File13:理不尽な悪意

文字数 3,328文字

 その後手配した救急車によってウォーレンが搬送されていくのを見届けてから、4人はマリコを迎えに行く為にローラの車に乗り込んで、そこでローレルとペネロペはローラから事のあらましの説明を受けていた。といっても勿論ローラが用意した、整合性の高い虚実綯い交ぜの説明ではあったが。

「エ、エリオットが連続殺人鬼……!? そんな……じゃあマリコは!?」

 ローラの説明を聞いたペネロペが慄く。何と言っても本物の警官であるローラの説明だ。実際にエリオットの『仲間』である暴漢達に襲われた事もあって、2人はすんなりと説明を信じてくれた。

「そう……彼女が危ないのよ。だからこうして迎えに行ってるという訳よ。彼女を無事保護するまであなた達にも一緒にいてもらうわ。他にも仲間が潜んでいないとも限らないからね」


「でも、それじゃジェシカがエリオットを殴ったりしてたのって……」

 ローレルが助手席に座るジェシカの方に視線を向ける。

「ごめん……あいつはアタシの親戚だったんだ。アタシはあいつの正体を知ってたからマリコから離れるように警告したんだけど、アイツはマリコやあんた達を殺すって堂々と宣言しやがったから……。まさかアイツが殺人鬼だってあの場で言う訳にも行かなくて」

「そ、そうだったのね……」

 若干腑に落ちない表情ながら、とりあえず納得してくれたローレル。やはり彼女はペネロペより冷静だ。だがまさか自分が人狼であると明かす訳にも行かないので、これで納得してもらう他ない。


「そうだ。あんた達からマリコに、これから迎えに行くって電話してみてくれないか? アタシが電話したら、ほら、その……繋がらなかったからさ」

「あー……そうね。解ったわ。ちょっと待ってて」

 ジェシカの言いたい事を察したローレルが携帯を取り出してマリコの番号に掛ける。しかし……

「……変ね、出ないわ。マリコはいつも携帯を肌見離さず持ってるのに……」
「……!」

 ローレルの電話にも出ないマリコ。嫌な予感がしたジェシカはローラの方を見る。彼女は厳しい表情で頷いて車のスピードを上げた。


*****


 マリコの家に着いたローラ達。ジェシカは車が停まるのももどかしく外に飛び出した。ローラもペネロペ達に車で待っているように言い置いて、ジェシカの後を追ってきた。

「マリコ! マリコ、居るのか!? マリコっ!!」

 ジェシカは玄関の呼び鈴を何度も鳴らしながら、大声で扉を叩く。マリコの両親は2人とも日中は勤めていて不在だ。彼女がどこかに出掛けているだけならいいが……

 試しに玄関のドアを開けようとすると……鍵も掛かっておらずアッサリと開いた。

「……っ!」
 明らかにおかしい。ジェシカは追いついてきたローラを振り向く。彼女も玄関が開いている事を見て取って表情を険しくした。

「……緊急事態よ。警察の権限で中に踏み込むわ。付いてきて」

 ローラは銃を抜いて躊躇いなく家の中に踏み入る。ジェシカもその後に続いた。


「…………」

 家の中に人の気配はない。ジェシカは嗅覚を集中させるが、血の匂いは感じられなかった。とりあえず踏み込んだらマリコの死体が転がっていた、という最悪の展開だけは避けられそうだが……

 慎重に周囲を警戒しつつリビングまで進むと、テーブルの上に一台のスマホが置いてあった。マリコの物だ。

「これは……?」
「……マリコのだよ。畜生……やっぱり何かあったんだ!」

 彼女がこんな目立つ場所に携帯だけ忘れてどこかに出掛ける事などあり得ない。ジェシカが焦燥に歯噛みしていると……テーブルの上のマリコの携帯が鳴った。

「……っ!?」
 一瞬ギョッとしたが、もしかしたらペネロペ達が再び電話してくれたのかも知れない。悪いと思いつつスマホの画面を見て……

「ッ!!」


 着信は……エリオット(・・・・・)からとなっていた。


「ロ、ローラさん……!」
「……後手に回ってるのが癪だけど、ここは取るしか無いわね。私が出ようか?」

 着信に出るだけなら、パスワードを知らない人間でも可能だ。だが今のジェシカでは取り乱して冷静に対応できない可能性がある。そう思っての気遣いだろうが、ジェシカはかぶりを振った。

「……いや、大丈夫だ。アタシに話をさせてくれ」

「いいのね? 解ったわ。じゃあ私は横で聞いてるから」

「ありがとう、ローラさん」

 彼女を信用して任せてくれたローラに礼を言って、ジェシカはふぅ……と呼吸を落ち着けてから、意を決して電話に出た。

「……もしもし?」

『やあ、久しぶり……って程でもないか。元気にしてたか、ジェシカ? ローレル達やお前の母親は上手く守ったようじゃないか』

「……っ!」
 こちらの神経を逆撫でするような場違いに脳天気な口調にジェシカは激昂しかけるが、すんでの所で堪えた。

「……おい、クソ野郎。マリコをどうした? マリコにかすり傷一つでも付けてみやがれ。てめぇの口から背骨を引き抜いてやるぞ」

『おお、怖い。そんなに凄まなくても、まだ何もしていないよ。今はまだ、な』

「……っ。てめぇ……何の為にマリコを攫った? 何企んでやがる」

『思ったんだよ。ただ彼女達を殺すだけじゃつまらないってな。もっと面白い趣向を思いついたんだ。その上で、お前が見ている前でマリコを食い殺してやるよ。勿論その後はローレル達やお前の母親も同じように殺してやる。お前みたいな化け物(・・・)が人並みに友人や家族を持つ事なんか許されないってのを思い知らせてやる』

「ぐ……て、てめぇ……!」

 電話越しとは言え混じり気のない純粋な憎悪を叩きつけられて、ジェシカは思わず怯みそうになる心を歯噛みして奮い立たせる。横でやり取りに耳を澄ませているローラも顔を顰めていた。

『だがそれはもう少し後だ。今は他に優先すべき仕事があるんでね。俺達のリーダー(・・・・)の作戦を手伝わなきゃならない。こっちは外れ(・・)だったみたいだからな。だからお楽しみはその後だ。それまでマリコは預かっておく。今日はそれだけを伝えておきたくてな。ああ、勿論電話を切ったらこの携帯は捨てるから探しても無駄だぞ?』

「……っ! お、おい、待てよ! まだ話は終わってねぇぞ!」

 エリオットが電話を切りそうな気配にジェシカは焦る。せめてマリコの監禁場所のヒントくらいは掴んでおきたい。

『ははは、じゃあな。精々気を揉んでおけ』
「おい! 待ちやが――」

 ジェシカが怒鳴るが無情にも電話は切れてしまった。マリコの携帯なのでこちらから掛け直す事もできない。そもそも携帯は捨てると言っていた。


「くそ! あの野郎……」

「……本当にあなたを逆恨みしているようね。それで罪もない人々を殺そうなんて……紛れもない邪悪な怪物だわ」

 毒づくジェシカの横で、ローラも難しい顔で腕を組む。

「恐らくエリオットの自宅を探して調べても無駄でしょうね。でもリーダーという言葉……。やはりミラーカの推測は正しかったわ。作戦、それに『外れ』とは一体なんの事かしら……」

 エリオットや他の怪物達は徒党を組んでいるのだ。それはかなり厄介な事であった。一体でも手強い怪物達なのだ。しかも連中には〈信徒〉やジャーンなどの手駒も大勢いる。 

「でも、結局マリコがどこに監禁されてるかも分からなかった。このままじゃ……」

「そう、ね。でも奴等が裏で繋がっている事の確証は得られたわ。なら他の班の成果によっては、連中の根城を突き止められるかも知れない。多分ヴェロニカの友達が連れ去られたのと同じ場所よ。きっとマリコはそこにいるわ。今はミラーカ達の成果を待ちましょう」

 とりあえず母やペネロペ達の危機は救うことが出来た。しかし少なくともこの場ではそれ以上出来ることがない。ジェシカは激しい焦燥に悶える。

(畜生……! 頼む、マリコ。無事でいてくれ……!)

 ジェシカに出来るのは、ただ仲間の成果を待って祈る事だけだった……
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