File22:『ガルーダ・プロジェクト』
文字数 3,489文字
無事にアンドレアを『拉致』する事に成功したローラ達は、再びウォーレンの教会へと戻ってきていた。
休職中に、しかも人を攫ってきたとあって、当然ながら署に連れて行く訳にも行かない。ホテルなども足が付きやすいし、各々の自宅では人1人匿えるような余裕はない。
消去法でここしかなかったのだ。それにウォーレンなら事情を知っているし、アンドレアを見放すような事もないと確信していたので安心であった。
果たして彼は、ローラ達の無事(?)の帰還を喜びつつも新たに増えた客人と厄介事に嘆息し、その場で十字を切って神に祈りを捧げていた……。
****
「ふぅ……お陰で人心地付いたわ。ありがとう。礼を言わせてもらうわ」
場所は教会の談話室。とりあえず簡単な食事を摂ってシャワーを浴びたアンドレアは、本人の言う通り大分サッパリした様子になっていた。
「あそこ ではまともな食事が出る事さえ稀でね……。おまけにいつ口封じに殺されるか分かったものじゃない環境だったから、碌に喉を通らなくて」
アンドレアは顔を上げてローラ達を見る。部屋にはローラの他にナターシャやジェシカ達も勢揃いしていた。既に車の中で簡単な自己紹介だけは済ませてあった。
「さて、お礼が済んだ所で……あなた達の目的を聞かせて貰えるかしら? ずっとあそこに押し込められていたから、最近の時勢に余り詳しくないのよ」
一同を代表してローラが発言する。
「あなたが口封じされそうになった理由……。まさにソレ を聞きたいのよ。今……この街では『エーリアル』と名付けられた殺人鬼が暴れまわっているわ」
「……『エーリアル』?」
「名前からして想像が付かないかしら? この殺人鬼は、空から 襲ってきて人を殺し、女性を誘拐するのよ」
「……!」
「そして私は実際にヤツと相見 えたわ。恐ろしい巨体の……鳥と人間が合わさったような怪物だった」
「……ッ!」
話していくごとにアンドレアの顔色がどんどん青ざめていく。
「あなたは知っているはずよね? 『エーリアル』の正体と……ヤツが出現した経緯 を……」
「…………」
アンドレアは青い顔のまま目を瞑ってしばらく考え込んでいた。ローラは焦らずに彼女の気持ちが落ち着くのを待った。ナターシャ達も無言だ。やがてアンドレアは何かを決意したような表情で目を開いた。
「……2年ほど前、CEOの友人だったカリフォルニア大学ロサンゼルス校のダンカン・フェルランドという考古学の教授が、とある話を持ち掛けてきた事が全ての始まりだった」
「え? ロサンゼルス校の考古学部? そこって……」
「ローラ? どうしたの?」
ナターシャの訝しむような声に、ローラは気を取り直す。
「あ、いえ……高校時代の友人がそこの助教授になってたはずで……。まあ、今はいいわね。ごめんなさい、話を続けて」
アンドレアは頷く。
「教授は古代インドの神話に興味を持っていて、そこで太古の時代に崇められていた……神獣 の痕跡を発見したという事だったわ」
「……!」
「ガルーダ。ガルダ。スパルナ。あるいはカルラ……。名前くらいは聞いたことがないかしら? 神の鳥として人間に崇められていた存在よ。その実在の証拠を発見したと言ってきたの」
ガルーダと言われると、なるほど確かにしっくりくる外見だった。
「勿論CEOも最初は一笑に付していたんだけど、ある時突然気が変わって『ガルーダ・プロジェクト』を立ち上げたの。当然外部には極秘でね」
だからこそそのプロジェクトの研究所を『保養所』と偽っていたのだ。
「でも……何でCEOはそのプロジェクトを立ち上げる気になったの? 生物兵器でも作る気だったの? それとも単に名誉欲に駆られた?」
以前にも一度考えた事があった。そこの所がどうしても解らなかったのだ。いずれにせよリスクが大きすぎる気がする。
「教授が言うには、『神の鳥』の血液にはあらゆる病気を癒す作用があるのだと。そして実際に復元 の過程で採取した血液から作られた抗体は、様々な種類の癌細胞を正常な細胞に戻してしまう働きが認められたのよ」
「な……」
「それまでは半信半疑だったCEOは、完全に病みつきになったわ。リスクを危ぶむ経営陣や株主総会の意向も無視して、強引に研究を進めさせた」
「…………」
つまり癌の特効薬という訳だ。実用化できた日には、どんな富や名声も思いのままだったろう。病みつきになったというのも頷ける話だ。
「優秀な研究員達に古生物学者のジョー・グレアム博士もオブザーバーとして招聘して、プロジェクトは順調に進んでいた……」
アンドレアが少し懐かしむような表情になった。ナターシャが口を挟む。
「でも……結果としてあの大惨事が起きた。プロジェクトが失敗した理由は……あいつ が暴走した理由は何だったの?」
アンドレアはかぶりを振った。
「はっきりとは解らないわ。ただ一つ言えるのは、あの生き物の制御を専任していたプロジェクトの主任研究員でもあるサイモンの離脱が直接の原因となったのは間違いないわ。私は何度も危険性を訴えたけど、CEOも教授も聞く耳を持たなかった」
「主任研究員が? 何があったの?」
「……休日に港へ釣りに出かけて、あの『ディープ・ワン』という殺人鬼に襲われて殺されたのよ」
「……ッ!」
思わぬ名称が出てきてローラとヴェロニカが息を呑む。意外というか……何とも皮肉な繋がりであった。
「奴は人間への憎悪に身を焦がしている。私にはそれが解った。多分私達がした事だけじゃない。もっと以前から……前世 から奴は人間を激しく憎んでいたのよ。私達は神の領域を侵してしまった。きっとこれはその天罰なんだわ」
アンドレアは何かを思い出したように、ブルッと身を震わせる。ローラはしかしそれを否定する。
「仮に天罰というものが存在したとしても、何の関係もない人達がそれに巻き込まれていい道理がないわ。今までの被害者達も、ジョンも、そしてミラーカも……。これは人災よ。あなたにはこれを止める義務があるはずよ、アンドレア」
「……!」
アンドレアの顔色が青ざめる。再び彼女の中で何かの葛藤がせめぎ合っていた。だが間もなく落ち着きを取り戻した。
「……そうね。私達が作り出した怪物が人々を殺しているなら、私にもその責任の一端はある。……協力するわ」
「ありがとう、アンドレア」
「それじゃあこっちからも質問したいんだけど、神の鳥……いえ、『エーリアル』と直接見 えたのよね? 警察の精鋭部隊でも倒せなかったって本当?」
「それどころか戦車砲弾でも死ななかったし、陸軍のアパッチすら撃墜したわ。奴の『子供』に関しては、まだ何とか手に負えるって範囲だったけど」
「そう……。つまりまともな手段では厳しいという事ね」
不可能ではないが困難である、というのが正直な所だ。『エーリアル』1体を狩り出して追い回す為だけに、いつまでも陸軍を動員させ続ける事は出来ない。被害もそれなりに出る。
アンドレアはしばらく何か考え込んでいたようだが、何かを思い出したらしくハッと顔を上げた。
「……連れてって欲しい所があるんだけどいいかしら?」
「え? いいけど、どこへ?」
「サイモンの自宅よ。彼は慎重な性格で『エーリアル』の暴走も視野に入れていた。一度だけだけど、CEO達に秘密で、あの怪物を殺す事の出来る薬を作って自宅にストックしてあると聞いた事があるの。まだ残っていればいいけど……」
「え……ええぇっ!?」
ローラだけでなく他の仲間達も一様に驚愕から動揺してしまう。確かに真相を明らかにするだけでなく、何か糸口になればいいと期待してアンドレアを攫ってきた事は事実だが、まさかそんな直接的な解決手段の情報まで持っているとは思わなかった。
これが本当なら糸口どころの話ではない。この悪夢を一気に終わらせる事さえ可能かも知れない。降って湧いた天啓に一同は逸 り、大仕事の疲れを癒す暇もあればこそ、アンドレアを伴い再び慌ただしく教会を出払うのであった。
忙 しなく身の危険を顧みない女性達に、ウォーレンが何度目になるか解らない大きな溜息を吐いたのは余談である……
休職中に、しかも人を攫ってきたとあって、当然ながら署に連れて行く訳にも行かない。ホテルなども足が付きやすいし、各々の自宅では人1人匿えるような余裕はない。
消去法でここしかなかったのだ。それにウォーレンなら事情を知っているし、アンドレアを見放すような事もないと確信していたので安心であった。
果たして彼は、ローラ達の無事(?)の帰還を喜びつつも新たに増えた客人と厄介事に嘆息し、その場で十字を切って神に祈りを捧げていた……。
****
「ふぅ……お陰で人心地付いたわ。ありがとう。礼を言わせてもらうわ」
場所は教会の談話室。とりあえず簡単な食事を摂ってシャワーを浴びたアンドレアは、本人の言う通り大分サッパリした様子になっていた。
「
アンドレアは顔を上げてローラ達を見る。部屋にはローラの他にナターシャやジェシカ達も勢揃いしていた。既に車の中で簡単な自己紹介だけは済ませてあった。
「さて、お礼が済んだ所で……あなた達の目的を聞かせて貰えるかしら? ずっとあそこに押し込められていたから、最近の時勢に余り詳しくないのよ」
一同を代表してローラが発言する。
「あなたが口封じされそうになった理由……。まさに
「……『エーリアル』?」
「名前からして想像が付かないかしら? この殺人鬼は、
「……!」
「そして私は実際にヤツと
「……ッ!」
話していくごとにアンドレアの顔色がどんどん青ざめていく。
「あなたは知っているはずよね? 『エーリアル』の正体と……ヤツが出現した
「…………」
アンドレアは青い顔のまま目を瞑ってしばらく考え込んでいた。ローラは焦らずに彼女の気持ちが落ち着くのを待った。ナターシャ達も無言だ。やがてアンドレアは何かを決意したような表情で目を開いた。
「……2年ほど前、CEOの友人だったカリフォルニア大学ロサンゼルス校のダンカン・フェルランドという考古学の教授が、とある話を持ち掛けてきた事が全ての始まりだった」
「え? ロサンゼルス校の考古学部? そこって……」
「ローラ? どうしたの?」
ナターシャの訝しむような声に、ローラは気を取り直す。
「あ、いえ……高校時代の友人がそこの助教授になってたはずで……。まあ、今はいいわね。ごめんなさい、話を続けて」
アンドレアは頷く。
「教授は古代インドの神話に興味を持っていて、そこで太古の時代に崇められていた……
「……!」
「ガルーダ。ガルダ。スパルナ。あるいはカルラ……。名前くらいは聞いたことがないかしら? 神の鳥として人間に崇められていた存在よ。その実在の証拠を発見したと言ってきたの」
ガルーダと言われると、なるほど確かにしっくりくる外見だった。
「勿論CEOも最初は一笑に付していたんだけど、ある時突然気が変わって『ガルーダ・プロジェクト』を立ち上げたの。当然外部には極秘でね」
だからこそそのプロジェクトの研究所を『保養所』と偽っていたのだ。
「でも……何でCEOはそのプロジェクトを立ち上げる気になったの? 生物兵器でも作る気だったの? それとも単に名誉欲に駆られた?」
以前にも一度考えた事があった。そこの所がどうしても解らなかったのだ。いずれにせよリスクが大きすぎる気がする。
「教授が言うには、『神の鳥』の血液にはあらゆる病気を癒す作用があるのだと。そして実際に
「な……」
「それまでは半信半疑だったCEOは、完全に病みつきになったわ。リスクを危ぶむ経営陣や株主総会の意向も無視して、強引に研究を進めさせた」
「…………」
つまり癌の特効薬という訳だ。実用化できた日には、どんな富や名声も思いのままだったろう。病みつきになったというのも頷ける話だ。
「優秀な研究員達に古生物学者のジョー・グレアム博士もオブザーバーとして招聘して、プロジェクトは順調に進んでいた……」
アンドレアが少し懐かしむような表情になった。ナターシャが口を挟む。
「でも……結果としてあの大惨事が起きた。プロジェクトが失敗した理由は……
アンドレアはかぶりを振った。
「はっきりとは解らないわ。ただ一つ言えるのは、あの生き物の制御を専任していたプロジェクトの主任研究員でもあるサイモンの離脱が直接の原因となったのは間違いないわ。私は何度も危険性を訴えたけど、CEOも教授も聞く耳を持たなかった」
「主任研究員が? 何があったの?」
「……休日に港へ釣りに出かけて、あの『ディープ・ワン』という殺人鬼に襲われて殺されたのよ」
「……ッ!」
思わぬ名称が出てきてローラとヴェロニカが息を呑む。意外というか……何とも皮肉な繋がりであった。
「奴は人間への憎悪に身を焦がしている。私にはそれが解った。多分私達がした事だけじゃない。もっと以前から……
アンドレアは何かを思い出したように、ブルッと身を震わせる。ローラはしかしそれを否定する。
「仮に天罰というものが存在したとしても、何の関係もない人達がそれに巻き込まれていい道理がないわ。今までの被害者達も、ジョンも、そしてミラーカも……。これは人災よ。あなたにはこれを止める義務があるはずよ、アンドレア」
「……!」
アンドレアの顔色が青ざめる。再び彼女の中で何かの葛藤がせめぎ合っていた。だが間もなく落ち着きを取り戻した。
「……そうね。私達が作り出した怪物が人々を殺しているなら、私にもその責任の一端はある。……協力するわ」
「ありがとう、アンドレア」
「それじゃあこっちからも質問したいんだけど、神の鳥……いえ、『エーリアル』と直接
「それどころか戦車砲弾でも死ななかったし、陸軍のアパッチすら撃墜したわ。奴の『子供』に関しては、まだ何とか手に負えるって範囲だったけど」
「そう……。つまりまともな手段では厳しいという事ね」
不可能ではないが困難である、というのが正直な所だ。『エーリアル』1体を狩り出して追い回す為だけに、いつまでも陸軍を動員させ続ける事は出来ない。被害もそれなりに出る。
アンドレアはしばらく何か考え込んでいたようだが、何かを思い出したらしくハッと顔を上げた。
「……連れてって欲しい所があるんだけどいいかしら?」
「え? いいけど、どこへ?」
「サイモンの自宅よ。彼は慎重な性格で『エーリアル』の暴走も視野に入れていた。一度だけだけど、CEO達に秘密で、あの怪物を殺す事の出来る薬を作って自宅にストックしてあると聞いた事があるの。まだ残っていればいいけど……」
「え……ええぇっ!?」
ローラだけでなく他の仲間達も一様に驚愕から動揺してしまう。確かに真相を明らかにするだけでなく、何か糸口になればいいと期待してアンドレアを攫ってきた事は事実だが、まさかそんな直接的な解決手段の情報まで持っているとは思わなかった。
これが本当なら糸口どころの話ではない。この悪夢を一気に終わらせる事さえ可能かも知れない。降って湧いた天啓に一同は