File13:超越の刃

文字数 2,692文字

「な……ば、馬鹿な。お主、何故ここに……!」

「あら? 私を探してたんでしょう? 500年振りに会ったというのにつれないわね、シルヴィア?」

「カ……カーミラァァッ!」


 シルヴィアの冷たい美貌が憤怒と憎悪に歪む。


(カーミラ……それがあなたの本当の名前なのね……)


 未だシルヴィア達に捕われたままの危機的状況にありながら、ローラが真っ先に気になったのはそこであった。


「殺せ! 殺せぇ!」


 シルヴィアの絶叫と共に、残りのグール達が一斉に牙を剥く。手近なグールがミラーカ――カーミラに飛び掛かる。

 カーミラは突進を躱しつつ、すれ違いざまに腕を振るった。と、グールがつんのめったように前に倒れ、その身体から首がゴロンと転がり落ちた。
 

 ――カーミラの手にはいつの間にか、独特の形状の剣のような物が握られていた。あれでグールの首を一瞬で切断したのだ。カーミラの膂力に卓越した技量、そして剣の切れ味が加わった事で為せる、人知を超えた業であった。

 カーミラが持っている剣は、ローラも映画などで見た事があった。


(あれは……確か、日本の『刀』とかいう剣だったはず……)

「400年程前に、大洋を隔てた日本という国で手に入れたのだけど、中々使い勝手が良くて気に入ってるのよ」



 ローラの心の声が聞こえたかのように説明するカーミラ。そうしている間にも残りのグール達が殺到してくる。

 カーミラは凄まじいスピードで巧みに敵の包囲を避け、大人数を一度に相手にしない位置取りを保つ。そしてカーミラが一刀を振るう度にグールの首が切断されていく。

 時間にして僅か数分の後には、10人程いたグールは軒並み首と胴が泣き別れになって地面に転がっていた。


「お、おぉ……おのれぇ! カーミラ、貴様……!」


 シルヴィアが戦慄(わなな)く。


「シルヴィア……グールなんかで私を殺せない事は解っているでしょう? ……あなた達は私をあぶり出す為だけに、罪もない人間達を何人も手に掛けた。覚悟は出来ているかしら?」

「ッ! 被害者ぶるな、この薄汚い裏切り者が! 我らはお主に復讐する正当な権利があるのじゃ! 今度はお主が苦しむ番じゃ!」

「……ただ私だけを狙ってきたなら、或いはあなたの言う事にも『正当性』があったかも知れないわね。でもあなた達はこの時代でも(・・・・・・)多くの人々を殺し、そして今度はその仔猫ちゃんまで巻き込んだ。……あなた達は私を怒らせたのよ」

「……ひっ!」


 カーミラが今までのどことなく達観した厭世的な雰囲気から一転して、静かな怒りを込めてシルヴィアを睨みつける。

 その怒りに気圧されたかのようにシルヴィアが一歩後ずさる。すると今まで黙っていたトミーが、ローラを背後から抱きすくめた形のまま笑う。


「あははは、シルヴィア様。何も恐れる必要はありませんよ。この女がわざわざ助けに来た……最強のカードはこちらが握っているんです。さあ、カーミラさん? ローラの命が惜しかったら、その武器を捨てて両手を上げて頂けますか?」


 トミーがローラのこめかみに銃口を押し当てながらカーミラを牽制する。ゴリッと銃口を押し当てられる感触にローラは硬直する。


「……可哀想な人。あなたも彼等の被害者なのね」

「知った風な口を聞かないでもらえますかね? 僕はねぇ、生まれ変わったんですよ。こんなに爽快な気分なのは生まれて初めての事ですね。さあ、さっさと言われた通りにして下さいよ、カーミラさん?」

「…………」


 カーミラがゆっくりと刀を地面に置く為に屈み込む。そこでカーミラはローラの方に一瞬だけ目を向け、2人の視線が交錯する。カーミラがスッと目を細める。


「――――!」


 何を言われた訳でもない。トミーやシルヴィアの目がある、アイコンタクトすら取りようのない中での一瞬の視線の交錯。だがローラは、カーミラがこの状況で自分に何を求めているのかを本能的に察知した。その確信があった。そして、目の前の美女が絶対に自分を守ってくれるという奇妙な安心感も……

「……ッ!」

 ローラは、トミーがカーミラの挙動に気を取られている一瞬の隙に、思い切って一気に膝を曲げて身を屈める。トミーの腕の中からローラの身体が抜ける。

 ローラは脇目も振らずに、カーミラのいる方へ飛び出す。勿論そのままならすぐにトミーに追いつかれるか、後ろから銃で撃たれて終わりだろう。だが今は……


「ふっ!!」


 カーミラが持っていた刀を真っ直ぐ前に向かって投げつける。刀はローラの顔のすぐ横を通り抜けて、その後ろに立っていたトミーの胸に深々と突き刺さる!


「お……おぉっ!」


 トミーが一瞬信じられない物を見るかのように、自らの胸に刺さった刀を見て……その顔を憤怒に歪めると、お構いなしにローラの背中に向かって銃の引き金を引いた。



 ――バァン! バァンッ! バァンッ!



 乾いた銃声が何度も地下の空間に反響する。

「――――」

 ローラは思わず瞑っていた目をゆっくり開ける。銃声がしたが……自分は生きている。見るとカーミラが、ローラを抱きかかえるようにして銃弾から庇ってくれたのだと解った。


「ミ、ミラーカ! 大丈夫なの!?」


 咄嗟に偽名の方で呼んでしまう。カーミラが苦笑する。


私達(・・)は銃で撃たれたくらいでは死なないわ。さあ、ちょっとだけそのまま伏せていてね、仔猫ちゃん?」


 そう言い置くと同時にカーミラが動いた。まだ刀が刺さったままのトミーに向かって真っ直ぐ突進する。トミーが再び銃の引き金を絞る。カーミラは……何と銃弾を腕で受け止めて、強引にトミーに肉薄する。

「ちっ!」

 トミーが撃ち尽くした拳銃を投げつけて牽制しつつ、後方へ跳ぶ。しかしカーミラの方が速い。トミーの胸に刺さった刀の柄を手に取ると、素早く引き抜く。

「がっ!?」

 一瞬痛みに呻いて動きの止まったトミーの首筋に横一閃。刀の軌跡が残像を描いて追随する。

「…………」

 沈黙。そしてゆっくりとトミーの首が横にずれていき……床に落ちた。首の断面から血が溢れ出し、そして立ったままだった胴体がゆっくりと前倒しに地に沈んだ。

 首だけになったその顔は驚愕に歪んだままの表情で固まっており、胴体の方も二度と動き出す事はなかった。

 グール達と同じように、その身体が塵になって風化していく。
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