File37:不死王メネス
文字数 3,483文字
磔にされたローラ達が見守る中で、ミラーカの刀が連続して煌めく。その全ての斬撃がメネスの身体に食い込み……そのまま突き抜けた。
「……っ!?」
手応えの無い感触にミラーカが目を剥く。砂の塊を斬っているようなもので、切り裂いた傍から砂によって修復されていく。傍目にはまるでミラーカの刀がメネスの身体をすり抜けているように見えた。
「ふ……」
メネスが口の端を吊り上げる。そして手を掲げるとその掌からまるでショットガンのような勢いで、小さな砂の塊が拡散して射出された。
「……!」
ミラーカは刀を縦横に動かし、自らに当たる軌道の弾丸を全て刀で弾いた。そして間髪入れずに前進すると、刀を大上段から振り下ろしメネスの頭頂部から股間までを縦に斬り裂いた!
だがやはり結果は同じだった。刀は単にメネスの身体を上から下まで素通りしただけで突き抜けてしまった。
「く……!」
ミラーカが歯噛みして一旦距離を取る。
「あ、ああ……やっぱり駄目だ。あいつは不死身なんだ。いくらミラーカさんでも、あんな奴に勝ってこない!」
ローラと同じく磔にされているジェシカが絶望に呻く。クレアとヴェロニカも口には出していないが、顔を青ざめさせてやはり絶望の表情となっていた。
だがローラは絶望していなかった。食い入るようにミラーカとメネスの戦いを見つめている。絶対に勝てっこないというなら今までの戦いだってそうだった。ヴラドにも『ルーガルー』にも、『ディープ・ワン』にだって、絶対に勝ち目は無かった。
しかし結果としてミラーカはその全ての戦いに生き残ってきた。彼女自身の力だけではない様々な要因が重なっての勝利であったが、ローラには何故かその一種の『勝負運』とでも言うべき物もまた、ミラーカの『力』ではないかと思い始めていた。
彼女なら何かを起こしてくれる――
そんな気がするのだ。
目の前ではミラーカが苦戦しているが、ローラは絶対の信頼をもって彼女の戦いを見守っていた。
メネスが片手を砂の鞭に変化させてミラーカを攻撃していた。鞭は本物と同じく人間には視認できない程の速度で風切り音と共に、四方八方からミラーカに襲い掛かる。
いくつかの攻撃は刀で弾くが、躱しきれない攻撃がミラーカの身体を打ち据える。打撃音と共にミラーカの美しい顔が苦痛に歪むが、何とか体勢を崩す事無く持ち堪える。
だがこのままではジリ貧だと悟ったミラーカは一気に魔力を解放。その背から皮膜翼が生え、髪が逆立ち目が真紅に輝く。戦闘形態だ!
「ほう……」
メネスが目を細めて興味深げな様子となる。余裕の体で隙だらけのメネスに向かって、ミラーカが翼をはためかせて突っ込む。先程までとは比較にならないスピードだ。メネスの繰り出す鞭を掻い潜って接近。連続して剣閃が走る。
首、心臓、大腿部といった一般 には急所とされる箇所を全て切り裂く。だが当然メネスに人体の急所という概念は無いようで……
「愚かな。何度やってもお前に余を傷つける事は――」
「黙りなさいっ!」
ミラーカがメネスの喋っている口の中に刀を突き入れる。そして突き入れたまま にした。更に間髪入れず刀から手放した両手を合わせてメネスの胴体に突っ込む。ミラーカの両手がメネスの身体の中に埋没した。
「……!」
「これなら……どうかしら!?」
そしてそこから水を掻き分けるような動作で両手を外側に押し広げた!
メネスの身体を内側から引き裂いたような形だ。するとメネスは身体ごと砂の粒子になって飛散 した。
ローラはこの光景に覚えがあった。案の定予想外の状況に戸惑うミラーカの背後に砂の粒子が渦を巻いて集まる。
「ミラーカ、後ろっ!」
「……ッ!」
メネスの身体が再構成 されるのと、ミラーカが咄嗟に振り向きながら距離を取るのはほぼ同時だった。
「……呆れたわね。流石にこれは反則じゃないかしら?」
呻くようなミラーカの言葉にメネスは薄く嗤う。
「言ったであろう? お前に余を傷つける事は出来んと。気が済んだのであればその変身を解いて余にひざまずくが良い」
「……冗談!」
ミラーカは刀を構え直す。だが攻略の糸口が掴めないのは事実であった。パワーやスピード、技術……それらがどれだけあっても全く意味を為さない相手だ。
降伏する意思など毛頭ないが、攻めあぐねているのも確かだ。メネスはそんな彼女の様子を嘲笑しながら、その手を砂の触手に変化させる。先程の鞭とは違う。あれはローラ達が捕らわれた時と同じものだ。
「ミラーカ、気を付けて! 捕まったら力を吸い取られるわ!」
「……!!」
ローラの警告を聞いたミラーカが一層表情を険しくさせて身構える。その瞬間メネスの手から砂の触手が恐ろしい勢いで唸りを上げて飛び掛かって来た。
ミラーカは翼をはためかせて高速で逃げ回るが、砂の触手は正確に追尾してくる。と、触手の先端が割れて4つに分かれた。
「……!」
4股となった砂の触手はそれぞれ別々の方向から襲い掛かる。流石のミラーカも躱しきれずに刀で斬り払う。だが触手は斬り払われると更に2つに分かれた。ジェシカの時と同じだ。
思わぬ空振りを喫したミラーカの体勢が僅かに崩れる。その隙を逃さず、2つに割れた触手がミラーカの刀を持つ手首に巻き付いた!
「あ……!」
ジェシカの悲鳴。
手の動きを封じられたミラーカはそのまま触手に引っ張られて大きく体勢を崩してしまう。そこに残りの触手が身体中に巻き付く。
「く……う……!」
ミラーカは呻きながら必死に身体をもがかせるが、徐々にその抵抗が緩慢になり、やがて戦闘形態が解けて元のミラーカに戻ってしまった。いや、戻されて しまったのだ。
力を吸い取られたミラーカが苦し気に膝を着く。チェックメイトだ。
「あ、ああ……ミ、ミラーカさんが……そんな……」
「く……どうにもならないの……?」
遂に頼みのミラーカまで捕まってしまい、ヴェロニカが泣きそうな顔で呻く。クレアもまた悔し気に顔を俯かせる。
「ふふふ……ようやく余にひざまずいたな、ミラーカよ。良い眺めだ。お前はこれから余の物となるのだ」
触手に巻き付かれたまま苦し気に膝を着くミラーカの姿に、メネスの顔が喜悦に歪む。だがミラーカは額から脂汗を滴らせながらも、気丈に口の端を吊り上げる。
「かわいそうな人……。こうやって縛り付けて洗脳しないと女を愛せないなんて」
「……何だと?」
メネスが何を言われたのか理解できないという風に目を瞬かせる。
「女を見下すあなたの根底にある感情は……怖れ ね? あなた、本当は女が怖いんでしょう?」
「……ッ!」
メネスの目が見開かれる。
「従者は勿論、信徒にも女性がいないのはその為ね? こうして女を捕まえて虐待して制圧する事で、自分の中の怖れを誤魔化している」
「……黙れ」
「恐らくまだ人間だった頃に何かがあったのね? あなたが女を憎み、恐れるようになった何かが。恋人? 妻? それとも……母親?」
「黙れっ!」
「だから制圧して洗脳して人形のようになった女しか怖くて侍らせられないのね。本当に哀れで臆病な人――」
「――黙れと言っているのが聞こえんのかぁっ!!」
「ぐぅ!?」
メネスがこれまでの態度からは考えられないような激昂を露わにして、ミラーカを締め上げる。宙吊りに持ち上げられたミラーカは、そのまま魔力を吸い取られながら鉄のように硬くなった触手に締めあげられ、苦鳴を上げる。
「ミラーカッ!」
ローラは恋人の苦しむ姿に叫んで、何とか磔から逃れようともがくが、無情にも砂の枷はビクともしない。勿論ジェシカ達も同様だ。いや、そもそも仮に逃れた所でローラ達に何が出来る訳でもない。
(でも、このままじゃミラーカが……!)
最早万事休すかと思われたが、その時……
――バタンッ!!
ホールの扉が大きな音と共に開いた。ローラを含め全員の視線が出入り口の方に向いた。そこに立っていたのは……
「やめなさい、メネス! 私ならここよっ!」
「……ゾーイ?」
教会で別れた時のままの、薄汚れたジャケットとショートパンツ姿の美女。それはまさしくゾーイ・ギルモア本人であった!
「……っ!?」
手応えの無い感触にミラーカが目を剥く。砂の塊を斬っているようなもので、切り裂いた傍から砂によって修復されていく。傍目にはまるでミラーカの刀がメネスの身体をすり抜けているように見えた。
「ふ……」
メネスが口の端を吊り上げる。そして手を掲げるとその掌からまるでショットガンのような勢いで、小さな砂の塊が拡散して射出された。
「……!」
ミラーカは刀を縦横に動かし、自らに当たる軌道の弾丸を全て刀で弾いた。そして間髪入れずに前進すると、刀を大上段から振り下ろしメネスの頭頂部から股間までを縦に斬り裂いた!
だがやはり結果は同じだった。刀は単にメネスの身体を上から下まで素通りしただけで突き抜けてしまった。
「く……!」
ミラーカが歯噛みして一旦距離を取る。
「あ、ああ……やっぱり駄目だ。あいつは不死身なんだ。いくらミラーカさんでも、あんな奴に勝ってこない!」
ローラと同じく磔にされているジェシカが絶望に呻く。クレアとヴェロニカも口には出していないが、顔を青ざめさせてやはり絶望の表情となっていた。
だがローラは絶望していなかった。食い入るようにミラーカとメネスの戦いを見つめている。絶対に勝てっこないというなら今までの戦いだってそうだった。ヴラドにも『ルーガルー』にも、『ディープ・ワン』にだって、絶対に勝ち目は無かった。
しかし結果としてミラーカはその全ての戦いに生き残ってきた。彼女自身の力だけではない様々な要因が重なっての勝利であったが、ローラには何故かその一種の『勝負運』とでも言うべき物もまた、ミラーカの『力』ではないかと思い始めていた。
彼女なら何かを起こしてくれる――
そんな気がするのだ。
目の前ではミラーカが苦戦しているが、ローラは絶対の信頼をもって彼女の戦いを見守っていた。
メネスが片手を砂の鞭に変化させてミラーカを攻撃していた。鞭は本物と同じく人間には視認できない程の速度で風切り音と共に、四方八方からミラーカに襲い掛かる。
いくつかの攻撃は刀で弾くが、躱しきれない攻撃がミラーカの身体を打ち据える。打撃音と共にミラーカの美しい顔が苦痛に歪むが、何とか体勢を崩す事無く持ち堪える。
だがこのままではジリ貧だと悟ったミラーカは一気に魔力を解放。その背から皮膜翼が生え、髪が逆立ち目が真紅に輝く。戦闘形態だ!
「ほう……」
メネスが目を細めて興味深げな様子となる。余裕の体で隙だらけのメネスに向かって、ミラーカが翼をはためかせて突っ込む。先程までとは比較にならないスピードだ。メネスの繰り出す鞭を掻い潜って接近。連続して剣閃が走る。
首、心臓、大腿部といった
「愚かな。何度やってもお前に余を傷つける事は――」
「黙りなさいっ!」
ミラーカがメネスの喋っている口の中に刀を突き入れる。そして突き入れた
「……!」
「これなら……どうかしら!?」
そしてそこから水を掻き分けるような動作で両手を外側に押し広げた!
メネスの身体を内側から引き裂いたような形だ。するとメネスは身体ごと砂の粒子になって
ローラはこの光景に覚えがあった。案の定予想外の状況に戸惑うミラーカの背後に砂の粒子が渦を巻いて集まる。
「ミラーカ、後ろっ!」
「……ッ!」
メネスの身体が
「……呆れたわね。流石にこれは反則じゃないかしら?」
呻くようなミラーカの言葉にメネスは薄く嗤う。
「言ったであろう? お前に余を傷つける事は出来んと。気が済んだのであればその変身を解いて余にひざまずくが良い」
「……冗談!」
ミラーカは刀を構え直す。だが攻略の糸口が掴めないのは事実であった。パワーやスピード、技術……それらがどれだけあっても全く意味を為さない相手だ。
降伏する意思など毛頭ないが、攻めあぐねているのも確かだ。メネスはそんな彼女の様子を嘲笑しながら、その手を砂の触手に変化させる。先程の鞭とは違う。あれはローラ達が捕らわれた時と同じものだ。
「ミラーカ、気を付けて! 捕まったら力を吸い取られるわ!」
「……!!」
ローラの警告を聞いたミラーカが一層表情を険しくさせて身構える。その瞬間メネスの手から砂の触手が恐ろしい勢いで唸りを上げて飛び掛かって来た。
ミラーカは翼をはためかせて高速で逃げ回るが、砂の触手は正確に追尾してくる。と、触手の先端が割れて4つに分かれた。
「……!」
4股となった砂の触手はそれぞれ別々の方向から襲い掛かる。流石のミラーカも躱しきれずに刀で斬り払う。だが触手は斬り払われると更に2つに分かれた。ジェシカの時と同じだ。
思わぬ空振りを喫したミラーカの体勢が僅かに崩れる。その隙を逃さず、2つに割れた触手がミラーカの刀を持つ手首に巻き付いた!
「あ……!」
ジェシカの悲鳴。
手の動きを封じられたミラーカはそのまま触手に引っ張られて大きく体勢を崩してしまう。そこに残りの触手が身体中に巻き付く。
「く……う……!」
ミラーカは呻きながら必死に身体をもがかせるが、徐々にその抵抗が緩慢になり、やがて戦闘形態が解けて元のミラーカに戻ってしまった。いや、
力を吸い取られたミラーカが苦し気に膝を着く。チェックメイトだ。
「あ、ああ……ミ、ミラーカさんが……そんな……」
「く……どうにもならないの……?」
遂に頼みのミラーカまで捕まってしまい、ヴェロニカが泣きそうな顔で呻く。クレアもまた悔し気に顔を俯かせる。
「ふふふ……ようやく余にひざまずいたな、ミラーカよ。良い眺めだ。お前はこれから余の物となるのだ」
触手に巻き付かれたまま苦し気に膝を着くミラーカの姿に、メネスの顔が喜悦に歪む。だがミラーカは額から脂汗を滴らせながらも、気丈に口の端を吊り上げる。
「かわいそうな人……。こうやって縛り付けて洗脳しないと女を愛せないなんて」
「……何だと?」
メネスが何を言われたのか理解できないという風に目を瞬かせる。
「女を見下すあなたの根底にある感情は……
「……ッ!」
メネスの目が見開かれる。
「従者は勿論、信徒にも女性がいないのはその為ね? こうして女を捕まえて虐待して制圧する事で、自分の中の怖れを誤魔化している」
「……黙れ」
「恐らくまだ人間だった頃に何かがあったのね? あなたが女を憎み、恐れるようになった何かが。恋人? 妻? それとも……母親?」
「黙れっ!」
「だから制圧して洗脳して人形のようになった女しか怖くて侍らせられないのね。本当に哀れで臆病な人――」
「――黙れと言っているのが聞こえんのかぁっ!!」
「ぐぅ!?」
メネスがこれまでの態度からは考えられないような激昂を露わにして、ミラーカを締め上げる。宙吊りに持ち上げられたミラーカは、そのまま魔力を吸い取られながら鉄のように硬くなった触手に締めあげられ、苦鳴を上げる。
「ミラーカッ!」
ローラは恋人の苦しむ姿に叫んで、何とか磔から逃れようともがくが、無情にも砂の枷はビクともしない。勿論ジェシカ達も同様だ。いや、そもそも仮に逃れた所でローラ達に何が出来る訳でもない。
(でも、このままじゃミラーカが……!)
最早万事休すかと思われたが、その時……
――バタンッ!!
ホールの扉が大きな音と共に開いた。ローラを含め全員の視線が出入り口の方に向いた。そこに立っていたのは……
「やめなさい、メネス! 私ならここよっ!」
「……ゾーイ?」
教会で別れた時のままの、薄汚れたジャケットとショートパンツ姿の美女。それはまさしくゾーイ・ギルモア本人であった!