File3:素朴な疑問

文字数 2,831文字

「ヴァンサント州議員の事務所へ向かうわよ。それと議員は勿論だけど、秘書のエヴァ・コーベットと運転手のケヴィン・ブロートンに関しても話を聞いておかなくちゃね」

 割り当てられたデスクに戻ったローラ達は早速捜査の計画を立てる。ローラの指示にリンファが首を傾げる。

「え、でも明らかに州議員の殺害が目的ですよね? 秘書や運転手まで調べる必要があるんですか?」

「現段階では可能性の話でしかないわ。思い込みや断定は危険よ。どこに犯人に繋がる糸が垂れているか解らないのだから、無駄な事なんて何一つないのよ」

「はぁ、なるほど……」

「まあと言っても、あくまで念の為よ。あなたの言う通り州議員の殺害が目的の可能性が極めて高い以上、メインはそっちになるわね」

 言いつつ、自分で淹れてきた砂糖をたっぷりと混ぜたコーヒーを喉に流し込む。それを見たリンファに若干微妙な顔をされたが慣れているので黙殺する。


「さあ、準備が出来たら早速向かいましょう。運転を頼めるかしら? 場所は解ってるわね?」

「あ……は、はい! すぐに調べます!」

 調べていなかったのか。ローラは嘆息しつつ手で制した。

「ああ、いいわ。私が知ってるから。言う通りに走らせて頂戴」

「は、はい……済みません……」

 リンファが消え入りそうな様子で俯く。そんなつもりは一切ないのに、何だか自分がいじわるな先輩警官のように思えてしまいローラは再び嘆息した。


****


「はぁ……当然ですがウチはもうお終いですよ。この事務所は残処理だけ済ませた後に引き払う予定になっています」

 ヴァンサント州議員は本業は投資家であり、その事務所はLAのダウンタウンにあるオフィスビルの一室にあった。恐らくこんな一等地のオフィスビルの中に入った事が無いのだろうリンファが、キョロキョロと周りを見渡していたので見えないように肘打ちしておく。

 ローラ達が事務所を訪れると、中では10人ほどのスタッフと思しき人々が忙しなく整理作業を行っていた。バッジを見せたローラ達に対応してくれたのは、チーフのディビッド・プライヤーという男性であった。

 互いの自己紹介を済ませ応接セットに向かい合って腰掛ける。

「お忙しい所済みません、プライヤーさん。2、3確認させて頂きたい事があるのですが。お時間は取らせません」

 ローラの言葉にディビッドは頷いた。

「ええ、まあ……『バイツァダスト』……でしたっけ? あんな事の後ですし、来られるとは思ってましたよ。私に答えられる事であればどうぞ」

「ありがとうございます。では基本的な確認ですが、ヴァンサント氏は誰かに恨まれていたような節はありませんか?」

「……まあ本業が本業ですし、ウチも今まで全く損をしてこなかった訳じゃありませんから。中には社長の投機判断のミスで預けていた株の殆どを失ったというクライアントも何人かはいます。社長はそういったクライアントに対する対応が、ちょっと……横柄(・・)ではありましたので……」

「なるほど……。その、クライアントの方達の名前を教えて頂けますか?」

「ウチはもう畳みますし、それが捜査のお役に立つのでしたら……」

 そう前置きしてディビッドは()クライアント達の情報を渡してくれた。


「本業に関しては解りましたが……副業(・・)の方に関して質問しても?」

そちら(・・・)に関しては私よりも、顧問弁護士のチャップマン氏にお聞きになった方が詳しいかと思われますが」

 ディビッドから弁護士のクレイグ・チャップマンの事務所の場所を聞いたローラ達は、その後もディビッド達のアリバイも含めたいくつかの確認を済ませると、彼に礼を言って事務所を後にした。

「……社長はそれは聖人とは言えませんでしたが、損させたよりも得をさせたクライアントの方が遥かに多かったですし、利益の一部は福祉施設や環境保護団体に常に寄付をしていました。州議員として政治にも積極的に取り組まれていましたし、少なくともあんな……酷い死に方をしなきゃならないような人じゃありませんでした。絶対に、犯人を見つけ出して相応の裁きを受けさせて下さい」

 そんなディビッドの最後の言葉が印象的であった。


****


「あの……先輩。一つ疑問があるんですけど、いいですか?」

 チャップマンの事務所に向かう車の中でリンファがそんな風に問い掛けてきた。

「いいけど……何?」

「今までにも同じ手口の殺人が何件も連続しているんですよね? ただの凶悪な無差別殺人鬼って可能性は無いんでしょうか?」

「……何故そう思うの?」

「それは……その、似たような手口だった1年前の『サッカー』事件は、何の関連性もない無差別殺人だったんですよね?」

「……! まあ、そうね。それで?」

 ローラが『サッカー』事件で当時の相棒だったトミーを死なせている事を(おもんぱか)ってか、若干言い難そうな様子のリンファを促す。

「その後に起きた『ルーガルー』や『ディープ・ワン』などの凶悪殺人鬼も基本的に無差別殺人でしたよね? そして極めつけはあの『エーリアル』です。あんな……怪物みたいな奴が実際にいたんです。今回の事件だって殺害方法からして、どう考えても尋常な殺人事件じゃありませんし、特に目的もなくただ突発的に殺したなんて可能性も……」

「…………」

 尋常な殺人事件ではないという点に関してはローラも同意だ。それはジョンやミラーカの推測とも外れていない。ただし……

「そうね。確かにあなたの言い分も一部(・・)は同意できるわ。でもだからと言って今回の事件も無差別殺人だという証拠にはならないわ。そうでしょう?」

「今まで殺された人達と今回の被害者達とに何か関係性があると?」

「それをこれから調べるんでしょう? 過去に類似の事件が起きたからって、今回もそうだと決めつけてしまうのはとても危険よ。憶測や断定は刑事が最も行ってはいけない物よ。あらゆる可能性を疑ってかかる……。その心を忘れないで」

「は、はい……。済みませんでした。生意気な事を聞いてしまって……」

 また消沈したような雰囲気になるリンファにローラは肩を竦める。

「別にいいのよ。特に新人の内は、解らない事や疑問に思った事はどんどん口に出してもらえるとこっちも助かるわ。そうすれば相手の考え方も解るし、相互理解が早まるでしょう?」

「せ、先輩……ありがとうございます!」

 今度はパッとその顔が明るくなる。感情の起伏が激しいらしい。

(東洋人は感情を余り表に出さないってイメージだったけど……て、それは日本人の事だったっけ? 中国人はそうでもないのかしら?)

 コロコロと変わるその表情に苦笑しつつ、きちんと前を見て運転するように促すローラであった。
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