File25:頼もしい味方?

文字数 3,269文字


 そんなローラ達の内心を察したルーファスだが、再び苦笑して手を挙げた。

「まあ彼女の半生については、今夜を無事に乗り切れたら彼女自身の口からでも語らせるよ。今重要なのはそこじゃないだろう?」

「そう、ね。重要なのは彼女の戦力(・・)ね。どの程度戦えるのか、戦えるとしてどんな戦闘スタイルなのか……」

 ミラーカが頷く。ルーファスは少し挑戦的な、それでいて面白そうな表情で彼女を見据える。

「それを知るには手っ取り早い方法がある。『シューティングスター』の襲撃まではまだ時間がある。ここは一つ、君とシグリッドで模擬戦(・・・)をやってみないか? 互いに怪我しない範囲でね。勿論君が良ければ、だが」

「……! ふぅん、面白そうね。私は構わないわよ?」

 挑戦されて尻込みするミラーカではない。シグリッドの方も特に異存はないようで、一礼すると前に進み出てきた。



 こうして思わぬ成り行きでデモンストレーションを行う事となった。庭園の一角、他に障害物がない広い場所を選んで向き合うミラーカとシグリッド。ルーファスやローラ達3人は少し離れた所で見物している。

「宜しくお願いします」

「……いつでもいいわよ。どこからでも掛かってきなさい」

 コートを脱ぎ去って黒のボンテージ姿となったミラーカは徒手空拳で構えを取る。シグリッドの眉がピクッと上がる。

「……その武器を使った方がいいと進言しますが」

 ミラーカが地面に放った刀を指差すシグリッド。だがミラーカは挑発的に嗤う。

「これはあくまで模擬戦でしょう? あれを使ったらあなたを殺してしまいかねないから止めておくわ」

「……後悔しますよ」


 その言葉が終わるかどうかという内にシグリッドが動いた。地面の芝生が抉れるほどの踏み込みと同時に、シグリッドの姿が一瞬にしてミラーカの至近距離に出現(・・)する。

「……っ!?」
 ミラーカの目が驚愕に見開かれる暇もあればこそ、シグリッドから放たれた右ストレートが襲い掛かる。

「くっ!」
 辛うじて反応が間に合い回避に成功するが、シグリッドは間髪入れず追撃してくる。脚を砕くような勢いのローキック。ミラーカは大きく後方に飛び跳ねるようにして回避する。

 だがシグリッドもすかさず前方に飛び込んで距離を離させない。ミラーカの顔が歪む。苦し紛れに手刀で薙ぎ払うが、シグリッドは容易く回避して逆にその腕を掴み取ってしまう。

「……っ!」
 ミラーカが慌てて腕を引こうとするが、シグリッドは身体ごと捻るような勢いでミラーカの腕を掴んだまま背負い投げを決める。

「あうっ!」

 為す術もなく綺麗に投げられ、背中から地面に打ち付けられて喘ぐミラーカ。シグリッドはその腕を離す事無く、流れるような動作で腕ひしぎ十字固めを極めた!

「ぐ……ああぁぁぁっ!!」

 完全に腕を極められたミラーカの口から堪え難いような苦鳴が漏れ出る。必死に跳ねのけようと暴れるが、吸血鬼の膂力を持ってしても振り解けないようだ。その事実がシグリッドが人外である事を明確に物語っていた。

「ミ、ミラーカッ!?」
「う、嘘だろ……あのミラーカさんが……!」

 まさかの展開にローラは動揺する。ジェシカも呆然としていた。ローラはルーファスを仰ぎ見る。

「ル、ルーファス、もう充分です! シグリッドの力は解りましたから、試合を止めて下さい!」

 だがルーファスは面白そうな顔でローラを見た。

「おいおい、相棒の君がそんなんでどうする? ミラーカはまだギブアップしていないぞ?」

「え……!?」
 言われて試合の方に向き直る。シグリッドを跳ねのけられないと悟ったミラーカは、無事な方の左手でシグリッドの足を掴む。そして吸血鬼の握力に物を言わせて彼女の足を握りつぶさんばかりに力を籠める。

「……!」
 シグリッドが弾かれたように技を解いて身体を離した。ミラーカも苦し気ながら身体を起こす。しかし汗まみれで荒い息を吐いて、片膝を着いた姿勢で右肩を押さえている。

 辛うじて危機は脱したものの状況は圧倒的に不利だ。ミラーカの目が思わずといった感じで、自らが放り投げた刀の方に向いた。

「どうぞ。待っていますので拾って下さい」
「……っ!!」

 嘲笑うでもなく淡々と促すシグリッドの態度に、むしろ屈辱を増幅されたミラーカがギリッと歯を噛み締める。


 ミラーカの真価は、もはや自らの体の一部とすら言える刀を用いた武器戦闘にある。グールのような格下相手ならともかく、恐らく同格と思われる相手に格闘戦は厳しい様子だ。

 しかもシグリッドは明らかに格闘技を修めている。軍隊式か何かかなり実戦的な格闘技のようだ。徒手空拳でミラーカに勝ち目はない。 

 ローラはかつてニックが、ミラーカはあくまで元は蝶よ花よと育てられた中世の貴族令嬢で、純粋な肉弾戦ならジョンの方が強いと言っていたのを思い出した。あれはつまりこういう事だったのだろう。


 シグリッドに促された事で却って意地になったミラーカは、刀を拾おうとはせずに素手のまま打ち掛かろうと立ち上がって身構える。ローラの目から見てもそれは余りにも無謀に思えた。

 思わず止めようとして声を上げかけるが……

「そこまでっ!! これ以上は怪我の元だ。この後の『シューティングスター』との戦いに差し支える事になる」

 ルーファスが大きく手を叩いて試合終了の合図を出した。

「……っ」
 シグリッドに飛び掛かろうとしていたミラーカは、機先を制されてその足が止まる。ローラ達は今がチャンスとばかりに全員でミラーカの元に駆け寄る。


「ミラーカ、大丈夫!?」

「ロ、ローラ……。かっこ悪い所を見せてしまったわ。……幻滅した?」

 仲裁された事で冷静さを取り戻したらしいミラーカが、バツの悪そうな顔で俯く。どうやら意固地になっていたのは、ローラの目があったからという面もあるようだ。

 だがそれを悟ったローラは幻滅する所か、ミラーカの事を増々愛しく感じた。

「そんな事ないわ! むしろちょっと可愛いと思っちゃったわ、ふふ」
「ロ、ローラ……」

 ミラーカはどう反応していいか困ったような顔で赤面する。ジェシカとヴェロニカも会話に加わってくる。

「そうだぜ、ミラーカさん! それに刀を使ってれば絶対負けてなかったさ!」
「戦闘形態だってありますし、本気の殺し合いならミラーカさんの方が強いですよ」

「2人共……ありがとう」

 珍しくちょっと弱気になっているミラーカは、変に強がる事も無く素直に礼を言った。そんな彼女らの元にルーファスとシグリッドが近付いてくる。


「……さて。見てもらった通り、トロールの血を引いている彼女は極めて高い身体能力を持っている。この家の守衛も兼ねているから、金に飽かせて雇ったプロの傭兵から軍隊仕込みのマーシャルアーツも教え込ませてある。無論それだけじゃなく、ミラーカがまだ全力を出していなかったように彼女も温存している力があるが、基本的には格闘戦が主体の前衛型(・・・)と考えてくれればいい」


「……ええ、よく理解したわ」

 ミラーカが苦虫を嚙み潰したような顔で渋々認めた。その様子が可笑しかったのかジェシカが笑いを堪えている。しかしミラーカがギロッと睨みつけると慌てて顔を逸らした。

 まあ先程の戦闘はあくまで模擬戦であり、シグリッドは味方として戦ってくれるのだから、彼女が強くて頼りになりそうなのはいい事だ。

 ローラ達の編成はミラーカとジェシカが前衛型でローラとヴェロニカが後衛型なので、前衛がもう1人加わってくれるのはバランスがいい。市庁舎の戦いではセネムがその役割を担ってくれた。


 頼もしい助っ人シグリッドも加わり、後は『シューティングスター』の襲撃を待つばかりとなった。外道の異星人との対決はもう目前に迫っていた……
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