File18:悲しき訣別
文字数 4,422文字
『ルーガルー』は顔を落とし、ローラの顔の至近距離に鼻先を近付ける。鼻と鼻がくっつきそうな程の至近距離だ。
(ひっ!?)
ローラは思わず息を呑んで、悲鳴を押し殺す。『ルーガルー』は恐怖に固まるローラに鼻先をくっつけて匂いを嗅ぎまわる。それはまるであのマコーミック邸での再現のようだ。ローラは目を瞑って必死に怖気に耐える。
「グッグッグッ……!」
そしてやはりあの時のように奇怪な嗤い声を上げると、跳躍してあっという間にローラの視界から消え去ってしまった。どうやらどこかに身を隠したようだ。
(ど、どこ!? どこに隠れたの!? まさか、ミラーカ達を……!)
ローラは慌てて周囲に視線を巡らせるが『ルーガルー』の姿を見つける事は出来なかった。その時この開けた中央のスペースに入ってくる人影があった。2人いる。僅かな照明と月明りの中に進み出てきた人影はどちらも女性のようだ。あれは……
(ミ、ミラーカ……! それにアッカーマン捜査官も!)
紛れもなくミラーカの姿であった。あのゴルフ場の時と同じく、既にボンテージファッションで刀を抜き放って臨戦態勢のようだ。後ろにいるクレアも銃を抜いている。
「んん! んんーー!!」
(駄目……! 『ルーガルー』が隠れて……!)
何とかその事を伝えようとするが、テープで塞がれているため伝える事が出来ない。だがその呻き声にミラーカ達が気付いた。
「ローラっ! 無事で良かった……! もう少しだけ待っていてね? あなたをこんな目に遭わせた悪いオオカミさんにお仕置きしてや――」
ミラーカが言い終わる前に、彼女の頭上を黒い影が覆った。『ルーガルー』だ! 凶悪な鉤爪の生えた手を真上から打ち下ろしてくる。
「――っぁ!?」
間一髪で躱すミラーカ。そのまま振りぬかれた剛腕は地面を大きく抉り取る。
「ッ! 『ルーガルー』!」
少し離れた後方から追随していたクレアが咄嗟に牽制の銃撃を撃ち込む。その隙に何とか体勢を立て直すミラーカ。
「……現れたわね。一度殺し掛けた女相手に不意打ちなんて……その性格通り卑怯で卑劣で臆病なやり口ね」
ローラはミラーカの調子が常と違う事に気付いた。妙に殺気立った雰囲気に、キツい口調と台詞。これは……
(ミラーカ……。怒ってる……?)
「あなたはローラの尊敬を勝ち得ていながら彼女を騙し、それを踏みにじった。今彼女が感じている悲しみや苦しみがあなたに想像できる? いえ、きっと出来ないでしょうね。だから……私が思い知らせてあげる」
「……!」
(ミラーカ……!)
ミラーカは……ローラの心情を慮って、その原因となったマイヤーズに激怒しているのだった。それを理解した時、ローラの中に名状しがたい感情が沸き上がった。
『ルーガルー』は咆哮を上げるとミラーカに飛び掛かる。再び剛腕が振るわれる。ミラーカは神経を集中させながら冷静にそれを躱す。そして相手が攻撃を空振りした隙を突いて、一気に刀を突き入れる。
「く……!」
だがミラーカの表情が悔し気に歪められる。刀は僅かに表皮に突き刺さっただけで、『ルーガルー』の分厚く硬い筋肉を貫くまでいかなかった。吸血鬼の怪力で突き刺しているはずなのに、何という馬鹿げた耐久力だろうか。生半可な銃弾など通らないのも頷ける。
今度はミラーカがカウンターを受けた。下から振り上げてくる鉤爪を咄嗟に刀でガードするが、その衝撃に耐えきれず、そのまま後方にあった廃品の山に背中から叩き付けられる。
「ぐぅ……!」
ミラーカが苦痛に呻く。『ルーガルー』は嘲笑とも高揚とも取れる咆哮を上げるとミラーカに追撃を掛けようとするが、そこに再びクレアの援護射撃。『ルーガルー』が足を止めた一瞬の隙に、ミラーカは刀を構えて起き上がる。
『ルーガルー』が苛立たし気にクレアの方に向き直った。ちょこまか横槍を入れてくるクレアの方を先に始末するつもりだ。クレアがビクッと硬直する。
(まずいっ!)
ローラがそう思う暇もあらばこそ、『ルーガルー』の巨体がクレアに飛び掛かる。が……
「させないっ!」
ミラーカが刀を構えて斬り込む。凄まじい速度だ。よく見るとその背中からは白い皮膜翼が生えていた。自慢の黒髪も逆立っている。いつの間にか怪物化しているようだった。
首筋を狙う一撃だが、『ルーガルー』は腕を上げてそれを防ぐ。それはあのゴルフ場での死闘の再現のようであった。そしてその結果も……
「がはっ……!」
乾坤一擲の一撃を防がれたミラーカは大きく体勢が崩れ、そこに『ルーガルー』の巨大な拳が叩き込まれた。剛拳はあっさりとミラーカの胴体を貫通し、彼女を再び大きく後方へ吹き飛ばした。吸血鬼であるミラーカはこれだけでは死なないが、流石にダメージが大きくすぐには立ち上がれない。
『ルーガルー』がそんなミラーカを無視してクレアの方に向き直る。どうやらより簡単に殺せるクレアの方をターゲットに定めたようだ。クレアは青ざめながらも後退しつつ銃撃を加える。だが今更そんなものに怯むような化け物ではない。
お構いなしに距離を詰めると、クレアを一気に引き裂こうとその腕を大きく振りかぶる。惨劇を予想してローラは思わず目を背ける。
「――――もう、やめろぉぉぉっ!」
(……え?)
ミラーカともクレアとも異なる第三者の――少女の声。『ルーガルー』の動きが止まる。ローラが視線を戻すと、今まで隠れていたらしい人影が飛び出し『ルーガルー』とクレアとの間に割り込んだ!
それはパンクファッションに身を包んだ見慣れない少女だった。奇抜な格好だが実年齢はまだ十代に見える。全く予想だにしていなかった第三者の登場にローラは呆気に取られる。少女は『ルーガルー』の前で両手を広げて立ち塞がるような姿勢を取った。
(な、何なの、あの娘!? いや、それよりも、危ない……!)
「グッ……!?」
だがローラの予想に反して、『ルーガルー』は腕を振りかぶった姿勢のまま戸惑ったように動きを止めている。鉤爪が振り下ろされる気配はない。
「もう、やめろよ……親父っ!!」
(お、親父!? ま、まさか、あの娘……)
ローラが驚愕している間にも少女は言葉を続ける。
「全部……知ってるんだっ! 親父が獣の呪いに苦しんでた事も……殺人鬼になっちまった事も……。頼む……もう……もう、やめてくれ……」
その言葉には万感の思いが込められているようだった。父親の正体を知っていてそれを今まで誰にも……本人にすら言えずに自分の中だけで抱え込んでいた……。ローラにはあの少女の苦悩を想像する事しか出来なかった。
身体を起こしたミラーカが静かな口調で問い掛ける。
「……リチャード・マイヤーズ。これがあなたが『人』であり得る最後のチャンスよ。娘の事を思う気持ちが僅かでもあるなら、もうこんな事はやめてFBIに自首しなさい。FBIには超常犯罪を扱う部署がある。後は上手く処理してくれるわ」
「親父……頼む……」
少女の懇願。その強気そうな外見からは考えられないような、縋るような声音。そこにこの少女の想いが全て現れていた。娘のその想いに対してマイヤーズは……
「グッ……」
引きつったような唸り声。
「グッグッグッ……」
それは徐々に……笑い声へと変化し――
「グゥワァァァァァッ!!」
――爆発した。その咆哮は怒りであり、歓喜であり、そして悲しみでもあったのか……。ローラには解らない。だがマイヤーズは選択 した。それだけは解った。
――鮮血が、赤い火花となって夜空に飛び散った。
振り下ろされた『ルーガルー』の腕。そして……胸から胴に掛けてざっくりと切り裂かれて、物も言わずに倒れ伏す少女の姿……。
マイヤーズが『人』である事を止め、完全なる『獣』となった瞬間であった。
「ッ! 貴様ぁぁぁっ!」
ミラーカが常からは考えられないような怒号を発しつつ、刀を構えて特攻する。『ルーガルー』が腕を横薙ぎに振るう。それを掻い潜って胴体に斬り付けるミラーカ。だがやはりその筋肉の壁を破る事が出来ないようだ。しかし既に怪物化しているミラーカは、そのまま翼をはためかせながら高速で旋回し、『ルーガルー』を幻惑するようにヒット&アウェイを繰り返す。
2体の怪物による死闘が繰り広げられる横を掻い潜って、クレアがローラの捕らわれている場所まで近付いてきた。
(アッカーマン捜査官……!)
「ったく! アレに巻き込まれたら命がいくつあっても足りないわ。……ギブソン刑事、感謝しなさいよね。これは一つ貸し よ?」
クレアはポケットから小さな鍵を取り出して、ローラの手錠を外した。
「あ、ありがとう……。でも私なんかよりあの子を……!」
自由を取り戻したローラは礼を言うのももどかしく、未だ倒れ伏したままの少女の元へと駆けつける。抱き起こすとざっくりと裂け、血にまみれた胴体が目に入った。ダリオの時と同じだ。
「ねぇ! しっかりしてっ! 目を開けなさいっ!」
血が飛び散った青白い顔で目を閉じていた少女が、ローラの叫び声に薄っすら目を開ける。
「う……うる、せぇな……。耳元で……大声、出すんじゃ、ねぇ……」
「ッ! 良かった……! 喋らないで! すぐに救急車を呼ぶからっ!」
クレアに救急車の手配を頼もうと振り返ろうとしたローラの腕を、少女の手が掴む。
「いい……余計な、コト、すんな……。あの、親父の姿……人目に、晒す訳には、行かねぇだろ……?」
「……!」
この期に及んでまだアレを父親と呼ぶ少女の姿に物悲しさを感じたローラだが、今は緊急事態だ。だが少女はゆっくりとだが首を振る。
「あたしなら……大丈夫 だ」
「え……?」
大丈夫? この傷は控えめに言っても重傷だ。すぐに救命措置を行わないと間違いなく命に係わる。だが今の少女の言い方は、単純な強がりとは違っていたような……
「いいんだ……。親父の、過ちは……あたしが、止める……! それが、身内の、責任だから……!」
「な……」
その時点でローラは自分の腕の中にいる少女の変化 に気付いた。傍で見ていたクレアも目を丸くする。
「ジェシカ……。『ルーガルー』は必ず止めるって言ってたけど……なるほど、そういう事 だったのね……」
怪物達が血みどろの戦いを繰り広げる悪夢の夜は今、最終局面を迎えようとしていた。
(ひっ!?)
ローラは思わず息を呑んで、悲鳴を押し殺す。『ルーガルー』は恐怖に固まるローラに鼻先をくっつけて匂いを嗅ぎまわる。それはまるであのマコーミック邸での再現のようだ。ローラは目を瞑って必死に怖気に耐える。
「グッグッグッ……!」
そしてやはりあの時のように奇怪な嗤い声を上げると、跳躍してあっという間にローラの視界から消え去ってしまった。どうやらどこかに身を隠したようだ。
(ど、どこ!? どこに隠れたの!? まさか、ミラーカ達を……!)
ローラは慌てて周囲に視線を巡らせるが『ルーガルー』の姿を見つける事は出来なかった。その時この開けた中央のスペースに入ってくる人影があった。2人いる。僅かな照明と月明りの中に進み出てきた人影はどちらも女性のようだ。あれは……
(ミ、ミラーカ……! それにアッカーマン捜査官も!)
紛れもなくミラーカの姿であった。あのゴルフ場の時と同じく、既にボンテージファッションで刀を抜き放って臨戦態勢のようだ。後ろにいるクレアも銃を抜いている。
「んん! んんーー!!」
(駄目……! 『ルーガルー』が隠れて……!)
何とかその事を伝えようとするが、テープで塞がれているため伝える事が出来ない。だがその呻き声にミラーカ達が気付いた。
「ローラっ! 無事で良かった……! もう少しだけ待っていてね? あなたをこんな目に遭わせた悪いオオカミさんにお仕置きしてや――」
ミラーカが言い終わる前に、彼女の頭上を黒い影が覆った。『ルーガルー』だ! 凶悪な鉤爪の生えた手を真上から打ち下ろしてくる。
「――っぁ!?」
間一髪で躱すミラーカ。そのまま振りぬかれた剛腕は地面を大きく抉り取る。
「ッ! 『ルーガルー』!」
少し離れた後方から追随していたクレアが咄嗟に牽制の銃撃を撃ち込む。その隙に何とか体勢を立て直すミラーカ。
「……現れたわね。一度殺し掛けた女相手に不意打ちなんて……その性格通り卑怯で卑劣で臆病なやり口ね」
ローラはミラーカの調子が常と違う事に気付いた。妙に殺気立った雰囲気に、キツい口調と台詞。これは……
(ミラーカ……。怒ってる……?)
「あなたはローラの尊敬を勝ち得ていながら彼女を騙し、それを踏みにじった。今彼女が感じている悲しみや苦しみがあなたに想像できる? いえ、きっと出来ないでしょうね。だから……私が思い知らせてあげる」
「……!」
(ミラーカ……!)
ミラーカは……ローラの心情を慮って、その原因となったマイヤーズに激怒しているのだった。それを理解した時、ローラの中に名状しがたい感情が沸き上がった。
『ルーガルー』は咆哮を上げるとミラーカに飛び掛かる。再び剛腕が振るわれる。ミラーカは神経を集中させながら冷静にそれを躱す。そして相手が攻撃を空振りした隙を突いて、一気に刀を突き入れる。
「く……!」
だがミラーカの表情が悔し気に歪められる。刀は僅かに表皮に突き刺さっただけで、『ルーガルー』の分厚く硬い筋肉を貫くまでいかなかった。吸血鬼の怪力で突き刺しているはずなのに、何という馬鹿げた耐久力だろうか。生半可な銃弾など通らないのも頷ける。
今度はミラーカがカウンターを受けた。下から振り上げてくる鉤爪を咄嗟に刀でガードするが、その衝撃に耐えきれず、そのまま後方にあった廃品の山に背中から叩き付けられる。
「ぐぅ……!」
ミラーカが苦痛に呻く。『ルーガルー』は嘲笑とも高揚とも取れる咆哮を上げるとミラーカに追撃を掛けようとするが、そこに再びクレアの援護射撃。『ルーガルー』が足を止めた一瞬の隙に、ミラーカは刀を構えて起き上がる。
『ルーガルー』が苛立たし気にクレアの方に向き直った。ちょこまか横槍を入れてくるクレアの方を先に始末するつもりだ。クレアがビクッと硬直する。
(まずいっ!)
ローラがそう思う暇もあらばこそ、『ルーガルー』の巨体がクレアに飛び掛かる。が……
「させないっ!」
ミラーカが刀を構えて斬り込む。凄まじい速度だ。よく見るとその背中からは白い皮膜翼が生えていた。自慢の黒髪も逆立っている。いつの間にか怪物化しているようだった。
首筋を狙う一撃だが、『ルーガルー』は腕を上げてそれを防ぐ。それはあのゴルフ場での死闘の再現のようであった。そしてその結果も……
「がはっ……!」
乾坤一擲の一撃を防がれたミラーカは大きく体勢が崩れ、そこに『ルーガルー』の巨大な拳が叩き込まれた。剛拳はあっさりとミラーカの胴体を貫通し、彼女を再び大きく後方へ吹き飛ばした。吸血鬼であるミラーカはこれだけでは死なないが、流石にダメージが大きくすぐには立ち上がれない。
『ルーガルー』がそんなミラーカを無視してクレアの方に向き直る。どうやらより簡単に殺せるクレアの方をターゲットに定めたようだ。クレアは青ざめながらも後退しつつ銃撃を加える。だが今更そんなものに怯むような化け物ではない。
お構いなしに距離を詰めると、クレアを一気に引き裂こうとその腕を大きく振りかぶる。惨劇を予想してローラは思わず目を背ける。
「――――もう、やめろぉぉぉっ!」
(……え?)
ミラーカともクレアとも異なる第三者の――少女の声。『ルーガルー』の動きが止まる。ローラが視線を戻すと、今まで隠れていたらしい人影が飛び出し『ルーガルー』とクレアとの間に割り込んだ!
それはパンクファッションに身を包んだ見慣れない少女だった。奇抜な格好だが実年齢はまだ十代に見える。全く予想だにしていなかった第三者の登場にローラは呆気に取られる。少女は『ルーガルー』の前で両手を広げて立ち塞がるような姿勢を取った。
(な、何なの、あの娘!? いや、それよりも、危ない……!)
「グッ……!?」
だがローラの予想に反して、『ルーガルー』は腕を振りかぶった姿勢のまま戸惑ったように動きを止めている。鉤爪が振り下ろされる気配はない。
「もう、やめろよ……親父っ!!」
(お、親父!? ま、まさか、あの娘……)
ローラが驚愕している間にも少女は言葉を続ける。
「全部……知ってるんだっ! 親父が獣の呪いに苦しんでた事も……殺人鬼になっちまった事も……。頼む……もう……もう、やめてくれ……」
その言葉には万感の思いが込められているようだった。父親の正体を知っていてそれを今まで誰にも……本人にすら言えずに自分の中だけで抱え込んでいた……。ローラにはあの少女の苦悩を想像する事しか出来なかった。
身体を起こしたミラーカが静かな口調で問い掛ける。
「……リチャード・マイヤーズ。これがあなたが『人』であり得る最後のチャンスよ。娘の事を思う気持ちが僅かでもあるなら、もうこんな事はやめてFBIに自首しなさい。FBIには超常犯罪を扱う部署がある。後は上手く処理してくれるわ」
「親父……頼む……」
少女の懇願。その強気そうな外見からは考えられないような、縋るような声音。そこにこの少女の想いが全て現れていた。娘のその想いに対してマイヤーズは……
「グッ……」
引きつったような唸り声。
「グッグッグッ……」
それは徐々に……笑い声へと変化し――
「グゥワァァァァァッ!!」
――爆発した。その咆哮は怒りであり、歓喜であり、そして悲しみでもあったのか……。ローラには解らない。だがマイヤーズは
――鮮血が、赤い火花となって夜空に飛び散った。
振り下ろされた『ルーガルー』の腕。そして……胸から胴に掛けてざっくりと切り裂かれて、物も言わずに倒れ伏す少女の姿……。
マイヤーズが『人』である事を止め、完全なる『獣』となった瞬間であった。
「ッ! 貴様ぁぁぁっ!」
ミラーカが常からは考えられないような怒号を発しつつ、刀を構えて特攻する。『ルーガルー』が腕を横薙ぎに振るう。それを掻い潜って胴体に斬り付けるミラーカ。だがやはりその筋肉の壁を破る事が出来ないようだ。しかし既に怪物化しているミラーカは、そのまま翼をはためかせながら高速で旋回し、『ルーガルー』を幻惑するようにヒット&アウェイを繰り返す。
2体の怪物による死闘が繰り広げられる横を掻い潜って、クレアがローラの捕らわれている場所まで近付いてきた。
(アッカーマン捜査官……!)
「ったく! アレに巻き込まれたら命がいくつあっても足りないわ。……ギブソン刑事、感謝しなさいよね。これは一つ
クレアはポケットから小さな鍵を取り出して、ローラの手錠を外した。
「あ、ありがとう……。でも私なんかよりあの子を……!」
自由を取り戻したローラは礼を言うのももどかしく、未だ倒れ伏したままの少女の元へと駆けつける。抱き起こすとざっくりと裂け、血にまみれた胴体が目に入った。ダリオの時と同じだ。
「ねぇ! しっかりしてっ! 目を開けなさいっ!」
血が飛び散った青白い顔で目を閉じていた少女が、ローラの叫び声に薄っすら目を開ける。
「う……うる、せぇな……。耳元で……大声、出すんじゃ、ねぇ……」
「ッ! 良かった……! 喋らないで! すぐに救急車を呼ぶからっ!」
クレアに救急車の手配を頼もうと振り返ろうとしたローラの腕を、少女の手が掴む。
「いい……余計な、コト、すんな……。あの、親父の姿……人目に、晒す訳には、行かねぇだろ……?」
「……!」
この期に及んでまだアレを父親と呼ぶ少女の姿に物悲しさを感じたローラだが、今は緊急事態だ。だが少女はゆっくりとだが首を振る。
「あたしなら……
「え……?」
大丈夫? この傷は控えめに言っても重傷だ。すぐに救命措置を行わないと間違いなく命に係わる。だが今の少女の言い方は、単純な強がりとは違っていたような……
「いいんだ……。親父の、過ちは……あたしが、止める……! それが、身内の、責任だから……!」
「な……」
その時点でローラは自分の腕の中にいる少女の
「ジェシカ……。『ルーガルー』は必ず止めるって言ってたけど……なるほど、
怪物達が血みどろの戦いを繰り広げる悪夢の夜は今、最終局面を迎えようとしていた。