File8:ハゲタカとドブネズミ
文字数 4,025文字
LAPD。当然の事ながら、『シューティングスター』の襲撃を目前に控えて警察署全体が物々しい雰囲気に包まれていた。既に重武装の警備部が出動しており、SWATの姿も垣間見えた。
「うわぁ……続々と集まってる感じね。最終的には『エーリアル』事件の時よりも集まるんじゃない?」
警察署に到着したローラ達。ナターシャは物見高く周囲を見渡しながら呟いた。
「それはそうでしょうよ。今回はFBIの協力も断っちゃってるし、敵がここに攻めてくると確実に解ってるからね。ただあの時の広い公園と違って街中に建つ大きな建物が舞台になるから、収容できる人数にも限界があるでしょうけど」
ローラは肩を竦めながら答える。そんな話をしながら署に入って刑事部のオフィスまで赴くと……
「先輩っ!」
リンファが駆け寄ってきた。どうやらかなり早くから出勤していたらしい。駆け寄ってきた彼女だが、ナターシャに気付いて目を丸くした。
「あ……あなたは、何故……?」
「ハイ、リンファ。久しぶりね。『シューティングスター』の正体 、私もローラと同じ見解なのよ。この世紀の事件を見逃す手はないわよね?」
既に面識があるリンファに対して気さくに手を上げて挨拶するナターシャ。リンファはいいのか? という風にローラを見たが、ローラは諦めたように苦笑して肩を竦めた。それでリンファにも状況が伝わったようだ。
「あの……冗談抜きに本当に危険ですよ? 相手は何十人ものギャング達を……」
「オーケー、オーケー。その辺の問答は既にローラと飽きる程繰り返してるから今更よ。勿論全部自己責任よ。怪我したって警察を訴えたりしないわ。死の危険も織り込み済みよ」
ナターシャはリンファの言葉を遮って断言する。ローラは手で額を覆いながらかぶりを振った。
「リンファ。もうこうなったら誰も彼女を止められないわ。ならせめて目の届く所にいてもらった方が得策よ。でしょ?」
「そ、それは、まあ……」
『バイツァ・ダスト』事件では短いながらナターシャと行動を共にした事もあるリンファは、ある程度彼女の人となりを理解しているようで溜息を吐きながら認めた。
「解ってもらえて何よりね。さて、それじゃ早速おたくの警部と話をさせて貰いましょうか。案内してくれる?」
無理やり押し掛けてきたくせにさも当然のように案内を頼むナターシャ。ローラもまた溜息を吐いて警部のオフィスに彼女を案内した。
結論から言うと、ナターシャの滞在 許可は思いのほかあっさり取れた。当たり前だがネルソンは今夜で『シューティングスター』を仕留めるつもりでいるようで、その華々しい 活躍を内外にアピールしたいと思っていたらしい。
だが事情が事情なので大っぴらにメディアを呼び集める訳にも行かず、そんな中で部下が勝手に連れ込んだ 新聞記者が彼の功績を広めてくれるなら万々歳という訳だ。
もし民間人を巻き込んだ事が世間からバッシングされた場合は、全ての責任を勝手に連れ込んだローラに押し付ける腹積もりだろう。
「話だけは聞いてたけど……ホントに保身と出世に関してだけは抜け目ないみたいね」
警部のオフィスから出たナターシャが呆れたように呟く。ローラは苦笑して頷いた。
「まあ、ね。でも本部長には買われてる部分もあるみたいだけど」
そんな事を話しながら廊下を歩いていると……
「おお、これは麗しのナターシャ嬢! 君もここに来ていたとは驚きだよ!」
大仰に驚いたような気障な台詞。こんな台詞を恥ずかしげもなく発するのは1人しかいない。
「あら、お久しぶりね、ミスター・ジュリアーニ。FBIもこの事件に絡んでいたのね。まあ理由は想像つくけど」
そこには予想通り両手を広げた姿勢のニックがいた。後ろにはクレアと、そしてクリスの姿もあった。
「おお、ナターシャ嬢。そんな他人行儀な呼び方ではなく、どうかニックと呼んで欲しいと前も言っただろう?」
ニックが悲し気な表情でかぶりを振るが、勿論本心から悲しんでる訳でないのは明白だ。ナターシャは肩を竦めた。
「お生憎様。私、軽い男とは適度な距離を置く事にしてるの。それにハグも無しよ。クレアに悪いからね」
「やれやれ、君もそれか。全く……女性同士の友情というのも時に考え物だね」
ニックは苦笑しながら引き下がった。代わりにクレアが進み出てきた。当然彼女とは自然にハグを交わすナターシャ。
「ナターシャ、あのセネムの送別会以来ね。相変わらずというか……今日ここで何が起きるか知っていて来たんでしょう?」
「勿論よ、クレア。本物のエイリアンを見れるかも知れない機会を私が逃すはずないでしょう?」
「……!」
ナターシャのその言葉にクレアだけでなく、ニックやクリスも思わずといった感じでローラの顔を見た。ローラは慌ててかぶりを振った。
「私じゃないわよ。彼女は独自に事件の調査をしてたみたいで、自力でその結論に至ったのよ。そうなったらもう彼女を止められないのは解ってるでしょう?」
「ほう……」
それを聞いてクリスが興味深そうな様子になる。ナターシャも新顔 であるクリスの事が気になったようだ。
「……ところでそちらの彼は? FBIのお仲間さんかしら?」
「あー……彼はFBIではなく、NROのクリストファー・ソレンソン氏よ」
黙っているクリス本人の代わりにクレアが補足する。ナターシャが目を細める。
「NROですって……? 確か航空宇宙技術に関連した軍事情報を扱う諜報機関だったかしら? という事はやっぱり『シューティングスター』は……」
「ほぉ……すぐにそこまで思い浮かぶとは、誰かさんよりも学があるようだな」
クリスがチラッと視線を向けると、ローラは少しバツが悪そうな表情で目を逸らした。クリスはナターシャに視線を戻した。
「お前の事も知っているぞ。ローラの周りをうろつく新聞記者だそうだな。早い段階でDIAと同じ結論に行き着く辺り、目の付け所は悪くないな」
「ローラ……ですって? 随分と親し気ね?」
NROの役人がローラの事をファーストネームで呼ばわるのに訝しむナターシャ。するとニックが面白そうな顔になって補足してきた。
「何と彼はローラと高校時代に交際していたそうだよ? クリストファーという名前に聞き覚えはないかい?」
「な、何ですって? 交際? 高校時代に……クリストファー…………あっ! まさか、ゾーイとのメールの時の!?」
クレアと違って即座に思い出したらしいナターシャ。彼女はクリスの顔をまじまじと見つめたかと思うと、おもむろに噴き出した。
「ぷっ……! あははは! あなたがあの ……!? お尻のグルーは全部綺麗に取れたのかしら!? あははは!」
「……っ!」
過去のメールの内容を覚えていた事はともかく、まさかここまであげっぴろに笑われるとは思っていなかったらしいクリスは顔を真っ赤にし、今までの表情の乏しさが嘘のように憤怒に目を吊り上げた。
「ちょ、ちょっと、ナターシャ……」
その悪戯を仕掛けた張本人であるローラが焦ったようにナターシャを制止しようとする。だが既に手遅れだった。
「貴様……事件や人の不幸にたかるハゲタカの分際で……!」
クリスのその言葉は今度はナターシャを刺激した。彼女は笑いを引っ込めてクリスを睨んだ。
「あら? 一丁前に怒ったの、連邦政府のエージェントさん? あなたがローラ達に対して行った仕打ちへの当然の報いでしょ? 大体私達マスコミがハゲタカなら、あなた達諜報機関はいつも日の当たらない所で隠れてコソコソ何かやってるドブネズミって所じゃない」
「何だと!?」
クリスが気色ばむ。大衆の知らない所で秘密裏に情報を収集し秘匿する諜報機関と、大衆に向けて情報を発信するマスコミというのは水と油の関係なのかも知れないと、ローラはふと思った。
「まあまあ、ご両人。落ち着いて。今夜には『シューティングスター』が現れるというのに、ここで人間同士 でいがみ合うなんて愚かな事だよ。そう思わないかい?」
ニックが間に入って仲裁する。クレアも加勢する。
「そうね。これから具体的な作戦会議があるはずだし、生き残る為には意思の疎通と統一は大事よ。喧嘩なら明日以降に存分にやればいいわ」
2人に仲裁され、クリスは冷静さを取り戻したように、しかし僅かに不快気に鼻を鳴らした。
「ふん……確かに紛れ込んだハゲタカなぞに構っているのは時間の無駄だな。精々調子に乗って食事中のライオンに近付き過ぎて襲われんようにな」
「あら、心配してくれるの? ご忠言ありがたく承りますわ」
クリスの皮肉をナターシャは笑っていなす。クリスは舌打ちすると、ローラの方にも睨むような視線をくれてから踵を返した。ニックとクレアが、ローラ達の方に苦笑するように肩を竦めてからクリスの後を追っていった。
ローラは彼等を見送ってからナターシャに向き直った。
「ナターシャ、その無駄に敵を作る性格直した方がいいわよ。……でも、ありがとう。あいつのポーカーフェイスが崩れるのを見て、ちょっとスカッとした」
やはり10年以上経った今も、彼の心にあの時のダメージが残っているのだと確信できた。正直ちょっといい気味だと思ってしまった。ナターシャが楽し気に笑った。
「ふふ、どう致しまして。さて、それじゃ刑事部に戻りましょうか?」
そして2人も連れ立ってリンファの待つ刑事部に戻っていった。『シューティングスター』の犯行予告の深夜0時は着実に迫っていた……
「うわぁ……続々と集まってる感じね。最終的には『エーリアル』事件の時よりも集まるんじゃない?」
警察署に到着したローラ達。ナターシャは物見高く周囲を見渡しながら呟いた。
「それはそうでしょうよ。今回はFBIの協力も断っちゃってるし、敵がここに攻めてくると確実に解ってるからね。ただあの時の広い公園と違って街中に建つ大きな建物が舞台になるから、収容できる人数にも限界があるでしょうけど」
ローラは肩を竦めながら答える。そんな話をしながら署に入って刑事部のオフィスまで赴くと……
「先輩っ!」
リンファが駆け寄ってきた。どうやらかなり早くから出勤していたらしい。駆け寄ってきた彼女だが、ナターシャに気付いて目を丸くした。
「あ……あなたは、何故……?」
「ハイ、リンファ。久しぶりね。『シューティングスター』の
既に面識があるリンファに対して気さくに手を上げて挨拶するナターシャ。リンファはいいのか? という風にローラを見たが、ローラは諦めたように苦笑して肩を竦めた。それでリンファにも状況が伝わったようだ。
「あの……冗談抜きに本当に危険ですよ? 相手は何十人ものギャング達を……」
「オーケー、オーケー。その辺の問答は既にローラと飽きる程繰り返してるから今更よ。勿論全部自己責任よ。怪我したって警察を訴えたりしないわ。死の危険も織り込み済みよ」
ナターシャはリンファの言葉を遮って断言する。ローラは手で額を覆いながらかぶりを振った。
「リンファ。もうこうなったら誰も彼女を止められないわ。ならせめて目の届く所にいてもらった方が得策よ。でしょ?」
「そ、それは、まあ……」
『バイツァ・ダスト』事件では短いながらナターシャと行動を共にした事もあるリンファは、ある程度彼女の人となりを理解しているようで溜息を吐きながら認めた。
「解ってもらえて何よりね。さて、それじゃ早速おたくの警部と話をさせて貰いましょうか。案内してくれる?」
無理やり押し掛けてきたくせにさも当然のように案内を頼むナターシャ。ローラもまた溜息を吐いて警部のオフィスに彼女を案内した。
結論から言うと、ナターシャの
だが事情が事情なので大っぴらにメディアを呼び集める訳にも行かず、そんな中で部下が
もし民間人を巻き込んだ事が世間からバッシングされた場合は、全ての責任を勝手に連れ込んだローラに押し付ける腹積もりだろう。
「話だけは聞いてたけど……ホントに保身と出世に関してだけは抜け目ないみたいね」
警部のオフィスから出たナターシャが呆れたように呟く。ローラは苦笑して頷いた。
「まあ、ね。でも本部長には買われてる部分もあるみたいだけど」
そんな事を話しながら廊下を歩いていると……
「おお、これは麗しのナターシャ嬢! 君もここに来ていたとは驚きだよ!」
大仰に驚いたような気障な台詞。こんな台詞を恥ずかしげもなく発するのは1人しかいない。
「あら、お久しぶりね、ミスター・ジュリアーニ。FBIもこの事件に絡んでいたのね。まあ理由は想像つくけど」
そこには予想通り両手を広げた姿勢のニックがいた。後ろにはクレアと、そしてクリスの姿もあった。
「おお、ナターシャ嬢。そんな他人行儀な呼び方ではなく、どうかニックと呼んで欲しいと前も言っただろう?」
ニックが悲し気な表情でかぶりを振るが、勿論本心から悲しんでる訳でないのは明白だ。ナターシャは肩を竦めた。
「お生憎様。私、軽い男とは適度な距離を置く事にしてるの。それにハグも無しよ。クレアに悪いからね」
「やれやれ、君もそれか。全く……女性同士の友情というのも時に考え物だね」
ニックは苦笑しながら引き下がった。代わりにクレアが進み出てきた。当然彼女とは自然にハグを交わすナターシャ。
「ナターシャ、あのセネムの送別会以来ね。相変わらずというか……今日ここで何が起きるか知っていて来たんでしょう?」
「勿論よ、クレア。本物のエイリアンを見れるかも知れない機会を私が逃すはずないでしょう?」
「……!」
ナターシャのその言葉にクレアだけでなく、ニックやクリスも思わずといった感じでローラの顔を見た。ローラは慌ててかぶりを振った。
「私じゃないわよ。彼女は独自に事件の調査をしてたみたいで、自力でその結論に至ったのよ。そうなったらもう彼女を止められないのは解ってるでしょう?」
「ほう……」
それを聞いてクリスが興味深そうな様子になる。ナターシャも
「……ところでそちらの彼は? FBIのお仲間さんかしら?」
「あー……彼はFBIではなく、NROのクリストファー・ソレンソン氏よ」
黙っているクリス本人の代わりにクレアが補足する。ナターシャが目を細める。
「NROですって……? 確か航空宇宙技術に関連した軍事情報を扱う諜報機関だったかしら? という事はやっぱり『シューティングスター』は……」
「ほぉ……すぐにそこまで思い浮かぶとは、誰かさんよりも学があるようだな」
クリスがチラッと視線を向けると、ローラは少しバツが悪そうな表情で目を逸らした。クリスはナターシャに視線を戻した。
「お前の事も知っているぞ。ローラの周りをうろつく新聞記者だそうだな。早い段階でDIAと同じ結論に行き着く辺り、目の付け所は悪くないな」
「ローラ……ですって? 随分と親し気ね?」
NROの役人がローラの事をファーストネームで呼ばわるのに訝しむナターシャ。するとニックが面白そうな顔になって補足してきた。
「何と彼はローラと高校時代に交際していたそうだよ? クリストファーという名前に聞き覚えはないかい?」
「な、何ですって? 交際? 高校時代に……クリストファー…………あっ! まさか、ゾーイとのメールの時の!?」
クレアと違って即座に思い出したらしいナターシャ。彼女はクリスの顔をまじまじと見つめたかと思うと、おもむろに噴き出した。
「ぷっ……! あははは! あなたが
「……っ!」
過去のメールの内容を覚えていた事はともかく、まさかここまであげっぴろに笑われるとは思っていなかったらしいクリスは顔を真っ赤にし、今までの表情の乏しさが嘘のように憤怒に目を吊り上げた。
「ちょ、ちょっと、ナターシャ……」
その悪戯を仕掛けた張本人であるローラが焦ったようにナターシャを制止しようとする。だが既に手遅れだった。
「貴様……事件や人の不幸にたかるハゲタカの分際で……!」
クリスのその言葉は今度はナターシャを刺激した。彼女は笑いを引っ込めてクリスを睨んだ。
「あら? 一丁前に怒ったの、連邦政府のエージェントさん? あなたがローラ達に対して行った仕打ちへの当然の報いでしょ? 大体私達マスコミがハゲタカなら、あなた達諜報機関はいつも日の当たらない所で隠れてコソコソ何かやってるドブネズミって所じゃない」
「何だと!?」
クリスが気色ばむ。大衆の知らない所で秘密裏に情報を収集し秘匿する諜報機関と、大衆に向けて情報を発信するマスコミというのは水と油の関係なのかも知れないと、ローラはふと思った。
「まあまあ、ご両人。落ち着いて。今夜には『シューティングスター』が現れるというのに、ここで
ニックが間に入って仲裁する。クレアも加勢する。
「そうね。これから具体的な作戦会議があるはずだし、生き残る為には意思の疎通と統一は大事よ。喧嘩なら明日以降に存分にやればいいわ」
2人に仲裁され、クリスは冷静さを取り戻したように、しかし僅かに不快気に鼻を鳴らした。
「ふん……確かに紛れ込んだハゲタカなぞに構っているのは時間の無駄だな。精々調子に乗って食事中のライオンに近付き過ぎて襲われんようにな」
「あら、心配してくれるの? ご忠言ありがたく承りますわ」
クリスの皮肉をナターシャは笑っていなす。クリスは舌打ちすると、ローラの方にも睨むような視線をくれてから踵を返した。ニックとクレアが、ローラ達の方に苦笑するように肩を竦めてからクリスの後を追っていった。
ローラは彼等を見送ってからナターシャに向き直った。
「ナターシャ、その無駄に敵を作る性格直した方がいいわよ。……でも、ありがとう。あいつのポーカーフェイスが崩れるのを見て、ちょっとスカッとした」
やはり10年以上経った今も、彼の心にあの時のダメージが残っているのだと確信できた。正直ちょっといい気味だと思ってしまった。ナターシャが楽し気に笑った。
「ふふ、どう致しまして。さて、それじゃ刑事部に戻りましょうか?」
そして2人も連れ立ってリンファの待つ刑事部に戻っていった。『シューティングスター』の犯行予告の深夜0時は着実に迫っていた……