File4:『エーリアル』
文字数 3,458文字
謎の空飛ぶ怪生物の噂は瞬く間にLAを駆け巡った。少数ではあるもののスマホのカメラで飛び去って行く『鳥人間』の姿の撮影に成功した者もあり、それらの画像や動画はネットを通じて拡散。マスコミにもセンセーショナルに取り上げられるようになった。
怪生物が飛び去って行ったのが北の方角である事から、ここ最近ロサンゼルス北部の国立公園近辺で起きている連続失踪事件との関わりが取り沙汰されるようになり、この『鳥人間』はマスコミによって『エーリアル』と名付けられた。
「『エーリアル』、ね……。空から襲ってくるって意味では言い得て妙かもな」
ロサンゼルス市警。ジョンがデスクに腰掛けながらロサンゼルス・タイムズを開いていた。一面に大きく『鳥人間』……いや、『エーリアル』の不鮮明な拡大写真が掲載され、見出しには『謎の怪生物!? 北部での失踪事件にも関与か!?』と書かれていた。
『エーリアル』とは本来、「空中の」「大気の」という意味合いの言葉であり、ジョンはその事を言っているのだろう。
「そうね。他にもミルトンの『失楽園』に登場する堕天使の1人の名前でもあるわ。私としてはそっちの方がしっくり来るけど」
ようやく聴取から解放されたローラが、隣の自分のデスクにグッタリという感じで腰を下ろす。ジョンがその姿を見て苦笑する。
「おう、やっと終わったのか? 全く災難だったなぁ……というかこの所ホントに災難続きだな?」
言いながらジョンは手早く砂糖のたっぷり入ったコーヒーを淹れて、ローラに差し出す。ローラは礼を言ってカップを受け取りながらげんなりした表情になる。
「……言わないで。自分でも呪われてるんじゃないかって思い始めてる所だから」
現場の第一発見者にして『エーリアル』の目撃者でもあるローラは、自身も刑事でありながら、重要参考人として今まで事情聴取で拘束されていたのである。とりあえず聞き出せる事は全て聞いたと判断されて、つい先刻やっと解放されたのだった。
「ま、そう言いたくなる気持ちも解るがな。俺もやっと退院できたって所に、また剣呑な怪物が現れたって聞いちゃ心穏やかにはいられないぜ」
「ジョン……」
ローラとはまた違う意味で受難続きであるジョンにとっても、新たな怪物の出現は胃が痛くなる問題なのかも知れない。ジョンが話題を変えた。
「ま、俺の事はいい。それよりお前の方はどうなったんだ? まさか今回の事件を担当しろなんて言われてないよな?」
「そのまさかよ」
「……おい、本気か? 断るって選択肢は無いのか?」
勿論ローラもそれを考えた。また今までのような悪夢に巻き込まれたら、という思いや恐怖はある。だがあの時の『エーリアル』の目……。あれは明らかにローラを見定めていた。
いつまた頭上からいきなりあの怪物が襲って来るか恐れながら過ごすよりも、こちらから積極的に追い詰めてこの悪夢をさっさと終わらせた方が精神衛生上も良いと判断したのだ。
「……なるほどな。まあ、そういう考え方もあるか」
「でもそれはあくまで私個人の問題よ。あなたにこれ以上迷惑を掛ける訳には行かないわ。今後は誰か別の人と……」
「相棒を降りろって話なら無しだぜ」
「ジョン……私はあの怪物と対峙したの。それで感じられたのは、あの『エーリアル』は、それこそ『ディープ・ワン』や『ルーガルー』と同等かそれ以上の怪物だという事よ。また何か大怪我をする可能性も……いえ、怪我じゃ済まない事だって――」
「ふん、だったら尚更お前1人だけ、そんな危険な奴の相手をさせられないだろ」
「ジョン、私は……」
「それにお前の事はダリオから託されたようなモンなんだ。俺はあいつの遺志を無駄にする気は無いぜ」
「……!」
「ま、そういう訳で、勝手にくっ付いてくる俺の事なんて気にするな。お前はいつも通りやるべき事をやればいいんだよ」
「ジョ、ジョン、ありがとう……!」
ローラは不覚にも少し涙ぐんでしまった。ローラに巻き込まれて何度も重傷を負っている事もあって、てっきりジョンはローラと組む事を内心では厭 んでいるのかと思っていたのだ。そこに来て今回の事件である。いい加減に愛想を突かされてもおかしくないと、自分から切り出したというのが正解だったのだ。
「……ったく。恥ずかしい事言わせるんじゃねぇ。ほら! それで今後の予定はどうなってるんだ?」
「そ、そうね……。おほん! まずは今回の被害者である男性の身元と、連れ去られた女性の身元。そして2人の関係から調べるわ」
「ふん、何故男は殺されたのに、女だけ連れ去られたのか……。その辺から調べようって訳だな?」
「ええ、それに何故彼女 だったのか。計画的に狙われたのか、通り魔的な犯行だったのか。その辺も併せて調べられればと思ってるわ」
「どうする? 今から早速向かうか?」
ジョンの問いにローラは頷いて飲み干したカップを置く。
「ええ、善は急げよ。警部からは正式に辞令が下ってるから問題ないはずよ」
「よしきた」
2人は準備を整えて警察署を出る。すると……
入口の前に人だかりが出来ていた。集まっていた人々 がローラを指差して騒めく。ジョンは顔を顰めた。ローラの顔も強張る。
「え、ちょっと……」「ちっ! 流石に耳聡い奴等だ」
ジョンが悪態を吐く暇もあらばこそ、人々が一斉に群がってきて2人を取り囲む。カメラのフラッシュがそこかしこで焚かれ、マイクが何本も突き付けられる。
「ギブソン刑事ですね!? 『エーリアル』の犯行の第一発見者とか!?」
「怪生物を直に見たとか!? あれは本物なんですか!?」
「攫われた女性の安否は――」
「付近の住民から銃声が聞こえたと――」
「目撃者の話では交通標識が真っ二つに――」
「奇怪な叫び声を聞いたと――」
各メディアの記者達……要はマスコミである。どうやらローラが『エーリアル』と遭遇した第一発見者であるという情報を早くも掴んで、ここで待ち構えていたようだ。
四方八方から飛んでくる質問は、一つ一つは意味のある言葉なのだろうが、こうして矢継ぎ早に一斉に放たれると最早音の洪水である。
いずれもっと詳しい情報が判明すれば、警察の方で正式に記者会見の場を設けるはずだが、当然マスコミは、そして大衆はそんな物を待ってはいられない。どんな些細な情報でもいいからローラから引き出そうと躍起になっている。
いかにロサンゼルスがアメリカ有数の大都市とは言え、通常一殺人事件でこのような状況になる事はない。人を殺す謎の空飛ぶ怪生物の存在は、それだけ全国的な注目を集めているという事だ。
パニックになり掛けたローラだが、ジョンが前に出て庇ってくれる。
「まだ詳しい事を発表できる段階じゃない! これからそれを調べるための捜査なんだ。邪魔しないでくれ!」
ジョンが大声を張り上げるが、マスコミは増々ヒートアップして質問攻めにしてくる。ジョンはローラの方に顔を向けて、車の方に顎をしゃくる。どうやら無視して行こうという事のようだ。
ジョンに庇われながら車まで急ぐローラ。その間にもマスコミは追随してきて質問を浴びせてくるが意識的に無視する。やっと車に到着して、ドアを開けて乗り込もうという瞬間――
「今回の事件、『ルーガルー』や『ディープ・ワン』とも関係があると思いますか!?」
「――ッ!?」
不意に飛んできた鋭い質問に思わず反応してしまう。
見やると質問してきたのは若い女性の記者だった。燃えるような赤毛が特徴的な人目を引く華やかな容姿をしているが、それとは不釣り合いな鋭い視線でローラを睨みつけている。
「そ、それはどういう……」
「おい! 早く乗れっ!」
その視線と先程の意味深な質問に虚を突かれたローラは、思わず受け答えをしてしまいそうになるが、そこにジョンの怒鳴り声が耳に響いてハッとなる。そして頭を振って車に乗り込む。
「よし、乗ったな!? 出るぞ!」
車の外ではしつこく記者達が纏わりついているが、ジョンはお構いなしにエンジンを掛けてアクセルを踏み出す。そこでようやく記者達も諦めたらしく車から離れたので、その隙を逃さずジョンは一気に警察署の敷地を「脱出」したのであった……
怪生物が飛び去って行ったのが北の方角である事から、ここ最近ロサンゼルス北部の国立公園近辺で起きている連続失踪事件との関わりが取り沙汰されるようになり、この『鳥人間』はマスコミによって『エーリアル』と名付けられた。
「『エーリアル』、ね……。空から襲ってくるって意味では言い得て妙かもな」
ロサンゼルス市警。ジョンがデスクに腰掛けながらロサンゼルス・タイムズを開いていた。一面に大きく『鳥人間』……いや、『エーリアル』の不鮮明な拡大写真が掲載され、見出しには『謎の怪生物!? 北部での失踪事件にも関与か!?』と書かれていた。
『エーリアル』とは本来、「空中の」「大気の」という意味合いの言葉であり、ジョンはその事を言っているのだろう。
「そうね。他にもミルトンの『失楽園』に登場する堕天使の1人の名前でもあるわ。私としてはそっちの方がしっくり来るけど」
ようやく聴取から解放されたローラが、隣の自分のデスクにグッタリという感じで腰を下ろす。ジョンがその姿を見て苦笑する。
「おう、やっと終わったのか? 全く災難だったなぁ……というかこの所ホントに災難続きだな?」
言いながらジョンは手早く砂糖のたっぷり入ったコーヒーを淹れて、ローラに差し出す。ローラは礼を言ってカップを受け取りながらげんなりした表情になる。
「……言わないで。自分でも呪われてるんじゃないかって思い始めてる所だから」
現場の第一発見者にして『エーリアル』の目撃者でもあるローラは、自身も刑事でありながら、重要参考人として今まで事情聴取で拘束されていたのである。とりあえず聞き出せる事は全て聞いたと判断されて、つい先刻やっと解放されたのだった。
「ま、そう言いたくなる気持ちも解るがな。俺もやっと退院できたって所に、また剣呑な怪物が現れたって聞いちゃ心穏やかにはいられないぜ」
「ジョン……」
ローラとはまた違う意味で受難続きであるジョンにとっても、新たな怪物の出現は胃が痛くなる問題なのかも知れない。ジョンが話題を変えた。
「ま、俺の事はいい。それよりお前の方はどうなったんだ? まさか今回の事件を担当しろなんて言われてないよな?」
「そのまさかよ」
「……おい、本気か? 断るって選択肢は無いのか?」
勿論ローラもそれを考えた。また今までのような悪夢に巻き込まれたら、という思いや恐怖はある。だがあの時の『エーリアル』の目……。あれは明らかにローラを見定めていた。
いつまた頭上からいきなりあの怪物が襲って来るか恐れながら過ごすよりも、こちらから積極的に追い詰めてこの悪夢をさっさと終わらせた方が精神衛生上も良いと判断したのだ。
「……なるほどな。まあ、そういう考え方もあるか」
「でもそれはあくまで私個人の問題よ。あなたにこれ以上迷惑を掛ける訳には行かないわ。今後は誰か別の人と……」
「相棒を降りろって話なら無しだぜ」
「ジョン……私はあの怪物と対峙したの。それで感じられたのは、あの『エーリアル』は、それこそ『ディープ・ワン』や『ルーガルー』と同等かそれ以上の怪物だという事よ。また何か大怪我をする可能性も……いえ、怪我じゃ済まない事だって――」
「ふん、だったら尚更お前1人だけ、そんな危険な奴の相手をさせられないだろ」
「ジョン、私は……」
「それにお前の事はダリオから託されたようなモンなんだ。俺はあいつの遺志を無駄にする気は無いぜ」
「……!」
「ま、そういう訳で、勝手にくっ付いてくる俺の事なんて気にするな。お前はいつも通りやるべき事をやればいいんだよ」
「ジョ、ジョン、ありがとう……!」
ローラは不覚にも少し涙ぐんでしまった。ローラに巻き込まれて何度も重傷を負っている事もあって、てっきりジョンはローラと組む事を内心では
「……ったく。恥ずかしい事言わせるんじゃねぇ。ほら! それで今後の予定はどうなってるんだ?」
「そ、そうね……。おほん! まずは今回の被害者である男性の身元と、連れ去られた女性の身元。そして2人の関係から調べるわ」
「ふん、何故男は殺されたのに、女だけ連れ去られたのか……。その辺から調べようって訳だな?」
「ええ、それに何故
「どうする? 今から早速向かうか?」
ジョンの問いにローラは頷いて飲み干したカップを置く。
「ええ、善は急げよ。警部からは正式に辞令が下ってるから問題ないはずよ」
「よしきた」
2人は準備を整えて警察署を出る。すると……
入口の前に人だかりが出来ていた。集まっていた
「え、ちょっと……」「ちっ! 流石に耳聡い奴等だ」
ジョンが悪態を吐く暇もあらばこそ、人々が一斉に群がってきて2人を取り囲む。カメラのフラッシュがそこかしこで焚かれ、マイクが何本も突き付けられる。
「ギブソン刑事ですね!? 『エーリアル』の犯行の第一発見者とか!?」
「怪生物を直に見たとか!? あれは本物なんですか!?」
「攫われた女性の安否は――」
「付近の住民から銃声が聞こえたと――」
「目撃者の話では交通標識が真っ二つに――」
「奇怪な叫び声を聞いたと――」
各メディアの記者達……要はマスコミである。どうやらローラが『エーリアル』と遭遇した第一発見者であるという情報を早くも掴んで、ここで待ち構えていたようだ。
四方八方から飛んでくる質問は、一つ一つは意味のある言葉なのだろうが、こうして矢継ぎ早に一斉に放たれると最早音の洪水である。
いずれもっと詳しい情報が判明すれば、警察の方で正式に記者会見の場を設けるはずだが、当然マスコミは、そして大衆はそんな物を待ってはいられない。どんな些細な情報でもいいからローラから引き出そうと躍起になっている。
いかにロサンゼルスがアメリカ有数の大都市とは言え、通常一殺人事件でこのような状況になる事はない。人を殺す謎の空飛ぶ怪生物の存在は、それだけ全国的な注目を集めているという事だ。
パニックになり掛けたローラだが、ジョンが前に出て庇ってくれる。
「まだ詳しい事を発表できる段階じゃない! これからそれを調べるための捜査なんだ。邪魔しないでくれ!」
ジョンが大声を張り上げるが、マスコミは増々ヒートアップして質問攻めにしてくる。ジョンはローラの方に顔を向けて、車の方に顎をしゃくる。どうやら無視して行こうという事のようだ。
ジョンに庇われながら車まで急ぐローラ。その間にもマスコミは追随してきて質問を浴びせてくるが意識的に無視する。やっと車に到着して、ドアを開けて乗り込もうという瞬間――
「今回の事件、『ルーガルー』や『ディープ・ワン』とも関係があると思いますか!?」
「――ッ!?」
不意に飛んできた鋭い質問に思わず反応してしまう。
見やると質問してきたのは若い女性の記者だった。燃えるような赤毛が特徴的な人目を引く華やかな容姿をしているが、それとは不釣り合いな鋭い視線でローラを睨みつけている。
「そ、それはどういう……」
「おい! 早く乗れっ!」
その視線と先程の意味深な質問に虚を突かれたローラは、思わず受け答えをしてしまいそうになるが、そこにジョンの怒鳴り声が耳に響いてハッとなる。そして頭を振って車に乗り込む。
「よし、乗ったな!? 出るぞ!」
車の外ではしつこく記者達が纏わりついているが、ジョンはお構いなしにエンジンを掛けてアクセルを踏み出す。そこでようやく記者達も諦めたらしく車から離れたので、その隙を逃さずジョンは一気に警察署の敷地を「脱出」したのであった……