File35:吸血鬼vsミイラ男

文字数 5,507文字

 カーミラは愛用の刀を手に、夜のLAを疾走していた。常人の目には留まらない程の速度と身のこなしで、屋根から屋根を伝って素早く飛ぶように移動していく。眼下、そして遠方ではLAPDだけでなく、LA保安局のパトカーまでもがけたたましくサイレンを鳴らしながら走り回っている。

 色々な場所から火の手が上がったり物が壊れる音などが響いてくる。そして僅かに人の悲鳴と思しき音も……

 しかしカーミラは意図的にそれらの光景や音を意識から遮断した。今は構っている余裕が無い。それに街で暴れているのが〈信徒〉とやらだけだとすれば、警察でも数や装備が揃えば苦労はするだろうが対応は可能なはずだった。

 カーミラは『死神』に言われた通り、街の南東の方角に向かって突き進んでいく。根拠がある訳ではないが、過去二度の経験からあの『死神』が、少なくともカーミラを騙して煙に巻こうとしている訳では無い事は解っている。

 奴が南東に手がかりがあると言うなら、実際にあるはずだ。

(確か……朽ちた病院跡と言っていたわね。つまり廃病院という事。この方角には確か……)

 アナハイムの外れまで行くと、古い精神病院の廃墟があったはずだ。かつてヴラド達から身を隠す為の潜伏場所として、このLAや周辺都市の地理や立地を把握していた経験が役に立った。

 尤もヴラド達に見つかるリスクが大きかったので、カーミラ自身がこうした人気のない廃墟や廃屋を隠れ家とする事はまず無かったが。


 やがて目的の場所に到達していた。既に夜の帳が降り周囲には全くと言っていい程人の気配が無かったが、吸血鬼たるカーミラにとって闇は何ら問題では無かった。

 割れた窓から素早く建物内に滑り込む。そこはロビーのような広い空間であった。

「……!」
 そこでカーミラは闇の中、床に落ちている銀色に輝く物体が目に留まった。それは、拳銃(・・)であった。シルバーの銃身の重厚な造りの自動式拳銃……デザートイーグルだ。

(これは、ローラの……?)

 彼女が護身用(・・・)にこの新しい武器を入手し、訓練していた事は勿論カーミラも知っていた。それと同じ銃が『死神』に教えられた場所に落ちている……

 偶然のはずはない。これは間違いなくローラの銃だ。

 カーミラは銃を手に取ってマガジンを確認してみる。……残弾は1発だけとなっていた。

 ここで戦い(・・)があったのだ。そしてローラは抵抗したものの力及ばず敵に捕らわれた……。もしかしたらメネス本人が現れたのかも知れない。

 何故ローラがこんな廃病院に居たのかは解らなかったが、色々事情があったのだろう。そしてそれは後でも(・・・)聞く事が出来る。

 今やるべき事は解らない事を考えるのではなく、ローラの居場所を突き止める事だけだ。

「…………」

 カーミラはデザートイーグルを手に、目を閉じて瞑想する。戦いがあったという事は、相手は多少なりとも『陰の気』を放出したはずだ。その痕跡を見つけ出して上手く辿っていく事が出来れば……

(お願い、ローラ……。私に力を貸して……!)

 必死に意識を集中させていると、やがてその感覚に引っ掛かる物があった。微かな残り香だが、それでいて強烈な気配……

(……!! これだわっ!)

 カーミラは目を見開いた。一度特定できれば後はそれを辿っていくだけだ。ローラの銃を仕舞うと、再び刀を取って建物を後にしようとする。と、その時――
 

「――っ!?」


 建物の入り口から中にいるカーミラに向かって、物凄い勢いで何かが射出された。カーミラは反射的に飛び退って身を躱す。それは……砂の塊(・・・)のようであった。


「……やれやれ、やはりこうなっちゃいましたか。ま、何となく予感はしてましたけど」
「……!」

 粘ついた感じの若い男の声……。カーミラはこの声に聞き覚えがあった。

(現れたわね……)

 そこにいたのは黒縁の眼鏡を掛けた、細身で気弱そうな外見の青年。そして一度はカーミラを罠に嵌めた人外の怪物、フィリップ・E・ラーナーであった!



「大人しく牢に戻ってもらう気は……まあ、ないですよね」

 油断なく刀を構えるカーミラの姿にフィリップは嘆息した。

「あなたこそ……大人しく私をメネスの元に案内する気はないんでしょう?」

「ええ、まあ……。あなたがマスターの妃になって頂けるなら別ですが……どうもそれとは真逆の事を考えていらっしゃるようなので」

 カーミラは相手の隙を窺いながらジリジリと距離を詰める。

「……交渉の余地は無さそうね」

「ええ、残念ながら…………ねっ!」

 先に動いたのはフィリップの方だった。いつの間にかその手には砂で出来たサーベルのような細身の剣が握られており、それを恐ろしい勢いで突き出してくる。

 カーミラがそれを刀の峰で弾くと、続いてフィリップは左手を突き出す。そこから砂の弾丸が射出された。

「……!」
 カーミラは咄嗟に身体を捻るようにして回避。その隙にフィリップが右手の剣を強引にねじ込んでくる。カーミラも負けじと刀を滑らせてフィリップの胴体を薙ぎ払う。

「……ッ!」「ぬ……!」

 お互いの身体に自身の得物が食い込む感触。だが同時にそれが致命傷となっていない事を互いに認識した。両者とも示し合わせたように飛び退って仕切り直しとなる。


「へぇー……本当に吸血鬼なんですね。吸血鬼vsミイラ男なんて、まるで自分が怪奇映画の中に入り込んだ気分ですよ! あははは!」

 哄笑したかと思うと、その目がスッと細められる。

「でも、どうやったら死ぬのかなぁ? 心臓? それとも……伝承によっては、首を切断されると(・・・・・・・・)死ぬ、なんてのもありますよねぇ? 両方(・・)潰しておくのが確実でしょうかね?」

「……!」
 カーミラの眉がピクッと吊り上がる。しかし極力平静を装って挑発的に笑う。

「うふふ、そんなに私が怖い(・・)かしら、坊や? そうやって余裕を見せて相手を追い詰めてるように見せかける(・・・・・)のは、自分の不安を隠す為の虚勢……。私にはお見通しよ?」

「……!」
 今度はフィリップの眉が吊り上がる。

「……虚勢を張ってるのはどっちですか? あなたは僕を斃す方法を知らない。こちらが一方的に有利な状況なんですよ? 僕があなたを怖れる理由なんて――」

「――身体のどこかにその魔力を維持している『核』のような物があるわね? そしてそれは身体中を自由に動かせる。違うかしら?」

「……っ!?」

 フィリップの目が完全な驚愕に見開かれる。

「何故……いや、そうか! あの女達から聞いたんだな!?」

 しかしカーミラはかぶりを振った。

「誰からも聞いていないわ。でも私には解ったの。先程の一瞬の攻防の中でね。こっちは500年も人外の存在として魔力と馴染みながら過ごしてきてるの。昨日今日人間を辞めたばかりのルーキー(・・・・)とは年季が違うのよ」

「……!」
 フィリップの肩がワナワナと震える。しかしそれはそのまま低い笑いへと変化した。


「ふ……くっくっく……いいでしょう。敢えて挑発に乗ってあげますよ。あなたも気が急いているようですし、ここはお互い様子見はやめて全力(・・)で行きませんか? 短期決戦というヤツです」


 そう言うと、フィリップの身体が変化(・・)した。

 その皮膚や眼球、唇などがボロボロに風化し鼻が削げ落ちて、一瞬の後には恐ろし気なミイラの姿になる。同時にその身体から発せられるプレッシャーが格段に上昇した。

 これがフィリップの本当の姿なのだ。

 全力で、という言葉に偽りはないようだ。ならばカーミラにとっても好都合だ。ローラは敵の懐に囚われており、こうしている間にもメネスの魔の手が浸食しているかも知れないのだ。

「ええ、受けて立つわ」

 こんな所でいつまでも足止めを食っている訳には行かない。カーミラは自身の魔力を全開にする。

 同時に彼女の目が紅く発光し、髪が逆立ち、牙やカギ爪が生え、背からは一対の白い皮膜翼が飛び出す。吸血鬼の戦闘形態だ。

『なるほど……素晴らしい力ですね。でも、駄目です。あなたではどう足掻いてもマスターには勝てない。今からでも大人しく降伏したらどうです? お友達もマスターの物になりますし、案外仲良く幸せに暮らせるかも知れませんよ?』

 奇怪に変貌した声でそんな戯言をのたまうフィリップ。カーミラは鼻で嗤った。

「お生憎様。ただ強いだけの傲慢で強欲な男にはもうコリゴリ(・・・・)なの。砂漠でサソリとでも盛ってるのがお似合いよ」


『んー……残念です。では……死になさいっ!』

 今度もフィリップから動いた。当然ながら先程までより格段に速い動きだ。だがカーミラも先程までとは違う。

 フィリップがその腕から直接生やした剣で斬りかかってくる。

「ふっ!!」

 カーミラはその剣を刀では受けずに身を反らして躱す。パワーも格段に上がっているはずなので、まともに受けたら刀が折れる可能性もあった。

『ははっ! やりますねぇ!』

 するとフィリップは左手からも剣を飛び出させる。二刀流で凄まじい連撃を放ってきた。

「く……!」

 カーミラはそのまま防戦を強いられる。

 一撃でもまともに受ければ刀が折れるし、身体に当たれば動きを止められ、その隙に奴は必ず心臓と首を狙ってくる。まともに喰らう訳には行かない。

 だが完全には躱しきれない刃が身体を掠り、細かい傷はどんどん蓄積されていく。だがカーミラは闇雲に攻撃する事をしない。しても意味が無い事を知っているからだ。

 一撃。

 フィリップを斃すには、一撃を『核』に当てる事さえ出来ればそれでいい。だが『核』の位置は目まぐるしく変わるので、カーミラはフィリップの攻撃を防ぎつつ、意識を集中させて『核』の場所を追わねばならない。

 しかし『核』の追跡に集中しすぎると防御が疎かになり、フィリップの攻撃がその度に身体を掠って傷を増やしていく。


『ははは! ほら、どうしたんですか! 動きが止まってますよ!?』

 フィリップが狂ったように哄笑しながら二本の剣で斬り付けてくる。油断して一方的に攻めまくっているようで、その実『核』を常に高速で移動させて特定させないようにしている。

 カーミラは挑発には構わず、ひたすらに意識を集中させる。しかしフィリップも中々決定打を与えられない事に苛立ってきたのか、

『いい加減に倒れろっ!!』

 怒鳴って、腕ではなくその胴体(・・)を前に突き出してきた。するとその胴体を突き破るようにして何本もの肋骨(・・)が飛び出してきた!

「……!」

 その肋骨は先が尖って鋭い突起になっており、それが何対も広がるようにしてカーミラを串刺しにせんと迫ってきたのだ。

 だがその時、カーミラも遂にフィリップの『核』を特定した。カッと目を見開くと翼をはためかせて、肋骨の槍衾を避けるどころか、自分から前に飛び出した。

『何っ!?』

 フィリップが驚くが今更攻撃を引っ込める事も出来ない。肋骨に加えて更に2本の腕の剣も使って、全身でカーミラを迎え撃つ。

 何本もの肋骨の槍がカーミラの身体を貫く。中には心臓を貫いている槍もあった。

「……ッ!」
 カーミラは苦痛に顔を歪めながらも、自らを貫いた肋骨を押し込むように(・・・・・・・)強引に身体を前進させる。

『……貴様っ!』

 肋骨で連結された2人。カーミラも串刺しで身体を自由に動かせないが、フィリップもまた自身の肋骨によって動きを制限された。

『死ねぇぇっ!!』

 フィリップが喚きながら腕の剣でカーミラの首を狙ってくる。既に心臓を貫かれているので、ここで首を切られたらカーミラは死ぬ。だが彼女の顔にも動きにも恐れは微塵も無かった。

 強引に身を屈めるようにしてフィリップの剣を回避。もう一本の剣が振るわれる。それがカーミラの首筋に到達する前に……

「しゅっ!!」
『……!』

 溜めに溜めたカーミラの一閃が目にも留まらぬ速さで振り抜かれた。フィリップの身体がビクンッと震える。

『お…………』

 フィリップの剣はカーミラの首の皮を僅かに切り裂いている位置で止まっていた。


『は、はは……全く、何て人だ。本当に……僕の【コア】を、正確に切り裂くなんて……』

 肋骨の槍も含めて、フィリップの身体がボロボロと崩れて砂となり風化していく。

「……せめて安らかに眠りなさい」

「ああ……暖かい……暖かいよ……。とて、も……いい、気分、だ…………」

 人間の顔に戻ったフィリップが最後に笑ったように見えた。それは全ての呪縛から解放された年相応の晴れやかな笑顔に見えた……



「…………」

 フィリップが完全に消滅したのを見届けたカーミラは、自身も人間の姿に戻るとローラの銃を拾い上げる。そしてそのまま廃病院を後にした。身体中傷だらけであったが、彼女には立ち止まって休んでいる暇などないのだ。

(待ってて、ローラ……今行くわ。だから……もう少しだけ頑張って頂戴……!)

 ローラのデザートイーグルを握り締めながら、カーミラは一心不乱に夜の闇の中を駆けて行くのであった……
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