File12:エイリアン・アブダクション

文字数 3,654文字


「先輩、今のうちです! ダグラスさんを連れて逃げて下さい!」
「……!」

 ローラは咄嗟にへたり込んだままのダグラスに視線を向けた。リンファの事は心配だが、こうなってはもう運を天に任せるしかない。

「ダグラスさん! 立てますか!? ここはもう駄目です! さあ、私と一緒に!」


「あ、あぁ……助けてくれ! 助けてくれぇっ!!」

 ローラが促すが恐怖のあまり錯乱したダグラスは、凄まじい勢いで立ち上がるとローラを無視して走り出した。

「……っ! ダグラスさん、そっちは駄目です!」

 ローラは舌打ちして追いかける。ダグラスは錯乱したまま『シューティングスター』とリンファが争う場のすぐ横を通り抜けて出口を目指そうとする。だがローラが連れて逃げようとした非常口は反対側だ。ダグラスは非常口に気づいていないようだ。

 『シューティングスター』は弾き飛ばされたとはいえ、驚きはしたようだが殆どダメージは受けていないようだ。当然すぐに脇を通り抜けようとするダグラスに気付いた。

「……! させない!」

 同時にリンファもそれに気付いて、再び武器を構えて距離を詰めようとする。だが先に動いた『シューティングスター』の方が早かった。奴がダグラスに向かって左手を掲げると、ダグラスの動きが止まった。ESPだ。

 そのまま恐ろしい速さで一瞬にして接近すると右手のブレードを一閃させた。一切の抵抗なく、ダグラスの首と胴が泣き別れとなった。


「ダグラスさんっ! くそ……!」

 思わず毒づいたローラは、激情に任せて『シューティングスター』目掛けてデザートイーグルを発砲した。轟音と共に発射されたマグナム弾は、しかし奴の眼前でバリアに阻まれて虚しく弾かれた。普通の拳銃よりもずっと大きな波紋が波打ったがそれだけだった。

「くっ……」
 ローラは歯噛みした。ターゲットのダグラスは殺されてしまったが、だからこそこのままむざむざと奴を逃がす訳には行かない。

 今度はリンファが飛び掛かる。鴛鴦鉞を薙ぎ払うような軌道で振り抜くが、『シューティングスター』は素早い身のこなしでそれを躱すと反撃にブレードを横に薙いできた。

 上体を反らすようにしてそれを躱したリンファだが、間髪入れず『シューティングスター』が蹴りを放ってくる。アーマーに覆われた太い脚はそれだけで凶器だ。

「……っ!」
 躱しきれないと判断したリンファが咄嗟に両手の鴛鴦鉞を交叉させるようにしてガードするが、『シューティングスター』の蹴りはそのガードごとリンファの身体を大きく弾き飛ばした。

 蹴りの衝撃でリンファの身体は踏ん張る事さえ出来ずに、物凄い勢いで吹き飛ばされて壁に背中から激突した。大きさだけでなくウェイトが違い過ぎるのだ。

「ぐ……」 

 蹴りと壁の二重の衝撃に呻いて、そのまま床に崩れ落ちるリンファ。戦闘続行は不可能なようだ。『シューティングスター』のリンファに向けて左手を掲げる。ESPを使う気だ。

「リンファッ! くそ、化け物! お前の相手はこっちよ!」

 それに気付いたローラが再びデザートイーグルを発砲。やはり効かなかったが、奴の注意をリンファから逸らしてこちらに向ける事には成功した。『シューティングスター』の視線(・・)が自分を射抜くのを感じた。

 するとそこで予想外の事態が起きた。


『オ前ハ、『ローラ』カ……?』
「……え?」


 『シューティングスター』が喋った(・・・)。まるで機械で合成したような無機質な音声であったが、確かに英語を喋ったのだ。

 そして喋った事も勿論驚きだが、まさか宇宙人から自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったローラは完全に思考が固まり硬直してしまう。

(え……な、何……何が起きてるの……?)

 『シューティングスター』がズイッと身を乗り出してローラの顔を覗き込んでくる。ローラは思わず後ずさった。

「な、何で……」

『オ前ハ、何ダ……? 何故コンナニ気ニ掛カル?』
「……?」

 『シューティングスター』が何かに戸惑ったように声を上げる。だが戸惑っているのはこっちだった。しかしローラが何かアクションを起こすより先に事態は動いた。


 『シューティングスター』が左手をローラに向ける。すると彼女の全身がまるで金縛りにあったかのように動かなくなった。同時に身体が宙に浮き上がる。

「う……あぁ……?」
(か、身体が動かない……!)

 ESPの力に囚われたローラは必死に身体をもがかせようとするが、身体は全くいう事を聞いてくれない。『シューティングスター』は右手のブレードを収納すると、代わりに別の何かを取り出した。銃ではない。何か不気味な淡い光を発する短い棒のような物だ。それを動けないローラの首筋に当てる。

「……ッ!!」
 それが触れた瞬間、彼女の体内に何か強烈なショックのような物が駆け抜け、自身の意識が急速に遠のいていくのを感じた。どうやら超高性能なスタンガンのような物らしい。

(ああ……だ、駄目、意識が……。ミラーカ……神父様……ごめんなさい。約束、守れな……)

 そして完全に視界が暗転して、ローラの意識は闇に沈んでいった……




 騒ぎが収まってきたのを見計らってクレア達がジェイルを覗き込むと、中は凄惨極まりない屠殺場と化していた。刑事達の無残な死体がそこら中に転がり、ターゲットとなったダグラスも生首だけの姿になり果てて、もう何も映していない目が恨めし気にこちらを睨んでいた。

「ロ、ローラ……ローラは!?」

 クレアとナターシャが必死に探し回るが、ローラの姿はなかった。死体も見当たらない。ただ彼女愛用のデザートイーグルだけが床に落ちていた。

「う……うぅ……」

 その時呻き声が聞こえ、振り向くと壁に寄り掛かっていたリンファが苦し気ながら立ち上がる所だった。

「リンファ! 良かった、生きてたのね!?」

 ナターシャが駆け寄って身体を支える。

「……だが『シューティングスター』は? それにローラの姿も見当たらないが?」

 ニックが辺りを見渡しながら訪ねた。リンファは表情を歪めたままかぶりを振った。

「す、すみません、あいつに連れ去られました……」

「え? つ、連れ去られたですって?」

 クレアが目を剥く。未だかつて『シューティングスター』がそのような事をした形跡はなかった。とりあえずローラは死んではいない事が解ってホッとしたが、よく考えたら喜んでいられる状況ではない。


「あ、あいつは先輩を捕らえて気絶させると、先輩もろとも透明になってしまって……。な、何も出来ませんでした……!」

 リンファの目から涙が零れ落ちる。ナターシャは彼女を抱きしめる。

「いいのよ。あの化け物相手にあなたは良くやったわ。恐らく誰もあなた以上の事は出来なかったと思うわ」

 例えあのミラーカがこの場に居たとしても、1人では勝ち目は無かっただろう。この結果は変えられなかった。リンファは人間の身で間違いなく最善を尽くしたはずだ。

「やれやれ……警察の、というか地球人(・・・)の敗北だね、これは。弁解の余地もない惨敗だ」

 周囲の惨状を見渡しながらニックが嘆息していた。そして彼等の更に後ろ……ジェイルの入り口のドアの辺りにクリスが佇んでいた。

「……ローラが攫われたか。むしろ……好都合(・・・)だ」

 その呟きと、口の端が僅かに吊り上がっている事に気付いた者は誰も居なかった。





 『シューティングスター』が8人目のターゲット、ダグラス・S・ハームズワースをやはり予告通りに殺害してのけた。そのニュースは瞬く間にLAのみならず州全体、果ては全米を駆け巡った。

 当然その警護に当たっていたLAPDが受けた甚大な被害の情報もまた……。

 警察すら止める事が出来ないと露呈した今回の事件で『シューティングスター』は超法規的存在として扱われるようになり、その捜査権はLAPDから正式にFBIに譲渡される事となった。

 今回の作戦で指揮を執っていたネルソン警部だが、『シューティングスター』の常識外れの戦力を鑑みて、一応現状で取れる限りの最善を尽くしたと判断されて、その采配自体が糾弾される事はなかった。

 だが自身の直属の刑事部まで大きな被害を出してターゲットも殺されておきながら、自分は安全な場所に隠れて難を逃れていたという事実が、とある新聞記者(・・・・・・・)によって暴露され、世間からの大きなバッシングに晒される事となった。

 事態を重く見たドレイク本部長によってネルソンは処分され降格。刑事部からも姿を消す羽目になった。

 しかしその後のFBIの捜索にも関わらず『シューティングスター』も、そして消えたローラの行方も杳として知れる事はなかった……
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