File18:現状整理
文字数 3,862文字
「……ニュースで概要だけは聞いたけど、本当に大変な目に遭ったね。それで、ミラーカの様子は……?」
心配と労りが混じった口調で質問してくるのは……ウォーレン神父。ローラはかぶりを振る。
「……あの酷い傷 は何とか治ったんですけど、それ以後一向に目を醒まさなくて……。ニックが言うには一時的な『休眠』状態だとの事でしたが……」
「そうか……」
ウォーレンは神妙に頷く。
場所はウォーレンの教会の談話室。ローラとウォーレンの2人だけでなく、ジェシカとヴェロニカの姿もあった。ジェシカが思い切りテーブルを叩く。
「チクショウ! ローラさんやミラーカさんが大変な時に、あたしは自分の事に浮かれて……。『エーリアル』だか何だか知らないけど、絶対に許さねぇ! 見つけ出してあたしがぶっ殺してやる!」
「ジェシー、落ち着いて。ミラーカさんが敵わなかった相手にあなた1人で勝てる訳ないでしょう?」
ヴェロニカの冷静な指摘にジェシカはうっと言葉に詰まる。しかしすぐに何かを思いついたように勢いを取り戻す。
「そ、それなら先輩も力を貸してくれよ! あたし達2人掛かりなら絶対に勝てるさ!」
因みにウォーレンもヴェロニカの『力』の事は既に了承済みだ。ヴェロニカはかぶりを振る。
「……話を聞く限りそれでも厳しい気がするわ。例えばだけど……私達2人だけであなたのお父さんやダリオさんに勝てたと思う?」
「そ、それは……」
父親であったマイヤーズの強さはジェシカも肌で実感しているし、ダリオにしても本気で自分達を殺そうとしていたら毒ガス攻撃などの前に為す術も無かっただろう。
「残念だけど何回シミュレーションしても勝てる光景が浮かばないわ。この……『エーリアル』もそういうレベルの相手だと思った方がいいわ」
「…………」
ジェシカは何も言えなくなってしまう。ローラが頷いて会話に入ってきた。
「そう……ね。軍用ヘリさえも撃墜した相手よ。加えて『エーリアル』には、推測だけど誘拐した女性達に産ませた『子供』達もいる。この間の作戦で一時的に数は減らせたけど、私の推測通りであるなら時間を置けばまた殖えてくるはず……」
それはつまり、余り悠長にしている時間はないという事でもある。一刻も早く元凶たる『エーリアル』を排除しなくてはならない。だがそれが極めて困難である上に、それ以前に潜伏している場所すら特定できていないのだ。状況は限りなく悪い。
「ミラーカの事もだが、君の相棒のジョンの方は大丈夫なのかい?」
再びのウォーレンの確認に、ローラも再び深刻そうにかぶりを振った。
「救急で運ばれましたが、正直予断を許さない状況で……。仮に助かったとしても、もう現場復帰は難しいと……」
右腕と右脚を一挙に失ったのだ。腹の深い傷の事もあり、命が助かるだけでも奇跡といって良い状態だ。『エーリアル』の刃から捨て身で庇ってくれた時の光景を思い出した。
全てローラが激情に任せて飛び出した結果だ。その代償がジョンの命、そうでなくとも健常者としての人生、という訳だ。
「……ッ!」
ローラは目を瞑る。彼女の中に改めて湧き上がるのは、激しい自責の念と……猛烈な怒りだ。『エーリアル』を野放しにしておく事は出来ない。ローラは自らの全身全霊を以って奴を排除するつもりだった。その為に出来る事は……
「それで、ローラ。君はこれからどうするつもりなんだい? 今は休職中なんだろう?」
相棒であるジョンがあのような事態になった事で、また直接『エーリアル』に襲われた体験なども考慮して、ローラは精神科医から強制的に1週間の休暇を取らされていた。
だが勿論ローラには大人しくしているつもりなど微塵もなかった。どの道ネルソンの指揮下では思うように捜査ができない。ならばいっその事自由に動ける今回の休職はローラにとって渡りに船であった。
「ええ。でもこのまま手をこまねいているつもりはありません。奴は……『エーリアル』は絶対に止めて見せます」
「しかし……ミラーカを倒し、軍隊ですら仕留められなかった怪物をどうにかする方法なんてあるのかい?」
そう。現実問題としてあの怪物をローラ達がどうこうする事は不可能に近い。だがそれでも出来る事はある。ローラは時計を見た。時刻はもうじき午前10時になる。
「それなんですが……もうじき助っ人 が来る予定なんです」
「助っ人? ここにかい?」
「ええ。この機会に皆にも紹介しておきたくて。ジェシカ達に来てもらったのはそれも理由の一つなの」
「あたし達にも? 誰なんだ?」
ジェシカが怪訝そうな様子になる。ヴェロニカも同様だ。
「それは――」
言い掛けた時、ローラの携帯が鳴ってメールが入った。見ると彼女 からだった。ローラは顔を上げた。
「言ってる内に来たみたい。もう礼拝堂の方で待ってるそうよ」
ローラ達が礼拝堂に戻ると、まだミサの時間でない事もあって殆ど人の気配は無かった。だがそんなガランとした礼拝堂に並べられた長椅子の一つに、女性が1人腰掛けているのが目に入った。燃えるような赤毛 が印象的なその女性が、ローラ達に気付いて立ち上がった。
「ハイ、ギブソン刑事……いえ、ローラ。随分大変な目に遭ったみたいね?」
「ええ、ナターシャ。来てくれてありがとう。恩に着るわ」
「いいのよ。私も力になるって約束したでしょ? それにこんな特ダネみすみす見逃すはずがないでしょう?」
長椅子から立ち上がった女性……LAタイムズの記者ナターシャ・イリエンコフは、そう言って不敵に笑うのだった……
****
「ナターシャよ。LAタイムズで記者をやっているの。吸血鬼の事とかも含めて大体の事情は知ってるわ。ああ、でも安心して。それを公表するつもりはないから。そういう『約束』だしね」
再び談話室に戻ってきた一行は、ナターシャから自己紹介を受けていた。ローラもウォーレンやジェシカ、ヴェロニカの紹介をしていく。後見人であり、この教会の主でもあるウォーレンはともかく、学生であるジェシカやヴェロニカがこの場にいる理由が解らず訝し気な表情になるナターシャ。
「どういう事? 『エーリアル』に対するアクションを話し合う為に呼ばれたのよね? ローラの友達みたいだけど、これは子供のお遊びじゃないのよ?」
ナターシャがそう思うのは尤もだ。2人は外見的には美人とはいえ、あくまで普通の女子高生と女子大生なのだ。
「ナターシャ。この子の名前はジェシカ・マイヤーズ というの」
「!? マイヤーズですって? まさか……」
「そう……リチャード・マイヤーズ警部補の一人娘よ」
「……!」
ナターシャが息を呑む。ジェシカが前に進み出る。
「本物の新聞記者なんて初めて見たよ……。その……事情 は知ってるって言ったよな? じゃあ親父 の事も……?」
「え、ええ……。ローラとミラーカから詳細は聞いたけど……まさか、あなたも なんて言わないわよね……?」
恐る恐るといった感じで確認するナターシャに、ジェシカはニッと歯を見せて笑顔になった。
「そのまさかだよ。まあ親父に比べたら大分力は劣るけどね」
「……ッ!」
ナターシャの顔が若干青ざめる。ミラーカに続いて2人目の、実際に見る人外の存在だ。ミラーカにトラウマ(?)を植え付けられたらしいナターシャだが、よく持ち堪えた方だろう。ジェシカの現在の見た目 が、普通の可愛い少女であるという点も大きいだろうが。
ナターシャはヴェロニカの方に視線を向けた。
「じゃ、じゃあ、あなたは!? 名前や見た目はメキシコ系のようだけど、まさかロドリゲス刑事の関係者? いや、でもロドリゲス刑事は後天的に改造されたのだから、遺伝は関係ないはずで……」
混乱している様子の彼女に苦笑しつつ、ヴェロニカが頷く。
「関係者……にはなれませんでした けど、知り合いではありました。そして仰られるように、『ディープ・ワン』を作り出した人達とは、一切関係はありません」
「そ、それじゃあ……?」
「彼女……ヴェロニカは、一種の超能力者 なのよ」
自分では説明しづらい事もあるだろうと、ローラが説明を引き継ぐ。
「超能力ですって!? 本気で言ってるの?」
「勿論本気よ。吸血鬼や人狼が実際にいて、今現在街は空飛ぶUMAの脅威に晒されている。超能力者がいたとして何の不思議が?」
「う……」
「そして彼女は実際に『ディープ・ワン』事件の際に、その力で私達を助けてくれたのよ。ジェシカと同じでこの場で『実演』は出来ないけど、ここは私を信じてもらう他ないわね」
「む…………ああ、もう! 解ったわよ! 信じるわ! 今更あなたを疑ったりなんてする訳がないわ。この子達には怪物と戦う『力』がある。そういう事よね?」
若干ヤケクソ気味に叫ぶナターシャの姿に、ローラはふっと微笑む。
「ふふ、ええ、そういう事よ。今後も何かと関わる事があるかも知れないから宜しくね?」
ジェシカとヴェロニカもちょっと笑って、改めてナターシャと握手を交わす。
心配と労りが混じった口調で質問してくるのは……ウォーレン神父。ローラはかぶりを振る。
「……あの
「そうか……」
ウォーレンは神妙に頷く。
場所はウォーレンの教会の談話室。ローラとウォーレンの2人だけでなく、ジェシカとヴェロニカの姿もあった。ジェシカが思い切りテーブルを叩く。
「チクショウ! ローラさんやミラーカさんが大変な時に、あたしは自分の事に浮かれて……。『エーリアル』だか何だか知らないけど、絶対に許さねぇ! 見つけ出してあたしがぶっ殺してやる!」
「ジェシー、落ち着いて。ミラーカさんが敵わなかった相手にあなた1人で勝てる訳ないでしょう?」
ヴェロニカの冷静な指摘にジェシカはうっと言葉に詰まる。しかしすぐに何かを思いついたように勢いを取り戻す。
「そ、それなら先輩も力を貸してくれよ! あたし達2人掛かりなら絶対に勝てるさ!」
因みにウォーレンもヴェロニカの『力』の事は既に了承済みだ。ヴェロニカはかぶりを振る。
「……話を聞く限りそれでも厳しい気がするわ。例えばだけど……私達2人だけであなたのお父さんやダリオさんに勝てたと思う?」
「そ、それは……」
父親であったマイヤーズの強さはジェシカも肌で実感しているし、ダリオにしても本気で自分達を殺そうとしていたら毒ガス攻撃などの前に為す術も無かっただろう。
「残念だけど何回シミュレーションしても勝てる光景が浮かばないわ。この……『エーリアル』もそういうレベルの相手だと思った方がいいわ」
「…………」
ジェシカは何も言えなくなってしまう。ローラが頷いて会話に入ってきた。
「そう……ね。軍用ヘリさえも撃墜した相手よ。加えて『エーリアル』には、推測だけど誘拐した女性達に産ませた『子供』達もいる。この間の作戦で一時的に数は減らせたけど、私の推測通りであるなら時間を置けばまた殖えてくるはず……」
それはつまり、余り悠長にしている時間はないという事でもある。一刻も早く元凶たる『エーリアル』を排除しなくてはならない。だがそれが極めて困難である上に、それ以前に潜伏している場所すら特定できていないのだ。状況は限りなく悪い。
「ミラーカの事もだが、君の相棒のジョンの方は大丈夫なのかい?」
再びのウォーレンの確認に、ローラも再び深刻そうにかぶりを振った。
「救急で運ばれましたが、正直予断を許さない状況で……。仮に助かったとしても、もう現場復帰は難しいと……」
右腕と右脚を一挙に失ったのだ。腹の深い傷の事もあり、命が助かるだけでも奇跡といって良い状態だ。『エーリアル』の刃から捨て身で庇ってくれた時の光景を思い出した。
全てローラが激情に任せて飛び出した結果だ。その代償がジョンの命、そうでなくとも健常者としての人生、という訳だ。
「……ッ!」
ローラは目を瞑る。彼女の中に改めて湧き上がるのは、激しい自責の念と……猛烈な怒りだ。『エーリアル』を野放しにしておく事は出来ない。ローラは自らの全身全霊を以って奴を排除するつもりだった。その為に出来る事は……
「それで、ローラ。君はこれからどうするつもりなんだい? 今は休職中なんだろう?」
相棒であるジョンがあのような事態になった事で、また直接『エーリアル』に襲われた体験なども考慮して、ローラは精神科医から強制的に1週間の休暇を取らされていた。
だが勿論ローラには大人しくしているつもりなど微塵もなかった。どの道ネルソンの指揮下では思うように捜査ができない。ならばいっその事自由に動ける今回の休職はローラにとって渡りに船であった。
「ええ。でもこのまま手をこまねいているつもりはありません。奴は……『エーリアル』は絶対に止めて見せます」
「しかし……ミラーカを倒し、軍隊ですら仕留められなかった怪物をどうにかする方法なんてあるのかい?」
そう。現実問題としてあの怪物をローラ達がどうこうする事は不可能に近い。だがそれでも出来る事はある。ローラは時計を見た。時刻はもうじき午前10時になる。
「それなんですが……もうじき
「助っ人? ここにかい?」
「ええ。この機会に皆にも紹介しておきたくて。ジェシカ達に来てもらったのはそれも理由の一つなの」
「あたし達にも? 誰なんだ?」
ジェシカが怪訝そうな様子になる。ヴェロニカも同様だ。
「それは――」
言い掛けた時、ローラの携帯が鳴ってメールが入った。見ると
「言ってる内に来たみたい。もう礼拝堂の方で待ってるそうよ」
ローラ達が礼拝堂に戻ると、まだミサの時間でない事もあって殆ど人の気配は無かった。だがそんなガランとした礼拝堂に並べられた長椅子の一つに、女性が1人腰掛けているのが目に入った。
「ハイ、ギブソン刑事……いえ、ローラ。随分大変な目に遭ったみたいね?」
「ええ、ナターシャ。来てくれてありがとう。恩に着るわ」
「いいのよ。私も力になるって約束したでしょ? それにこんな特ダネみすみす見逃すはずがないでしょう?」
長椅子から立ち上がった女性……LAタイムズの記者ナターシャ・イリエンコフは、そう言って不敵に笑うのだった……
****
「ナターシャよ。LAタイムズで記者をやっているの。吸血鬼の事とかも含めて大体の事情は知ってるわ。ああ、でも安心して。それを公表するつもりはないから。そういう『約束』だしね」
再び談話室に戻ってきた一行は、ナターシャから自己紹介を受けていた。ローラもウォーレンやジェシカ、ヴェロニカの紹介をしていく。後見人であり、この教会の主でもあるウォーレンはともかく、学生であるジェシカやヴェロニカがこの場にいる理由が解らず訝し気な表情になるナターシャ。
「どういう事? 『エーリアル』に対するアクションを話し合う為に呼ばれたのよね? ローラの友達みたいだけど、これは子供のお遊びじゃないのよ?」
ナターシャがそう思うのは尤もだ。2人は外見的には美人とはいえ、あくまで普通の女子高生と女子大生なのだ。
「ナターシャ。この子の名前はジェシカ・
「!? マイヤーズですって? まさか……」
「そう……リチャード・マイヤーズ警部補の一人娘よ」
「……!」
ナターシャが息を呑む。ジェシカが前に進み出る。
「本物の新聞記者なんて初めて見たよ……。その……
「え、ええ……。ローラとミラーカから詳細は聞いたけど……まさか、
恐る恐るといった感じで確認するナターシャに、ジェシカはニッと歯を見せて笑顔になった。
「そのまさかだよ。まあ親父に比べたら大分力は劣るけどね」
「……ッ!」
ナターシャの顔が若干青ざめる。ミラーカに続いて2人目の、実際に見る人外の存在だ。ミラーカにトラウマ(?)を植え付けられたらしいナターシャだが、よく持ち堪えた方だろう。ジェシカの
ナターシャはヴェロニカの方に視線を向けた。
「じゃ、じゃあ、あなたは!? 名前や見た目はメキシコ系のようだけど、まさかロドリゲス刑事の関係者? いや、でもロドリゲス刑事は後天的に改造されたのだから、遺伝は関係ないはずで……」
混乱している様子の彼女に苦笑しつつ、ヴェロニカが頷く。
「関係者……には
「そ、それじゃあ……?」
「彼女……ヴェロニカは、一種の
自分では説明しづらい事もあるだろうと、ローラが説明を引き継ぐ。
「超能力ですって!? 本気で言ってるの?」
「勿論本気よ。吸血鬼や人狼が実際にいて、今現在街は空飛ぶUMAの脅威に晒されている。超能力者がいたとして何の不思議が?」
「う……」
「そして彼女は実際に『ディープ・ワン』事件の際に、その力で私達を助けてくれたのよ。ジェシカと同じでこの場で『実演』は出来ないけど、ここは私を信じてもらう他ないわね」
「む…………ああ、もう! 解ったわよ! 信じるわ! 今更あなたを疑ったりなんてする訳がないわ。この子達には怪物と戦う『力』がある。そういう事よね?」
若干ヤケクソ気味に叫ぶナターシャの姿に、ローラはふっと微笑む。
「ふふ、ええ、そういう事よ。今後も何かと関わる事があるかも知れないから宜しくね?」
ジェシカとヴェロニカもちょっと笑って、改めてナターシャと握手を交わす。