File27:粛清

文字数 4,523文字

 3対1となると流石の『シューティングスター』も余裕がなくなってきたらしい。シグリッドは初の共闘でありながら、ミラーカ達と上手く連携していた。

「ヴェロニカ! 『大砲』の準備をっ!」
「は、はいっ!」

 今がチャンスと見て取ったローラが指示すると、ヴェロニカは慌てて力を集中させ始める。勿論その間にもローラはデザートイーグルの神聖弾による援護を継続する。

 高速で戦う人外の戦場で中々狙いが付けづらいが、『シューティングスター』が3人から距離を離して光線銃やESPを使おうとするタイミングで、神聖弾を撃ち込んで妨害する。そして僅かに出来た間隙を利用して3人は再び接近戦を挑んでいく。この繰り返しだ。

 ローラは既に予備のマガジンを一回交換している。もうそれだけの数、神聖弾を撃ち込んでいるのだ。勿論前衛の3人も全力で攻撃し続けている。なのに『シューティングスター』は未だにダメージらしいダメージを受けていない。

 それどころか3人の攻撃を捌きつつ的確に反撃を繰り出し、その度にミラーカ達が傷ついていく。既に3人共傷だらけの状態であった。

 高速挙動の連続と蓄積するダメージに、前衛の3人は既に大きく息を乱し徐々に動きが鈍くなってきていた。そうなると『シューティングスター』の攻撃に対処しづらくなり、更に傷が増える……。完全に悪循環だ。

 だがそれでも攻撃を休む訳には行かない。そうすれば距離を離されて即座に粒子ビームの餌食だ。反撃で傷つくと解っていながらも戦い続ける以外に選択肢がなかった。

「ヴェロニカ、まだ!?」
「も、もう少し……もう少しで……!」

 加速度的に悪くなっていく戦況にローラは焦ってヴェロニカを促す。ヴェロニカは脂汗を掻きながら必死に力を集中させている。


 その時、必死で戦い続けていた3人の内、ジェシカが深手を負ってしまう。疲労と消耗によって『シューティングスター』の攻撃を躱し損なったのだ。

「ギャゥゥゥンッ!!」
「ジェシカ!?」

 胴体を斜めにザックリと斬り裂かれたジェシカは、傷口から夥しい血を噴き出しながら吹っ飛ばされた。息はあるようだが、起き上がれない程のダメージを受けてしまった。半分気絶状態でその身体が人間に戻ってしまう。戦線離脱だ。

 3人掛かりでも押されていたのに、1人脱落してしまったのだ。状況は格段に厳しくなる。最早ミラーカとシグリッドは敵に離されないように食らい付くのが精一杯で、ろくに攻撃さえ出来ない有様になっていた。

 そんな満身創痍の2人を『シューティングスター』の刃が容赦なく襲う。ミラーカが肩口を深く斬り裂かれ、シグリッドが脇腹と太ももに新しい傷を負う。鮮血が飛び散る。ローラは神聖弾で援護を続けるが、文字通り焼け石に水状態であった。

「ヴェロニカァァッ!!」
「……っ! 出来ました!」

 ローラの絶叫。目をカッと見開くヴェロニカ。『シューティングスター』は今まさに、負傷に呻くミラーカに追撃の刃を突き立てようとしていた。


「はあぁぁぁぁっ!!!」


 ヴェロニカが両手を突き出すようにして『大砲』を撃ち出した。

 不可視の衝撃が空気を振動させ、轟音と共に発射された『大砲』は狙い過たず、ミラーカに止めを刺さんとブレードを振り上げていた『シューティングスター』に直撃した!

 バリアを切り替える余裕は無かったのか、はたまた『大砲』の威力を見誤ったのか、『シューティングスター』は通常の青白いバリアを展開した。無論このバリアでもデザートイーグルのマグナム弾を防ぐくらいの強度があるのだが、果たして……

『――――っ!?』

 『大砲』と接触したバリアは激しく乱れて霧散した。そして『大砲』の直撃を受けた『シューティングスター』の巨体が大きく弾き飛ばされた!

 そのまま空中遊泳した『シューティングスター』は背中から地面に倒れ伏す。倒れたまま動かない『シューティングスター』。


「や、やったの……?」

 ローラだけでなくその場の全員が固唾を飲んで、倒れた『シューティングスター』に注目する。

 ミラーカとシグリッドは傷と消耗の余り片膝を着いて大きく息を乱している。ヴェロニカも度重なる『弾丸』の使用と最後に放った『大砲』によってほぼ力を使い果たしたらしく、尻餅を着いて苦しげに呻いている。ローラも神聖弾を撃ち続けた影響でかなり消耗していた。弾薬も底を突きかけている。

 全員が最早限界であった。このまま終わってくれ。誰もがそう願った。全員が祈りながら見つめる先で……


「……っ!!」

 『シューティングスター』が身体を(たわ)めたかと思うと、飛び跳ねるようにして起き上がった。その軽快な動きに、そこまで重傷を負っている様子は見られなかった。

「そ、そんな……」

 ローラを含めた全員の顔が絶望に染まる。普段は表情に乏しいシグリッドでさえ顔が引き攣っていた。

『……ヤッテクレタナ、人間ドモ。今ノハカナリ痛カッタゾ?』
「……っ」

 『シューティングスター』の声が静かな怒気を帯びる。その怒りに押されるように女性達が怯んだ。もう全員が満身創痍と言って良く、とても戦闘を継続できる状態ではない。

 だが『シューティングスター』はそんな彼女達に容赦なく銃口を向ける。当然だが今の状態で粒子ビームを撃たれたら一溜まりもない。

(ここまでなの……?)

 ローラが思わず絶望に虚脱しかけた時だった。

 粒子ビームが発射された。ただし、ローラ達に向けて…………ではない(・・・・)


 上空(・・)から複数(・・)の粒子ビームが、『シューティングスター』に向けて撃ち込まれた!


『……っ!!』

 『大砲』によってバリアを損傷していた『シューティングスター』は、この突然のあり得ない奇襲に対処できずに、全てのビームが『シューティングスター』の身体に直撃した。

 粒子ビームはアーマーを貫通して、穴だらけになった『シューティングスター』の身体から、大量の……青い液体が零れ落ちる。どうやらあれがヤツの血液らしい。

『…………』

 『シューティングスター』は粒子ビームが撃ち込まれてきた上空に顔を向けた。彼は最後に事態(・・)を悟ったのだろうか。無言のまま地面に仰向けに倒れ伏した。そして今度は二度と起き上がってくる事も、動き出す事もなかった。


「な…………」

 ローラもヴェロニカも、ミラーカもシグリッドも、そしてルーファスも……。全員が唖然として目の前で起きた事態を眺めていた。何が起きたのか咄嗟には理解できなかった。

 突然どこからともなく別の粒子ビームが何本も『シューティングスター』に向かって撃ち込まれ、奴を殺してしまったのだ。

 そう……別の粒子ビーム(・・・・・・・)が。

(え……ま、まさか……?)

 そこまで考えた時、ローラの脳裏にとある可能性が浮上した。ローラが以前クリスに提案して頼んでいた作戦(・・)……。

(クリス……あなたなの? やってくれたのね……!?)

 他に考えられる原因はない。ローラの中でそれは確信に変わった。

「ロ、ローラさん……。あれ……」
「……っ!」

 ヴェロニカが震える声で上空を指差す。その視線を追ったローラの目もまた驚愕に見開かれた。



 ――そこに3人(・・)の『シューティングスター』が浮遊していた。背中に展開された筒状の器官から青白いエネルギーが噴き出して空中に停まっているのだ。



 だがよく見ると全員『シューティングスター』とは微妙にアーマーの意匠が異なっている。3人の異星人はローラ達が固唾を飲んで見守る中、ゆっくりと降下してきて地面に降り立った。

『…………』

 3人の内、中央にいる異星人が両側の2人に何かを指示する。ローラ達には全く聞き取れない異星の言語だ。あれが彼等の母国語(・・・)なのだろう。

 指示された2人が『シューティングスター』の死体の側に屈み込んで何かをしている。リーダーと思しき中央の1人がローラ達に振り向いた。ローラは思わずビクッとする。


『……我々ノ同胞(・・)ガ、君達ニ多大ナ迷惑ヲ掛ケタ。心ヨリ謝罪サセテ欲シイ』

「あ……」

 『シューティングスター』と同じ翻訳された合成音声。だが不思議とヤツのような耳障りな感じはしなかった。

『緊急事態ト判断シ、私ノ権限ニ於イテ『違反者』ヲコノ場デ処断シタ。ドウカコレデ事ヲ収メテ欲シイ。我々ハ今後一切地球ニ干渉シナイ事ヲ約束スル』

 リーダーが静かに告げる。恐らく彼等は『シューティングスター』が言っていた所の、管理局とやらの構成員なのだろう。

 彼等に責任を問う事は出来ない。こうして駆けつけて迅速な処置(・・)までしてくれたのだから。今後は一切干渉しないというならそれで充分だ。だからローラから聞きたい事は一つだけだ。

「……あなた達がこの場に駆けつけた理由は? どうやってこの事を知ったの?」

()ノポッドカラ管理局ニ、不審ナ救難信号(・・・・)ガ送信サレテキタ。ソレヲ調査ニコノ星マデ来テ、ソコデ彼ノヤッテイル事ヲ知ッタ』

「……!」
 不審な救難信号……。間違いなくそれはクリスが『シューティングスター』の目を盗んで発信したものだろう。

(クリス……ありがとう)

 彼は見事に自分の役割を果たしてくれたのだ。

「……私達にはあなた達を糾弾できる()がない。だからあなた達がこのまま去ってくれるならそれで良しとするわ。でも、これだけは言わせて。アイツはあなた達によってこの星に押し込められたと言って不満を抱いていた。それがこの騒動の遠因になったのは間違いないわ。何か理由があったにせよ……説明不足と管理不行き届きだったんじゃないかしら?」

『……言イ訳ノシヨウモナイ。全テハ我々ノ不徳トスル所ダ』

「二度と……こんな事は起こさないように気をつけると約束して。私達から望むのはそれだけよ」

『約束スル。今回ノ件ハ管理局ニ余サズ報告シ、局員ノ管理体制ヲ一新サセル。二度トコノヨウナ悲劇ハ起コサセナイ』

「そう……ならいいわ。ありがとう」

 ローラは素直に礼を言って引き下がった。今の彼女に出来るのはこれが限界だろう。リーダーは頷いて『シューティングスター』の死体を振り返った。そこでは他の2人が何か巨大なラグビーボールのような形をした銀色の物体に『シューティングスター』の死体を収納(・・)していた。それはまるで棺桶のように見えた。

 死体の収納が終わると2人が立ち上がった。リーダーは再びローラの顔を見た。

『デハ我々ハ行ク。後ハ彼ノポッドヲ回収シタラ、ソノママコノ星ヲ後ニスル。……本当ニ迷惑ヲ掛ケテ済マナカッタ』

 最後にそれだけを告げたリーダーは他の2人に母国語で指示して、『棺桶』ごと宙に浮かび上がる。そして遥か上空へと飛び去り、すぐに見えなくなってしまった。
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