Interlude:呪縛(後編)

文字数 4,910文字

「でも……肝心のファラオの棺がどこにも見当たりませんね。本当にここが『王の間』なんでしょうか?」

 学生の1人が疑問を呈する。ゾーイは嘆息した。彼等はまだ学生の身なので勉強不足なのは仕方がない事だ。

「盗掘などを避ける為に、大抵の墓ではファラオの棺は隠し部屋などのギミックで巧妙に隠されている事が多いのよ。それは最古のファラオといえども変わりないはず。この部屋をくまなく探査するのよ。どんな痕跡も見逃さないで」

 ゾーイが指示しつつ率先して探し始めたので、慌てて学生達もそれに倣う。現地人のスタッフは邪魔にならないように一旦部屋の外に出てもらった。


 そうしてしばらく探っていると、やがて学生の1人が声を上げた。天井を探っている学生だった。

「助教授、これは……!?」

 天井に小さな突起が付いていた。よく見ると同じ突起が等間隔で全部で4つ見つかった。突起はリング状になっていて丁度指が入る位の穴が開いている。

「ふむ……指を入れて……下に引っ張れそうな感じね……」

 ゾーイは丁度4人いる学生達に指示するとそれぞれの突起に指を入れて、一斉に下に引っ張るように指示した。突起の位置はそれぞれ5フィート程離れているので、最低4人居ないと同時には引けない訳だ。増々怪しい。


「私の合図で同時に引っ張るのよ。…………それっ!」


 合図に合わせて4人の学生が同時に突起を下に向かって引っ張る。突起には細い鎖が付いていたようで、鎖の鳴る音と共に、4つの突起が一斉に下に降りる。



 ――ジャキンッ!!!



 ……何か鋭い物(・・・)が勢い良く飛び出る音。そして……ドシュッ!! という肉を貫いたような音(・・・・・・・・・)が続く。


「…………え?」


 ゾーイは目の前に展開している光景が理解できなかった。いや、頭では理解していたが精神が追い付かなかった。



 ――彼女の目の前で、4人の学生が床から飛び出した(・・・・・・・・)槍のような物で串刺しにされていた。

 股間から頭頂部までを一直線に貫かれた学生達は白目を剥いて痙攣していた。当然即死だ。(おびただ)しい量の血液が床に溜まっていく。

「あ……あ……」

 何故この事態を予測できなかったのか。遺跡に残された未使用のギミックを操作する際には細心の注意が求められるのは、考古学者の間では常識だというのに。

 これまでの通路や扉に罠の類いが無かった事で油断していた。そして何より栄光の未来への妄想と逸りから、極端に冷静と慎重を欠いてしまっていた。その結果がこの目の前の取り返しの付かない光景だ。

「は、はは……」

 ゾーイはマスクを外して、乾いた笑い声を上げながらその場にへたり込んだ。もうお終いだ。メネス王の墓は発見できても、このような事故を引き起こしてしまった彼女に、考古学者としての名声は遥か遠い物となってしまった。

 マスコミのバッシング、学生の遺族からの賠償を求める裁判……。栄光の未来は一瞬にして暗黒の未来へと変貌した。

「いや……」

 ゾーイの目に力が戻る。自分はこんな所で終わるような女ではない。こんな凡ミス(・・・)を犯したなどと、絶対に大学や学会に知られてはならない。


(そう……彼等は逸る余り、私の指示を無視して(・・・・・・・・)勝手に遺跡に入り込んだ挙句に、勝手にギミックを作動させて命を落としたのよ)


 幸い、他には現地人のスタッフしかいない。金なり何なりを掴ませて口裏を合わさせるのだ。彼等の好色な視線には当然気付いている。何なら抱かれてやってもいい。自分の未来を守る為なら何だってやるつもりだ。

 勿論それでも監督責任は問われるだろうが、この真実(・・)よりは百倍マシだ。メネス王発見の名声の前に埋もれる程度の損害(・・)だ。

「そうよ……私は悪くない。悪いのは彼等……。彼等なのよ……!」

 自分に暗示を掛けるようにブツブツ呟きながらゾーイは腰を上げる。そうと決まればすぐに行動を開始しなければならない。時間が経てば経つほど情報統制(・・・・)が難しくなっていく。

(まずは部屋の外にいる2人の現地人をどうにかしないと……)

 そう思ってゾーイが一旦部屋を後にしようとした時だった。学生達へのせめてもの謝罪にと向き直って黙祷を捧げようとしたゾーイは、床に溜まった血の海が動いている(・・・・・)のに気付いた。


 学生達から絞り出された血の海は、まるで意志を持っているかのように蠢き、丁度円形の部屋の中央スペースに集まっていく。

「え……な、何……!?」

 部屋の中央は僅かに窪んだスペースになっていて、そこに溜まった大量の血液はまるで床に染み込むようにして、あっという間に吸い込まれて無くなってしまった。

 同時に信じられない事が起こった。

 4人の学生達の身体が、全ての水分を一瞬で失ったように見る見るうちに干からびていくのだ! そして部屋全体が振動し始める。

「な、何なの、一体!?」

 ゾーイの悲鳴と部屋の振動に気付いた2人の現地人スタッフが部屋に踏み込んできた。そして学生達の変わり果てた姿を見て絶句した。

「あ、あ……ち、違うの! これは、彼等が勝手に――」

 想定と異なる状況にゾーイは慌てる。だが彼女の言い訳は途中で途切れた。弁解を諦めた訳ではなく……部屋の中央の床からせり上がってくる物(・・・・・・・・・)に気付いたからだ。

「な…………」

 床を割って現れた物……それは縦になった棺であった。豪華な装飾が施されている。部屋の中央、まるで4人の学生の死体に囲まれるようにして、そびえ立つ棺は、何とも言えない不気味さと不吉さを醸し出していた。2人の現地人が恐れおののく。


「ま、まさか……いえ、間違いない。これは、メネス王の……」


 いつの間にか揺れは収まっており、ゾーイは何かに取り憑かれたようにその棺から目を離せなくなっていた。そして、彼等の見ている前で……棺の蓋が前のめりに倒れた。

「……!」

 棺の中には、所々に包帯のような物を巻き付けた1体のミイラが収められていた。長い年月で若干風化しているが、比較的当時の面影を残した豪華な衣装をその上に身に纏っていた。

「あ……あぁ……し、信じられない。最古のファラオ、メネス王その人だわ……。と、とうとう見つけた……」

 ゾーイは一瞬周囲の状況も忘れて、目の前に現れたミイラに見入ってしまった。だが……



『ああ……ようやく……ようやく目覚める事が出来たぞ……。我が不死の儀式は成功したようだな……』



「……ひっ!?」

 ゾーイは目を見開いて一歩後ずさる。声が聞こえた。間違いなく幻聴ではない。そして言葉の内容から判断すると、今喋ったのは……


 ――ミイラが……メネス王のミイラが動き出していた。棺の縁に手を掛けてゆっくりと這い出てくる。


『ナルメルめ……余を殺し地位と名声の全てを奪ったつもりであったろうが、余が既に復活の儀式を完成させていた事には気付かなかったようだ……』

 メネスが独り言のように呟いている。そこでゾーイは気付いた。メネス王の言葉が解る……。

(メネス王が……古代エジプト最古のファラオが英語を喋っている(・・・・・・・・)!?)

 動き出した事は勿論だが、その事実にも驚愕するゾーイ。メネス王がゆっくりと彼女達の方を振り向いた。ゾーイ達は一様にビクッと硬直する。

『ふむ……生贄共の知識と記憶が流れ込んできているぞ。5000年とは、随分な時が流れたものよ……。今はこの英語という言語が通じやすいようだな』 

「……!」

『アメリカ……。その国から来たのか。余を復活させた事、褒めて遣わす。褒美を取らせよう』

 メネスが片方の手を掲げると、ゾーイの両脇にいた2人の現地人スタッフが急に喉を押さえて苦しみ出す。

「な……ど、どうしたの!?」

 ゾーイが慌てて彼等の様子窺うと、彼等の身体がいつの間にか微細な砂の粒子に覆われている事に気付いた。

 彼等が懸命に振り払おうとしても、砂の粒子は纏わりついて離れない。そうこうしている内に彼等の身体から急速に水分が失われて、カサカサに干からび始める。

 砂が彼等の体内の水分を吸い取っているのだ。そう時を置かず完全に干からびた、それこそミイラのような有様となって2人の男は倒れ伏した。

 2人の男を渇死させた砂の粒子は、渦を巻くようにしてメネスの身体の中に吸い込まれていった。


『おぉ……これは……生前に食したどんな贅を尽くした食事よりも美味であるな……』


 メネスが恍惚とした口調で震える。そうしてメネスの『視線』が、恐怖で硬直して動けないゾーイに向けられる。

「ひ……あ……た、助け……助けて……」

『ふむ……美しい女子よ。余は助けてやっても構わんが……こやつら(・・・・)がお前に恨みを抱いておるようだぞ?』

「……え?」

 こやつら……? ゾーイが疑問に思ったのも束の間、すぐにその疑問は氷解した。

メネス王復活の『生贄』となった4人の男子学生達……。

死んだはずの彼等がいつの間にかメネス王の後ろに並ぶようにして立っていた。その干からびて変わり果てた姿はそのままに……。


 それはまるでメネス王の従者のようにも見えた。


「あ……あ、あぁ……あなた達……!?」

『余に生贄として捧げられた者は、そのまま余に付き従う従者(サーヴァント)となる。こやつらには生前(・・)の記憶が残っておるのだ。お前に騙されて生贄にされたという怒りが渦巻いておるぞ?』

「ひっ!? そ、そんな、違うのよ! こんな事になるなんて……」

『助教授……でもあんたは俺達を切り捨てて保身を選んだ。そうだろう……?』

「……ッ!」

 まさか甦った学生達も意志を持って喋れるようになっているとは思わなかった。しかも記憶があるというのは嘘ではないようだ。その声は隠しようもない怨嗟に満ちていた。

『殺す……殺す……あんたもこの冷たい虚無の世界に落ちるんだ……』

 4人の学生……いや、従者がゆっくりと距離を詰めてくる。


「ひ、ひいぃぃぃっ!!!」


 恐怖でタガが外れたゾーイは、生存本能に任せて扉から部屋の外に這い出ると、一目散に通路を駆け戻って遺跡から脱出した。後ろから迫ってくるような気配を感じ、とにかく脇目も振らずに一心不乱に駆けた。

 遺跡の外にはまだ大勢の作業員達がおり、必死の形相で駆け出てきたゾーイを不審そうに見やって騒いでいたが、そんなものに気を留めている余裕はない。

 キャンプに駆け戻るとそのまま血走った目で、最低限の荷物だけをかき集めて自分のジープに乗り込みキーを回した。車のエンジンが掛かる音と同時に後方でも悲鳴が轟いた。

 チラッとだけ視線を向けると、遺跡の扉から大量の砂が渦を巻いて飛び出し、手当たり次第に作業員達に纏わりついていた。4人の従者も怪物じみた身体能力を発揮して手近な作業員に襲い掛かっていた。それは阿鼻叫喚の地獄絵図であった。

「……ッ」

 ゾーイは意図的にそれらの光景や音を遮断し、車を発進させた。とにかく北へ。空港のあるカイロまで逃げるのだ。


 奴等がアメリカまで追ってくるかは解らない。だがメネスには既に学生達から吸収した知識があるようだった。学生達の憎悪も考えれば、最悪のケースも想定しておかなくてはならないだろう。

 まずは一旦LA(・・)に戻らなくてはならない。大学もあるし、頼りになる警察の友人(・・・・・)もいる。


(でも……ローラ(・・・)はこんな話、信じてくれるかしら……?)


 ゾーイの運転するジープは車体の限界速度を維持したまま、エジプトの砂漠を真っ直ぐ北へ向かって走り続けるのであった……
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