File53:無名の凱旋

文字数 4,079文字


「ふ、くくく……! オーガ達を破ったのは予想外でしたが、こうなれば私自らが手を下すまでです。まずはこの邪魔な封印の力から消去してしまいましょうか!」

「くぅ……!」

 動揺から立ち直ったらしいエリゴールが含み笑いを漏らす。ローラ達は誰もそれに反応する余裕がない。既に全員が必死にモニカに魔力や霊力を送り込んでいるが、それでも内側からの圧力の方が圧倒的に強い。


「く……これ程とは! このままではマズいぞ……!」
「うぅ……ル、ルーファス様。私に力を……!」
「ロ、ローラさん! も、もう、限界、です……!」
「グゥゥゥゥ……!!」

 仲間達が苦鳴を漏らす。当然彼女等も限界まで力を注ぎ込んでいる。そういつまでもこの状態を維持できない。

「く、そ……ここまで来て……」

 ローラが歯軋りする。過酷な試練に打ち勝ってこの世界に生還を果たした。それ以前に今まで様々な魔物達と戦い生き延びてきた。ここで彼女達が負けてエリゴールの思い通りになれば、今までの戦いの全てが無駄に帰す。何としても負ける訳には行かなかった。

 だが現実としてエリゴールの魔力は凄まじく、このままではどう手を尽くしても負ける。ローラは絶望しかけるが、そんな彼女の空いている方の手をそっと握る手があった。

「ローラ、諦めては駄目よ。忘れたの? 私達はこの街を守るピースメーカーになるのよ」

「……! ミラーカ……!」

 それは愛しい恋人の手。それだけでローラを精神を賦活して勇気づけてくれる。彼女は頭をフル回転させて現状を打破できる手段を模索する。


 今の状況は【悪徳郷】との戦いの後の、あの『蘇生の奇跡』と似ている。そこにいるメンバーだけでは魔力や霊力が足りずに、そのままではジェシカ達は助からなかった。では何故ジェシカ達は今こうして生きているのか。それは……

「……ッ!!」


 それは『死神』、いや……ウォーレン神父(・・・・・・・)が手を貸してくれたから……!


(神父様……! そう言えば神父様から……)

 この戦いに赴く直前、彼からお守り(・・・)だと言って渡されたロザリオ。ウォーレンが『死神』であった事を考えると、そして今回に限ってあのような物を手渡してきた事を考えると、何の意味もないとは思えなかった。

 ローラは空いた手で懐を探る。ロザリオは肌身離さず持っていた。ある意味ではウォーレンの形見とも言える品物。だが……彼はそのような使い方(・・・)を望んでいないのではあるまいか。
  
(神父様……私は、あなたを信じます……!)

 ローラは空いた手でロザリオを取り出すと、それを高々と掲げた。


「……! ローラ? それは……ウォーレン神父から貰った……?」

 事情をまだ(・・)知らないミラーカが訝し気にロザリオを仰ぎ見る。しかしローラはそれには答えずひたすらに意識をロザリオに集中させる。すると……

「……!! こ、これは? 急に力が……!?」

「そのロザリオから、強大な魔力が……!」

 セネムやシグリッドが驚いている。勿論言葉には出さないがヴェロニカやジェシカも目を丸くしている。

「……!! これは……あの時と同じ? なるほど、そういう事だったのですね、神父様。ありがとうございます……!」

 一方『死神』の正体がウォーレンである事を知っているモニカは、そのロザリオから流れ込んでくる膨大な魔力が彼と同質の物である事を一早く悟った。同時にウォーレンの真意(・・)も。

 彼への感謝を捧げると、急いでその魔力を封印の力に変換していく。光の輪が急激にその大きさを増して、エリゴールの波動を押し返し始めた。


「んん!? 何故だ……!? 奴等からの力が急激に上がった? 馬鹿な……こんな……」

 エリゴールが急激に強まった光の輪の圧力に、焦燥を露わにする。彼にとって自分が調伏した使い魔であるサリエルに、間接的な手段で反抗されていた事など思いもよらない。同じ理由でオーガが拾って育てていたシグリッドについても、ただの気紛れや慰み物だろうと気にも留めていなかった。

 それら傲慢と慢心のツケ(・・)が今、巡り巡ってエリゴール自身に跳ね返ろうとしていた。


「ぬ……ぬ、ぬ、ぬ……!」

 余裕のなくなったエリゴールの貌がそれまでの紳士然とした仮面を脱ぎ捨てて、焦燥と憤怒に染まる。だが光の輪はどんどん包囲を狭めてくる。

「もう少しです! 皆さん、頑張って下さい!」

「く、くぅぅぅぅぅ……!!」

 モニカの激励にローラも含めて全員が最後の力を振り絞る。ローラは光の輪に封じ込められつつある『ゲート』と、エリゴール……自分の実父(・・・・・)の姿を見上げた。

 勿論これまでの全ての人外事件の黒幕だ。何の憐憫も湧かない。だが邪な目的であれ、彼がローラをこの世に誕生させたのは事実だ。そしてだからこそ彼女はミラーカと出会う事が出来た。

(その事だけは感謝するわ、お父様(・・・)。だから……)



「この世から……永遠に消えなさいっ!!!」



 ローラの叫びと共に、ロザリオから発せられる魔力が一段と強まった。

「う……うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 エリゴールの慟哭ともつかない咆哮。その叫びすらも呑み込んで光の環は完全に球体となって『ゲート』とエリゴールを包み込み、更に物凄い速さで小さくなっていき、やがて完全に消滅してしまった。

 後には『ゲート』も、そして勿論エリゴールの姿も無い、星の輝く夜空だけが広がっていた。



「お、終わった、の……?」

 全員がモニカの背中から手を離して脱力したようにその場に座り込んでしまう。ミラーカが自信なさげにモニカに問う。彼女はやはり相当に疲労消耗してはいたが、それでも気丈に振り返って頷いた。

「はい……。『ゲート』は完全に消滅し、エリゴールも魔界へと送還しました。奴自身の意志でこちらに来る事は二度と出来ないでしょう。勿論誰かに召喚されれば別ですが、そんな魔力や知識を持った人間が今の現代にそうそういるはずもありませんので」

「そう、ね……。じゃあ……全部終わったのね?」

「はい! 皆さんのお陰です! この世界は救われたのです!」

 勢い込んで頷くモニカの言葉に、一同は今度こそ安心して緊張を解いた。同時にローラの手の中にあったロザリオが、ボロボロと崩れて塵になっていく。

(神父様……ありがとうございました)

 ローラは心の中で礼を述べ、彼の為に祈った。彼は自らの消滅後もローラに力を貸してくれたのだ。


「ローラ……。あれはウォーレン神父から貰ったロザリオよね? あれから発せられた魔力に私は覚えがあるのだけど……」

 あのロザリオから発せられた膨大な魔力が勝負の決め手になった事は確かだ。そしてミラーカもまた半年前の『蘇生の儀式』に参加していたので、ロザリオの魔力と『死神』の魔力が同質の物であったと気付いたのだろう。

 ローラは小さく微笑んでかぶりを振った。

「そうね……。あなたに話さなきゃならない事がいくつもあるわ。でもそれは、全部明日以降にしましょう。今日は私も流石に疲れたわ」

 その言葉は嘘ではなかった。本当に、心身ともに疲れ切っていた。それだけの戦いだった。それにこれで全てが終わったという安堵感も手伝っている。

 ミラーカも一瞬目を瞬かせたが、すぐに微笑んで頷いてくれた。

「そうね。私も話したい事はあるけど……今じゃなくてもいいわね。少なくとも『黒幕』は消滅した。明日以降も時間はあるのだから」


 2人の周りでは仲間達も戦いの終わりを実感して思い思いの態度を取っていた。

「ふぅぅぅ……!! ローラさんじゃないけど、今回はマジでキツかったよな! あの巨大地下洞窟に落とされた時はどうなる事かと思ったぜ」

 変身を解いて人間に戻ったジェシカが大きく息を吐きながらぼやく。

「巨大地下洞窟? 私達はだだっ広い不気味な荒野に落とされたんだけど。水が全然なくてローラさんが凄い事になっちゃって大変だったわ」

「ええ、何だよそれ? 詳しく教えてくれよ、先輩!」

 ジェシカとヴェロニカが暢気に喋っている向こうでは、セネムとモニカが少し憂いを帯びた表情で話している。

「……やはり『ゲート』からかなり多くの魔物が街に拡散してしまったようです。『ゲート』が閉じられた今、魔界との繋がりが断たれた異質な魔物達は程なく消滅していくはずですが」

「むぅ、そうであったか。だが消滅するというならとりあえずは安心か。正直今夜はもう戦いたくないからな」

 歴戦の戦士であるセネムをして、今夜の戦いは色々な意味で激しすぎた。それにこれはミラーカ達魔物もそうだが、セネムも別の意味で街中の衆目の前で戦う訳にはいかない立場だったので、どのみち直接的な救援は難しかっただろうが。

「…………」

 一方でシグリッドは誰とも話す事無く、『ゲート』が消えた虚空を見上げて胸に手を当てていた。心の中で何かを決意している様子だった。

 ローラが仲間達の様子を確認しつつ手を叩いた。


「さあ、皆。今日は本当にありがとう。こうして無事に奴の企みを阻止できたのは、間違いなく皆のお陰でもあるわ。街にも被害が出てるみたいだから、被害状況を確認しがてら私達も街に帰りましょう。ナターシャ達の無事も確認しておきたいしね」

 といってもまともに街中に出れる衣装(・・)の者が、ローラの他にはヴェロニカとモニカしかいない。前衛組は軒並み全滅(・・)だ。彼女らは街の陰や闇に紛れて各々の手段で帰宅する事になった。


「ローラ、それじゃまた後でね。家で待ってるわ」

 一時的に別行動を取るという事で、ミラーカはローラとハグをする。

「ええ、ミラーカ。また後で。それと……これからも宜しくね?」

「え? ……ふふ、勿論よ、可愛い子猫ちゃん。私達は、これからもずっと一緒よ」

 そしてミラーカ達前衛組の面々はローラとの挨拶を済ませると、各々森へと消えていった。いずれもが超人的な能力の持ち主なので、まあ見つかったりする心配はいらないだろう。

 ローラは彼女らの背中を見送ると、残ったモニカとヴェロニカを振り返る。


「さあ、それじゃ私達も行きましょうか。そして帰りましょう。私達の街に……私達の日常に!」


 そうして彼女らは人間の世界へと戻っていった……

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