Epilogue:非情なる遊戯者

文字数 4,591文字

 『ロサンゼルス』へとポッドを降下させた()だが、狩り……いや、訓練(・・)を行うには当然ポッドから出なくてはならない。となるとポッドを停泊(・・)させておく場所を探さなくてはならない。

 空間歪曲装置を作動させておけばこの星の人間(ヒューマン)達に見つかる事はまずないが、直接接触したりすれば流石に違和感を持たれる。なので人間達が寄り付かず、かつある程度広いスペースのある場所が望ましい。

 理想的な条件の場所がないか『ロサンゼルス』の上空を飛行しながら、ポッドの視覚センサーと空間把握センサーをリンクさせて探していく。

 と、その時……

「……!」
 視覚センサーの隅を何かが横切った。一瞬だったが、それは異様な形状をした生物のようであった。明らかにこの星の人間とは異なるシルエット。

「…………」

 彼は即座に管理局のデータを照合した。管理局のデータサーバには、今までに発見した環境レベル6以上の惑星に生息する全ての現住生物のデータが収められている。勿論この『アース』に生息する生物も、深海の生物や微細な節足動物に至るまでデータ収集済みだ。

 照合作業の結果先程視覚センサーを横切ったモノは、この『アース』に生息するいかなる生物とも合致しないという結論が出た。


(……となると先程の謎のエネルギー反応に関係しているやも知れんな)


 停泊場所探しは後でも出来る。彼はとりあえず今の反応を追ってみる事に決めた。念覚センサーを起動して探査を行うと、程なくして怪しい反応を2体(・・)捕捉した。

 2体の謎の生物は、コミュニティの外れの人気のない場所で向き合って会話をしているようだった。同地の言語で『ケネス・ハーン州立保養地』と呼ばれている場所だ。

 この星に人間以外に言語を操れる知的種族はいないはずだ。しかもその生物達は明らかに人間の言語で会話していた。

 奇怪な光景だが人間の言語であれば、この星の言語は全て翻訳データを入力済みなので、話の内容は理解出来そうだ。聴覚センサーの感度を上げる。


『……まさかイフリートが敗れ、マリード様まで封印されるとはな』

『完全に想定外だったね。これからどうしようか? あの連中の注意を引きたくないし、しばらくは大人しくしてるしかないかな?』

『いや、我々は奴等に名乗ってしまっている。素性から辿るのは簡単だろう。この街……いや、最悪国外逃亡も視野に入れておいた方が良いかも知れんな』

『……全く、忌々しい事だね!』

『まあこうなっては仕方あるまい。不幸中の幸い、我らはシャイターンとしての力は失っていない。ならば別にアメリカに拘らずとも、どこでもやっていけるだろう。邪魔な奴や面倒な奴は全てこの力を使って排除してしまえば良いのだからな』

『なるほどねぇ……。何ならどこかの国の裏社会に入り込むのも悪くなさそうだね。シャイターンの力があれば成り上がるのも簡単そうだし』

『どんな生き方も自由だ。とりあえず奴等が追ってこん内に、家に戻って必要な物だけ纏めて即高飛びするべきだな。儂等もここで別れた方が良いだろう。散った方が奴等に見つかるリスクも減らせるだろうしな』

『そうだね。じゃあお互い別々に新天地を目指すって事で。成功を祈ってるよ』

『ああ、お前もな』


 連中の会話を聞きながら、彼は既に準備(・・)を整えていた。会話から判断する限りこの連中は例のエネルギー反応を起こしたモノの仲間で、それが死ぬなりなんなりして逃げてきたという事のようだ。

 これ以上の情報は盗聴だけでは聞けそうにない。このまま別々に逃げるような気配なので、その前に仕留めて(・・・・)情報を抽出しておきたい。

 逃げてきたという事はつまり、あの強力なエネルギー反応の持ち主に打ち勝って殺した者がいるという事だ。不確定要素(・・・・・)と成り得る情報は今の内に把握しておく必要がある。

 それにこの連中は、人間に比べてかなり高密度なエネルギーを内包している。退屈な監視業務続きで鈍った身体の、そしてこの星の環境下で動く感覚を掴む実地テスト(・・・・・)としては申し分ない。

 彼はバトルスーツの状態をチェックする。オールクリア。各種兵装のチェック。オールクリア。

 この星の大気の組成は、彼の種族でも過剰な酸素濃度を下げ逆に窒素濃度を上昇させれば、気道内に装着する簡易フィルターのみで充分呼吸可能な事は実証されている。重力に関してもこの星の方がやや軽いが、極端な差は無いので順応の範囲内だ。


 いよいよだ。彼は空いているスペースに着陸すると、ポッドの遮蔽を解除した。


『な…………』『…………は?』

 立ち去ろうとしていた2体の生物がは突然現れた(ように見える)彼のポッドを見て、揃って唖然とした様子で固まる。

 彼はポッドの外壁を構成するマイクロマシンに指令を送り出入り口を作り出すと、ゆっくりとポッドの外へ……『アース』の地表へと降り立った。


『な、なんだこいつは……。それにあれは……船、か?』

『……盛大なプランクって事はないよね?』

『我々相手にそんな事をする命知らずがいるか? 第一儂等がここに来たのは偶然だぞ』

『でもジョークじゃないとすると……まさか、本物の宇宙人(・・・)、なんて事は……?』


 どうやらこの生物達は知識レベルとしては人間と大差ないらしい。この広大というのも愚かしい宇宙に、自分達以外に生命体が存在しないと思い込んでいる……発達段階の低い原始的な知的種族によくあるパターン。無知ゆえの傲慢というやつだ。

 彼は敵性種族対応用の念動銃を構えて、2体の丁度中間地点の地面に撃ち込んだ。土や岩石、植物などの原子が一瞬で分解・消滅する。

『……ッ! こいつ……!』
『ETみたいな友好的な宇宙人じゃなさそうだね……!』

 2体の生物が臨戦態勢となる。最初の一撃は相手の警戒心を引き出す為の威嚇射撃でわざと外した。実地訓練なのに棒立ちの相手を撃つだけでは意味がないからだ。 


 四足動物の下半身に人間の上半身が生えた生物が、両腕に当たる部分の原始的な銃をこちらに向けてきた。両腕の銃が次々と火を噴いた。だが全て彼が眼前に展開したバイオティックバリアによって阻まれて虚しく弾かれた。

『何……!?』

 歪な生物が驚愕する。ローコストで旧式のバリアだが、この星の武器や兵器に対して充分有効であるようだ。検証完了。

 今度は念動銃をその生物に向ける。生体情報の識別解析終了。発射。

『……!』

 射出された粒子ビームに対して生物は跳躍して回避した。中々の反応速度。だが無意味(・・・)だ。すでにあの生物の情報を念動銃に入力してある。

 ビームはその生物が跳躍した軌跡を正確に辿って追尾する。

『何だとっ!?』

 再度驚愕する生物だが空中で機動する方法がないらしく、そのままビームが直撃した。ビームは生物の身体を貫通し巨大な風穴を穿った。

『ぎゃばぁっ!!』

 血反吐を吐いた生物は地面に落下すると、すぐに動かなくなった。母星では最もポピュラーな兵装であるタイプ78型念動銃だが、この星の生物を殺傷するには全く問題ないようだ。検証完了。


 だがここで一点、彼の想定外の事態が起きた。何と死んだその生物の身体が、溶けるように崩れて消えてなくなってしまったのだ。やはり生命体として歪な存在であったらしい。

 だがこれでは死体から情報を抽出できない。一瞬考え込んだ彼の姿を隙とでも思ったのか、もう1体の生物が長い触手を伸ばして攻撃してきた。

 彼は敢えて迎撃せずに回避に専念する。やや重力が軽いので若干違和感を感じたが、バトルスーツの環境補正機能をオンにするとその違和感も消失した。迫ってきた触手を余裕を持って全て躱す事が出来た。母星とほぼ同じ動きが可能であった。検証完了。

『くそ……何なんだよ、コイツは!』

 眼球が巨大化したようなその生物は残った触手を全て動員してきた。今度は近接白兵戦用の武器の検証だ。

 彼は念動銃をスーツに収納すると替わりに、母星の鉱物から精製されたブレードを取り出した。迫りくる大量の触手。スーツに内蔵された高速シュミレーション機能で全ての触手の軌道を予測。ブレードを滑らかに動かす。一切の抵抗なく全ての触手を切り払う事に成功した。

『いぎゃあっ! そ、そんな馬鹿な……!』

 生物の悲鳴。近接用武器の性能もこの星の生物に通じる事が立証された。検証完了。


 面倒だが殺す前に情報を抽出しておかなければならない。彼は自身の力とスーツの出力を上げて、一気に眼球状の生物に接近する。そして『狩人』尋問用のメモリーエクストラクターをその生物の脳天(・・)に突き刺す。

『……っ!』

 生物が痙攣する。『狩人』は最近ではメモリーエクストラクター対策用に偽の記憶を自身に仕込んでおく者が増えてきているらしいが、この星の生物がそんな対策を施しているはずがない。

 この生物の記憶がデータとして、彼の脳とリンクしているスーツのメモリストレージに流れ込んでくる。

(……!)

 非常に興味深い記憶であった。あの謎のエネルギー反応の正体も判明した。同時にそれを討伐(・・)した人間達の情報も……

 彼はその内の1人に強い関心を抱いた。何故かは分からないが、その人間の()には彼の注意を引き付ける何かがあった。

(面白い……。この人間の事は覚えておこう)

 長らくこの星の人間達を観察してきたお陰で、人間の顔の識別が出来るようになっていた。

 仲間と思われる他の人間から『ローラ』と呼ばれていた人間の情報を、メモリストレージの重要ファイルの中に落とし込んでおく。


「…………」

 彼は目の前で痙攣する生物に視線を戻した。もう用は済んだ。最低限の検証作業も完了した。彼はブレードをその生物に突き刺して、高周波振動機能をオンにした。

『……! ……!!』

 生物は傷口や目の隙間から大量の体液を流して一際大きく痙攣すると、そのまま力なく地面に落ちた。そしてやはりドロドロに溶けるようにして死体が消滅してしまった。


 訓練と検証作業は充分な手応えであった。彼は久方ぶりの充足感と満足感を覚えていた。これだ。この感覚だ。退屈な監視業務などでは決して得られない『殺し』の感触。彼は再び母星でのピール虐殺の愉悦を思い返していた。

 これからはピールの替わりに、この星に腐る程いる人間達を対象にこの感触を存分に味わう事ができるはずだ。

 余り騒ぎが大きくなるとどこからか管理局に嗅ぎつけられないとも限らないので、そうならないように注意を払う必要はあるが、それはそれで面白い。ゲーム(・・・)は制約があった方が燃えるというものだ。

 彼はポッドに戻ると再び遮蔽装置をオンにする。この辺りはポッドの停泊場所としても良さそうだ。彼はここを拠点にする事を決めた。


 これから始まるであろう楽しいゲームの予感に、彼は喜びに打ち震えるのであった……



Case7に続く……
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