File3:人狼ゲーム

文字数 3,007文字

「……てめぇ、一体何者だよ? マリコに近付いて何企んでやがんだ?」

 挨拶を済ませ、皆でリビングで適当に雑談しながら(主にローレル達がエリオットに、マリコとの馴れ初めやどこに惚れたのか等の質問攻めではあったが)過ごした後、どうせなら皆で夕食も食べていってというマリコの誘いで、彼女は近くのファストフード店に買い出しに出掛けていた。ローレルとペネロペもそれに付き添っていた。

 格好のチャンスに、エリオットと共に家での留守番を買って出たジェシカが彼に詰め寄った。果たしてエリオットは酷薄に笑った。

「俺が何者かだって? それはお前も良く知ってると思うぞ?」

 エリオットはそう言って右手の袖を捲くると、彼女の目の前に腕を掲げた。するとその手が、腕が見る見るうちに灰色の剛毛に覆われ、手の先には鋭い鉤爪が出現する。

「な……お、お前……まさか!?」


「……俺の本当の名(・・・・)は、エリオット・マイヤーズって言うんだ。俺とお前は従兄妹同士なんだよ」


「……っ!!」
 ジェシカは絶句してしまう。父親以外で初めて他の人狼(・・)と出会った。それも自分の親戚だと言うのだ。

「何が目的かって聞いたな? 俺はなぁ……お前が憎い(・・)んだよ」

「!?」

 腕を元に戻したエリオットはジェシカを睨みつける。初めて会った親戚から混じり気ない憎悪を向けられて、ジェシカは戸惑いと共に気圧されてしまう。

「に、憎い? アタシはあんたに恨まれるような覚えなんて……」

「覚えはないってか? 友達に恋人に趣味に学校……。自分も化け物の癖に普通に幸せに(・・・・・・)生活してるお前が許せないんだよ」

「な…………」

「俺はなぁ、お前と違って異常な食欲と衝動に悩まされ続けてきた。そしてある時遂にそれが爆発して、俺は自分の両親を食い殺しちまったんだよ。両親だけじゃない。将来を誓い会った恋人も一緒にな!」

「……っ!」

「でもな……それは化け物の宿命(・・)ってヤツだ。化け物に生まれついてしまった以上、受け入れるしか無い。そう思ってきた。……お前という存在を知るまではな」

 エリオットは狂的に光らせた視線でジェシカを射抜く。ジェシカは最初に詰め寄った時の勢いも忘れて怯えたように後ずさる。

「なぁ……何でお前は衝動にも悩まされずに普通に暮らしてるんだよ? ズルいじゃないか。同じ人狼なのに……従兄妹なのに、何で俺だけ普通に暮らせないんだよ? 俺とお前で何が違うんだよ?」

「し、知るかよ! アタシに近付くんじゃねぇ!」

 ジェシカは本能的に身構えた。そして威嚇するように唸り声を上げる。エリオットの足が止まる。そしてその口の端がニィっと吊り上がった。


「……だからお前を俺と同じ場所に墜としてやる事にしたのさ。家族、友人……全て奪ってやる。マリコだけじゃない。他の2人も美味そう(・・・・)だな? お前の友達の内臓(・・)はどんな味がするのか今から楽しみだ」


「――っ!! て、てめぇぇぇぇっ!! 皆に手を出すんじゃねぇぇっ!!!」

 瞬間的に激昂したジェシカは怒りに身を任せてエリオットに殴りかかった。エリオットは本来余裕で対処できたはずなのに、何故か避けようともせずにその拳をまともに受けた。もんどり打って吹っ飛ぶエリオット。リビングの椅子やテーブルを盛大に巻き込んで床に倒れる。

 倒れたままこちらを見上げるエリオットの顔が、尚ジェシカを嘲笑うように笑みに歪められていた。その笑みに増々怒りと焦燥感を募らせて、ジェシカは狂乱したようにエリオットに馬乗りになって滅茶苦茶に殴りつける。

「何笑ってやがんだ! 皆の前から消えろよ! アタシの前から消えろぉっ!」

 エリオットの口が切れ血が飛び散る。ジェシカは構わずに彼の元のハンサムな顔が原型を留めなくなるくらいに殴り続けた。そして……


「……ジェ、ジェシカ? な、何、やってるノ……?」


「――――っ」

 恐れ慄いたような……マリコの声が聞こえてきた。その声に冷水を浴びせられたようにジェシカが青ざめ動きを止める。

 ぎこちなく振り向いた先にはリビングの入口で買ってきた食べ物の袋を床に落として、両手で口元を押さえるマリコの姿。その後ろではローレルとペネロペも唖然としてジェシカ達を見ていた。

 彼女らの見ている先では……荒れたリビングの床に倒れ伏した血まみれのエリオットと、彼に馬乗りになって滅茶苦茶に殴りつけているジェシカの姿。

(し、しまった……!)

 ジェシカはここに至ってようやくエリオットの狙いを察した。彼がジェシカに無抵抗で殴られ続けていた理由(・・)を悟った。だがもう全ては手遅れだ。彼女はまんまとエリオットの挑発に乗せられてしまったのだ。

「マ、マリコ……違うんだ。これは、その――」

「……済まない、マリコ。2人きりになった途端、彼女が俺に言い寄ってきたんだ。マリコには黙ってれば解らないからと言って……。俺がそれを拒絶して、君はマリコの足元にも及ばないよと言ったら、激昂されてしまってご覧の有様さ……」

「――っ!?」
 ジェシカはギョッとしてエリオットを見やる。彼女が激昂して彼を暴行しているのは客観的に見れば紛れもない事実なのだ。しかしジェシカには当然ながらその理由を説明する事ができない。そうなると他に状況説明のしようがなく、エリオットの言葉が真実味を帯びてくる。


「…………」

 マリコの表情が一気に固くなる。そしてジェシカに対して冷たい視線を投げかけてきた。

「マ、マリコ……?」

「……挨拶の時、様子がおかシかったのはそうイう事だったノね? 最初から彼を狙ってタのね? 私には黙ってレば解らないカラ……?」

「ち、違う! アタシは……」

 ジェシカが何か言いかけるのを拒絶するように激しくかぶりを振ったマリコは、家の玄関を指差した。


「出てっテ。今すグに」


「マリコ、頼むよ! 話を――」

「出てケッ!!」

 一切の弁明を許さない頑なな態度のマリコ。ローレル達はどうしていいか解らないようにオロオロしている。

「……っ」
 ジェシカは青ざめた顔のまま唇を噛みしめる。その目から涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。そしてそれ以上は何も言わずに黙って玄関に向かって歩き出す。

 最後にもう一度リビングを振り返ると、頑なに目を逸らしているマリコと、ジェシカにだけ見えるように薄笑いを浮かべるエリオットの姿が。

「…………ッ!」

 ジェシカは激情を堪えてその光景から目を逸らすと、後は振り返る事なくマリコの家を飛び出していった。


 マリコに拒絶されたショックは大きかった。だがそれでも彼女たちをこのまま放っておく事は出来ない。エリオットはジェシカに対する逆恨みから、周りを巻き込んで被害を及ぼそうとしている。

 最悪の事態になる前に、エリオットの魔の手からマリコ達を助け出さねばならない。だがジェシカ1人ではそれは不可能だ。

(すぐにでもローラさんとミラーカさんに相談するんだ。2人ならきっと何かいい方法を考えてくれるはずだ)

 ジェシカは涙を堪えて走りながら、頼りになる恋人達の顔を脳裏に思い浮かべていた……
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