File23:契約交渉

文字数 4,667文字


「……なるほど。あなたの言う事は一々尤もだわ。あなたが公表をしていない理由は納得できた。でもそれならあなたはどうするつもりなの? ここで大人しく奴に殺されるのを待っているとでも?」

「一つと言いながら立て続けに質問しているな……」

 遠慮会釈ないミラーカに苦笑しながらルーファスは再び肩を竦めた。

「奴は攻略ゲーム(・・・・・)を楽しんでいるらしいじゃないか。なら最初から攻略しがいのないターゲットだったら? 公表していないから警護は勿論ギャラリーもいない。俺を殺したって、それはただ無力な1人の人間をひっそりと殺しただけだ。奴にとって何の自慢にも実績にもなりはしない」

「……!」
 暴力に暴力で抵抗するから戦争が起きる。なら抵抗しなければいい。ガンジー作戦という訳だ。確かに理屈は理解できる。だが……

「……それで本当に奴が拍子抜けして帰ってくれるとでも? 奴も同じ前例は作りたくないでしょうし、腹いせにそのまま殺されるのがオチよ」

「かもな。しかしどうせ他には手詰まりなんだ。試してみるのは自由だ。そうだろう? 君達に迷惑は掛けないよ」

 ミラーカの諫言にルーファスは至極あっさりと頷いた。自分が殺される可能性も考慮しているのだ。かなり達観した性格のようだ。


「さて、君達の質問には答えたんだから今度はそっちの番だな。君達は私の殺害予告の事を知ってどうするつもりだ? 今の私の話を聞いた上で、それでも尚勝手に軍隊に要請なりするつもりかい?」

 ローラは一度ミラーカと顔を見合わせた。ここに来るまでの間に方針(・・)については話し合って合意を得ている。ミラーカが頷いた。ローラも感謝を込めて頷き返すとルーファスに向き直った。


「……軍隊でなければいいんですよね? なら……私達(・・)があなたを護衛します」


「何だって?」

 ルーファスが何を言われたのか解らないという風な顔をした。

「君達? 君達というのはLAPDの事かい? だが警察はダグラス氏の護衛に失敗して返り討ちに遭ったし、今警察にそんな余力はないと先程君自身が……」

「――LAPDではありません。私達(・・)が警護に就くと言っています。少人数なら人目を惹きませんし、お祭り騒ぎになる事はないはずです」

「な…………」

 ルーファスが呆気にとられる。それからやにわに笑い出した。

「ははは! これは傑作だ! 陸軍の部隊でも勝てるか解らない相手に君達だけで何が出来るんだ!? 俺をからかうつもりなら――」


「――あなたのメイド。シグリッドと言ったかしら?」


 ルーファスを遮るようにミラーカが発言する。ルーファスが笑いを収めてミラーカをまじまじと見つめる。扉の前で彫像のように佇んでいたシグリッドも、いきなり自分の名前が挙がった事にピクッと反応した。

 予め考えていた説得の言葉を発しようとしたローラも訝し気にミラーカを見やる。勿論事前の打ち合わせには無い展開だ。

「……彼女が何か?」


人間じゃない(・・・・・・)わね?」


「「「――――ッ!?」」」

 三者三様に驚愕で身体を硬直させる。ローラはいきなりミラーカは何を言い出すのかと正気を疑う目で見たが、彼女は平然としている。既に確信を持っているようだ。

 一方ルーファスとシグリッドは信じられない物を見るような目でミラーカを凝視する。シグリッドは先程までのプロのメイドらしいポーカーフェイスが完全に崩れていた。

「い、一体何の話を――」

「私、吸血鬼(・・・)なの。それも500年以上生きている、ね。上手く隠しているみたいだけど、この至近距離で私の感覚を誤魔化せるほどじゃなかったわね」

「な……」

 再びルーファスの言葉を遮って畳みかけるミラーカ。自らの正体をあっさりと暴露していた。当然再びルーファスもシグリッドも絶句するが……

「信じられない? なら証拠(・・)を見せてあげるわ」
「ミラーカッ!?」

 驚いたローラが制止しようとした時には既に、コートを脱ぎ去ったミラーカは戦闘形態へと変身していた。髪が逆立ち瞳は赤く発光し、背からは一対の白い皮膜翼が飛び出る。牙や鉤爪も凶悪に伸びる。

「お、おぉ……そ、その姿は……。まさか、本当に……?」

「そうよ。CGやVFXじゃない事は、普段それらに接しているあなたが一番よく分かるでしょう?」

「……!!」
 ルーファスの目が大きく見開かれる。一方、気が気ではないのがローラだ。

「ちょ、ちょっと、ミラーカ!? 本当に大丈夫なの!?」

 既に確信があるようだが、それでもかなりリスクの高い行動と言わざるを得ない。だがミラーカはうっすらと微笑むのみだ。

「心配しないで、ローラ。私の感覚は確かよ。シグリッドは人間じゃない。そしてルーファスもその事を知っている。間違いないわ」

「……!」
 自信ある断言にローラも口を噤む。ミラーカは根拠も無くこんな向こう見ずを仕出かす性格じゃない。彼女が黒というなら本当に黒なのだろう。ならばローラもミラーカを信じる事に決めた。


「……ルーファス。見ての通りです。彼女は人外の力を持っている。彼女だけじゃありません。他にも仲間がいます。その上で改めて言います。私達(・・)があなたをお守りします」

「……!」
 ルーファスは次第に落ち着いて来たのか、その口の端が笑みの形に吊り上げられる。

「く……くく……なるほど。これは流石に予測していなかったな。まさか吸血鬼とは。いや、確かにシグリッドの事を考えれば、他にもそういう存在がいても不思議じゃないのかも知れないな」

 シグリッドが人間ではない事を認める発言。やはりミラーカの感覚は正しかったのだ。

「……解っていると思うが、君達が人外の力を持っているとしても『シューティングスター』を倒す事は難しいだろう。君達自身もただでは済まない可能性があるぞ? それでもいいのか?」

「勿論解っています。私は以前の警察署襲撃で、『シューティングスター』の戦力を間近で体感していますから」

「それでも尚奴に立ち向かうというのか? 何故だ? 何故そこまでする? 放っておいてもただ俺という人間が1人死ぬだけの事。君達には何の関わりもないはずだ。俺が映画スターの有名人だからか?」

 皮肉気に口を歪めるルーファス。彼からすればそれが一番理解できない事柄なのだろう。だがローラは静かにかぶりを振った。

「有名人かどうかは関係ありません。あなたはLAの街や市民の為に自ら犠牲になろうとしている。そんなあなただからこそ絶対に死なせる訳には行かないんです」

「……!」

「それに私達も無策という訳ではありません。詳細は話せませんが、実は『シューティングスター』の元に工作員(・・・)を潜入させているんです。それが上手くいけばこの事件そのものを解決できる可能性もあります」

「…………」

 ルーファスはそれでもしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げた。

「……いいだろう。そこまで言うなら君達を臨時のボディガードとして雇おうじゃないか。少人数であれば『シューティングスター』を刺激せずに済むかも知れないしな」

 遂にルーファスが警護を了承してくれた。ローラはホッと肩の力を抜いた。

「ありがとうございます、ルーファス」

「ふん。因みに仲間がいると言ったが君達も含めて全部で何人なんだ?」

「え? それは、ええと……4人です」

 リンファはこの件に巻き込まない事を決めたし、クレアやナターシャも実行戦力としては頭数に入らないので、ローラ達とジェシカ、ヴェロニカの4人という事になる。『シューティングスター』と真っ向から事を構えるにはそれでも戦力充分とは言えないが。

 ローラは未だ中東にいるであろうもう1人の仲間、セネムの事を思い浮かべた。彼女もいてくれれば非常に心強かったが、彼女には彼女の都合がある。無い物ねだりはできなかった。

 ルーファスが頷いた。


「4人か。まあ丁度いい塩梅だな。余り大人数で押し掛けて欲しくはないからな。因みに万が一『シューティングスター』の襲撃から俺を守り抜けたら、報酬として1人当たり50万ドル支払おう」


「ごっ……!?」
 ローラは思わずつんのめりそうになった。1人当たり5万ドルでも一晩の護衛料としては破格だろう。それが更に一桁上乗せとは……伊達に長者番付に名を連ねてはいない。金銭感覚がおかしくなりそうだ。

「何も驚く事はないだろう? あの『シューティングスター』と少人数で事を構えようというんだ。その金額に見合うだけのリスクがある仕事だ。いや、50万ドルでは安すぎるかも知れないな。では1人当たり100万ドルで――」

「ま、待ってください、ルーファス! そんな金額、とても受け取れません! それに私達はお金の為にやるんじゃなくて――」

 咄嗟に辞退しようとするローラだが、その肩に人間の姿に戻ったミラーカの手が置かれた。

「――いいわ。1人当たり100万ドルで手を打ちましょう」
「ミ、ミラーカッ!?」

 ローラはギョッとして振り返る。だがミラーカは真摯な目で見返してきた。逆にローラがたじろぐ。

「ローラ。報酬を支払う事で、これはルーファスにとってギブアンドテイクの契約(・・)になるの。貸し借り(・・・・)なしの、ね」

「……!」

「それに彼の言う事は尤もだわ。相手はあの『シューティングスター』。命の保証は出来ない難敵よ。私達だけならいざ知らず、ジェシカやヴェロニカにも無償で命を賭けろとあなたは言うの?」

「……っ!!」
 ローラは大きく目を見開いて硬直してしまった。ミラーカの言う事は完全な正論だ。何も言えなくなってしまったローラに代わってミラーカが前に出る。 

「と、いう訳よ。ただし仲間の2人はまだ大学生だから、弁護士を通して信託預金という形にしてもらえると助かるわ」

 こちらのやり取りを見ていたルーファスは神妙に頷いた。

「……了解した。その辺りはシグリッドが上手くやってくれる。意図を汲んでくれて助かるよ。そんなに気にしないでくれ、ローラ。俺にとってはそこまで負担になる金額じゃないし、もし本当に命が助かったなら感謝の気持ちとして400万ドル払うのに躊躇う理由は何一つない」

「ルーファス……」

 ルーファスにも諭されてようやくローラは顔を上げた。そして素直に頭を下げる。

「すみませんでした、ルーファス。私は考えが足りませんでした。……あなたとの契約(・・)に私も同意します」

「こちらこそありがとう、ローラ。じゃあ契約成立だな」

 ルーファスが手を差し出してきたのでローラも握手を返した。

「はい、宜しくお願いします、ルーファス」

 こうして正式にローラ達がルーファスの警護を請け負う事となった。



 ローラはすぐさまジェシカとヴェロニカの意を確認する為に電話を掛けると、彼女達は二つ返事で了承してくれた。むしろローラの方から助力を求めてきた事をとても喜んでいる様子だった。

 しかし警護対象(・・・・)があのルーファス・マクレーンであり、報酬が1人当たり100万ドルである事も併せて伝えると、2人は共に仰天してそれから絶句してしまうのであった……
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