File18:ゾーイとのコンタクト

文字数 3,144文字

 ゾーイの捜索は難航を極めた。元々近隣のホテルやモーテルを虱潰しにするしかないという状況だったのだ。いくらメネスから1週間という期限を切られても、見つからない物は見つからなかった。

 ローラは焦っていた。このままではヴェロニカが奴等に処刑されてしまう。だが現状を打破する方法が無かった。

「……既に3日が過ぎたぞ。早くあの女を見つけるんだ」
「く……」

 ローラにそう言って発破をかけるのは、大柄なアフリカ系男性のジェイソン・ロックウェルだ。メネスの〈従者〉の1人……


 あの日、再び解き放たれてからはこの男がずっとローラを監視しており、その目を盗んでジョン達とコンタクトを取る方法が無かった。トイレやシャワーなどの際は必ずスマホ等の連絡手段を取り上げられた。

 かといって強引に逃げるのも駄目だ。それをやったらヴェロニカがどんな目に遭わされるか解らない。そもそもこの怪物から強引に逃げる事自体難しかったが……

(く……ゾーイ……。一体どこに隠れているの?)

 彼女がこのLA近郊に潜伏しているのは間違いない。メネス側もそれは確信しているようだった。

 ゾーイを見つけ出したとして、彼女をメネスに差し出す事には勿論抵抗があるが、現在はヴェロニカの命を天秤に掛けられている状態である。他に選択の余地がなかった。

 必死で捜索を続けるローラだが、3日経った現在、成果は出ていなかった。ジェイソンが運転する車の助手席でローラが焦燥に駆られていると、スマホが振動しLINEの新着が入った。

 ジョンやリンファ達同僚からの連絡や、ジェシカやナターシャ達友人からの連絡は全て無視しろと命令されていた。既読にすらするなと言われている。

 だがスマホのトップ画面に新着の連絡が入るのはどうしようもない。それを見るだけなら既読にはならない。ゾーイから返信があるかも知れないという事で、新着を完全にブロックしてしまうのは避けられた。

 最初の2日間はリンファやジョンからひっきりなしにメールや着信が来ていたが、それも3日目には来なくなっていた。それ以降では初めての着信である。

 もしかしたらゾーイかも知れないと、淡い期待を込めて画面を確認すると……

(……ッ!!)

 差出人の名前には……ゾーイの文字が。まさか本当に彼女から連絡が来るとは思わず、ローラは一瞬硬直してしまう。だが……

「誰からだ?」

 ジェイソンの問いに我を取り戻す。

「……彼女よ。ゾーイから連絡が来たわ。見てもいいかしら?」

「……! 確認しろ、すぐにだ!」

 ローラはスマホを操作してLINEを開く。確かにゾーイのアドレスのようだ。そのメッセージはと言うと……


『ローラ? 本当にあなたなのね? 信じていいの?』


 というものだった。ローラはジェイソンにそのメッセージを見せた。

「……何て返信すればいいのかしら?」

「決まっている。安全だと信じ込ませろ。その上で居場所を確認して、こちらから迎えに行くと伝えろ。何かお前とあの女にしか解らん思い出を話して本人だと信用させるんだ」

「…………」

 ここはとりあえず言われた通りにするしかない。ローラはメッセージを打ち込む。


『勿論よ。連絡してくれて嬉しいわ。高校二年の時、私達に二股掛けようとしたクリストファーって男がいたでしょ? それに気付いて私達、寮のあいつの部屋に忍び込んで便座にグルーを塗りつけてやったわよね?』


 すぐに返信があった。

『ああ! やっぱりあなただったのね、ローラ! すぐに返事が出来なくてごめんなさい! 恐ろしい奴等に追われてて、誰も信用できなかったの』

『ええ、解ってるわ。『バイツァ・ダスト』よね? 色々話を聞きたいしすぐに保護するから、場所を教えてもらってもいい?』

『解ったわ。……ダンカン・フェルランド教授の自宅よ。元々辺鄙な場所に建ってたし、教授が失踪したっていうのは知ってたから隠れるのに丁度良かったのよ。プレッパーって言うのか、地下室に保存食なんかを貯め込んでたのも知ってたし』

「……!」
 完全に盲点だった。いや、そもそも……

『あのフェルランド教授の!? 何で地下室のことなんか……。それに鍵はどうやって?』

『……本当に若気の至りだけど、以前一時期だけ付き合ってた事があるの。鍵はその時に……。返せと言われなかったし、恐らく彼は私に合鍵を渡した事さえ忘れてたのね』

「…………」
 ダンカンの記憶を奪ったはずのメネスも気付かなかったのはその為か。

『解った。とりあえずすぐに迎えに行くから、住所を教えて貰える?』

 ゾーイから教授の家の住所を聞き出したローラは、やり取りを終えてスマホを切る。ジェイソンが頷いた。

「よくやった。すぐに向かうぞ」

 ジェイソンは即座に車を発進させた。


 ダンカンの家に向かう車の中でローラは唇を噛み締める。

(ゾーイ、ごめんなさい……私は…)

 ヴェロニカと秤にかけてゾーイを見捨てようとしている。しかもそれでヴェロニカが解放される訳では無く、ただ現状維持の延命の為にだ。

 しかしどうじてもヴェロニカを見捨てる事は出来なかった。

「くく……あの女の事で罪悪感など感じる必要はないぞ?」
「え……!?」

 まるでローラの心境を見透かしたようなジェイソンの言葉に驚く。

「あいつは自分の過失で俺達を死に追いやって(・・・・・・・)おきながら、保身と名声の為に俺達の死を隠蔽しようとした人間の屑だからな。これからただその報いを受けるというだけの話だ」

「な……」
(死に追いやった? 一体エジプトで何があったの!?)

 だがローラの疑問を余所に、ジェイソンは言葉を続ける。

「俺は他の3人とは違う。あの女を殺す事に何の躊躇いもない。だから『マスター』は俺をこの任務に選ばれたのだろう」

「……!」

 ジェイソンの口から初めて明確に「殺す」という言葉が出た。だがそれは元々予想していた事。

 ローラはリンファとの捜査で唯一ジェイソンのみが、最後までエジプトに残っていた理由が解らなかったのを思い出した。

「あ、あなたは何故最後までゾーイの調査に付き合っていたの?」

「……他の3人はあの女に惚れて最後まで残っていたが俺は違う。俺はむしろあの女が嫌いだった。あいつは黒人というだけで知能が低い馬鹿だと思い込む類いの女だったんだよ」

「……!」

 ローラは高校時代を思い出していた。確かにゾーイはあの頃から、若干だがそういう傾向があった。男性は勿論、女性ともアフリカ系の子とは親しくなろうとしなかった。

 悲しい事だが白人の中には、潜在的にゾーイのような考え方をする人間はまだまだ数多くいるのが現状だった。

「くく……だからあの女が『罰ゲーム』で苦悩する様を逐一報告すれば単位を免除してやるという、フェルランド教授の誘いに乗ったのさ」

「…………」

 それが彼が最後まで残っていた理由……。ダンカンも恐らく振られた腹いせにそのような『罰ゲーム』を仕組んだのだろう。

 その頃にはインドでの神獣の調査も進展していたらしいので、エジプトの調査が成果なしであっても彼には痛くも痒くもなかったのだ。

 だがその結果は……

「……一体、エジプトで何が起きたの? あなた達を『死に追いやった』とはどういう事……?」

「それはあの女から直接語らせてやるさ。殺す前に、無様に命乞いと懺悔をさせた後でな」

 その双眸を憎悪にギラつかせながら、ジェイソンは車のスピードを上げるのだった……
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