File31:おぞましき真実
文字数 3,597文字
ラージャの巨体が空気に溶け込むように消滅していく。ラージャはビブロスなど比較にならないような強力な悪魔だった。恐らく『ルーガルー』や『エーリアル』などに近い強さだったのではないだろうか。
それをこの短時間で打倒する事が出来た。【悪徳郷】との死闘を演じたこのメンバーが全員揃っている事で、強力な悪魔すら結果としては一蹴できたのだ。これにはローラとしても手ごたえを感じざるを得なかった。だが……
――パチパチパチパチ……
「……!」
乾いた拍手の音にローラ達が上空を見上げると、そこには相変わらずアルゴルが浮遊したまま高みの見物をしていた。
「は、は、は……いや、素晴らしい。流石です。流石は『特異点』が集めた 面子ですね! まさかラージャを物ともしないとは。『特異点』を作り出した のは私とはいえ、想像以上の成長ぶりに驚かされますよ」
「……!?」
ローラは目を剥いた。『特異点』という言葉はこれまでにも何度か出ていた。ビブロス達やデュラハーンらが口にしていた。彼等の口ぶりからすると何やらローラ達に関係のあるもののようだが、その詳細は全く不明だった。
だが今アルゴルはその『特異点』とやらを自分が作ったと確かに言った。
「先程から貴様らが言っている『特異点』とは何の事だ!? 『特異点』が我等を集めた。貴様、今そう言ったな? そしてそれを貴様が作り出したとも。我等はそんな怪しげな物に関わった覚えはないぞ」
セネムがローラの疑問を代弁する。いや、それはこの場にいる全員の疑問でもあっただろう。しかしアルゴルはまるで最高のジョークを聞いたかのように声を上げて笑う。
「ははははは! 怪しげな物、ですか。くくく……これは傑作だ。ではあなた方はその『怪しげな物』に友情や愛情を感じて仲間となり、これまで一緒に戦ってきたという訳ですか? それは何とも滑稽な話ですねぇ! くくくく!」
「な…………」
セネムもミラーカも、他の仲間達も一様に絶句する。アルゴルが何を言っているのか理解できなかった。
いや……全員、まさかという嫌な予感はあった。だがそれを理解する事を脳が拒否したのだ。彼女らが友情や愛情 を感じて、その仲間 になった……。
その対象 は1人しかあり得ないからだ。
「な、何を……あなたは何を言っているんですか? わ、私達が友情や愛情を……? それって……」
ヴェロニカが混乱したように視線を向ける、その先には……
「ロ、ローラ ? あなた……」
おろしたての紙のように顔色を白くしたローラの姿があった。アルゴルは嗜虐的な笑みを浮かべて無情にも肯定する。
「あなた方のご想像通りです。あなた方がリーダーと仰ぐその女は……その女こそが私が作り出した 『特異点』そのものなのですよ!」
「――――っ!!」
全員が今度こそ精神的な衝撃で硬直する。そこにアルゴルが容赦なく追い打ちを掛ける。
「私が作った『特異点』の効力。それは……ある特定の条件下での事象の発生率を極端に高める、という物です。ここでの条件とは『魔物や超常の存在が関わる事件』という事になりますが」
アルゴルはミラーカの方に視線を向ける。
「女吸血鬼。あなたは不思議に思った事はありませんでしたか? 500年も生きてきて、これまで自分達以外の魔物や人外の存在に出会った事がありましたか? 断言してもいい。なかったはずです」
「……!」
ミラーカが眉を上げる。確かにそれは疑問に思っていた事だ。500年も、それも世界をあちこち渡り歩いて生きてきながら、自分達以外の人外の存在に出会った事は無かった。そんなモノはいないのだと思っていた。
「それが本来普通なのです。しかしこのLAに来て、狼男を皮切りに500年間出会った事もなかったような魔物と遭遇した。それも立て続けにね。こんな偶然があり得ると思いますか?」
「……っ。それは……先程あなたは自分でそれらの事件に介入したと言っていた。あなたがこの街で意図的に引き起こした事でしょう?」
話の行き着く先が見えてきたミラーカが何とかローラを弁護しようとするが、アルゴルは無情にもそれを否定する。
「私の介入はあくまで切欠に過ぎません。あなたも含めて人外の存在をこの街に呼び寄せたのは、全て『特異点』の力の為せる業です。そして魔物達だけでなく……それと戦い、自らを守る為の戦力 を呼び寄せたのもね」
「せ、戦力だと? それはまさか……」
セネムが信じられないという風に目を見開く。先程アルゴルが言っていた、『特異点』が集めた面子という言葉が思い起こされる。
「勿論。あなた方 の事ですよ。あなた方がローラと出会い、そして仲間になった一連の経緯が全て偶然だと思いましたか? 残念。あなた方もまた『特異点』の力で、それとは気付かない内に呼び寄せられ仲間になるように仕向けられて いたのですよ。あなた方が絆だと思っていたものは、全て『特異点』によって操作・調整された偽りの絆に過ぎないのですよ!」
アルゴルは両手を広げて、言い聞かせるように声を張り上げる。いきなりそのような事実を聞かされ、皆の心に少なくない動揺が走る。だがこの場で誰よりも激しく動揺しているのは……
「わ……私が……『特異点』? それじゃあ、私がいるせいで……このLAで人外の事件が……?」
ローラはいつしかその場に崩れ落ちて座り込んでいた。人外の事件に関連した事象の発生率を高めるという、アルゴルの言っている事が本当ならそういう事になる。
心当たりなら……ある。
『サッカー』の事件以降、自分の周りで狙ったように人外の事件が頻発し、ローラにその気が無くとも向こうから怪物が現れて、必ず事件に深く巻き込まれる羽目になっていた事。
ただの偶然というには余りにも様々な出来事が重なり過ぎていた。
今までの事件で死亡した人々の事が頭を過る。
(私が……私のせいで……?)
「くくく……どんな気分ですか? 今まで自分が街の治安を……いや、怪物達から人々を守ってきたと思っていたのに、実際は自分の存在こそが街を怪物の脅威に曝していたという事実を知ったのは?」
「――――っ」
ローラの身体が大きく震える。その顔は完全に血の気が引いて、目は涙が零れ落ちそうに潤んで、頬が引き攣る。最早彼女は完全に闘志を失っていた。
そしてアルゴルはそんな彼女に容赦なく止め を刺す。
「ローラ・ギブソン。私は自分が『特異点』を作り出したと言いました。そして『特異点』とはあなたの事です。さて、ここで問題です。あなたの本当の父親 は誰だと思いますか?」
「…………え?」
ローラは一瞬何を言われたのか解らずに呆然とした目でアルゴルを見上げる。そしてその言葉の意味が浸透してくると同時に彼女が感じたのは……恐怖。
「う、嘘よ。そんなの、絶対に嘘よ。私のパパは……フランク・ギブソン――」
「あなたは自分がそのギブソン夫妻の養子 であるという事は知っていたはずですね? あなたと血を分けた実の父親は……おめでとうございます。目の前にいますよ。感動の親子の再会ですね!」
「あ……あ……」
アメリカでは養子縁組は、諸外国に比べればそこまで珍しいものではない。だからローラも自分が養子という事は知っていても、そこまで負い目を感じる事はなかった。ギブソン夫妻を本当の親のように思っていた。
「対象の女性に私が長年かけて完成させた魔術を用い、その上で自らの子種を宿す。生まれてきた赤子は私の魔術……即ち『特異点』としての力をその身に宿して誕生します。それがあなたという訳ですね」
「あ……ああ……も、もうやめて……」
ローラは滂沱と涙を流して耳を塞ぐ。自分の存在が魔物を呼び寄せて街や人々に被害を与えていた事を信じたくなかった。ミラーカやジェシカ達仲間との絆が全て邪な力に作られた偽りの物だったと信じたくなかった。そして……全ての元凶である外道の存在が自分の生みの親だという事実を信じたくなかった。
今まで彼女を彼女足らしめてきた、彼女を支えてきた物全てが、音を立てて崩れようとしていた。
しかしどれだけ耳を塞いでもどのような妖術を用いているのか、アルゴルの声は明瞭に聞こえ、毒のようにローラの中に入り込んでくる。
「そこからはカッコウの托卵よろしく人間の夫妻に養子に預けて、時が来たら仮初の親は始末して、それを利用してあなたが事件に関わりやすい警察の……それも刑事課に興味を持つように仕向けて と、結構裏で色々と苦労を――」
――ビュンッ!!
「……!」
風を切る音と共に高速で飛来した何かがアルゴルの口上を遮る。それはかなり大きめの石であった。投げられた石はアルゴルに命中する前に、やはり見えない何かに弾かれて虚しく湖面に落ちる。
だが……
「……いい加減に黙りなさい。耳が腐るわ」
抑えても抑えきれない怒りに満ちた声こそが、アルゴルの口撃 を中断させていた。
それをこの短時間で打倒する事が出来た。【悪徳郷】との死闘を演じたこのメンバーが全員揃っている事で、強力な悪魔すら結果としては一蹴できたのだ。これにはローラとしても手ごたえを感じざるを得なかった。だが……
――パチパチパチパチ……
「……!」
乾いた拍手の音にローラ達が上空を見上げると、そこには相変わらずアルゴルが浮遊したまま高みの見物をしていた。
「は、は、は……いや、素晴らしい。流石です。流石は『特異点』が
「……!?」
ローラは目を剥いた。『特異点』という言葉はこれまでにも何度か出ていた。ビブロス達やデュラハーンらが口にしていた。彼等の口ぶりからすると何やらローラ達に関係のあるもののようだが、その詳細は全く不明だった。
だが今アルゴルはその『特異点』とやらを自分が作ったと確かに言った。
「先程から貴様らが言っている『特異点』とは何の事だ!? 『特異点』が我等を集めた。貴様、今そう言ったな? そしてそれを貴様が作り出したとも。我等はそんな怪しげな物に関わった覚えはないぞ」
セネムがローラの疑問を代弁する。いや、それはこの場にいる全員の疑問でもあっただろう。しかしアルゴルはまるで最高のジョークを聞いたかのように声を上げて笑う。
「ははははは! 怪しげな物、ですか。くくく……これは傑作だ。ではあなた方はその『怪しげな物』に友情や愛情を感じて仲間となり、これまで一緒に戦ってきたという訳ですか? それは何とも滑稽な話ですねぇ! くくくく!」
「な…………」
セネムもミラーカも、他の仲間達も一様に絶句する。アルゴルが何を言っているのか理解できなかった。
いや……全員、まさかという嫌な予感はあった。だがそれを理解する事を脳が拒否したのだ。彼女らが
その
「な、何を……あなたは何を言っているんですか? わ、私達が友情や愛情を……? それって……」
ヴェロニカが混乱したように視線を向ける、その先には……
「ロ、
おろしたての紙のように顔色を白くしたローラの姿があった。アルゴルは嗜虐的な笑みを浮かべて無情にも肯定する。
「あなた方のご想像通りです。あなた方がリーダーと仰ぐその女は……その女こそが
「――――っ!!」
全員が今度こそ精神的な衝撃で硬直する。そこにアルゴルが容赦なく追い打ちを掛ける。
「私が作った『特異点』の効力。それは……ある特定の条件下での事象の発生率を極端に高める、という物です。ここでの条件とは『魔物や超常の存在が関わる事件』という事になりますが」
アルゴルはミラーカの方に視線を向ける。
「女吸血鬼。あなたは不思議に思った事はありませんでしたか? 500年も生きてきて、これまで自分達以外の魔物や人外の存在に出会った事がありましたか? 断言してもいい。なかったはずです」
「……!」
ミラーカが眉を上げる。確かにそれは疑問に思っていた事だ。500年も、それも世界をあちこち渡り歩いて生きてきながら、自分達以外の人外の存在に出会った事は無かった。そんなモノはいないのだと思っていた。
「それが本来普通なのです。しかしこのLAに来て、狼男を皮切りに500年間出会った事もなかったような魔物と遭遇した。それも立て続けにね。こんな偶然があり得ると思いますか?」
「……っ。それは……先程あなたは自分でそれらの事件に介入したと言っていた。あなたがこの街で意図的に引き起こした事でしょう?」
話の行き着く先が見えてきたミラーカが何とかローラを弁護しようとするが、アルゴルは無情にもそれを否定する。
「私の介入はあくまで切欠に過ぎません。あなたも含めて人外の存在をこの街に呼び寄せたのは、全て『特異点』の力の為せる業です。そして魔物達だけでなく……それと戦い、自らを守る為の
「せ、戦力だと? それはまさか……」
セネムが信じられないという風に目を見開く。先程アルゴルが言っていた、『特異点』が集めた面子という言葉が思い起こされる。
「勿論。
アルゴルは両手を広げて、言い聞かせるように声を張り上げる。いきなりそのような事実を聞かされ、皆の心に少なくない動揺が走る。だがこの場で誰よりも激しく動揺しているのは……
「わ……私が……『特異点』? それじゃあ、私がいるせいで……このLAで人外の事件が……?」
ローラはいつしかその場に崩れ落ちて座り込んでいた。人外の事件に関連した事象の発生率を高めるという、アルゴルの言っている事が本当ならそういう事になる。
心当たりなら……ある。
『サッカー』の事件以降、自分の周りで狙ったように人外の事件が頻発し、ローラにその気が無くとも向こうから怪物が現れて、必ず事件に深く巻き込まれる羽目になっていた事。
ただの偶然というには余りにも様々な出来事が重なり過ぎていた。
今までの事件で死亡した人々の事が頭を過る。
(私が……私のせいで……?)
「くくく……どんな気分ですか? 今まで自分が街の治安を……いや、怪物達から人々を守ってきたと思っていたのに、実際は自分の存在こそが街を怪物の脅威に曝していたという事実を知ったのは?」
「――――っ」
ローラの身体が大きく震える。その顔は完全に血の気が引いて、目は涙が零れ落ちそうに潤んで、頬が引き攣る。最早彼女は完全に闘志を失っていた。
そしてアルゴルはそんな彼女に容赦なく
「ローラ・ギブソン。私は自分が『特異点』を作り出したと言いました。そして『特異点』とはあなたの事です。さて、ここで問題です。あなたの
「…………え?」
ローラは一瞬何を言われたのか解らずに呆然とした目でアルゴルを見上げる。そしてその言葉の意味が浸透してくると同時に彼女が感じたのは……恐怖。
「う、嘘よ。そんなの、絶対に嘘よ。私のパパは……フランク・ギブソン――」
「あなたは自分がそのギブソン夫妻の
「あ……あ……」
アメリカでは養子縁組は、諸外国に比べればそこまで珍しいものではない。だからローラも自分が養子という事は知っていても、そこまで負い目を感じる事はなかった。ギブソン夫妻を本当の親のように思っていた。
「対象の女性に私が長年かけて完成させた魔術を用い、その上で自らの子種を宿す。生まれてきた赤子は私の魔術……即ち『特異点』としての力をその身に宿して誕生します。それがあなたという訳ですね」
「あ……ああ……も、もうやめて……」
ローラは滂沱と涙を流して耳を塞ぐ。自分の存在が魔物を呼び寄せて街や人々に被害を与えていた事を信じたくなかった。ミラーカやジェシカ達仲間との絆が全て邪な力に作られた偽りの物だったと信じたくなかった。そして……全ての元凶である外道の存在が自分の生みの親だという事実を信じたくなかった。
今まで彼女を彼女足らしめてきた、彼女を支えてきた物全てが、音を立てて崩れようとしていた。
しかしどれだけ耳を塞いでもどのような妖術を用いているのか、アルゴルの声は明瞭に聞こえ、毒のようにローラの中に入り込んでくる。
「そこからはカッコウの托卵よろしく人間の夫妻に養子に預けて、時が来たら仮初の親は始末して、それを利用してあなたが事件に関わりやすい警察の……それも刑事課に興味を持つように
――ビュンッ!!
「……!」
風を切る音と共に高速で飛来した何かがアルゴルの口上を遮る。それはかなり大きめの石であった。投げられた石はアルゴルに命中する前に、やはり見えない何かに弾かれて虚しく湖面に落ちる。
だが……
「……いい加減に黙りなさい。耳が腐るわ」
抑えても抑えきれない怒りに満ちた声こそが、アルゴルの