File12:闇の眷属
文字数 2,261文字
「トミー!」
10人程のグールに取り囲まれたローラは、咄嗟に相棒の名前を呼ばわる。だが……
「……だから言ったんですよ、先輩。僕はちゃんと警告したはずですよ」
「ト、トミー……?」
グールの輪を割るようにして、トミーが平然と歩いてきた 。銃を抜いてもいない。
「ほほ……ようやったぞ、我が下僕よ……」
「お褒めに預かり恐悦にございます、我がご主人様 」
トミーが金髪女の前に恭しく膝を着いた。ローラは何が起きているのか解らずに混乱していた。
「トミー、一体何の冗談かしら? 悪いけど全く笑えないわよ。早くその女を確保しなさい!」
「冗談……? これが冗談に見えますか!?」
「……ッ!?」
振り向いたトミーは口を開けて、歯を剥き出すようにしてローラを威嚇した。その犬歯に当たる部分には……長く鋭い『牙』が生えていた。
「あ、あなた……あなたは……」
「僕は既にこのシルヴィア様の下僕なんですよ。しかもこのグール共とは違って、こうして眷属にして頂いた。あなたを連れてくる事と引き換えにね!」
「ッ!!」
ローラは目の前が真っ暗になり、足元が崩れ去るような錯覚に襲われた。
「つ、連れてくるって……それじゃこれは……」
「シルヴィア様のご意思ですよ。ただ僕にも人間として心は残っていた。だからあなたに忘れるように警告した。でもあなたは聞く耳を持たなかった。……その結果がこれです」
「う、嘘よ……嘘だと言ってよ、トミー!」
「ほほ……この期に及んで目の前の現実を受け入れられぬとは、ほんに愚かな娘よ。お前はあの裏切者へを誘き寄せるいい餌になりそうじゃ。……この小娘を捕らえよ」
金髪の吸血鬼――シルヴィアの命令を聞いて、トミーが近付いてくる。
「……先輩。悪く思わないで下さいね」
「ッ! こ、来ないでっ!」
ローラは慌ててトミーに銃口を向ける。トミーは少し面白そうな顔をした。
「へぇ、先輩に僕が撃てるんですか? いいですよ。撃ちたければどうぞ」
トミーは挑発的に両手を広げながら歩いてくる。ローラは震える腕を必死に押さえて銃口を制御する。胸の動悸が激しくなり、額には冷や汗が流れる。トミーがそんなローラの様子を嘲笑する。
「あはは、銃口が震えてますけど大丈夫ですか? そんなんでちゃんと的を狙えるんですか?」
「……く!」
(撃つ! 撃つんだ! 目の前にいるのはもうトミーじゃない。ただの邪悪な怪物だ!)
そう自分に言い聞かせるが、指は固まったように引き金を引く事が出来なかった。そうこうしている内に、近付いてきたトミーの手がローラの銃の上に置かれた。
「全く先輩は意気地がないですね。僕が見本を見せてあげますよ」
「……っぁ!」
そう言うと彼は、ローラの手ごと銃を握り込み、銃口を自分の心臓に押し当てた。そして強引に引き金を引かせた!
――パァンッという、くぐもった銃声が轟いた。
「え……あ……」
「ほら、ちゃんと撃てましたね。良く出来ました!」
トミーが笑っていた。心臓に風穴を開けた状態で! その光景を見た時、ローラの中で何かが折れた。膝に力が入らなくなり、その場にへたり込んでしまう。タイトなスーツスカートが際どい位置までずり上がるが、そんな事を気にしている精神的余裕は無かった。
「おや、もうギブアップですか? 普段の威勢はどこに行ったやら……。情けない人ですねぇ」
「う……」
蔑みに満ちた言葉を投げかけられても、ローラには一言も言い返せない。トミーがローラから銃を取り上げる。そして自分の手錠を取り出すと、ローラの両手を後ろに回し手錠を掛けた。
「ほら、立って下さい」
「く……」
脇に手を差し入れられて、無理矢理立たされる。シルヴィアが眼前にやって来て、ローラの顎を掴んで上を向かせる。
「ほほほ、信頼していた仲間に裏切られる気分はどうじゃ? 我らの苦しみや怒りを少しは理解したかの?」
「……!」
「早速主様の元へ連れ帰るぞ。ほほ、あの女が無謀にもお前を助けに来るか、それとも命惜しさに無視を決め込むか……。中々見ものだとは思わんかえ?」
「ッ!」
何という陰険な趣向を思い付く女だろうか。だがローラの心は決まっていた。
(ごめんなさい、ミラーカ……。あなたの忠告を無視した私の自業自得だわ。来るはずないと思うけど、万が一にも馬鹿な真似はしないで……。どの道私は殺されるはず。あなたの迷惑になるくらいならいっそここで……)
ローラがそんな悲壮な決意を固めた時だった。
「諦めたらそこで終わりよ、仔猫ちゃん?」
ここで聞くはずのない……それでいて最も聞きたかった優美な声が、地下の駐車場に響く。それと同時に3人のグールが呻き声すら立てずに、その場に倒れ伏す。
「あ……あ……ま、まさか……」
ローラが呆然とした声を上げる。覚悟を決めながらも心の何処かでは来てくれる事を期待していた……その本人が、倒れたグールの向こうから現れたのだ。
「ふふ、パーティーには少し遅れてしまったようね」
それはまさにミラーカ本人であった。既にコートを脱いで黒いレザーのボンテージ姿で、臨戦態勢となっていた。その姿を見たローラは安心とは別の感情に涙ぐんでしまう。
10人程のグールに取り囲まれたローラは、咄嗟に相棒の名前を呼ばわる。だが……
「……だから言ったんですよ、先輩。僕はちゃんと警告したはずですよ」
「ト、トミー……?」
グールの輪を割るようにして、トミーが
「ほほ……ようやったぞ、我が下僕よ……」
「お褒めに預かり恐悦にございます、我が
トミーが金髪女の前に恭しく膝を着いた。ローラは何が起きているのか解らずに混乱していた。
「トミー、一体何の冗談かしら? 悪いけど全く笑えないわよ。早くその女を確保しなさい!」
「冗談……? これが冗談に見えますか!?」
「……ッ!?」
振り向いたトミーは口を開けて、歯を剥き出すようにしてローラを威嚇した。その犬歯に当たる部分には……長く鋭い『牙』が生えていた。
「あ、あなた……あなたは……」
「僕は既にこのシルヴィア様の下僕なんですよ。しかもこのグール共とは違って、こうして眷属にして頂いた。あなたを連れてくる事と引き換えにね!」
「ッ!!」
ローラは目の前が真っ暗になり、足元が崩れ去るような錯覚に襲われた。
「つ、連れてくるって……それじゃこれは……」
「シルヴィア様のご意思ですよ。ただ僕にも人間として心は残っていた。だからあなたに忘れるように警告した。でもあなたは聞く耳を持たなかった。……その結果がこれです」
「う、嘘よ……嘘だと言ってよ、トミー!」
「ほほ……この期に及んで目の前の現実を受け入れられぬとは、ほんに愚かな娘よ。お前はあの裏切者へを誘き寄せるいい餌になりそうじゃ。……この小娘を捕らえよ」
金髪の吸血鬼――シルヴィアの命令を聞いて、トミーが近付いてくる。
「……先輩。悪く思わないで下さいね」
「ッ! こ、来ないでっ!」
ローラは慌ててトミーに銃口を向ける。トミーは少し面白そうな顔をした。
「へぇ、先輩に僕が撃てるんですか? いいですよ。撃ちたければどうぞ」
トミーは挑発的に両手を広げながら歩いてくる。ローラは震える腕を必死に押さえて銃口を制御する。胸の動悸が激しくなり、額には冷や汗が流れる。トミーがそんなローラの様子を嘲笑する。
「あはは、銃口が震えてますけど大丈夫ですか? そんなんでちゃんと的を狙えるんですか?」
「……く!」
(撃つ! 撃つんだ! 目の前にいるのはもうトミーじゃない。ただの邪悪な怪物だ!)
そう自分に言い聞かせるが、指は固まったように引き金を引く事が出来なかった。そうこうしている内に、近付いてきたトミーの手がローラの銃の上に置かれた。
「全く先輩は意気地がないですね。僕が見本を見せてあげますよ」
「……っぁ!」
そう言うと彼は、ローラの手ごと銃を握り込み、銃口を自分の心臓に押し当てた。そして強引に引き金を引かせた!
――パァンッという、くぐもった銃声が轟いた。
「え……あ……」
「ほら、ちゃんと撃てましたね。良く出来ました!」
トミーが笑っていた。心臓に風穴を開けた状態で! その光景を見た時、ローラの中で何かが折れた。膝に力が入らなくなり、その場にへたり込んでしまう。タイトなスーツスカートが際どい位置までずり上がるが、そんな事を気にしている精神的余裕は無かった。
「おや、もうギブアップですか? 普段の威勢はどこに行ったやら……。情けない人ですねぇ」
「う……」
蔑みに満ちた言葉を投げかけられても、ローラには一言も言い返せない。トミーがローラから銃を取り上げる。そして自分の手錠を取り出すと、ローラの両手を後ろに回し手錠を掛けた。
「ほら、立って下さい」
「く……」
脇に手を差し入れられて、無理矢理立たされる。シルヴィアが眼前にやって来て、ローラの顎を掴んで上を向かせる。
「ほほほ、信頼していた仲間に裏切られる気分はどうじゃ? 我らの苦しみや怒りを少しは理解したかの?」
「……!」
「早速主様の元へ連れ帰るぞ。ほほ、あの女が無謀にもお前を助けに来るか、それとも命惜しさに無視を決め込むか……。中々見ものだとは思わんかえ?」
「ッ!」
何という陰険な趣向を思い付く女だろうか。だがローラの心は決まっていた。
(ごめんなさい、ミラーカ……。あなたの忠告を無視した私の自業自得だわ。来るはずないと思うけど、万が一にも馬鹿な真似はしないで……。どの道私は殺されるはず。あなたの迷惑になるくらいならいっそここで……)
ローラがそんな悲壮な決意を固めた時だった。
「諦めたらそこで終わりよ、仔猫ちゃん?」
ここで聞くはずのない……それでいて最も聞きたかった優美な声が、地下の駐車場に響く。それと同時に3人のグールが呻き声すら立てずに、その場に倒れ伏す。
「あ……あ……ま、まさか……」
ローラが呆然とした声を上げる。覚悟を決めながらも心の何処かでは来てくれる事を期待していた……その本人が、倒れたグールの向こうから現れたのだ。
「ふふ、パーティーには少し遅れてしまったようね」
それはまさにミラーカ本人であった。既にコートを脱いで黒いレザーのボンテージ姿で、臨戦態勢となっていた。その姿を見たローラは安心とは別の感情に涙ぐんでしまう。