File3:目撃情報
文字数 3,746文字
『シューティングスター』の犯行には現在の所、明確な周期 が設けられている事が解っている。そのパターン通りで行くなら、次の犯行までにはまだ若干の猶予がある。
可能であれば次の凶行が行われる前に『シューティングスター』を見つけ出して逮捕したいというのが正直な所だ。ネルソンからの指示で捜査員達は各所に聞き込みや調査に散っていた。ローラ達も勿論同様だ。
検視局で情報を得た彼女達はそのまま現場となったコンプトンのジャンクヤードに出向いていた。
「こ、ここで何十人ものギャング達が命を落としたんですよね……」
リンファが気味悪そうに辺りを見渡す。既にギャング達の死体は全員回収されているが、その戦い の痕跡は依然として残っていた。
廃車や廃部品、建物の壁などに無数に穿たれた銃痕。これらは全てギャング達の銃から撃たれた物だろう。検証は既に完了していた。これだけの銃弾の雨を掻い潜って、犯人は彼等を返り討ちにしてターゲットを抹殺したのだ。
その事実だけでも人間業ではないが、更に奇怪な痕跡がこの場には多数残されていた。
一体何を使ったらこうなるのか……廃車が積まれた金属の山にポッカリと『穴』が開いていた。あらゆる金属の抵抗を物ともせずに真横に貫いているその穴は、非常に滑らかで一分の狂いもない正確な円を描いていた。
同じような『穴』は他にもいくつか存在していた。これらの『穴』は、検視局で見たコルンガとジェニファーの遺体に空いていた穴と全く同じ特徴を持っていた。間違いなく『シューティングスター』の武器 によって穿たれた『穴』であった。
「…………」
ローラとリンファはしばらく無言でジャンクヤードを調べて回ったが、『穴』以外に『シューティングスター』の手掛かりとなりそうな痕跡は見つけられなかった。そもそも自分たちに見つけられるような痕跡などとっくに鑑識が発見しているだろう。
となれば次は周辺住民への聞き込みだ。
コンプトンは治安の悪さを反映してか荒んだ雰囲気の住民が多く、普段は警察に対しても無視したりつっけんどんな対応をする者が多いが、今回の銃撃戦は世間的に注目が高い上に、謎の光が飛び交ったりなど非常に派手な事件であったので、目撃者は興奮冷めやらぬ様子で熱心に自分の見た物を伝えようとしてきた。
といっても大半は既に警察でも把握している情報の裏付けが殆どであったが1人だけ、何と『シューティングスター』の姿を見たと証言する者がいた。
「へ、へへ……ろくでもねぇ人生だったが、あんなモンを見たのは生まれてはじめてだって事だけは神に誓ってもいいぜ」
アルヴィンという名のその男は路上生活者……つまりはホームレスで、しかもどこで入手したのか安物のウィスキーを大量に飲んでいた。
この時点でもう余りその証言に信憑性が置けないが、本人は事件当時は酔っていなかったし、確かにはっきり見たと強弁するので、とりあえず話を聞く事にした。
「ギャング共の叫び声や銃声、それにあの……すげぇ光がそこら中に飛び交ってて、俺はその間中ゴミ箱の陰に隠れて震えてたさ。で、騒音が全部止んだのを見計らってヤードを覗いてみたんだ。そこら中にギャング共が身体に風穴を開けて倒れてやがった」
この辺りまでは他の住民達と大差ない内容だ。問題はこの後だ。果たしてアルヴィンが真実を言っているのかどうか……
「その時女の悲鳴が聞こえてきて、あの事務所から物凄い光が漏れ出したんだ。それで完全に静かになった。俺は隠れながらじっと事務所の方を覗いてた。そしたらな……中から出てきたんだよ」
その時の光景を思い出したらしいアルヴィンが緊張した面持ちで唇を舐めた。話を聞いているローラとリンファも自然と身を乗り出す。
「初めに見た時は何か厳つい銀色の鉄の塊のような物に見えた。でもその鉄の塊には腕や足、そして頭が付いてた」
アルヴィンによると『シューティングスター』は、全身隙間なく銀色の鎧 のような物を纏っていて、その『鎧』の表面には光が明滅する何本もの線のような物が走っており、顔に当たる部分にはバイザーかゴーグルのような物が付いていて、それもやはり淡い光を発していたらしい。
「そいつは何か腕に銃? みたいな物が付いてたんだが、あっという間に小さくなって『鎧』の中に収納されちまった。それでこっからが更に信じられねぇんだが、何とそいつは俺が見ている先で跡形もなくスゥッと消えちまったんだ!」
「何ですって? 消えた?」
ローラが聞き返す。今まで話しに引き込まれていたが、ここでまた一気に胡散臭くなった。だがアルヴィンは至って真剣な様子で頭を振った。
「嘘じゃねぇって! 突然消えるって言うよりは、何かこう……空気に溶け込んでくみたいな感じで見えなくなっちまったんだよ。信じられねぇが、ありゃ多分透明 になったんだ。だから集まってきた野次馬にも警察にも見つからずにここから逃げられたんだよ」
「…………」
「せ、先輩……」
アルヴィンの話を聞く内に難しい顔で思案し始めたローラに、リンファが不安そうに声を掛ける。ローラはメモ帳を閉じた。恐らくアルヴィンからはこれ以上の詳しい話は聞けないだろう。
「……大変参考になりました。もしかしたらまたロサンゼルス市警の方からお話を伺う事があるかも知れませんので、この辺りから離れないようにお願いできますか?」
ローラがそう言うとアルヴィンが意外そうな顔をした。
「あ、ああ。俺はこの辺が縄張りだからそりゃ大丈夫だが……。あんた俺みたいな奴の、しかもこんな話を信じるのか?」
「あら? あなたは嘘を言っていたんですか?」
「ば、ばか言え、勿論本当だ! 俺が言ってるのはそういう意味じゃなく……」
彼が何か言いかけるのをローラは手で制した。
「ええ、勿論解っていますよ。私は自身の経験上 、荒唐無稽な話でもそれが真実を語っているかどうか何となく分かりますので」
「……ふん。あんたみたいな刑事は初めてだな。俺で良ければいつでも協力するよ」
「ありがとうございます。それでは失礼しますね」
名刺を渡してアルヴィンと別れる。帰りの車の中で即座にリンファが顔を寄せてきた。
「せ、先輩……まさかあのホームレスの証言を信じてる訳じゃないですよね?」
「うん? あなたは信じてないの?」
逆に聞き返すとリンファはちょっと言葉に詰まった。
「それは、でも……あんなの、まるでSF映画の世界じゃないですか」
「ふふ、そうね。でも忘れたの? 私は今までにも怪奇ホラー映画の世界を生き延びてきたのよ? あなただって何度か体験したでしょう?」
「……っ!」
ジャーンによって殺されかけた記憶も新しいリンファは少し顔を青白くさせて唇を噛みしめる。
「じゃ、じゃあ先輩はあの話が本当だって言うんですか? もし本当だとしたら『シューティングスター』の正体は……」
「ええ、恐らく私もあなたと同じ結論よ。今までの体験にも増して極めつけに突飛に思えるけど、突飛だという理由だけで否定するのは愚かな事よ」
それは今までの濃い体験を通してローラが学んできた教訓だった。だがリンファはまだ納得できないらしく言葉を重ねてきた。
「そ、それにあんな酔っぱらいのホームレスの言う事です。絶対にまともな証言じゃないですよ。面白半分に警察をからかってるだけに決まってます」
ローラは苦笑した。リンファはまだ刑事としての経験も浅いので、そういう表面的 な部分だけで人を判断しがちだ。もう少し経験を積めば、そうした表層に惑わされず相手が真実を語っているかどうかの判別が付いてくるはずだ。
「彼がホームレスで酔っ払いなのは否定しないけど、それと証言の真偽については話が別よ。今回のケースではむしろ彼が酔っ払っていたからこそ、その証言に真実味があるわ」
「え? ど、どういう事ですか?」
「だって考えてみて? あんなに酔ってても説明自体は詳細だったでしょ? しかも犯人が消えたという下りでも、消滅したんじゃなくて空気に溶け込むように消えたとか。単なる酔っ払いの法螺話ならもっと大雑把で適当よ」
「あ……」
リンファもようやくローラの言いたい事が解ったらしく、絶句していた。
「そ……そう、ですね。私は……彼の外見や言動だけに囚われて、最初から法螺話だと決めつけてて……」
恥ずかしそうに俯く。ローラは彼女の方に手を置いた。
「そんなの誰にでもある事よ。それにあなたは今こうして自分の過ちに気付けた。重要なのはそこでしょう?」
「せ、先輩……」
リンファが顔を上げた。ローラは頷いてから話題を変える。
「さあ、いつまでもここにいても仕方ないわ。早く署に戻って報告と、得た情報を元に今後の対策を練るとしましょうか?」
「は、はい! 了解です!」
ローラに促されたリンファは慌てて車を発進させるのだった……
可能であれば次の凶行が行われる前に『シューティングスター』を見つけ出して逮捕したいというのが正直な所だ。ネルソンからの指示で捜査員達は各所に聞き込みや調査に散っていた。ローラ達も勿論同様だ。
検視局で情報を得た彼女達はそのまま現場となったコンプトンのジャンクヤードに出向いていた。
「こ、ここで何十人ものギャング達が命を落としたんですよね……」
リンファが気味悪そうに辺りを見渡す。既にギャング達の死体は全員回収されているが、その
廃車や廃部品、建物の壁などに無数に穿たれた銃痕。これらは全てギャング達の銃から撃たれた物だろう。検証は既に完了していた。これだけの銃弾の雨を掻い潜って、犯人は彼等を返り討ちにしてターゲットを抹殺したのだ。
その事実だけでも人間業ではないが、更に奇怪な痕跡がこの場には多数残されていた。
一体何を使ったらこうなるのか……廃車が積まれた金属の山にポッカリと『穴』が開いていた。あらゆる金属の抵抗を物ともせずに真横に貫いているその穴は、非常に滑らかで一分の狂いもない正確な円を描いていた。
同じような『穴』は他にもいくつか存在していた。これらの『穴』は、検視局で見たコルンガとジェニファーの遺体に空いていた穴と全く同じ特徴を持っていた。間違いなく『シューティングスター』の
「…………」
ローラとリンファはしばらく無言でジャンクヤードを調べて回ったが、『穴』以外に『シューティングスター』の手掛かりとなりそうな痕跡は見つけられなかった。そもそも自分たちに見つけられるような痕跡などとっくに鑑識が発見しているだろう。
となれば次は周辺住民への聞き込みだ。
コンプトンは治安の悪さを反映してか荒んだ雰囲気の住民が多く、普段は警察に対しても無視したりつっけんどんな対応をする者が多いが、今回の銃撃戦は世間的に注目が高い上に、謎の光が飛び交ったりなど非常に派手な事件であったので、目撃者は興奮冷めやらぬ様子で熱心に自分の見た物を伝えようとしてきた。
といっても大半は既に警察でも把握している情報の裏付けが殆どであったが1人だけ、何と『シューティングスター』の姿を見たと証言する者がいた。
「へ、へへ……ろくでもねぇ人生だったが、あんなモンを見たのは生まれてはじめてだって事だけは神に誓ってもいいぜ」
アルヴィンという名のその男は路上生活者……つまりはホームレスで、しかもどこで入手したのか安物のウィスキーを大量に飲んでいた。
この時点でもう余りその証言に信憑性が置けないが、本人は事件当時は酔っていなかったし、確かにはっきり見たと強弁するので、とりあえず話を聞く事にした。
「ギャング共の叫び声や銃声、それにあの……すげぇ光がそこら中に飛び交ってて、俺はその間中ゴミ箱の陰に隠れて震えてたさ。で、騒音が全部止んだのを見計らってヤードを覗いてみたんだ。そこら中にギャング共が身体に風穴を開けて倒れてやがった」
この辺りまでは他の住民達と大差ない内容だ。問題はこの後だ。果たしてアルヴィンが真実を言っているのかどうか……
「その時女の悲鳴が聞こえてきて、あの事務所から物凄い光が漏れ出したんだ。それで完全に静かになった。俺は隠れながらじっと事務所の方を覗いてた。そしたらな……中から出てきたんだよ」
その時の光景を思い出したらしいアルヴィンが緊張した面持ちで唇を舐めた。話を聞いているローラとリンファも自然と身を乗り出す。
「初めに見た時は何か厳つい銀色の鉄の塊のような物に見えた。でもその鉄の塊には腕や足、そして頭が付いてた」
アルヴィンによると『シューティングスター』は、全身隙間なく銀色の
「そいつは何か腕に銃? みたいな物が付いてたんだが、あっという間に小さくなって『鎧』の中に収納されちまった。それでこっからが更に信じられねぇんだが、何とそいつは俺が見ている先で跡形もなくスゥッと消えちまったんだ!」
「何ですって? 消えた?」
ローラが聞き返す。今まで話しに引き込まれていたが、ここでまた一気に胡散臭くなった。だがアルヴィンは至って真剣な様子で頭を振った。
「嘘じゃねぇって! 突然消えるって言うよりは、何かこう……空気に溶け込んでくみたいな感じで見えなくなっちまったんだよ。信じられねぇが、ありゃ多分
「…………」
「せ、先輩……」
アルヴィンの話を聞く内に難しい顔で思案し始めたローラに、リンファが不安そうに声を掛ける。ローラはメモ帳を閉じた。恐らくアルヴィンからはこれ以上の詳しい話は聞けないだろう。
「……大変参考になりました。もしかしたらまたロサンゼルス市警の方からお話を伺う事があるかも知れませんので、この辺りから離れないようにお願いできますか?」
ローラがそう言うとアルヴィンが意外そうな顔をした。
「あ、ああ。俺はこの辺が縄張りだからそりゃ大丈夫だが……。あんた俺みたいな奴の、しかもこんな話を信じるのか?」
「あら? あなたは嘘を言っていたんですか?」
「ば、ばか言え、勿論本当だ! 俺が言ってるのはそういう意味じゃなく……」
彼が何か言いかけるのをローラは手で制した。
「ええ、勿論解っていますよ。私は自身の
「……ふん。あんたみたいな刑事は初めてだな。俺で良ければいつでも協力するよ」
「ありがとうございます。それでは失礼しますね」
名刺を渡してアルヴィンと別れる。帰りの車の中で即座にリンファが顔を寄せてきた。
「せ、先輩……まさかあのホームレスの証言を信じてる訳じゃないですよね?」
「うん? あなたは信じてないの?」
逆に聞き返すとリンファはちょっと言葉に詰まった。
「それは、でも……あんなの、まるでSF映画の世界じゃないですか」
「ふふ、そうね。でも忘れたの? 私は今までにも怪奇ホラー映画の世界を生き延びてきたのよ? あなただって何度か体験したでしょう?」
「……っ!」
ジャーンによって殺されかけた記憶も新しいリンファは少し顔を青白くさせて唇を噛みしめる。
「じゃ、じゃあ先輩はあの話が本当だって言うんですか? もし本当だとしたら『シューティングスター』の正体は……」
「ええ、恐らく私もあなたと同じ結論よ。今までの体験にも増して極めつけに突飛に思えるけど、突飛だという理由だけで否定するのは愚かな事よ」
それは今までの濃い体験を通してローラが学んできた教訓だった。だがリンファはまだ納得できないらしく言葉を重ねてきた。
「そ、それにあんな酔っぱらいのホームレスの言う事です。絶対にまともな証言じゃないですよ。面白半分に警察をからかってるだけに決まってます」
ローラは苦笑した。リンファはまだ刑事としての経験も浅いので、そういう
「彼がホームレスで酔っ払いなのは否定しないけど、それと証言の真偽については話が別よ。今回のケースではむしろ彼が酔っ払っていたからこそ、その証言に真実味があるわ」
「え? ど、どういう事ですか?」
「だって考えてみて? あんなに酔ってても説明自体は詳細だったでしょ? しかも犯人が消えたという下りでも、消滅したんじゃなくて空気に溶け込むように消えたとか。単なる酔っ払いの法螺話ならもっと大雑把で適当よ」
「あ……」
リンファもようやくローラの言いたい事が解ったらしく、絶句していた。
「そ……そう、ですね。私は……彼の外見や言動だけに囚われて、最初から法螺話だと決めつけてて……」
恥ずかしそうに俯く。ローラは彼女の方に手を置いた。
「そんなの誰にでもある事よ。それにあなたは今こうして自分の過ちに気付けた。重要なのはそこでしょう?」
「せ、先輩……」
リンファが顔を上げた。ローラは頷いてから話題を変える。
「さあ、いつまでもここにいても仕方ないわ。早く署に戻って報告と、得た情報を元に今後の対策を練るとしましょうか?」
「は、はい! 了解です!」
ローラに促されたリンファは慌てて車を発進させるのだった……