File19:致死遊戯

文字数 2,865文字

「死ねや、カーミラァァァッ!!」
「……っ!」

 先陣を切ったのは、彼女の()眷属たるジョンだ。自らも戦闘形態となって風圧を伴う程の速度で突っ込んでくる。その手には大振りのサーベルが抜き身で握られている。

 カーミラは咄嗟に避けようとするが、ジョンの速さは想像以上で回避が間に合わず、刀で受ける羽目になる。

「ぐぅっ!」
 
「ははは! この時を夢見てた! あんたから解放(・・)される時をなぁ!」
「……ッ!」

 憎悪と狂喜に歪んだジョンの顔は、まさに邪悪な怪物たる吸血鬼に相応しい物であった。これはカーミラとローラの浅慮がもたらした代償だ。

 ジョンが目にも留まらぬ速さで次々と斬撃を繰り出してくる。カーミラは忽ち防戦一方に追い込まれる。


「グルルルゥッ!!」

 ジョンと斬り結ぶその背中にエリオットが鉤爪を振るってくる。解っていてもカーミラに躱す余裕はない。凶悪な鉤爪が彼女の背中を抉る。

「あぎっ!」

 苦痛と衝撃から変な呻きが漏れるが、それを気にしている余裕もない。視界の端に何条かの煌めき。フォルネウスの毒針だ。

 毒自体は吸血鬼には効かないが、太い針は刺さればそれだけで行動を阻害される。今の状況で喰らえば致命的だ。

 苦痛に呻きながらも刀を振るって毒針を弾く。そこに正面からニックが腕に剣を生やして突き掛かってくる。フォルネウスの毒針を弾く動作で硬直していたカーミラはその突きを躱せずに、肩口に剣先が突き刺さる。

「ぐぅ……あぁっ!!」

 激痛に苦鳴を押し殺しながら必死に刀を薙ぎ払う。刀はニックの胴体を両断したが、無情にも即座に再生されてしまう。

『流石にこの状況で【コア】を探知する余裕はないみたいだね?』

 ニックが嗤いながら追撃してくる。勿論ジョンやエリオットも容赦なく攻め立ててくる。その後ろからフォルネウスが毒針を撃ち込み、更にカーミラの頭上を2つの影が覆う。

『ふぁはは! 先程の触腕の借りですぞ!』

 上空からムスタファが報復の溶解液を吐きつけ、

 ――ギエッ! ギエェェッ!!

 スパルナが狙いすました『刃』を放ってくる。



「う……ああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 躱しきれない攻撃が次々とカーミラの身体を破壊していく。最早急所を守る事さえ覚束ない。カーミラは文字通り手負いの獣のような叫び声を上げて死にものぐるいで刀を縦横無尽に振り回す。

 それは死にかけ、追い詰められた獲物の最後の悪あがきとも言える狂乱。その鬼気迫る勢いに邪悪な魔物達の攻勢が一瞬緩む。だがそこに……

 ドシュッ! ドシュッ!

「――――」

 魔物達の間を縫うようにして彼等をカモフラージュ代わりに迫る……金色のアームがカーミラの腹部と、そして心臓を正確に貫いた!


「ぎぁ……はっ……!」

 呻くカーミラはそのままアームで吊り上げられる。カーミラは必死に刀でアームを斬りつけるが、異星の金属で構成されるアームは傷一つ付かない。

「苦しいか? 安心しろ。すぐに止めを刺してやる。ローラの事も心配する必要はない」

 感情の乏しいクリスの冷徹な声に、カーミラは死相を浮かべたまま口の端を上げる。

「あ……あなたに、ローラが……靡く、事なんて……絶対、ない……」

「だろうな。だがそれならそれで構わん。憎しみもまた心の拠り所となるのだ」

「……!」
 カーミラは彼がローラに対して妄執(・・)を抱いている事を初めて知った。だが知った時にはもう手遅れだ。


『さあ、吸血鬼の弱点は心臓と延髄を同時に砕く事だ。後は彼女の首を刎ねるだけだ。それで全て終わる』

 ニックに促されたクリスが、ブレードの付いたアームを、吊り上げているカーミラの首筋に当てる。後は彼がアームを横に薙げばそれでカーミラは死ぬ。満身創痍のカーミラには既に抗う力もなく、ぐったりと自らを刺し貫くアームに身を預けている。

(ローラ……ごめんなさい。私はここまでだわ。あなたとの日々、本当に楽しかった。どうか、この魔物達に負けないで……)

 全てを諦めたカーミラは最後に愛しい恋人の顔を思い浮かべ、その無事を祈った。

「さあ、殺せっ!」

 ジョンが興奮した声で叫ぶ。カーミラが観念して目を閉じる。クリスが彼女に止めを刺すべくブレードを動かす。

 ……否、動かそうとした(・・・・・・・)


 ――ダンッ!


「……ッ!?」
 【悪徳郷】の面々はカーミラの処刑(・・)に意識を集中する余り、この場所に猛スピードで駆け付けてくる存在に誰も気づいていなかった。

 その人影は広場に入るなり、貫かれ晒し上げられたカーミラの姿に即座に気づいて、そこから一気に跳躍(・・)した。 

 優に10メートル近く一息にジャンプした人影は、カーミラを取り囲む魔物達を一足飛びに飛び越えて、今まさに彼女の首を刈り取ろうとしていたブレードのアームを蹴りで跳ね上げた。

「……!」
 突然の予期せぬ闖入者にクリスを含めた魔物達は一様に唖然として、対処が遅れた。人影はその隙を逃さずカーミラの身体を抱えると、彼女を貫いているアームを全力で蹴りつけてその反動でカーミラの身体を凶器から引き抜いた。

 そして彼女を抱えたまま、器用に空中で体勢を整えて着地した。この間僅か2、3秒程度。不意の事態に【悪徳郷】の面々が何か能動的な行動を起こす間も無い早業であった。



「カーミラの仲間かぁ!? 一体何者だ、てめぇ!?」

 ジョンがその突然の乱入者にいきり立つ。エリオットやスパルナ達も臨戦態勢となって身構える。

『はて? ローラやミラーカの仲間は把握している。あんな女性(・・)がいたという話は聞いていないが……』

 ニックが首を傾げる。ムスタファもその人影の頭部(・・)を見て動揺した声を上げる。

『し、しかも、あの女……人間ではありませんよ!? 額のアレは……()でしょうか?』

「……! そうか。そう言えば……ナターシャから聞いた記憶がある。『シューティングスター』との決戦時に、一時的にミラーカ達と共闘した女がいると……」

『……!』
 クリスの呟きに、ニックがその干からびた眉をピクッと吊り上げる。

『ミラーカ達に……他に仲間が……?』

「仲間という程では無かったと聞いていたが。確か映画スターのルーファス・マクレーンの使用人で、名は……」


「シ……シグリッド(・・・・・)……?」


 薄っすらと目を開けたカーミラは、自らを横抱きにかかえる女性……長い銀髪をポニーテールに束ね、色素の薄い瞳と肌が特徴的な体格の良い北欧系の美女シグリッド・レンホルムを、信じられないような目で見上げた。

 彼女はあの『シューティングスター』との決戦時にも着用していた露出の多いプロテクター姿であった。そして既に額から2本の角を生やした魔人姿となっており、完全な臨戦態勢だ。
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