File26:脱出ゲーム
文字数 3,725文字
「ん……んん…………はっ!?」
目が覚めるとそこは全く見知らぬ部屋の中であった。ヴェロニカ はガバッと飛び起きた。何か寝台のような物に寝かされていた。辺りを見渡すと狭い独房のような部屋だと解った。
そしてそこで気付いた。
「え……ふ、服! 服は……!?」
自分が一糸まとわぬ全裸 だという事に。下着に至るまで全ての衣類がはぎ取られて、生まれたままの姿であった。
混乱しながらも焦った彼女は咄嗟に胸を隠すように自分の身体を掻き抱いて、何か着る物がないか探す。
「……!」
そしてすぐにそれ を見つけた。
寝台とトイレの他に唯一の家具である粗末な机の上に、真っ赤な色合いの衣類 が置かれている事に。
(こ、これは……!?)
反射的に手に取ったその衣類 が何かは、ヴェロニカにはすぐに解った。何故なら……つい数か月前まで同じ衣装 を着用してアルバイトをしていたからだ。
それはカリフォルニア州の女性ライフガード 用の赤いワンピース水着であった。競泳水着に近いハイレグ仕様だ。
半年前の事件で映画スターのルーファスから百万ドルという報酬を貰ったのと、大学の最終学年となって卒業論文や就活などで忙しくなる事が解っていたので、数か月前に惜しまれつつもライフガードのアルバイトは退職したのであった。
「……!」
そんな彼女の前に、これを着ろと言わんばかりにライフガードの水着が置いてあるのはどのような意図があっての事か不明だが、現状では彼女には他に選択肢がないのも確かだ。ベッドにはシーツもない剥き出しのマットレスがあるだけで、羽織ったり巻き付けたりできる物も無い。
仕方なくヴェロニカはその水着を着用した。
「…………」
ややキツめながらサイズも問題なく、ピッタリとフィットした。ヴェロニカはむしろその事に何とも言えない気色悪さを感じた。自分のスリーサイズを知られているのだ。
(……色んな意味で早くここから脱出したほうが良さそうね)
以前の『バイツァ・ダスト』の時と似たような状況だが、幸いあの時とは違って『力』を封じられてはいない。
ヴェロニカは部屋の頑丈そうな扉に向かって念動力を使用した。すると錠前が外れる音が響いた。手で横にスライドさせると扉は簡単に開いた。
(よし……!)
心の中で喝采して慎重に様子を窺いながら廊下へと出る。ひんやりした床が裸足に冷たい。陰鬱な雰囲気の廊下には同じような扉がいくつも並んでいる。
(あれ……? ここって……)
彼女はこの風景に見覚えがある事に気づいた。そしてこんな牢獄か精神病棟のような場所に入った記憶など極僅か しかない。
一つはあの忌まわしい『バイツァ・ダスト』事件の折の物だが、あそことは廊下の内装などが異なっている。となると……
(そうだ……。『エーリアル』事件で……アンドレアさんが閉じ込められていた、あの『病院』だ!)
打ち捨てられて手入れされていない様子の内装は大分傷んできていたが間違いない。あの時はローラと共に潜入している真っ最中で建物の内装に気を配っている余裕など無かったが、逆にアンドレアの病室を探して扉を注視したりしていたので記憶に残っていたのだ。
モンロビア・キャニオンパークでブリジットの裏切りによって気絶させられて、目覚めたらこの廃病院の中だ。つまりここが『敵』のアジトだったのだ。
となると友人のカロリーナもここに囚われている可能性は高い。何とかして助け出したい気持ちはあるが、彼女1人でそれが可能かと言われると……。
(……ごめんなさい、カロリーナ! 必ず皆と一緒に戻ってきて助けるから、もう少しだけ待っていて!)
今は脱出を優先して、ローラ達にこの場所の事を教えて改めて力を借りるのだ。それしかない。
(そういえばミラーカさんはあの後どうなったのかしら?)
ヴェロニカが気絶させられてしまった事で、ミラーカは1人になってしまったはずだ。無事に切り抜けられたのだろうか。彼女も敗北してここに囚われているという可能性も無いではないが、あのミラーカに限ってという思いもある。
いずれにせよ今はこの場所から無事に脱出する事を優先すべきだ。
今は時刻が夜のようで、他の『病室』にも囚われている人がいるのかは分からないが、少なくともヴェロニカの姿を見て騒ぎ出すという事はなかった。
何故か廊下には誰も居なかったので、ヴェロニカは下へ降りる階段を見つけて1階へと降りた。どうやらここは3階だったようだ。以前の潜入時にローラと一緒に昇った階段に間違いなかった。
足元が暗い上に裸足なので、足を踏み外したり瓦礫など踏んだりしないように慎重に階段を下っていく。
やがて1階まで降りたヴェロニカは、周囲を警戒しながらも素早くロビーを抜けて建物の外に出ようとするが……
「……束の間の脱出ゲームは楽しめましたかな、お嬢さん?」
「……っ!?」
声が聞こえると同時に、ロビーの照明が灯った。一瞬眩しさに手を翳すヴェロニカだが、そこまで明るくないのですぐに目が慣れた。
彼女の視界の先、病院の入り口を背にして立ち塞がっているのは、やはりあの男ムスタファ・ケマルであった。今はシャイターンの蝿男姿ではなく人間に戻っている。その後ろには何体かのジャーンを引き連れていて出口を塞いでいる。
「くく、素直に正面玄関から出ようとするとは純真なのか、それとも精神的余裕がなかったからか……。いずれにせよ非常口にも罠を仕掛けていましたが、取り越し苦労だったようですな」
「……!」
多分に嘲りを含んだムスタファの台詞に歯噛みするヴェロニカだが、それよりも彼女はムスタファが捕えている 人物に目線が行った。
「ヴェ、ヴェロニカ……?」
「カロリーナッ!?」
連れ去られた友人、カロリーナ・ボッツィ本人であった。後ろ手に縛られているようだ。自分を捕らえるムスタファや彼に従っている異形のジャーン達に恐怖を覚えながらも、ヴェロニカの方を呆然と見つめている。
「こ、これどういう事? あなたも捕まったの? でもどうやって抜け出して……。それにその格好は?」
「そ、それは……く……」
カロリーナからすれば当然の疑問が次々とヴェロニカに浴びせられる。だが彼女は答える事が出来ずに進退に窮する。
「くくく、答えられませんよねぇ。では……答えやすくして差し上げますよ」
含み笑いを漏らしたムスタファが合図すると、何体かのジャーンが唸りを上げて進み出てきた。
「う……!」
「さて、何もしなければ 殺されてしまいますよ?」
ジャーンを撃退するには当然『力』を使うしかない。問題はカロリーナが見ている前だという事。ここで『力』を行使すれば彼女にそれを見られてしまう。そうなれば……
「く……!」
ヴェロニカは反射的に踵を返して、奥へと引き返そうとする。しかし、
「おいおい、どこ行くんだ? 一方通行で引き返す道なんて無いんだぜ?」
「な……!?」
いつの間にロビーから奥へ続く廊下……つまり彼女が今来た道が封鎖 されていた。封鎖しているのは、何人かの人物。
先頭にいる黒髪に黒いスーツを着崩して赤いワイシャツ姿の、どう見ても堅気には見えない雰囲気の男がニヤついた表情でこちらを眺めている。
何度か見た事がある。確かローラの上司であり今はミラーカの眷属でもあるはずの吸血鬼、ジョン・ストックトン警部補だ。
何故彼がここにいるのか解らず混乱するヴェロニカだが、その悪意に満ちた表情と彼がその腕に抱えているモノを見て、ジョンが『敵』だと認識せざるを得なかった。
「ク、クレアさん!?」
「ごめんなさい、ヴェロニカ……。私が、もっと早く気付いていれば……」
悔恨と苦渋に満ちた表情で項垂れて謝罪しているのはFBI捜査官のクレアだ。やはり後ろ手に拘束されている。彼女も捕まっていたのか。
彼等の後ろには10人近い人数の人間達が控えてヴェロニカの行く手を塞いでいる。全員若い女性のようだ。だが様子がおかしい。
その目は白い部分が消失して黒目一色になっていたし、まるで獣のような唸り声を上げる口からは吸血鬼を彷彿とさせる牙が覗いている。
吸血鬼に似ていて非なるその眷属。過去にローラやミラーカ達から聞いた話を思い出した。吸血鬼に殺された者はその下僕として、知性のない怪物となって甦るのだと。この女性達は全員グール とやらだ。
つまりジョンは既に、これだけの女性達をその手に掛けているという事だ。いや、ここにいるだけとは限らない。ヴェロニカはその事実に戦慄した。
幸いクレアはまだその毒牙に掛かってはいないようだが、ジョンが既に邪悪な怪物と化している以上、いつ気が変わるかも解らない。
目が覚めるとそこは全く見知らぬ部屋の中であった。
そしてそこで気付いた。
「え……ふ、服! 服は……!?」
自分が一糸まとわぬ
混乱しながらも焦った彼女は咄嗟に胸を隠すように自分の身体を掻き抱いて、何か着る物がないか探す。
「……!」
そしてすぐに
寝台とトイレの他に唯一の家具である粗末な机の上に、真っ赤な色合いの
(こ、これは……!?)
反射的に手に取ったその
それはカリフォルニア州の女性
半年前の事件で映画スターのルーファスから百万ドルという報酬を貰ったのと、大学の最終学年となって卒業論文や就活などで忙しくなる事が解っていたので、数か月前に惜しまれつつもライフガードのアルバイトは退職したのであった。
「……!」
そんな彼女の前に、これを着ろと言わんばかりにライフガードの水着が置いてあるのはどのような意図があっての事か不明だが、現状では彼女には他に選択肢がないのも確かだ。ベッドにはシーツもない剥き出しのマットレスがあるだけで、羽織ったり巻き付けたりできる物も無い。
仕方なくヴェロニカはその水着を着用した。
「…………」
ややキツめながらサイズも問題なく、ピッタリとフィットした。ヴェロニカはむしろその事に何とも言えない気色悪さを感じた。自分のスリーサイズを知られているのだ。
(……色んな意味で早くここから脱出したほうが良さそうね)
以前の『バイツァ・ダスト』の時と似たような状況だが、幸いあの時とは違って『力』を封じられてはいない。
ヴェロニカは部屋の頑丈そうな扉に向かって念動力を使用した。すると錠前が外れる音が響いた。手で横にスライドさせると扉は簡単に開いた。
(よし……!)
心の中で喝采して慎重に様子を窺いながら廊下へと出る。ひんやりした床が裸足に冷たい。陰鬱な雰囲気の廊下には同じような扉がいくつも並んでいる。
(あれ……? ここって……)
彼女はこの風景に見覚えがある事に気づいた。そしてこんな牢獄か精神病棟のような場所に入った記憶など
一つはあの忌まわしい『バイツァ・ダスト』事件の折の物だが、あそことは廊下の内装などが異なっている。となると……
(そうだ……。『エーリアル』事件で……アンドレアさんが閉じ込められていた、あの『病院』だ!)
打ち捨てられて手入れされていない様子の内装は大分傷んできていたが間違いない。あの時はローラと共に潜入している真っ最中で建物の内装に気を配っている余裕など無かったが、逆にアンドレアの病室を探して扉を注視したりしていたので記憶に残っていたのだ。
モンロビア・キャニオンパークでブリジットの裏切りによって気絶させられて、目覚めたらこの廃病院の中だ。つまりここが『敵』のアジトだったのだ。
となると友人のカロリーナもここに囚われている可能性は高い。何とかして助け出したい気持ちはあるが、彼女1人でそれが可能かと言われると……。
(……ごめんなさい、カロリーナ! 必ず皆と一緒に戻ってきて助けるから、もう少しだけ待っていて!)
今は脱出を優先して、ローラ達にこの場所の事を教えて改めて力を借りるのだ。それしかない。
(そういえばミラーカさんはあの後どうなったのかしら?)
ヴェロニカが気絶させられてしまった事で、ミラーカは1人になってしまったはずだ。無事に切り抜けられたのだろうか。彼女も敗北してここに囚われているという可能性も無いではないが、あのミラーカに限ってという思いもある。
いずれにせよ今はこの場所から無事に脱出する事を優先すべきだ。
今は時刻が夜のようで、他の『病室』にも囚われている人がいるのかは分からないが、少なくともヴェロニカの姿を見て騒ぎ出すという事はなかった。
何故か廊下には誰も居なかったので、ヴェロニカは下へ降りる階段を見つけて1階へと降りた。どうやらここは3階だったようだ。以前の潜入時にローラと一緒に昇った階段に間違いなかった。
足元が暗い上に裸足なので、足を踏み外したり瓦礫など踏んだりしないように慎重に階段を下っていく。
やがて1階まで降りたヴェロニカは、周囲を警戒しながらも素早くロビーを抜けて建物の外に出ようとするが……
「……束の間の脱出ゲームは楽しめましたかな、お嬢さん?」
「……っ!?」
声が聞こえると同時に、ロビーの照明が灯った。一瞬眩しさに手を翳すヴェロニカだが、そこまで明るくないのですぐに目が慣れた。
彼女の視界の先、病院の入り口を背にして立ち塞がっているのは、やはりあの男ムスタファ・ケマルであった。今はシャイターンの蝿男姿ではなく人間に戻っている。その後ろには何体かのジャーンを引き連れていて出口を塞いでいる。
「くく、素直に正面玄関から出ようとするとは純真なのか、それとも精神的余裕がなかったからか……。いずれにせよ非常口にも罠を仕掛けていましたが、取り越し苦労だったようですな」
「……!」
多分に嘲りを含んだムスタファの台詞に歯噛みするヴェロニカだが、それよりも彼女はムスタファが
「ヴェ、ヴェロニカ……?」
「カロリーナッ!?」
連れ去られた友人、カロリーナ・ボッツィ本人であった。後ろ手に縛られているようだ。自分を捕らえるムスタファや彼に従っている異形のジャーン達に恐怖を覚えながらも、ヴェロニカの方を呆然と見つめている。
「こ、これどういう事? あなたも捕まったの? でもどうやって抜け出して……。それにその格好は?」
「そ、それは……く……」
カロリーナからすれば当然の疑問が次々とヴェロニカに浴びせられる。だが彼女は答える事が出来ずに進退に窮する。
「くくく、答えられませんよねぇ。では……答えやすくして差し上げますよ」
含み笑いを漏らしたムスタファが合図すると、何体かのジャーンが唸りを上げて進み出てきた。
「う……!」
「さて、
ジャーンを撃退するには当然『力』を使うしかない。問題はカロリーナが見ている前だという事。ここで『力』を行使すれば彼女にそれを見られてしまう。そうなれば……
「く……!」
ヴェロニカは反射的に踵を返して、奥へと引き返そうとする。しかし、
「おいおい、どこ行くんだ? 一方通行で引き返す道なんて無いんだぜ?」
「な……!?」
いつの間にロビーから奥へ続く廊下……つまり彼女が今来た道が
先頭にいる黒髪に黒いスーツを着崩して赤いワイシャツ姿の、どう見ても堅気には見えない雰囲気の男がニヤついた表情でこちらを眺めている。
何度か見た事がある。確かローラの上司であり今はミラーカの眷属でもあるはずの吸血鬼、ジョン・ストックトン警部補だ。
何故彼がここにいるのか解らず混乱するヴェロニカだが、その悪意に満ちた表情と彼がその腕に抱えているモノを見て、ジョンが『敵』だと認識せざるを得なかった。
「ク、クレアさん!?」
「ごめんなさい、ヴェロニカ……。私が、もっと早く気付いていれば……」
悔恨と苦渋に満ちた表情で項垂れて謝罪しているのはFBI捜査官のクレアだ。やはり後ろ手に拘束されている。彼女も捕まっていたのか。
彼等の後ろには10人近い人数の人間達が控えてヴェロニカの行く手を塞いでいる。全員若い女性のようだ。だが様子がおかしい。
その目は白い部分が消失して黒目一色になっていたし、まるで獣のような唸り声を上げる口からは吸血鬼を彷彿とさせる牙が覗いている。
吸血鬼に似ていて非なるその眷属。過去にローラやミラーカ達から聞いた話を思い出した。吸血鬼に殺された者はその下僕として、知性のない怪物となって甦るのだと。この女性達は全員
つまりジョンは既に、これだけの女性達をその手に掛けているという事だ。いや、ここにいるだけとは限らない。ヴェロニカはその事実に戦慄した。
幸いクレアはまだその毒牙に掛かってはいないようだが、ジョンが既に邪悪な怪物と化している以上、いつ気が変わるかも解らない。