File26:決戦開始!

文字数 4,809文字

 そして時刻は午後11時40分を回ろうとしていた。

「そろそろね……」

 ローラは腕時計を見ながら呟いた。

「ジェシカ、あなたはもう変身しておいた方がいいわ。奴が現れたら変身する暇があるかも分からないし」

「そ、そうだな」

 ミラーカが刀を抜き放ちながらジェシカを促す。ジェシカの変身はミラーカの物と比べると若干時間が掛かるので妥当な判断だろう。因みにジェシカは変身する事を見越して既に下着まで含めた衣類を全て脱ぎ去った全裸に、シーツだけ羽織った姿であった。

 やや緊張しながら頷いたジェシカは変身を開始する。

「ぐ……うううぅぅぅゥゥゥゥゥッ!!」

 唸り声が人間のそれから獣のそれに変化する。身体が剛毛に覆われ鉤爪や牙が生え並ぶ。狼少女ジェシカの顕現だ。

「ほぅ……」

 それを見ていたルーファスが感心したように目を細める。説明はしてあったが、当然彼の前で変身するのはこれが初めてだ。

 『シューティングスター』がどこから現れるか解らないので、ルーファスには単身で屋敷の中に隠れるよりローラ達の近くにいてもらった方が警護しやすいという事でこの場に残っている。勿論その側には臨戦態勢のシグリッドが控えている。

 ローラもデザートイーグルを抜いてマガジンを確認しておく。『シューティングスター』に『ローラ』の浄化の力が通じるかどうか不明ではあるが試してみる価値はある。ヴェロニカも力を高めており準備OKのようだ。

 準備万端。もういつ来ても大丈夫だ。全員が臨戦態勢で待ち構えていると……



「……!」
 シグリッドが何かに反応してルーファスを庇うように前に出る。同時に彼女が見据える先……何もない虚空の一点が突如波打つようにして歪んだ。その歪みはどんどん激しくなり、やがて人型のシルエットを形作った。

「……っ!」

 この時点で既にその場に居た全員が異常に気づいて身構えていた。彼女らが睨みあげる中、遮蔽装置(・・・・)を解除した銀色の塊が地面に降り立った。


 8フィート近い巨体を銀色のアーマーに包み、後頭部から蠢く3本の触手が生えている。それはまさしく2週間前までローラを囚えていた『シューティングスター』本人であった!


 ローラ以外の、この異星人の姿を初めて見た面々が揃って瞠目する。

 『シューティングスター』の視線がローラに向く。ローラは怯みそうになる心を奮い立たせて懸命に睨み返す。

『オ前ハ……。折角逃ゲラレタノニ、再ビ俺ノ前ニ立ツトハ愚カナ奴ダ』

「……!」

 相変わらず抑揚のない耳障りな合成音声のような声で喋る『シューティングスター』。ローラは銃を握る手に力を込める。

『オ前達ダケカ? 今度コソ軍隊ガ出テクルト思ッテイタノニドウナッテイル?』

 『シューティングスター』は辺りを見渡すような挙動を取る。女性達の後ろからターゲットになっているルーファスが発言する。

「ここにいるのは彼女達だけだ。お前は大規模な部隊とのゲームを楽しみたいんだろう? 俺はお前から貰った殺害予告を公表していない。ここで俺を殺しても注目する者は誰も居ないぞ。攻略ゲームも楽しめない。俺を殺す意味はないと思わないか?」

『……ナルホド、ソウ来タカ。確カニソレデハゲームヲ楽シメナイガ……ココデオ前ヲ見逃スト、次ノ奴(・・・)モ同ジ事ヲスルダロウ。ソレヲ防グ為ニモ、ヤハリココデオ前ヲ殺シテオカネバナラン』

「……!」

 『シューティングスター』の身体から明らかな殺気が立ち昇る。やはり交渉(・・)は失敗だ。全員が身構える。

「クリスは!? クリスはどうなったの!? 答えなさい!」

 最早戦闘は避けられないが、これだけは聞いておかねばならない。ローラは声を張り上げる。

『クリス? アア、アノ人間(・・・・)ノ事カ。アイツナラ…………クク、マア生キテイル(・・・・・)トダケ言ッテオコウ』

「……?」

 意味深な言葉に訝しむが、とりあえず死んではいないらしい。だがそれについて深く考える時間は与えられていなかった。

『サア、オ喋リハココマデダ。ソノ男ト共ニ、オ前モ死ヌガイイ!』

「……!」
「ローラ、来るわよ!」

 ミラーカがローラを庇うように前に出る。ルーファスは戦闘に巻き込まれないように素早く後方に退避していた。


『シューティングスター』が右手の光線銃を向けてくる。粒子ビームを放つ気だ。あれを撃たれるのは非常に不味い。ローラは予め作戦会議(・・・・)で、粒子ビームの危険性とそれを最優先で妨害する必要性を強調してあった。

「させないっ!」

 その甲斐あってヴェロニカがいち早く反応して『衝撃』を放った。

『……!』
 『シューティングスター』が僅かに体勢を崩す。『衝撃』をまともに受けて僅かに体勢を崩しただけという時点で脅威だが、とりあえず粒子ビームは妨害できた。その一瞬の隙を逃さず、ミラーカとジェシカが飛び掛かる。

 とにかく距離を離さず奴に兵器を使わせない事が重要だ。それには接近戦が極めて有効だ。

 警察署の戦いでリンファは力及ばず敗れたものの、『シューティングスター』と戦うに当たっての指針を示してくれたという意味では、その働きは非常に大きな物であった。

 出し惜しみは一切なし。最初から全力だ。ミラーカは突進しながら戦闘形態に変身する。そして目にも留まらぬスピードで刀を連続して煌めかせる。

「……!!」

 鋭い金属音。『シューティングスター』が咄嗟にブレードを展開して、ミラーカの斬撃を全て捌いたのだ。戦闘形態となったミラーカの連撃を全て防ぐ能力と技量は尋常ではない。

 性格的にはクズだが、やはり恐ろしいほどの戦闘技術の持ち主だ。

「ガウゥゥゥゥゥッ!!」

 勿論ジェシカもただ見てはいない。ミラーカと斬り結ぶ『シューティングスター』の背後から鉤爪で襲いかかる。

 しかし『シューティングスター』は驚異的な反応速度で奇襲に対処した。ミラーカを蹴り飛ばして突き放すと、そのまま身体を捻るように回転させてジェシカに対してブレードを薙ぎ払う。

「ギィッ!」
 ジェシカは辛うじて身を躱して直撃を免れるが、胴体の辺りを横に浅く斬られて血が噴き出す。ジェシカは苦痛に呻きながらも鉤爪を振るう。しかし無情にも『シューティングスター』は飛び退ってその攻撃を回避した。

 左手を掲げるとその掌から青白い光のような物が発生してジェシカを弾き飛ばした。ESP能力だ。そのままジェシカに対して追撃で粒子ビームを撃とうとするが、再びヴェロニカの妨害。

 今度は力を溜めた『弾丸』を撃ち込む。しかし……

「……っ!」

 『シューティングスター』の身体を覆うように青白いバリアが発生して『弾丸』を受け止めた。最初の『衝撃』の時は銃などの武器を持たずに放った攻撃の為に、『シューティングスター』がそれを攻撃と認識していなかった事でバリアが発動しなかったのだ。

 だが2回目で早くも学習されたようだ。『シューティングスター』自身もESPの使い手である為、ヴェロニカの能力を即座に見抜かれたのだ。

 攻撃は防がれたが、後衛はヴェロニカだけではない。

(『ローラ』……一緒に戦って!)

 ローラの願いに応じて、身体の奥底から浄化の力が湧き上がってくる。それをマグナム弾にまとわせてデザートイーグルの引き金を引く。

 中世の聖女の力が外宇宙の異星人に向かって放たれる。発射されたマグナム弾はやはりバリアによって受け止められるが、その際に以前警察署で発砲した際よりも大きな波紋が波打ち、白い光が『シューティングスター』のバリアを覆い尽くした。

「……!!」

 だが光はすぐに消滅し、後には無傷の『シューティングスター』の姿があった。ローラは唇を噛み締めた。

 まともに当たれば霊王(イフリート)のジョフレイすら斃した神聖マグナム弾だが、やはりというか無機質な科学の力に対してはその効果を発揮し得ないらしい。

 だがそれでも通常のマグナム弾よりは効果が高いようで、ジェシカが体勢を立て直す時間は稼げた。勿論ミラーカも既に反撃に転じている。2人掛かりで攻めかかるが、『シューティングスター』はブレードと体術だけで2人の連携攻撃に対処していた。

 2人掛かりで攻めているというのに、反撃で徐々にミラーカ達の傷が増えていく。ローラとヴェロニカも『弾丸』や神聖弾(ホーリーブラスト)で援護するが、全てバリアに阻まれてダメージを与えられない。文字通り援護する事しかできなかった。

 ヴェロニカの新能力である『大砲』を使いたい所だが、『シューティングスター』の動きはガーディアンとは比較にならない程速く、またミラーカとジェシカを2人同時に相手取ってもまだ余裕がある様子で、『大砲』を使っても無駄に力を消耗するだけに終わる可能性が高い。

 やはりローラ達だけでは手詰まりのようだ。ならば……


「シグリッド! お願いっ!」

「畏まりました」

 ローラはシグリッドに合図を送る。彼女は基本的にはルーファスの警護を優先して戦線に参加していなかったが、ローラ達だけでは歯が立たないと判断した時は合図で戦列に加わる事になっていた。

 シグリッドは一歩前に出ると大きく息を吸い込み力を溜めるような動作をした。すると……

(あれは……!?)

 彼女の額の両側辺りから2本の長い『角』のような物が生えた。口にも牙が生え並び、耳が長く尖り、その瞳が金色に発光する。それと同時に彼女の発散する魔力が格段に上昇した。

 角の生えた怜悧な女魔人……。あれがシグリッドのトロールとしての真の姿なのだろう。彼女も最初から出し惜しみ無しの全力で参戦してくれるようだ。




「行きます」

 トロールの姿になってもその冷徹な声音は何ら変わる事なく、身を屈めると一気に『シューティングスター』に向かって突進した。

 凄まじい速度で一瞬にして『シューティングスター』の眼前に現れたシグリッドは、スライディングの要領で敵の軸足に蹴撃を仕掛ける。

『……!』
 だが敵もさる者。ほぼ奇襲に近い攻撃だったにも関わらず、飛び退って蹴りを躱した。


「シグリッド……!?」

 ミラーカは参戦したシグリッドの魔人姿に目を丸くする。

「呆けてる暇はありません。一気に畳み掛けます」
「……!」

 だがシグリッドは敵から視線を外さず、率先して追撃を仕掛けていく。呆気にとられていたミラーカとジェシカも慌てて後に続く。

 『シューティングスター』が薙ぎ払うブレードを身を屈めて躱したシグリッドは、牽制の連打を放って相手を撹乱する。そして注意が逸れた所で、相手の下半身に取り付いてそのまま引き倒そうとする。『シューティングスター』相手にサブミッションを仕掛ける気か。確かに人型のフォルムなので、人間相手の技はそのまま通用しそうではあるが。

 だがトロールの膂力で組み付いているにも関わらず『シューティングスター』は倒れる事なく踏み留まった。

「……!」

 『シューティングスター』がブレードを一閃。シグリッドは寸前で身を離して直撃を免れるが、完全には躱しきれずに裂傷を負った。

「……っ」
 怜悧な女魔人の面貌が苦痛に歪む。『シューティングスター』が容赦なく追撃しようとする所にミラーカが刀でその攻撃を弾いた。

「これで借りは返した事にしておくわ」
「……!」

 シグリッドが目を少し見開くが、その時にはミラーカは既にジェシカと共に攻撃に移っていた。唇を噛み締めたシグリッドもすぐに参列して反撃を開始した。
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