File12:軽挙妄動
文字数 3,191文字
「どう思う? さっきの話」
その後いくつか細かい点を確認し終えた2人はアリシアに礼を言って病院を辞していた。帰りの車の中でジョンが話しかけてくる。
「それは、あのサイズが小さかったって話?」
「ああ」
「…………」
勿論一概に結論は言えないが、いくつかの推論なら可能だ。それまで単独犯だった『エーリアル』に急に共犯者 が増えた事。だがそのサイズはローラが見た『エーリアル』よりも小さい。そう……まるで『エーリアル』の子供 ででもあるかのような――
「……!」
そこまで考えた時、ローラの中に一つのおぞましい推論が浮かび上がった。かつてあの怪物がローラに向けてきた、好色とも言っていいような視線。誘拐された美しい 女性達。そして俄かに現れ出した、まるであの怪物の子供のような個体群……。
(いや……いや、まさか……いくらなんでも、そんな事、あり得るはずがないわ)
それは余りにもおぞましく……荒唐無稽に思えた。
「なあ……これは俺の推測なんだが……もしかしたら今回の奴等、お前が最初に見た怪物の子供、なんて事は無いよな?」
「……ッ!」
まさに自分が考えていた事と同じ予想にローラは硬直する。そしてその反応でローラも同じ推論に達していた事が伝わってしまった。
「やっぱりか……」
「で、でも、仮に子供だとしても早すぎるわ! 国立公園付近で発生していた最初の誘拐事件から、まだ精々数ヶ月しか経ってないのに……」
「相手は人外の怪物なんだろ? 人間や普通の動物の基準に当てはめて考えるのは危険だろうな」
「そ、それは……でも……」
その事実を認めたくないローラは、口ごもりながらギュッと拳を握りしめる。
「……まあお前に、いや女にしたら認めがたい事だよな。だが目を背けていても現実は変わらんぞ。可能性があるのなら……きちんと向き合って対策を講じるべきだ」
「……! そう、よね」
対策という言葉に、ローラはハッとして顔を上げる。そうだ。それがどんなにおぞましいものでも、その可能性があるなら未然に防ぐ為の努力をしなくてはならない。現実逃避している場合ではない。
「ありがとう、ジョン。まずは署に戻りましょう。恐らく他の現場からも同様の報告が上がるはず。そうなれば警部だって事実を認める他なくなる。対策を講じやすくなるはずよ」
「そうだな。こっちの意見も通りやすくなるだろう。よし、それじゃ飛ばすぞ!?」
ジョンは車のスピードを上げ、捜査本部への道のりを急ぐのだった。だが結論から言うとローラ達は手遅れだった。既にネルソンは勝手に対策 を練って、それを正式に受理させてしまっていた。
そしてローラは否応なく『エーリアル』と再び対峙する事になっていくのであった……
****
署に戻ったローラ達にネルソンが自信満々で告げた作戦。それは……
「……囮作戦、ですか」
ローラはグッタリと疲れたような声音で応じた。
「そうだ。これ以上訳の分からん化け物にLAを好きにされて堪るか!市民の安全 を確保する為には、一刻も早い成果が……目に見える実績が必要なのだ! それにはこれが一番早い。そうだろう!?」
興奮してまくし立てるネルソンの姿に、ローラはもう何を言っても無駄だと悟った。だがそれでも言わずにはいられない。
「警部。お言葉ですがそれは余りにも安直かつ危険な選択肢かと。相手の情報が不足している中無闇に正面からぶつかり合えば、またこれまでの事件の二の舞になるだけです!」
「これまでの事件とは、あの『ルーガルー』や『ディープ・ワン』の時の事を言っているのかね? あれは連中が無能で油断しきっていたからに過ぎん! このLAPDの精鋭を持ってすれば、必ずや満足のいく成果を上げてくれるだろう」
『ルーガルー』の時はFBI、『ディープ・ワン』の時はロングビーチ市警。作戦に失敗し多大な犠牲を払ったのは、いずれもロサンゼルス市警ではない。その為どうにも危機意識が薄い部分があった。
これはネルソンだけに限った話ではなく、血の気の多い刑事や警官達の多くが、殺人鬼にいいように振り回されマスコミには無能と後ろ指を指される現状に不満を抱いていた。
市警の内部でも実力行使を訴える声が日増しに高まりつつあるのをローラも肌で感じてはいた。消極的で事なかれ主義なネルソンが大胆な決断に踏み切ったのは、そうした無言の声に後押しされて、という部分が少なからずあるように思えた。
「その為にしなくてもいい犠牲を払う事になるかも知れないんですよ!」
「くどいぞ、ギブソン刑事! これは決定だ! 作戦の決行は3日後。そこがこの化け物の最後の日だ!」
鼻息荒くそう告げるネルソンの姿に、やはり無駄だったと嘆息するローラ。頭を切り替える。ならば自分は自分にできる事をやるしかない。
「……解りました。では私達はその間にラムジェン社についての調査を進めさせて貰います。それはご許可頂けますよね?」
そのローラの確認に、何故かネルソンはニヤァ……と嫌らしい笑みを浮かべた。その笑みを見たローラは背筋が少し寒くなり、急に胸騒ぎがしてきた。
「……報告によると、この化け物は美女に目がないそうじゃないか。しかしまさか警察の作戦で市井の人間を囮に使う訳にもいかん。そうだろう?」
「そう……ですね」
ローラはネルソンの笑みの真意を悟った。
「美女というなら……何も外部から用意せずとも、このLAPD自慢の奇麗どころがいるじゃないか」
ネルソンはローラに真っ直ぐ視線を向けた。
「なあ、ギブソン刑事? 君はまさか仲間の作戦に協力しないなんて言わないよな? 誰よりも市民の安全を気にかける正義感の強い君ならば、当然この作戦にも志願してくれるものと期待しているんだがなぁ」
「……っ」
思わず言葉に詰まったローラの代わりにジョンが発言する。
「警部。身内であるローラを進んで危険に晒すって言うんですか!? しかも彼女はこの作戦自体に反対の立場なのに……」
「待って、ジョン。ありがとう、でもここは私に話させて。……もし私が断ったら囮役はどうなるんですか?」
「その時は容姿だけを見て、誰か内勤の子に頼む事になるな。内勤とは言っても警察の一員なんだから、その作戦に協力するのは当然の――」
「――解りました。引き受けます」
ローラの答えにネルソンは会心の笑みを浮かべた。
「いや、全く、君ならそう言ってくれると思ってたよ。まさに警察官の鑑だな! 作戦の詳細は追って報せる。それまでは待機だ。いいな?」
意気揚々と部屋を出ていくネルソン。ジョンがすかさず詰め寄ってくる。
「おい、いいのか!? 化け物相手の囮役なんざ、またあの『ルーガルー』の時みたいに――」
「仕方がないのよ、ジョン。警部は本気だった。私が断れば誰か別の女性が駆り出されていた。なら選択の余地はないわ」
ローラの決意が固い事を見て取ったジョンはすぐに説得を諦める。
「……ったく! その進んで厄介事を背負い込む性分を何とかしないと、その内本当に命落とす羽目になるぞ」
「本当にその通りね。でもそれこそこれが私の性分なの。心配かけちゃってごめんなさい、ジョン。もし――」
「ああ、良いって! その先は言うな! お前がそういう奴だって解った上で相棒でいる事選んだんだ。フォローは任せとけ」
「ジョン、ありがとう……」
ローラは力なく微笑んだ。こうしてローラを囮にした危険な作戦の遂行が決定した。彼女は自ら怪物の前にその身を晒す事となった……
その後いくつか細かい点を確認し終えた2人はアリシアに礼を言って病院を辞していた。帰りの車の中でジョンが話しかけてくる。
「それは、あのサイズが小さかったって話?」
「ああ」
「…………」
勿論一概に結論は言えないが、いくつかの推論なら可能だ。それまで単独犯だった『エーリアル』に急に
「……!」
そこまで考えた時、ローラの中に一つのおぞましい推論が浮かび上がった。かつてあの怪物がローラに向けてきた、好色とも言っていいような視線。誘拐された
(いや……いや、まさか……いくらなんでも、そんな事、あり得るはずがないわ)
それは余りにもおぞましく……荒唐無稽に思えた。
「なあ……これは俺の推測なんだが……もしかしたら今回の奴等、お前が最初に見た怪物の子供、なんて事は無いよな?」
「……ッ!」
まさに自分が考えていた事と同じ予想にローラは硬直する。そしてその反応でローラも同じ推論に達していた事が伝わってしまった。
「やっぱりか……」
「で、でも、仮に子供だとしても早すぎるわ! 国立公園付近で発生していた最初の誘拐事件から、まだ精々数ヶ月しか経ってないのに……」
「相手は人外の怪物なんだろ? 人間や普通の動物の基準に当てはめて考えるのは危険だろうな」
「そ、それは……でも……」
その事実を認めたくないローラは、口ごもりながらギュッと拳を握りしめる。
「……まあお前に、いや女にしたら認めがたい事だよな。だが目を背けていても現実は変わらんぞ。可能性があるのなら……きちんと向き合って対策を講じるべきだ」
「……! そう、よね」
対策という言葉に、ローラはハッとして顔を上げる。そうだ。それがどんなにおぞましいものでも、その可能性があるなら未然に防ぐ為の努力をしなくてはならない。現実逃避している場合ではない。
「ありがとう、ジョン。まずは署に戻りましょう。恐らく他の現場からも同様の報告が上がるはず。そうなれば警部だって事実を認める他なくなる。対策を講じやすくなるはずよ」
「そうだな。こっちの意見も通りやすくなるだろう。よし、それじゃ飛ばすぞ!?」
ジョンは車のスピードを上げ、捜査本部への道のりを急ぐのだった。だが結論から言うとローラ達は手遅れだった。既にネルソンは勝手に
そしてローラは否応なく『エーリアル』と再び対峙する事になっていくのであった……
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署に戻ったローラ達にネルソンが自信満々で告げた作戦。それは……
「……囮作戦、ですか」
ローラはグッタリと疲れたような声音で応じた。
「そうだ。これ以上訳の分からん化け物にLAを好きにされて堪るか!
興奮してまくし立てるネルソンの姿に、ローラはもう何を言っても無駄だと悟った。だがそれでも言わずにはいられない。
「警部。お言葉ですがそれは余りにも安直かつ危険な選択肢かと。相手の情報が不足している中無闇に正面からぶつかり合えば、またこれまでの事件の二の舞になるだけです!」
「これまでの事件とは、あの『ルーガルー』や『ディープ・ワン』の時の事を言っているのかね? あれは連中が無能で油断しきっていたからに過ぎん! このLAPDの精鋭を持ってすれば、必ずや満足のいく成果を上げてくれるだろう」
『ルーガルー』の時はFBI、『ディープ・ワン』の時はロングビーチ市警。作戦に失敗し多大な犠牲を払ったのは、いずれもロサンゼルス市警ではない。その為どうにも危機意識が薄い部分があった。
これはネルソンだけに限った話ではなく、血の気の多い刑事や警官達の多くが、殺人鬼にいいように振り回されマスコミには無能と後ろ指を指される現状に不満を抱いていた。
市警の内部でも実力行使を訴える声が日増しに高まりつつあるのをローラも肌で感じてはいた。消極的で事なかれ主義なネルソンが大胆な決断に踏み切ったのは、そうした無言の声に後押しされて、という部分が少なからずあるように思えた。
「その為にしなくてもいい犠牲を払う事になるかも知れないんですよ!」
「くどいぞ、ギブソン刑事! これは決定だ! 作戦の決行は3日後。そこがこの化け物の最後の日だ!」
鼻息荒くそう告げるネルソンの姿に、やはり無駄だったと嘆息するローラ。頭を切り替える。ならば自分は自分にできる事をやるしかない。
「……解りました。では私達はその間にラムジェン社についての調査を進めさせて貰います。それはご許可頂けますよね?」
そのローラの確認に、何故かネルソンはニヤァ……と嫌らしい笑みを浮かべた。その笑みを見たローラは背筋が少し寒くなり、急に胸騒ぎがしてきた。
「……報告によると、この化け物は美女に目がないそうじゃないか。しかしまさか警察の作戦で市井の人間を囮に使う訳にもいかん。そうだろう?」
「そう……ですね」
ローラはネルソンの笑みの真意を悟った。
「美女というなら……何も外部から用意せずとも、このLAPD自慢の奇麗どころがいるじゃないか」
ネルソンはローラに真っ直ぐ視線を向けた。
「なあ、ギブソン刑事? 君はまさか仲間の作戦に協力しないなんて言わないよな? 誰よりも市民の安全を気にかける正義感の強い君ならば、当然この作戦にも志願してくれるものと期待しているんだがなぁ」
「……っ」
思わず言葉に詰まったローラの代わりにジョンが発言する。
「警部。身内であるローラを進んで危険に晒すって言うんですか!? しかも彼女はこの作戦自体に反対の立場なのに……」
「待って、ジョン。ありがとう、でもここは私に話させて。……もし私が断ったら囮役はどうなるんですか?」
「その時は容姿だけを見て、誰か内勤の子に頼む事になるな。内勤とは言っても警察の一員なんだから、その作戦に協力するのは当然の――」
「――解りました。引き受けます」
ローラの答えにネルソンは会心の笑みを浮かべた。
「いや、全く、君ならそう言ってくれると思ってたよ。まさに警察官の鑑だな! 作戦の詳細は追って報せる。それまでは待機だ。いいな?」
意気揚々と部屋を出ていくネルソン。ジョンがすかさず詰め寄ってくる。
「おい、いいのか!? 化け物相手の囮役なんざ、またあの『ルーガルー』の時みたいに――」
「仕方がないのよ、ジョン。警部は本気だった。私が断れば誰か別の女性が駆り出されていた。なら選択の余地はないわ」
ローラの決意が固い事を見て取ったジョンはすぐに説得を諦める。
「……ったく! その進んで厄介事を背負い込む性分を何とかしないと、その内本当に命落とす羽目になるぞ」
「本当にその通りね。でもそれこそこれが私の性分なの。心配かけちゃってごめんなさい、ジョン。もし――」
「ああ、良いって! その先は言うな! お前がそういう奴だって解った上で相棒でいる事選んだんだ。フォローは任せとけ」
「ジョン、ありがとう……」
ローラは力なく微笑んだ。こうしてローラを囮にした危険な作戦の遂行が決定した。彼女は自ら怪物の前にその身を晒す事となった……