Epilogue:ピースメーカー

文字数 5,235文字

 高峰と麗華を乗せた飛行機がLAの空港に着陸する。

「ここがアメリカ……。ここに、私の求めるモノがあるのね」

 初めて日本から出て海を隔てた異国の地に降り立った麗華は、興味深そうに周囲の景色に視線を向ける。しかし高峰には別の事が気になった。

イミナ(・・・)、暑くないかい? このLAは常夏の街としても有名だからね。君の性質(・・)からして余り居心地の良い街ではないだろう?」

 すると麗華はかぶりを振った。

「そうね。あの乗り物から降りて最初だけは驚いたけど、この程度の熱なら私の力で遮断できるから問題ないわ。むしろ私が今まで閉じ込められていた陰鬱な冬の牢獄を思えば、この暑くて陽気な雰囲気の方が私は好きよ」

「なるほど。確かにそういう考え方も出来るね」

 高峰は頷いた。北海道や東北生まれの人間が、散々悩まされてきた冬や雪を逆に嫌いになるのと同じような理屈かも知れない。


「まあ君が問題ないなら良かったよ。今日は予約してあるホテルに泊まるけど、明日には早速取引先の1人と商談があるんだ。君も同行するかい?」

「ええ。道中でも言ったけど、この街にいれば探し物は必ず向こうから私の前に現れるはず。それまでは特に予定はないから、例の件(・・・)に協力してあげてもいいわ」

「……! 本当かい!? それは助かるよ。何せ君の力なら……警察は犯行(・・)を立証できないからね。完全犯罪(・・・・)も思いのままだ」

 高峰は含み笑いを漏らす。このLAで上手く行けば、今度は日本に帰ってから同じ方法を用いて、邪魔なライバル企業や関税の引き上げを推し進める政治家も始末できる。何せ証拠はないのでいくらでもやりたい放題だ。


 そして2人がタクシーに乗って、予約してあるホテルに向かっている最中の事だった。


「何だ? 何か街が騒がしいな」

 高峰は違和感に気付いた。いや、違和感どころではない。街の至る所から悲鳴や怒号、そしてパトカーのサイレンや銃声などが響いてくる。そして……何か聞いた事もないような恐ろしい叫び声。それに続く爆発音。

 それらと同時に街から上がる無数の火の手が嫌でも目に入ってきた。道を必死で逃げ惑う人々の姿もまた。

「おい、一体何が起きている!? この騒ぎは何だ!?」

 高峰が英語でタクシー運転手に問い掛けるが、運転手も青い顔で首を振るばかりだ。

「わ、解りませんよ! テロか何かでしょうか!? とりあえずヤバそうなんで空港まで引き返しますよ!?」

 運転手はそう言って高峰の返事も待たずにハンドルを切ろうとした。だがそこに横手からタクシー目掛けて、バスケットボールほどの大きさの火の玉(・・)が飛んでくるのが目に入った。

 火球はタクシーに直撃。車は制御を失って建物の壁に衝突して止まってしまった。


「ぬ、ぬ……一体何が……? イミナ、無事かい!?」

「ええ、私は大丈夫よ。でも何だか面白い事が起きてるようね。魔力を持った生物が近付いてくるわ」

「……!」

 高峰と麗華がタクシーから外に出た所で、翼のはためくような音と共にあの奇怪な叫び声が間近で聞こえた。驚いた高峰は振り返って……更なる驚愕に目を見開く。

 そこには一言で『悪魔』としか形容できない、皮膜翼を持った人型の生物が2体、存在していた。その生物は翼をはためかせて上空に浮遊していた。明らかに作り物や立体映像などではない。


「な、な、何だ、こいつ等は……!?」

 こんな生物が現実にいるはずがない。確かにここは映画の聖地だが、余りにも笑えない冗談だ。だが……

「なるほど、ここに着いてから何かうなじがざわざわすると思ったら、こいつらのせいだったのね」

 麗華が平然とした様子で進み出てきた。それを見て高峰は落ち着いた。そうだ。現実にいるはずがないような存在ならもうすでにここにいるのだ。『悪魔』が実在したとして、今更何を驚く事がある?

 Gieeeeeeee!!

 『悪魔』達が叫び声を上げるとこちらに向かって手を翳す。するとその掌から火球が発生した。先程の火球もこいつらが放った物のようだ。二つの火球が高速で迫ってくる。しかし麗華は何ら慌てる様子がない。

 それどころか薄く笑うと自身もスッと手を翳した。すると驚くべき現象が起こった。こちらに高速で迫って来ていた二つの火球が、一瞬にして凍り付いた(・・・・・)のだ。燃え盛る火の玉が、である。

 火球ならぬ氷球(・・)となった二つの球は、推進力を失って地面に落下し粉々に砕け散った。

 Gigi!?

 『悪魔』達が動揺したような声を上げる。麗華は笑みを深くすると、挑発するように手招きをした。


「おいで、最高の眠りを味わわせてあげる」


 『悪魔』達に日本語が理解できたとも思えないが、その態度で挑発されたのが解ったのだろう。1体が手に剣のような武器を作り出して狂乱したように襲い掛かってくる。もう1体は今度は掌にスパークを発生させると、麗華に向けて電撃を撃ち込んできた。

 麗華の前に一瞬で大きな氷の壁が発生する。氷壁は悪魔が放った電撃を完全に遮断する。しかしその間に剣を持った悪魔が氷壁を迂回して斬り掛かってくる。かなりの速度で麗華に避ける術はない。そう思われたが……

「……!」

 高峰は目を瞠った。麗華に接近した悪魔が急に動きを停滞させると、一瞬にして全身が氷漬けになってしまったのだ。高峰にだけは解ったが、麗華の身体から局地的な冷気が噴き出しており、それに触れた悪魔が瞬時に凍結したのだ。

 地面に倒れた悪魔は先程の火球のように粉々に砕けた。残ったもう一体の悪魔は遅まきながら麗華が自分達に勝てる相手ではないと悟ったらしく、翼をはためかせると方向転換して上空に逃げていく。

「……敵に背を見せて逃げるのはモノノフ(・・・・)とは言えないわね」

 麗華は呟くと片手を頭上に掲げる。するとその手の先に1秒にも満たない時間で、長大な氷の槍(・・・)が出現した。

 その槍を上空に逃げていく悪魔に向かって射出する。氷の槍はまるで砲弾のような速度で撃ち出され、あっという間に逃げる悪魔の背中を貫通して腹に抜けた。

 自身を貫く氷の槍から強烈な冷気が伝播し、もう一体の悪魔も氷の彫像と化して地面に落下した。ガラス細工のように粉々に砕け散る悪魔。これで襲ってきた奴等は殲滅した。


「……流石だね、イミナ。君が戦う所は初めて見たが、これなら怖い物なしだよ」

 戦いが終わったのを見て取って高峰が隠れていた物陰から出てくる。だが今の戦いを見ていたのは彼だけではなかった。

「ひ、ひぃぃぃ!? な、何なんだ、あんた達は!?」

 タクシーの運転手だ。襲ってきた悪魔達は勿論だが、それを超常の手段で事も無げに撃退してしまった麗華の姿に恐怖を感じているようだ。

 高峰は麗華と顔を見合わせた。

「イミナ、君の力の目撃者は少なければ少ない程、今後(・・)に都合がいい」

「ええ、そうね、高峰」

 高峰の言葉に頷いた麗華は哀れな獲物を見る目付きで、腰を抜かした運転手に歩み寄っていく。

「ひぃぃぃ!? く、来るな! 来るな、化け物ぉぉぉっ!!」

 運転手の叫びはすぐに聞こえなくなった。彼がこの後LAで起きる『冷凍変死事件』の、最初の被害者であった事を知る者は誰もいない……


*****


 それから数か月後の夜。LAのターミナル島の埠頭にある大きな貯蔵用の倉庫。

 そこには高峰とその秘書(・・)である麗華、そして10人ほどのアメリカ人達がいた。彼等はいずれも高峰の会社と取引がある現地企業のCEOやそれに類する責任者達であった。

「さあ、賢明なる君達ならどうすべきか解っているね? 折角君達のライバル業者が不幸な急死(・・・・・)を遂げて混乱しているんだ。君達の会社はこれから業績を伸ばすはずだし、ならばその見返りとして我社との取引に色を付けて(・・・・・)もらってもバチは当たらないだろう?」

 彼等の手には契約書が渡されており、その書面には高峰の「荒川商事株式会社」が扱う商材に関しては全て高峰の会社が独占的に言い値価格で取引する事を認める内容が記されていた。

「こ、これは色を付けるというレベルでは……」

 彼等の1人が顔を青ざめさせながらも抗議の声を上げようとする。しかし高峰が合図すると、後ろに控えていた麗華が進み出てくる。彼女が指を鳴らすと、彼等の周囲の空間だけ(・・)急激に気温が下がり始めた。

「ひ!? ま、待て、待ってくれ、ミスター・タカミネ! わ、解った! ウチはこの契約を認める! サインするからやめてくれ!」

 別の1人が悲鳴を上げながら降参すると、他の面々もなし崩しに契約を承諾した。

「ふん、最初から素直にそう言えばいいのだ。麗華の力を見せてやった後にライバル業者を陥れる計画を話したら嬉々として乗ってきたくせに、今更抜けられると思うな」

 高峰は彼等の様子を嘲笑う。そしてこの世の終わりのような顔をして契約書にサインした経営者達が倉庫から立ち去っていくと、高峰は声を上げて嗤った。


「ははは! まさかこれほど上手く行くとはな! 全て君のお陰だよ、イミナ! 君が目的を遂げて日本に戻る日が待ちきれないよ!」

 これで日本でも彼の計画が上手くいく事が実証されたのだ。後は麗華がこの街に来た目的を遂げるだけなのだが……

「イミナ? どうしたんだい?」

 高峰が見やると麗華は彼の方ではなく、眉をしかめて視線を斜め上の方向に向けていた。彼女には珍しくかなり厳しい表情だ。

 高峰も麗華の視線を追うが、そこには倉庫の二階部分に積まれた穀物の箱が並んでいるだけだ。だが麗華はそこに向かって声を掛ける。

「……そこに誰かいるわね。出てきなさい」

「何……!?」

 高峰はギョッとして目を瞠る。するとその穀物の箱の間から……2人の女(・・・・)が姿を現した。

 1人はグレーのスカートスーツ姿の金髪の白人女性だ。手には銀色に輝く無骨な拳銃を持っている。そしてもう1人は流れるような艷やかな黒髪に、黒いレザーのボンテージファッションに身を包んだ妖艶な雰囲気の女で、手には何故か日本の刀のような武器を持っていた。

 共通しているのはどちらもタイプは違えど、非常に人目を惹く美女であるという点だった。


「あらあら、バレちゃったわね。でも今まで私達の気配をあいつから隠してくれてたんだから、モニカから貰ったこの護符、効果が期待できそうね」

 黒髪の女が苦笑して、手に持っていたペンダントのような物を掲げる。

「そうね。お陰で……あいつらが完全に()だっていう確証を得られたわ。これで躊躇う事なく仕事(・・)を遂行できるわ」

 金髪の女が頷きつつも、こちらを厳しい目線で睨み据えながら銃のグリップを引く。

 高峰は焦った。この2人は明らかに先程までこの倉庫で行われていたやり取りも含めて、全て見聞しているようだった。しかも何故か完全に臨戦態勢だ。こうなったらこいつらも始末するしかない。

「イ、イミナ! 殺せ! あの2人を殺すんだ!」

「ええ、勿論よ、高峰。ただ……少々手間取りそう(・・・・・・)だから、離れていてもらえるかしら?」

「……! あ、ああ、勿論だ。頼むぞ、イミナ!」

 彼女がこんな事を言うのに驚いたが、麗華はそのまま力を高め始めたので高峰は慌てて安全な距離に退避していった。



*****



 社長の男が、秘書と思しき白いレディーススーツ姿の若い美女に日本語で何かを喚いている。それを受けて秘書の女が魔力を高め始めた。社長は安全な場所まで逃げていく。

 それを見てミラーカが頷いた。

「どうやらあの女の方が魔物のようね。男との関係はわからないけど、あいつを斃せばこの事件は解決出来るはずよ」

「あいつが凍死事件の下手人って事ね。ミラーカから見てどう? 私達で斃せそうかしら?」

 ローラには魔物の魔力を感知する能力はないのでミラーカに確認すると、彼女は油断ない表情で、しかしかぶりは振らなかった。


「かなり強力な魔物よ。でも……決して斃せない相手じゃない。少なくともデュラハーン達に比べたら与し易いのは確かね。あの市庁舎で戦ったジョフレイ市長くらいじゃないかしら? 能力は炎と氷で真逆みたいだけど」


「……つまり充分強敵って訳ね」

「まあ、そうね。でもこれからもこのくらいの奴等はどんどん現れると思うわよ? 強敵だからと言って尻尾を巻いて逃げる?」

「冗談。ピースメーカー(・・・・・・・)としては逃げるなんて選択肢は無いわ。これ以上1人の被害も出さない為に……ここであいつを倒す!」

 ローラはデザートイーグルを構えて霊力を高めていく。それを受けてミラーカも妖艶な笑みを浮かべる。


「それでこそね。じゃあ……一仕事と行きましょうか、ローラ?」

「ええ、ミラーカ!」


 そして2人は改めて敵と向き合う。秘書の女はローラ達が油断ならない敵だと悟ったのか、耳をつんざくような奇怪な叫び声を上げて、その魔力を全開にする。

 白いスーツが形を変えて真っ白い着物のような衣装に変化する。そして女の手に氷で作られた長柄の薙刀のような武器が出現し、それを両手で把持した女が恐ろしい跳躍力を発揮して飛びかかってきた。

 2人は各々の武器を構え、それを全力で迎え撃った!



Fin
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