File18:【カコトピア】

文字数 3,778文字

 3体の魔獣は、何故か追撃の手を止めて彼女を包囲するに留めていた。

「はぁ……はぁ……はぁ……?」

 必死に息を整えながらも敵の反応を訝しむカーミラ。その疑問に答えるかのように、ヴェロニカを抱きかかえたまま観戦していたムスタファが再び発言した。

『流石……()が警戒するだけありますな。正直取り越し苦労だと思っていましたが、中々どうして……』

「……さっきも言っていたわね。彼? それがあなた達のリーダーなの?」

 何故かエリオット達が襲ってくる気配がないので、気になっていた質問をぶつける。正直このムスタファがリーダーとは思えない。果たして彼はあっさり肯定した。


『いかにも。この周到な()を考えたのも彼ですよ。あなた方を敢えて(・・・)三手に分断させて戦力を分散させる。そして、あなた(・・・)が受け持った事件にこちらの戦力を集中させて、確実にあなたを討ち取る……。偵察はそこのスパルナ君が千里眼で受け持ってくれました』


「――――っ!!」

 カーミラがその切れ長の目を限界まで見開いて身体を震わせた。全ての疑問や違和感の謎がようやく解けた。最初から全て仕組まれていたのだ。エリオット達がそれぞれに起こした事件は全てこの時の為の布石だったという事だ。

「誰……? あなた達のリーダーは誰なの!? 何故こんな周到な罠を張ってまで私を……!?」

 ローラも自分もナターシャ達もまんまと翻弄された。相手は生半な頭脳の持ち主ではないはずだ。だがこんな手の込んだ罠を用意してまで自分が集中的に狙われる理由が解らない。


『……それは、彼から直接(・・)お聞きください』
「……っ!!」


 カーミラはそこでようやくこの処刑場と化した広場に、新たな人影がやってきている事に気付いた。今度は1人ではない。3人の男(・・・・)が横に並ぶようにしてこちらに歩いてくる。男達はいずれも中肉中背で、色やデザインは異なるがスーツ姿であった。

「――――」

 彼等の姿を視認したカーミラは、驚愕続きであったこの悪夢の夜の中でも、更に最大の驚きを以って男達を見つめていた。男達は……3人が3人とも、彼女が見知った人物だったのだ。

 カーミラは向かって左側にいる男を睨み付ける。


ジョン(・・・)!? あなた……これはどういう事? 命令よ。今すぐ私に味方して、この場を切り抜けるのに手を貸しなさい!」

 彼女は敢えて鋭い語気で、自らの『子』である吸血鬼……ジョン・ストックトンに命令する。だがジョンは命令を聞くどころか、忌々し気な表情で鼻を鳴らしただけだった。

「ち……いつまで主人気取りでいやがるんだ、クソババア」
「な……な、何ですって……?」

 カーミラは一瞬何を言われたのか解らず呆然としてしまう。そんな彼女の様子に嗜虐的な笑みを浮かべたジョンは追い打ちをかける。

「あんたも知っての通り、真祖のヴラド様を除けば吸血鬼の『親子』関係は完全な主従関係って訳じゃない。言ってみれば文字通り人間の親子関係と同じだ。親が従うに値しない存在なら……それを裏切る子供もいて当然だろ?」

「……!」

「勿論甦してくれた事には感謝してる。だがな……あんたはもう吸血鬼じゃない別の何かなんだよ。500年前のシスターに浄化された時からな。あんたが取り戻した『人の心』ってヤツが、俺にも無条件で受け継がれるとでも思ってたのか? あんたも、そしてローラも失敗(・・)したんだよ」

「……っ!!」

「俺はこの先もあんたに未来永劫監視されながら、吸血鬼としての本能(・・)を抑制したまま生きるなんて耐えられないんでね。悪く思うなよ? この事態を招いたのはあんたとローラの甘さだ」

 ジョンの言葉も感情も、そして発散される魔力も殺気も……全て本物だ。彼は本心から彼女の事を憎んでいるのだ。カーミラは足元の地面が崩れ落ちるような感覚を味わった。

 かつてローラにジョンの吸血鬼化に際して忠告めいた事を言っておきながら、自分こそ何も分かっていなかったのだ。

 ジョンの言う通り、カーミラが人の心を取り戻したのはあくまで後天的(・・・)な要因だという事を失念していた。特に何の疑いも無く、自分が作り出した吸血鬼も自分と同じ(・・)なのだと思い込んでしまっていた。

 リスクを重視するなら、もう少しジョンの様子を注意深く観察しておくべきだったのだ。


「眷属にも裏切られ、完全に脱出不可能な罠に落ちた気分はどうかな、カーミラ?」

「……! あ、あなた……あなたね? あなたがこの絵図を描いたリーダー(・・・・)だったのね……?」

 3人の中央にいる男が、人を食ったような声音でカーミラを揶揄する。カーミラはその男を……FBI捜査官のニック・ジュリアーニを睨み付ける。確かにこの男の頭脳なら自分達を出し抜く事など造作もなかっただろうと納得する。

「ああ、そうだよ。フォルネウスとスパルナは僕の可愛いペットでね。彼等を訓練したのも僕さ」

「い、一体何の為にこんな……」

「理由が知りたいかい? まあ当然だよね。理由は……僕等(・・)と君達が相容れる事は決して無いからさ!」

「……!!」

 ニックの姿が一瞬にして変化(・・)する。元の美形な容貌は見る影もなくなり、その皮膚がカサカサに干からびて、眼球が風化し鼻は削げ落ち、唇も崩れてボロボロの歯が剥き出しになる。同時に彼から強烈な魔力が発散される。

 ミイラの如き姿。そしてこの魔力にカーミラは覚えがあった。


「メネスの……〈従者〉! 〈信徒〉共が再び出現したのはあなたの仕業だったのね……」


『それも肯定だ。『バイツァ・ダスト』の時に倒した〈従者〉の1人から【コア】を奪い取ったのさ。人外の存在に進化(・・)する事が僕の望みでね』

 奇怪に変貌した音声で喋るニック。カーミラはかぶりを振った。

「進化ですって? 馬鹿げてるわ。そんな事(・・・・)の為に、人間である事を自分から辞めたというの?」

『……そう。君なら絶対にそう言うだろうと解っていた。だからこそ僕達は相容れないのさ。500年も超常の存在として生きてきた君に、持たざる者の気持ちなど既に理解できないだろうからね。これが何としても君を排除しなければならない理由だよ』

「…………」

 最早彼に何を言っても無駄だろう。カーミラは向かって右側にいる最後の1人に視線を向けた。


「あなたも……最初からこのつもりだったの、クリス(・・・)?」
 
「……こいつらと手を組んだのは成り行きだが、LAに来た目的自体の事を言っているなら……その通りだ」

 その男……ローラの元カレ(・・・)、クリストファー・ソレンソンは陰気な表情で頷いた。

「お前を排除し、ローラを再び俺の物とする。俺はその為の『力』を手に入れた。あの『シューティングスター』からな……!」

「……!?」

 クリスの服の背中を突き破るようにして、金色に輝く長いアーム(・・・)が合計で6本も飛び出した。アームの先端にはブレードやドリルなどの武器や光線銃などが備わっており、ウネウネと自在に蠢いていた。

「そ、それは……あの宇宙船の……」

「そうだ。お前達が倒したガードドローンの物だ。俺は異星の技術をこの身に融合させたサイボーグ(・・・・・)となったのだ」

「な……」
 カーミラが絶句する。本当にあのガーディアンの武装や技術を移植されているとしたら、『陰の気』こそ感じられないものの、このクリスは他の怪物達にも増して恐ろしい存在という事になる。


 ニックが手を叩いた。

『これが僕達の……【悪徳郷(カコトピア)】の全容だよ。『サッカー』から始まる、君達がこれまでに斃してきた全ての怪物達に関わりのある者が集った事になる。そう考えると不思議な物だよね?』

 その言い分にカーミラは唇を噛み締めた。吸血鬼、狼男、半魚半獣、鳥人、ミイラ男、シャイターン、そして異星の技術……。彼女は今、これまで戦って斃してきた過去の怪物達に逆襲されているような気分を味わっていた。


『さて……何故全員が君の前に姿を現して、目的やなんやまでベラベラと話してあげたか解っているよね? 当然……君をここから生かして帰すつもりが無いからさ……!』

「くっ……」

 ニックの合図に応じて、彼自身を含む7体の怪物はカーミラをぐるりと取り囲んだ。ムスタファもニック達が話している間に気絶したヴェロニカをどこかに隠したらしく、包囲網に参戦してきた。 

 勿論話している間中カーミラは離脱の隙がないか窺っていたのだが、エリオットやスパルナ達に一切の隙は無かった。結果7対1という、かつてない程の絶望的と言うのも愚かしい確死の状況に置かれる事となった。

 雑魚相手ならともかく、7体全てがカーミラとほぼ互角の強さの魔物達なのだ。カーミラには万に一つも勝ち目はなかった。

 切り裂かれた翼も当然まだ再生していない。どの道スパルナやムスタファ、そしてジョンと相手側にも飛行できる魔物がいるので離脱は困難だっただろうが。
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