女でドラマーのマリコ・モリサキだ。高校生になってから家庭の都合でアメリカに転居してきたマリコは、まだ若干英語が拙いが意思疎通は全く問題ないレベルであった。
4人は高校時代からの友人同士で、全員が音楽に興味があった事から意気投合してバンドを結成したのであった。全員が女性のガールズバンドというだけでも珍しいが、4人共がそれぞれ異なる人種でかつ美少女揃いという事でより希少性が高く、別の意味でも有名になりつつあった。
だが勿論演奏とは別の理由で名が売れるのは彼女達の本意という訳ではなく、本人達はそんな色眼鏡を払拭すべく、歌唱や演奏技術の向上に非常に熱心で積極的であった。
そしてその一環という訳でもないが、ギタートリオの楽器はどれも今まで使っていた古い物ではなく、真新しく性能の良い楽器に替わっていた。本人達はそれが理由で演奏が良くなったと言っているのだ。
ジェシカが頬を掻いた。
「いや、まあ……喜んで貰えて良かったよ。やっぱり皆には最高の状態で演奏してもらいたいからな」
ジェシカは最近になって大きな
「ほんと、ジェシカ様様ネ。……まア、あなたの
マリコの言葉にローレルが頷く。
「でも
「あ、ああ、そうだよな。きっと親父が死んでお袋と2人暮らしだったのを憐れんでくれたのかもな」
「ジェシカ……」
ジェシカの語った
実際に最近親戚が亡くなったのは事実らしいのだが、彼等は別にジェシカ達に遺産など遺していなかった。この臨時収入は勿論『シューティングスター』の事件で協力した報酬として、映画スターのルーファスから支払われた物であった。
だがそれを打ち明ける訳にはいかないので、親戚の遺産分与という事にしてあるのだ。
幸いペネロペの表情はすぐに明るくなった。彼女はおどけた調子でジェシカにひれ伏すような真似をした。
「でもそのお金を私達の為に使ってくれた偉大なるジェシカ様に感謝を捧げます。ありがたや~」
「「ありがたや~」」
同調したローレルとマリコも同じようにおどけながら平伏する。
「おいおい、よせって! ホントに降って湧いた臨時収入なんだからさ! 皆の為に使うのは全然惜しくないんだよ! それにまだお金は残ってるしさ」
いわゆるあぶく銭なのでジェシカとしても気軽に使えるのだ。しかもミラーカの提案で信託預金になっているので、必要以上に無駄遣いしてしまう心配もない。それで友達が喜んでくれるなら彼女としては本当に惜しくはないのだ。
「ふふふ、でも本当にありがとね? 私達もジェシーの心意気に応えてもっと頑張らないとね!」
ペネロペがそう言って笑うと、ローレルも意気込んで頷いた。
「そうそう! そんな訳で実はあたし、大学でずっと新しい曲を作ってたんだ。この機会にやってみたいんだけどどうかな?」
「良いネ! 最近は活動でモ同じ曲が続いてて新シい刺激が欲しかった所ダしね」
マリコも乗り気になる。ジェシカは勿論異存なしだ。
その後練習を再開した4人が楽しく騒いでいると、マリコの携帯が鳴った。
「あ、
スマホの画面を見たマリコが呟いた。いつの間にか結構な時間が経っていたようだ。
「あら、最近できたっていう例の熱々の
「ワオ! あの待ち受け画面のイケメン!? いつ紹介してくれるの、マリコ?」
ローレルとペネロペが冷やかす。最近マリコは彼女が通っている大学に編入してきたエリオットという男性と交際しているらしいのだが、ジェシカも含めてまだ誰も直に見たことが無かった。
「だったら丁度良かっタ。今日これカら彼がウチに来るノ。皆の事もソこで紹介するワ」
因みにここはマリコの家であった。高校生にもなってから異国に転居させる事になった娘に負い目を感じた彼女の両親は、娘に対して極力様々な便宜を図ってくれた。この地下のスタジオ化もその一環であった。
「はは! そいつは楽しみだな! マリコを任せられる奴か、アタシらが品定めしてやろうぜ!」
「彼、結構繊細だかラお手柔らかニね?」
ジェシカ達は皆好奇心丸出しで、冷やかす気満々であった。マリコは苦笑しつつも楽しそうにしていた。
*****
その後地下から出て家のリビングで皆でテレビを見ながら駄弁っていると、玄関のチャイムが鳴った。事前にメールを受け取っていたマリコはすぐに玄関に迎えに出ていった。そして短いやり取りを経て、1人の男性を伴ってリビングに戻ってきた。
ジェシカは直前までローレルやペネロペと一緒に、マリコの彼氏を冷やかしてやるつもりでニヤニヤしながら待ち構えていた。
しかしマリコが連れてきた男性を一目見ると、彼女の目は驚愕に見開かれた。男性はスラッと背が高く、茶色い髪をナチュラルスタイルにしたかなりの美青年であった。ローレルとペネロペが口笛を吹いた。
だが……ジェシカが驚いたのは、別に彼が想像以上のハンサムだったからではない。そもそも顔だけはマリコの携帯で見た事があるのだ。
(こいつ……人間じゃないっ!)
直接相対した事でジェシカにはそれが解った。……解ってしまった。というよりその男はリビングに入ってきた途端、『陰の気』を強烈に発散させたのだ。まるでジェシカを挑発するかのように。
それで彼女は確信した。向こうもジェシカの事を
しかも男が発する『陰の気』はかなり強力な物であった。彼女の父親のリチャードほどではないが、それでもジェシカは相手が自分よりも強いと感じた。『陰の気』の圧力だけで判断するならミラーカに匹敵するレベルだ。
「さあ、皆、改めテ紹介するワね。彼はエリオット・
何も気づいていないマリコは、呑気に男――エリオットを3人に紹介する。
「やあ、エリオットだ。君達の事はいつもマリコから聞いてるよ。『ウィキッドキャッツ』か。いい名前だね。僕も及ばずながら応援させてもらうよ」
エリオットが柔らかい物腰で微笑んで手を差し出してきた。
「ペネロペ・サリナスよ。宜しく、ハンサムさん」
「ローレル・ブキャナンよ。マリコの事宜しくね?」
やはり何も知らない2人がエリオットと握手している。ジェシカは自分の友人達が得体の知れない怪物に囚われている情景を想像してしまった。
相手が人外の怪物でジェシカの事も事前に知っていたのだとすれば、この男がマリコに近付いたのは間違いなく偶然ではない。
(な、何だよ……何が目的なんだよ)
エリオットが内心で混乱するジェシカにも手を差し出してきた。
「やあ、君がボーカルのジェシカ・マイヤーズだね? 君の事も色々と聞いているよ。そう……
「……っ」
ジェシカの顔が強張る。含みのある物言いと挑発するような目線。そして僅かに吊り上がった口の端……。
その全てが、エリオットの目的がジェシカ自身であると告げていた。それも明らかに友好的とは言えない目的のようだ。奴はその為にマリコを利用しているのだ。そして今、マリコを介してローレルやペネロペとも怪しまれずに面識を持った。
ジェシカに害意を持つ怪物が人間のふりをして彼女の友人達に近づき、その懐に入り込んでいる。ジェシカはこの状況に激しい危機感を抱いた。
(ど、どうする? どうしたらいいんだ……!?)
危機である事は解っても、具体的にどうすればいいのかが解らない。増々混乱してしまうジェシカ。
「……ジェシカ? どうしタの?」
「……っ。あ、い、いや。何でも無い。何でも無いよ、うん」
エリオットが正体を隠している以上、ジェシカにはそれを暴く手段がない。マリコが不審そうに見やってきたので、ジェシカは慌てて引き攣った笑みを浮かべつつ、エリオットが差し出した手をぎこちなく握る。この場ではそれ以外に出来る事がなかった。