File25:憎しみの傀儡 ミラーカvsセネム
文字数 3,539文字
フードコートの奥に大きな両開きの扉があった。そこを開けると再び空間が歪む感覚。そして……
「いやいや、素晴らしい! ここまで辿り着けたのは君だけだ! おめでとう!」
「……!」
一階のロビーで聞いた声。ジョフレイ市長だ。部屋の奥にある立派なデスクに腰掛けている。そしてその横には……
「く……ジェシカ、ヴェロニカ……!!」
市長の両脇にはそれぞれ霊魔 と思われる異形の怪物が控えていた。一体は浮遊する触手の生えた巨大な目の怪物で、その触手でヴェロニカの四肢を捕えて宙吊りに掲げている。
もう一体は下半身が巨大な毛むくじゃらの犬の身体に人間の上半身が生えた怪物で、両腕が金属質のライフル銃のような形状になっている。その足元には全裸で傷だらけのジェシカが横たわっていた。
2人共死んではいないようだが、完全に意識を失って敵の懐に囚われてしまっている。
恐らくそれぞれを捕えているシャイターンに敗北したのだろう。やはり彼女達単身では荷が重かったのだ。セネムはギリッと唇を噛み締めた。
「まさかスティーヴを1人で倒せるとは思わなかったよ。あのミラーカって吸血鬼といい、やるものだね」
スティーヴというのは先程倒した豚の怪物の事だろう。そしてどうやらミラーカもここに突入した際に、単身でシャイターンを打倒していたようだ。だが恐らく目の前の男には敵わなかった……
セネムの喉がゴクッと鳴る。マリードを封印する術はナターシャから聞いていたが、それにはどうしてもこのジョフレイが障害となる。ジェシカとヴェロニカを加えた3人掛かりでなら何とか戦い様もあると踏んでいたが、分断された挙句に2人が個別に撃破されてしまい、その目論見は崩れ去った。
(私が、1人で勝てるのか……?)
ついそんな弱気が頭をもたげる。3対1で戦うつもりが、逆にこちらが1人で向こうが3体だ。状況は絶望的とも言える。
だが元々は1人で戦うつもりでこのアメリカの地を踏んだのだ。セネムは弱気を振り払って、鋭い目でジョフレイに向かって曲刀を突きつける。
「邪悪な魔物め。約束通りここまで辿り着いたぞ? 人質を解放してもらおうか」
「ああ、そう言えばそんな約束だったね。でも解放するのはミラーカだけって話だったよね? 彼女ならそこにいるけど?」
「……!」
今まで正面にいるジョフレイ達に気を取られていて気付かなかったが、広い部屋の向かって左の壁際にミラーカが囚われていた。映像で見た時のように、天井や床が変形したように盛り上がってミラーカの四肢をY字型に拘束している。ミラーカもまた完全に意識を失っているようだ。
その変形して拘束具と化していた床や天井が元の形に戻り、四肢を解放されたミラーカが床に倒れ伏す。しかし彼女が意識を取り戻す事は無くその目は閉じられたままだ。
セネムはジョフレイ達を警戒しつつも、ミラーカの元まで駆け寄った。
「おい、ミラーカ! 起きろ、ミラーカ!!」
彼女の身体を乱暴に揺さぶるが、ミラーカの瞼はピクリとも動かなかった。
「拘束を解放するとは言ったけど……彼女が見ている夢から覚ましてやるとは言っていないよね?」
「く……!」
セネムは歯噛みして立ち上がった。ジョフレイが嗤った。
「くくく、ああ、そうだ。ミラーカが解放してくれたお礼 をしたいそうだよ?」
「何? ……ッ!?」
視界の隅で何かが煌めいた。セネムは反射神経のみで考えるより先に身体を逸らし、その斬撃 を危うく回避した。そして視線を戻して驚愕した。
――ミラーカが立っていた。そして目を開けていた。
「ミ、ミラーカッ!? 目が覚め…………いや、これは?」
「グ……ガァ……アァァ……」
ミラーカの目は憤怒と狂気に歪んでおり、その身体から混じり気の無い殺気が放出されていた。いつの間にかその手には彼女の愛用の武器である日本刀が握られている。
「き、貴様ら、彼女に何をした……!?」
「いや、何。彼女がマリードに対して抱いていた殺意を、そっくりそのまま対象を変えてやっただけさ。殺意も言ってみれば一つの欲望だからね。そして欲望を操るのはマリードの得意分野って訳さ」
「……っ!」
欲望を刺激して操る。このような能力まで持っているとは想定外だった。
「さあ、ミラーカ! 君の憎んだ仇はすぐ目の前にいるその女だ! 存分に恨みを晴らしたまえ!」
ジョフレイの声に呼応して、ミラーカが戦闘形態 へと変身する。髪が逆立ち背から皮膜翼が飛び出す。
「ミ、ミラーカ!? よせ! 目を覚ますんだ! 奴等の力に屈するな!」
「殺ス……殺ス……殺ス、殺ス、殺ス殺ス殺ォォォォスッ!!」
セネムの叫びも虚しく、操られたミラーカは凄まじいまでの憎悪と共にセネムへと襲い掛かった!
「くそ……!」
やむを得ず戦闘態勢を取るセネム。ミラーカの刀が急所を狙って迫る。それを曲刀で受けると、即座に下から蹴りが叩き込まれる。
「くっ……」
咄嗟に飛び退って回避。間髪を入れずにミラーカの刀が翻って追撃の刃が迫る。
「……っ!」
曲刀を使って受けに回るがミラーカの斬撃の威力は凄まじく、受ける度に腕が痺れ衝撃が身体に伝播する。それでいて速さも相当なもので、神経が焼き切れる程に意識を集中させる事で辛うじて受けられている。
しかし操られているせいか、もしくは憤怒や憎悪に支配されているせいか、攻撃そのものの軌道は単調になっており、それによって何とか対処出来ているような状態だ。
ミラーカが振り下ろしてきた斬撃をいなす。ミラーカの体勢が崩れる。
「……!」
絶好の反撃のチャンスだったが、勿論攻撃する事は出来ない。その間に体勢を立て直してしまったミラーカが再び斬りかかってくる。
「ガアァァァァッ!!」
「うぐ……くそっ!」
セネムは歯噛みしながらも防戦に徹する事しかできない。相手は操られていて疲れを知らない狂戦士だ。このままではいずれ追い込まれて致命的な事態を招いてしまう。だが弱い相手ならともかく、暴れ狂う吸血鬼を抑え込んで無力化する事は極めて困難だ。というより実質的には不可能に近い。
(くそ……どうしたらいいんだ!)
倒すしかないのか。だがミラーカに暴力を振るわれたショックで虚脱していたローラの顔が脳裏にチラつく。その度に反撃の決意が鈍る。結果セネムはただ防戦一方となって次第に追い込まれつつあった。
「ははは! ほら、どうした! 追い詰められてるぞ! 頑張れ頑張れ!」
デスクにふんぞり返って2人の女の戦いを見物しているジョフレイが手を叩いて囃し立てる。両脇に控えるシャイターン達も下品な笑い声を上げていた。
「ぐっ……おのれ……!」
焦りと屈辱が綯い交ぜになった表情で歯噛みするセネム。だがどうにも出来ない。そうこうしている内に遂に部屋の角に追い詰められてしまう。
「死ネェェェェッ!!」
ミラーカが大きく刀を振り上げる。躱すスペースはない。受けるしかないが、正面から受ければミラーカの怪力の前に防御ごと突き破られて斬断されるだろう。
(ここまでか……! 済まない、ローラ……)
セネムの顔に諦念が浮かぶ。操られたミラーカが、お構いなしにその刀を振り下ろそうとして――
――ドウウゥゥゥンンッ!!
重い銃声 。同時にミラーカが振り上げていた刀に凄まじい衝撃が加わり、その斬撃は大きく逸れて空を切った。
「……っ!?」
「グゥ……!?」
「何……」
セネム、ミラーカ、そしてジョフレイ達……。全員の視線が一斉に部屋の扉へと注がれた。そこにいたのは……
「ば、馬鹿な……あなた何故、いや、どうやってここまで……?」
「オ……ア……?」
「ふぅん……?ただの人間 が、マリードの結界を通り抜けられるはずがないんだけど、ね……?」
肩までの長さの輝くようなブロンドに目を惹く整った容貌。トレードマークともいえるカチッとしたスカートスーツ姿。その両手にはシルバーの銃身が特徴的なデザートイーグルを構えている。
「皆、心配掛けちゃってごめんなさい。でも……もう怖れたりしない」
そう言って真っ直ぐにミラーカを見据える。
「ミラーカを……私の恋人達 を返してもらうわ!」
そう力強く宣言するのは、アパートで虚脱していたはずのローラ・ギブソン本人であった……!
「いやいや、素晴らしい! ここまで辿り着けたのは君だけだ! おめでとう!」
「……!」
一階のロビーで聞いた声。ジョフレイ市長だ。部屋の奥にある立派なデスクに腰掛けている。そしてその横には……
「く……ジェシカ、ヴェロニカ……!!」
市長の両脇にはそれぞれ
もう一体は下半身が巨大な毛むくじゃらの犬の身体に人間の上半身が生えた怪物で、両腕が金属質のライフル銃のような形状になっている。その足元には全裸で傷だらけのジェシカが横たわっていた。
2人共死んではいないようだが、完全に意識を失って敵の懐に囚われてしまっている。
恐らくそれぞれを捕えているシャイターンに敗北したのだろう。やはり彼女達単身では荷が重かったのだ。セネムはギリッと唇を噛み締めた。
「まさかスティーヴを1人で倒せるとは思わなかったよ。あのミラーカって吸血鬼といい、やるものだね」
スティーヴというのは先程倒した豚の怪物の事だろう。そしてどうやらミラーカもここに突入した際に、単身でシャイターンを打倒していたようだ。だが恐らく目の前の男には敵わなかった……
セネムの喉がゴクッと鳴る。マリードを封印する術はナターシャから聞いていたが、それにはどうしてもこのジョフレイが障害となる。ジェシカとヴェロニカを加えた3人掛かりでなら何とか戦い様もあると踏んでいたが、分断された挙句に2人が個別に撃破されてしまい、その目論見は崩れ去った。
(私が、1人で勝てるのか……?)
ついそんな弱気が頭をもたげる。3対1で戦うつもりが、逆にこちらが1人で向こうが3体だ。状況は絶望的とも言える。
だが元々は1人で戦うつもりでこのアメリカの地を踏んだのだ。セネムは弱気を振り払って、鋭い目でジョフレイに向かって曲刀を突きつける。
「邪悪な魔物め。約束通りここまで辿り着いたぞ? 人質を解放してもらおうか」
「ああ、そう言えばそんな約束だったね。でも解放するのはミラーカだけって話だったよね? 彼女ならそこにいるけど?」
「……!」
今まで正面にいるジョフレイ達に気を取られていて気付かなかったが、広い部屋の向かって左の壁際にミラーカが囚われていた。映像で見た時のように、天井や床が変形したように盛り上がってミラーカの四肢をY字型に拘束している。ミラーカもまた完全に意識を失っているようだ。
その変形して拘束具と化していた床や天井が元の形に戻り、四肢を解放されたミラーカが床に倒れ伏す。しかし彼女が意識を取り戻す事は無くその目は閉じられたままだ。
セネムはジョフレイ達を警戒しつつも、ミラーカの元まで駆け寄った。
「おい、ミラーカ! 起きろ、ミラーカ!!」
彼女の身体を乱暴に揺さぶるが、ミラーカの瞼はピクリとも動かなかった。
「拘束を解放するとは言ったけど……彼女が見ている夢から覚ましてやるとは言っていないよね?」
「く……!」
セネムは歯噛みして立ち上がった。ジョフレイが嗤った。
「くくく、ああ、そうだ。ミラーカが解放してくれた
「何? ……ッ!?」
視界の隅で何かが煌めいた。セネムは反射神経のみで考えるより先に身体を逸らし、その
――ミラーカが立っていた。そして目を開けていた。
「ミ、ミラーカッ!? 目が覚め…………いや、これは?」
「グ……ガァ……アァァ……」
ミラーカの目は憤怒と狂気に歪んでおり、その身体から混じり気の無い殺気が放出されていた。いつの間にかその手には彼女の愛用の武器である日本刀が握られている。
「き、貴様ら、彼女に何をした……!?」
「いや、何。彼女がマリードに対して抱いていた殺意を、そっくりそのまま対象を変えてやっただけさ。殺意も言ってみれば一つの欲望だからね。そして欲望を操るのはマリードの得意分野って訳さ」
「……っ!」
欲望を刺激して操る。このような能力まで持っているとは想定外だった。
「さあ、ミラーカ! 君の憎んだ仇はすぐ目の前にいるその女だ! 存分に恨みを晴らしたまえ!」
ジョフレイの声に呼応して、ミラーカが
「ミ、ミラーカ!? よせ! 目を覚ますんだ! 奴等の力に屈するな!」
「殺ス……殺ス……殺ス、殺ス、殺ス殺ス殺ォォォォスッ!!」
セネムの叫びも虚しく、操られたミラーカは凄まじいまでの憎悪と共にセネムへと襲い掛かった!
「くそ……!」
やむを得ず戦闘態勢を取るセネム。ミラーカの刀が急所を狙って迫る。それを曲刀で受けると、即座に下から蹴りが叩き込まれる。
「くっ……」
咄嗟に飛び退って回避。間髪を入れずにミラーカの刀が翻って追撃の刃が迫る。
「……っ!」
曲刀を使って受けに回るがミラーカの斬撃の威力は凄まじく、受ける度に腕が痺れ衝撃が身体に伝播する。それでいて速さも相当なもので、神経が焼き切れる程に意識を集中させる事で辛うじて受けられている。
しかし操られているせいか、もしくは憤怒や憎悪に支配されているせいか、攻撃そのものの軌道は単調になっており、それによって何とか対処出来ているような状態だ。
ミラーカが振り下ろしてきた斬撃をいなす。ミラーカの体勢が崩れる。
「……!」
絶好の反撃のチャンスだったが、勿論攻撃する事は出来ない。その間に体勢を立て直してしまったミラーカが再び斬りかかってくる。
「ガアァァァァッ!!」
「うぐ……くそっ!」
セネムは歯噛みしながらも防戦に徹する事しかできない。相手は操られていて疲れを知らない狂戦士だ。このままではいずれ追い込まれて致命的な事態を招いてしまう。だが弱い相手ならともかく、暴れ狂う吸血鬼を抑え込んで無力化する事は極めて困難だ。というより実質的には不可能に近い。
(くそ……どうしたらいいんだ!)
倒すしかないのか。だがミラーカに暴力を振るわれたショックで虚脱していたローラの顔が脳裏にチラつく。その度に反撃の決意が鈍る。結果セネムはただ防戦一方となって次第に追い込まれつつあった。
「ははは! ほら、どうした! 追い詰められてるぞ! 頑張れ頑張れ!」
デスクにふんぞり返って2人の女の戦いを見物しているジョフレイが手を叩いて囃し立てる。両脇に控えるシャイターン達も下品な笑い声を上げていた。
「ぐっ……おのれ……!」
焦りと屈辱が綯い交ぜになった表情で歯噛みするセネム。だがどうにも出来ない。そうこうしている内に遂に部屋の角に追い詰められてしまう。
「死ネェェェェッ!!」
ミラーカが大きく刀を振り上げる。躱すスペースはない。受けるしかないが、正面から受ければミラーカの怪力の前に防御ごと突き破られて斬断されるだろう。
(ここまでか……! 済まない、ローラ……)
セネムの顔に諦念が浮かぶ。操られたミラーカが、お構いなしにその刀を振り下ろそうとして――
――ドウウゥゥゥンンッ!!
重い
「……っ!?」
「グゥ……!?」
「何……」
セネム、ミラーカ、そしてジョフレイ達……。全員の視線が一斉に部屋の扉へと注がれた。そこにいたのは……
「ば、馬鹿な……あなた何故、いや、どうやってここまで……?」
「オ……ア……?」
「ふぅん……?
肩までの長さの輝くようなブロンドに目を惹く整った容貌。トレードマークともいえるカチッとしたスカートスーツ姿。その両手にはシルバーの銃身が特徴的なデザートイーグルを構えている。
「皆、心配掛けちゃってごめんなさい。でも……もう怖れたりしない」
そう言って真っ直ぐにミラーカを見据える。
「ミラーカを……私の
そう力強く宣言するのは、アパートで虚脱していたはずのローラ・ギブソン本人であった……!