File31:地獄の番犬
文字数 2,392文字
気を取り直して建物に向かって移動を再開する一行だが……
「……!」
「あ、あれは……」
「皆、気を付けて……!」
ローラ達の足が止まる。先程〈信徒〉達が出てきた廃病院の正面入り口……。そこに新たな怪物が鎮座していたのだ。今度は雑魚ではない。
成体のライオン程もある巨大な四足獣のフォルムに、ヌメヌメとした鱗や鰭を兼ね備え、その頭部には鮫そのものの頭が備わっている……鮫の獣。その姿はまるでこの廃病院を守る地獄の番犬の如くであった。
【悪徳郷】の構成員 である怪物フォルネウスだ。ミラーカ以外はその姿を見たのは初めてだが、聞いていた通りの特徴的な外見ですぐに解った。いや、外見だけではない。
「……なるほど。ナターシャの言っていた事は正しかった。確かにあの雑魚の半魚半獣どもとは『格』が違うようだな」
セネムが鋭い目線でフォルネウスを睨み据えながら呟く。普段は自信に満ちた彼女としても油断できる相手でない事は即座に理解できたらしい。
「……何故こいつだけここに1匹でいるのか解らないけど、考えようによってはこれはチャンスね。集中攻撃でまずこいつを倒してしまいましょう。そうすれば後の戦いが有利になるわ」
ミラーカが刀を構えて促す。だがローラとしては楽観的になれなかった。あのニックがそんな各個撃破を許すような愚を犯すだろうか?
(何かの罠と考える方が自然ね。でも一体何の…………っ!?)
そこまで考えた時、ローラはこの敷地に漂う微かな……ほんの微かな異臭 に気付いた。
「ガゥッ!?」
同時にジェシカも何か異変を感じ取ったらしく警戒の唸り声を上げる。ローラはこの臭いに覚えがあった。それは確か『ディープ・ワン』事件の際に、アナハイム湾で――
ローラがそれを認識した瞬間、彼女の身体の奥底から『ローラ』の力が湧き上がって、彼女を保護 した。
「ぐ……!? こ、これは……」
突然の呻き声はシグリッドだ。滅多な事では表情を変えたり苦鳴を上げたりしないはずの彼女が、苦し気な表情でその場に片膝を着く。
「グゥ……ガァ……!」
ジェシカも唸り声が苦し気な物に変わり、その場に両手を着いて蹲るような姿勢になってしまう。
「2人共、どうしたの!?」
一方特に異常はないらしいミラーカが、急に苦しみ出した2人の様子に驚いている。
「ロ、ロー……ラ……。く、くる、し……」
「ゾーイッ!?」
2人より更に重症な様子なのがゾーイであった。苦し気に喉を押さえて両膝を落とすと、その場にうつ伏せに倒れてしまう。顔から血の気が引いて唇が紫色になってきている。かなり危険な兆候だ。ローラは青ざめた。
「こ、これは……いかん! 毒だ! 毒ガスがこの敷地に蔓延しているっ!」
「っ!!」
セネムが焦燥に満ちた表情で警告を上げる。ローラが目を見開いた。そうだ。『ディープ・ワン』がアナハイム湾でロングビーチ市警の部隊を全滅させた、あの毒ガス攻撃と同じ臭いだ。やはりフォルネウスも同じ能力を使用できたのだ!
セネムは自身の霊力で魔物の毒はある程度無効化できると言っていた。彼女がシグリッド達のようになっていないのはそれが理由だろう。そしてローラ自身も『ローラ』の力によって寸での所で守られた。
そしてミラーカは吸血鬼であり元々毒が効かない。だがそれ以外の面々は……
「ど、どうしよう、ミラーカ! どうしたらいいの、セネム!?」
ローラは若干パニックに陥り掛ける。ゾーイは極めて危険な状態だ。このままでは間違いなく死ぬ。シグリッドやジェシカは人外である為かゾーイに比べて多少毒の回りが遅いようだが、それだって時間の問題でしかない。
「くそ! ローラ、しっかりしろ! 私はシグリッド達を治療 する! 君はゾーイを助けるんだ!」
「え、た、助ける……? どうやって!?」
「相手の身体に手を当てて自身の霊力を分け与えるんだ! 急げっ! 大丈夫だ、君なら出来る!」
「……っ」
確かに問答している時間も惜しい。ローラはセネムの見よう見まねでゾーイの首筋に手を当てて必死で念じる。
(お、お願い、『ローラ』……! 彼女を助けてっ!)
ローラの願いと想いに応えて神聖なる力が湧き出す。ローラはそれをとにかくゾーイを治療するイメージで彼女の身体に送り込んでいく。セネムも同様にジェシカとシグリッドにそれぞれ手を当てて霊力を送り込んでいた。
傍から見れば極めて無防備な光景。そして当のフォルネウスがそれを黙って見ているはずがない。その鮫の口を大きく開けると、そこからピンク色の筒状の器官がせり出した。その筒の先から何本もの毒針が射出されて無防備なローラ達を狙う。
「ふっ!!」
だがその攻撃を唯一無事なミラーカが刀で弾く。
「ミラーカ!」
「ローラ、あいつは私に任せて、あなた達はそれ に専念して。どうやら毒ガスを使っている間は、あいつもそれ程機敏に動けないみたい」
ミラーカはそれだけ告げて、これ以上フォルネウスに妨害させまいと一気に斬り掛かる。しかし……
「むんっ!」
「……!」
突如ミラーカとフォルネウスの間に黒い影が割り込み、ミラーカの斬撃を受け止めた。激しい金属音が鳴り響く。
その黒い影が大きくサーベル を薙ぎ払う。ミラーカは舌打ちして飛び退った。
「く……ジョン ……!!」
「ははは! いいザマだな、カーミラ! それにローラよぉ!!」
現れたのはやはり【悪徳郷】の構成員たるジョンであった。ミラーカと同じで毒が効かない吸血鬼である彼は、毒霧が満ちる敷地内で平然とローラ達の有様を嘲笑う。
「……!」
「あ、あれは……」
「皆、気を付けて……!」
ローラ達の足が止まる。先程〈信徒〉達が出てきた廃病院の正面入り口……。そこに新たな怪物が鎮座していたのだ。今度は雑魚ではない。
成体のライオン程もある巨大な四足獣のフォルムに、ヌメヌメとした鱗や鰭を兼ね備え、その頭部には鮫そのものの頭が備わっている……鮫の獣。その姿はまるでこの廃病院を守る地獄の番犬の如くであった。
【悪徳郷】の
「……なるほど。ナターシャの言っていた事は正しかった。確かにあの雑魚の半魚半獣どもとは『格』が違うようだな」
セネムが鋭い目線でフォルネウスを睨み据えながら呟く。普段は自信に満ちた彼女としても油断できる相手でない事は即座に理解できたらしい。
「……何故こいつだけここに1匹でいるのか解らないけど、考えようによってはこれはチャンスね。集中攻撃でまずこいつを倒してしまいましょう。そうすれば後の戦いが有利になるわ」
ミラーカが刀を構えて促す。だがローラとしては楽観的になれなかった。あのニックがそんな各個撃破を許すような愚を犯すだろうか?
(何かの罠と考える方が自然ね。でも一体何の…………っ!?)
そこまで考えた時、ローラはこの敷地に漂う微かな……ほんの微かな
「ガゥッ!?」
同時にジェシカも何か異変を感じ取ったらしく警戒の唸り声を上げる。ローラはこの臭いに覚えがあった。それは確か『ディープ・ワン』事件の際に、アナハイム湾で――
ローラがそれを認識した瞬間、彼女の身体の奥底から『ローラ』の力が湧き上がって、彼女を
「ぐ……!? こ、これは……」
突然の呻き声はシグリッドだ。滅多な事では表情を変えたり苦鳴を上げたりしないはずの彼女が、苦し気な表情でその場に片膝を着く。
「グゥ……ガァ……!」
ジェシカも唸り声が苦し気な物に変わり、その場に両手を着いて蹲るような姿勢になってしまう。
「2人共、どうしたの!?」
一方特に異常はないらしいミラーカが、急に苦しみ出した2人の様子に驚いている。
「ロ、ロー……ラ……。く、くる、し……」
「ゾーイッ!?」
2人より更に重症な様子なのがゾーイであった。苦し気に喉を押さえて両膝を落とすと、その場にうつ伏せに倒れてしまう。顔から血の気が引いて唇が紫色になってきている。かなり危険な兆候だ。ローラは青ざめた。
「こ、これは……いかん! 毒だ! 毒ガスがこの敷地に蔓延しているっ!」
「っ!!」
セネムが焦燥に満ちた表情で警告を上げる。ローラが目を見開いた。そうだ。『ディープ・ワン』がアナハイム湾でロングビーチ市警の部隊を全滅させた、あの毒ガス攻撃と同じ臭いだ。やはりフォルネウスも同じ能力を使用できたのだ!
セネムは自身の霊力で魔物の毒はある程度無効化できると言っていた。彼女がシグリッド達のようになっていないのはそれが理由だろう。そしてローラ自身も『ローラ』の力によって寸での所で守られた。
そしてミラーカは吸血鬼であり元々毒が効かない。だがそれ以外の面々は……
「ど、どうしよう、ミラーカ! どうしたらいいの、セネム!?」
ローラは若干パニックに陥り掛ける。ゾーイは極めて危険な状態だ。このままでは間違いなく死ぬ。シグリッドやジェシカは人外である為かゾーイに比べて多少毒の回りが遅いようだが、それだって時間の問題でしかない。
「くそ! ローラ、しっかりしろ! 私はシグリッド達を
「え、た、助ける……? どうやって!?」
「相手の身体に手を当てて自身の霊力を分け与えるんだ! 急げっ! 大丈夫だ、君なら出来る!」
「……っ」
確かに問答している時間も惜しい。ローラはセネムの見よう見まねでゾーイの首筋に手を当てて必死で念じる。
(お、お願い、『ローラ』……! 彼女を助けてっ!)
ローラの願いと想いに応えて神聖なる力が湧き出す。ローラはそれをとにかくゾーイを治療するイメージで彼女の身体に送り込んでいく。セネムも同様にジェシカとシグリッドにそれぞれ手を当てて霊力を送り込んでいた。
傍から見れば極めて無防備な光景。そして当のフォルネウスがそれを黙って見ているはずがない。その鮫の口を大きく開けると、そこからピンク色の筒状の器官がせり出した。その筒の先から何本もの毒針が射出されて無防備なローラ達を狙う。
「ふっ!!」
だがその攻撃を唯一無事なミラーカが刀で弾く。
「ミラーカ!」
「ローラ、あいつは私に任せて、あなた達は
ミラーカはそれだけ告げて、これ以上フォルネウスに妨害させまいと一気に斬り掛かる。しかし……
「むんっ!」
「……!」
突如ミラーカとフォルネウスの間に黒い影が割り込み、ミラーカの斬撃を受け止めた。激しい金属音が鳴り響く。
その黒い影が大きく
「く……
「ははは! いいザマだな、カーミラ! それにローラよぉ!!」
現れたのはやはり【悪徳郷】の構成員たるジョンであった。ミラーカと同じで毒が効かない吸血鬼である彼は、毒霧が満ちる敷地内で平然とローラ達の有様を嘲笑う。