File33:魔界へ

文字数 2,883文字


「ローラ!」「ローラさん!」

 すると今まで固唾を飲んで見守っていた仲間達が一斉に駆け寄ってきた。ローラは彼女らの顔を見回した。今まで共に戦ってきた仲間達。だがそれは『特異点』の力によって引き寄せられた結果であった。それを知った彼女達だが、皆ローラを心配したり立ち直った彼女を見てホッとした表情はしていても、誰も否定的な感情を浮かべている者はいなかった。

「み、皆……。皆も今の話を聞いた上で、それでもまだ私の仲間でいてくれるの?」


「勿論だとも! むしろ一瞬でも君を驚いた目で見てしまった事を許してくれ。ミラーカの言った言葉は私の……いや、我々の代弁でもある。私は私の意志で君達と共闘しているのだ。断じて怪しげな力に影響されてではない。そしてそれはこれからも同じだ」

 真っ先にセネムが力強く頷いて肯定の意を示した。横ではヴェロニカとジェシカも負けじと頷いている。 

「私達も同じです! もう私達は何があってもローラさんに付いていく、一緒に戦うって決めたんです! むしろ嫌だと言われても付いていきます!」

「ガゥゥゥッ!!」

「セ、セネム……。ジェシカ、ヴェロニカも……あ、ありがとう。ふふ、頼りにしてるわね?」

 3人からの力強い肯定を受けて、ローラは目尻に涙を浮かべて泣き笑いの表情になる。


「まあ、私は元々そんな事件が始まるずっと前の高校時代からローラの友人だった訳だし、今更な話よね?」

「皆さんは孤独だった私にとって、は、初めての……友人です。『特異点』の力とやらで皆さんと知り合えたのなら、むしろ私はその力に感謝しなければなりませんね」

 ゾーイとシグリッドもそれぞれの理由で問題なく現状を受け入れてくれている。そして……

「私もシグリッドさんと同意見です。私が誕生(・・)した切欠となった力が何だったのかずっと解らなかったんですが、これでそのモヤモヤが晴れました。ローラさん、あなたの『特異点』としての力は忌まわしいものばかりではありません。少なくともこうして私を誕生(・・)させてくれたのですから」

「……! モ、モニカ……」

 彼女は自分が『ローラ』の霊力と、ローラ自身の中に眠っていた何らかの力(・・・・・)が作用する事で誕生したのだと言っていた。それはこの『特異点』の力の事だったのだ。

 【悪徳郷】の戦いでも数々のサポートでローラ達を助けてくれ、何よりも死闘で壮絶な相討ちを遂げた仲間達がこうしてここに立っているのは紛れもなくモニカのお陰だ。それはつまり彼女を生み出した『特異点』のお陰と言い換える事も出来る訳で……


「ふ、ふふ……ありがとう、皆。お陰で私は自分を見失わずに済んだわ」


 ローラは相変わらず泣き笑いのような表情を浮かべながらも、その目は既にいつもの決然とした彼女の物に戻っていた。   


 ミラーカが一同を代表して上空にいるアルゴルに妖艶な笑みを向ける。

「あら、わざわざ待っててくれるなんて律儀ね? 別に攻撃して来ても良かったのに」

「……正直あなた方が真実(・・)に対してどういう反応を示すか興味があったのですよ。上手く行けば勝手に瓦解してくれると思っていたのですが、中々どうして思い通りには行かないものですねぇ」

 アルゴルはやれやれというジェスチャーでかぶりを振る。自らの思惑を外れても余裕の態度を崩さない彼の様子に、しかしミラーカは……


「ふふ、今まで何でも思い通りにしてきた『黒幕』さんとしては屈辱的な展開でしょうね? 今どんな気分かしら?」


「……!」

 彼女の挑発にアルゴルの眉がピクッと上がる。

「……たかだか500年程度しか生きていない小娘(・・)が余り調子に乗らない方が良いですよ? 少なくとも苦痛のない死(・・・・・・)を迎えたいのであればね」

 アルゴルの表情だけでなく声の調子まで明らかに変化する。どうやらミラーカの指摘は図星だったらしい。

「あら、怒ったの? 短気な男は底が知れるわよ? ……言っておくけど、私の方があなたの何倍、いえ、何十倍も怒っているのよ。あなたこそ楽に死ねると思わない方がいいわよ?」

 アルゴルの怒りなど霞むような、凄まじい怒気と闘気がミラーカの身体から発散される。彼女の怒りは本物だ。

 それに触発されてローラもデザートイーグルを構え直して、上空にいるアルゴルに……自分の父親(・・)に銃口を向ける。他の仲間達も明々臨戦態勢を取る。


「ふん、クズ共が……。良いでしょう! そんなに戦いの内に無残に敗北して死にたいという事であれば望み通りにしてあげましょう!」

 アルゴルが再び両手を広げる。するとまた『ゲート』が大きく揺らぐが、今度は中から何かが出てくる気配は無かった。その代わり……

「え……ゲ、『ゲート』が……」
膨張(・・)している!?」

 ローラ達の見上げる先で、明らかに『ゲート』の大きさが増していた。最初来た時は大きいとは言っても湖面からはかなり距離があったのに、今はもう『ゲート』の縁が湖面スレスレくらいにまで達していた。

「ははは! あなたのお陰ですよ、女吸血鬼。『蟲毒』たるあなたに反応して、あなたが近付いただけで『ゲート』が成長を始めたのです!」

「……!」

 そして『ゲート』は球体を為しており、膨張しているという事は垂直方向だけでなく水平方向や他のあらゆる方向に対しても同様であった。即ち……

「の、呑み込まれる……!?」
「マズい! 皆、下が――」

 前列にいたミラーカとセネムが警告する暇もあればこそ、恐ろしいスピードで膨張した『ゲート』は、ローラ達全員をすっぽりと呑み込んでしまった!

 悲鳴すらも『ゲート』に呑み込まれ、為す術も無く異界の向こう側に吸い込まれていくローラ達。



 そして彼女らが呑み込まれるのと入れ替わるように、成長した『ゲート』から大量の影が飛び出してきた。ビブロス達だ。優に100体以上はいる。しかもまだまだ増える気配がある。

 更にはビブロスだけでなく、ヴァンゲルフやラージャ、その他の悪魔の姿なども少数だが見受けられる。

「ふふふ……『ゲート』が成長した効果が早速現れ始めたようですねぇ。今までとは比較にならない数の同胞達(・・・)が通行できるようになりました。あの女吸血鬼の命を捧げる事によって『ゲート』は完成し、二つの世界は完全に繋がるのです。頼みましたよ、オーガ(・・・)サリエル(・・・・)

 大量に出現した悪魔達を見下ろしながらアルゴルが満足そうに独りごちる。そして大仰な身振りで悪魔達に指示を出す。

『さあ、同胞達よ! もうじき新しい世界が誕生する、その前祝いです! 好きなだけこの世界の人間達を襲い、殺し、食らいなさい! 手始めにこの街からです!』

 ――Kieeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!

 悪魔達が一斉に恐ろしい雄叫びを上げる。そして思い思いに森を出てLAの街へと散っていく。


「ふふふ! さあ、文字通り悪魔の宴が始まります! 勇敢なる女戦士達よ。魔界(ゲヘナ)から生還し、『ゲート』を閉じてこの宴を終わらせる事ができるかどうか……。精々抗ってみなさい。ふふふ……!」

 早速街から上がり始めた火の手や悲鳴を愉快そうに眺めながら、アルゴルは堪え切れないように含み笑いを漏らし続けるのだった……
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