File26:暴れ馬を止めろ!

文字数 4,277文字

『お……おぉ……』

 デュラハーンの鎧の胴体部分に風穴が開き、そこから黒っぽい瘴気のような気体が漏れ出る。それはあの黒い霧とは似ていて非なる物質であり、どうやらこの瘴気がデュラハーンの『本体』か何かであるようだ。

 それが鎧から漏れ出ている。明らかに大きなダメージを受けた様子のデュラハーンが、鎧の風穴を手で押さえてよろめく。

 驚くべき事に、かつて霊王のジョフレイを一撃で斃した神聖マグナム弾の直撃を受けてもデュラハーンは死んではいなかった。だが大ダメージを与えたのは間違いないようだ。ならばこのチャンスを逃さず一気に畳みかけるしかない。

「皆、今よっ!」
「……!」

 強敵デュラハーンにダメージが通った事で皆呆けたようにその様子を見ていたが、ローラの喝にハッと正気を取り戻して一斉に追撃を仕掛ける。ヴェロニカとゾーイもこの時ばかりは防御を捨てて攻撃に切り替える。

 だが……


『おのれぇ……ただの舞台装置(・・・・)どもが調子に乗りおって……! もう遊びは終わりだ!』


 デュラハーンは憤怒に声を荒げて、その長剣を地面に突き立てる。すると驚くべき事象が起こった。

「な、何、地面が……!?」

 ローラ達が立っている地面が地響きを立てて振動し始める。ただの地震という訳ではない。何故なら……周囲に林立していた木々が動いて(・・・・・・)、急速に外側に向かって広がり始めたのだ。

 数瞬の後には、全ての木々がまるでデュラハーンやローラ達を避けるように、ぽっかりと広い楕円形のスペースを作り出していた。直径が30ヤードほどもあるスペースは、木々の壁で構成された即席の闘技場(・・・)のようにも思われた。


『かぁっ!』

 デュラハーンが跨っている首なし馬(ヘッドレスホース)の腹を蹴り付ける。馬は『いななき』を発すると猛烈な勢いで走り出した。そしてデュラハーンは馬で縦横無尽にアリーナを駆け回りながら、次々と剣を振るって黒い霧を飛ばしてくる。

「く……!」

 ヴェロニカとゾーイが再び防御に回る羽目になる。彼女らが黒い霧を受け止め、その合間を縫ってミラーカ達前衛組が攻撃を仕掛けるが、デュラハーンは高速で動き回っており、なおかつ迂闊に近付くと甲冑を纏った馬の突進に弾き飛ばされてしまう危険性が高く、今までのような攻撃が出来なくなってしまった。

 これまでは木々が乱立するフィールドであった為に発揮できなかった馬の機動力を存分に発揮できるフィールドを作り上げた。恐らくこれが奴の本来の戦闘スタイルなのだ。 

 しかもただ動き回るだけではない。

「……っ! 避けろ!」

 セネムの警告。デュラハーンが直接こちらに馬首を向けて突進してきたのだ。ヘッドレスホースの周囲にはあの黒い霧が纏わりついている。突進を受けたら同時に黒い霧の攻撃も受ける事になる。

 前衛組は必死になって馬の突進を躱す。するとその回避動作の隙を狙って、馬上のデュラハーンが剣先から黒い霧の弾丸を飛ばしてくる。

 ヴェロニカが咄嗟に『障壁』で防ぐが、黒い霧は障壁を貫通して一部がその先にいたジェシカの身体に降り注ぐ。

「ギャウウゥッ!!」
「ジェシカ!?」

 ジェシカの苦鳴とローラの悲鳴が重なる。だがジェシカは黒い霧に焼かれて血を噴き出しながらも、ローラに向けて激しく首を振った。自分の事は気にするなという意思表示だ。

「……っ」
 ローラも彼女の意思を受けて自分を戒める。ジェシカ達と共に戦うと決めた以上、過剰な気遣いは無用どころか却ってマイナスになる。ローラは歯を食いしばって戦況を見極める。


 黒い霧を纏った巨大な甲冑馬の爆走の前に、ミラーカ達は文字通り手も足も出ない様子だ。必死になって身を躱す以外に出来る事が無い。

 それでいてデュラハーンは馬上から剣を振るって次々と黒い霧の波動を飛ばしてくる。いってみれば敵は実質2体いるようなものだ。

 前衛組だけでなくゾーイとヴェロニカも、敵の攻撃の防御に魔力や霊力を恐ろしい勢いで消耗させられている。特に最初から参戦しているゾーイの限界が近い。

 ローラは歯噛みした。デュラハーンに神聖弾を命中させてダメージを与え追い詰めたと思ったのに、敵が戦術を変えて本領を発揮した事で、結局またこちらがじわじわと追い詰められる羽目になっている。

 神聖弾で再び攻撃したくても、デュラハーンはかなりの速度で常に動き回りながら戦闘しているので、狙いを付けるのが非常に難しい。また仮にうまく命中させられたとしても、先程のように隙を突かなければまた黒い霧のバリアで相殺されて終わりだ。

(何とか……動きを止めた上で、もう一度隙を作らないと)

 それが如何に困難を極めるかは目の前で傷つき消耗していく仲間達の姿が物語っている。このメンバーが勢揃いしていても勝てないのか。

 ローラの中に、いや、彼女だけでなく全員の心の中に、激しい焦燥と……微かな絶望が芽生え始める。


 だが……この時デュラハーンは勿論ローラ達でさえ、戦闘に集中するあまり、ほぼその存在を忘れかけている者達がいた。

 少し離れた場所で死闘を見つめているナターシャとモニカの2人である。といってもモニカは相変わらず精霊の力を使えず、ナターシャはそもそも何の力も持たない一般人だ。この場で忘れ去られるのも致し方ない事と言えた。

 しかし……



「く……ローラさんが……皆が傷ついているのに。私の力が使えれば皆を癒やす事だって出来るのに……!」

 モニカが唇を噛み破らんばかりに歯噛みしている。彼女にとって今の状況は拷問以外の何物でもないだろう。しかしナターシャは……

「……ねえ、モニカ。あいつさえ倒せれば、あなたの力は使えるようになるのよね? そしてあなたの力なら例え瀕死の重傷(・・・・・)であっても、死んでさえいなければ治せる。そうよね?」
 
「え? え、ええ……その通りです、が……ナターシャさん?」

 彼女が何故そんな事を聞くのか解らず、戸惑ったような視線を向けるモニカ。そしてすぐにその目が見開かれた。ナターシャは……何かを決意したような、力強く、それでいて穏やかな目をしていた。それはまるで自らの死を覚悟(・・・・)したような表情であり……

「……私の命、あなたに預けるわ。絶対に私を助けてよね?」

「ナ、ナターシャさん……ま、まさか!?」

 敢えて冗談めかした調子で頼むナターシャの意図(・・)を悟ったモニカが咄嗟に制止しようとするが、その時には既に彼女は飛び出していた。人外の力がぶつかり合う超常の戦場へと……!



『……!!』
「なっ……!!?」

 驚愕の呻きはローラの物だ。だが彼女の心境は他の全員の代弁でもあっただろう。

 デュラハーンとヘッドレスホースの猛攻の前に為す術なく追い詰められるミラーカ達。しかしその時、躊躇う事無くデュラハーンの進路上に身を躍らせた人影があった。

 特徴的な赤毛をなびかせた女性……ナターシャだ。

 誰も止める暇が無かった。ナターシャは衝突(・・)の寸前、ローラの方を振り向いて頷いた気がした。いや、確かに頷いた。

「……!」

 ローラは目を瞠る。そして次の瞬間……巨大な質量を伴った甲冑馬の突進が、ナターシャをまるで小さなゴムボールのように弾き飛ばした!


「ナターシャァァァッ!!! …………くっ!!」

 ローラは絶叫しかけるが寸での所で踏みとどまった。ヘッドレスホースに轢かれる(・・・・)直前、ナターシャの意志を感じ取ったからだ。

『……!』

 一方デュラハーンも、全く眼中にさえなかった人物が全く予期していない行動を取った事で僅かに動揺したのか、思わず反射的に手綱を引いてヘッドレスホースを一瞬だけ停止させた。

 そう……停止(・・)したのである。

「皆ぁぁぁぁっ!!!」

「「「……っ!」」」

 絶叫に近いローラの合図。仲間達の反応は迅速だった。沸き上がったあらゆる感情を押し殺して、仲間の一員(・・・・・)であるナターシャが作ってくれた千載一遇のチャンスを逃さずに、一斉に攻勢に移る。

「ガゥゥッ!!」「ふっ!」

 ジェシカとシグリッドは動きの止まったヘッドレスホースの足元目掛けて蹴りや鉤爪による全力攻撃を仕掛ける。ナターシャと接触した際に、黒い霧の防護が一時的に霧散していた。

『……ッ!』

 両足に左右から攻撃を受けたヘッドレスホースが怯む。

「むんっ!」「はぁっ!!」

 その時同時にミラーカとセネムが馬上のデュラハーンに対して挟撃を仕掛けていた。左からミラーカの妖刀、右からはセネムの霊刀が斬り付けられる。

『ぬ……!』

 デュラハーンは長剣を振り回して2人を牽制するが、意識が完全に彼女達に逸れた。そこにヘッドレスホースの足元に大量の砂の塊が纏わりついて動きを阻害する。ゾーイの力だ。

 そしてデュラハーンもヴェロニカが念動力によってその動きを抑え込む。どちらも精々一瞬しか足止めできない。だがその一瞬で充分だった。

「ローラさん!」「今よっ!」

(今度こそ……!)

 ナターシャを含む仲間全員が命がけで作ってくれたチャンスだ。絶対に無駄には出来ない。ローラは充分に高めていた霊力をマグナム弾に乗せて、躊躇う事無くデザートイーグルの引き金を引いた。


『馬鹿な……あり得ん……!』


 ――ドウゥゥゥゥゥゥンッ!!!


 デュラハーンの呻き声とデザートイーグルの発射音が被った。神聖弾は今度はデュラハーンの鎧の丁度中央部分を貫通した!


『…………』
「…………」

 デュラハーンもローラ達も……誰も喋らず、一瞬の沈黙がその場を支配した。そして……ローラ達の見ている前で、デュラハーンの鎧全体に亀裂が入り始めた。流石に2発もの神聖弾をまともに受けては、その呪われた生命力を維持できなかったようだ。


『く……ふ、ふ……。なるほど、これが……『特異点』の力か。まさか我が身で体験する事になろうとはな……』

「ドレイク本部長……。『特異点』とは何なんですか? あなたは何が目的でLAPDの本部長になっていたんですか……?」

 その亀裂と自嘲気味のデュラハーンの言葉に決着が付いた事を悟ったローラは、静かに問い掛ける。例え魔物であっても彼が長年職場のボスだった事実は変わらないのだ。

『ふふ……まだ私を本部長と呼ぶのか。……この先に進むがいい。全ては……お前の父親(・・・・・)が答えてくれるだろう。尤も、そこまで辿り着ければ、だが』

「え……ち、父親? 何を言っているの?」

 唐突な単語にローラが戸惑う。だがデュラハーンはそれ以上答える事は無く、鎧の亀裂が本人だけでなくヘッドレスホースにまで及ぶ。そして……

『さらばだ、ギブソン刑事』

 その言葉を最後に、デュラハーンとヘッドレスホースは粉々になって吹き飛んだ。そして内包していた瘴気らしき物質が霧散していく。
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