File7:チーム・ローラ
文字数 3,947文字
「……あらまあ。どうやら随分お楽しみ だったようね?」
それから約二時間後、ローラの部屋を訪れたナターシャとFBI捜査官にしてローラの親友クレア・アッカーマンの2人。
部屋に若干残っていた『女の匂い』と、どことなく浮ついた様子のローラ、ジェシカ、ヴェロニカの3人の様子に何があったかを察して、クレアが呆れたように呟く。ナターシャの方は意外とそっち方面では初心なのか、僅かに赤面して目のやり場に困ってしまっていた。
「いらっしゃい、2人共。どうぞ空いている所に座って頂戴。飲み物を持ってくるわ」
部屋の中でただ一人だけ全く普段通りのミラーカが、妖しく微笑みながらクレア達を促す。ローラも咳払いしてから2人に声を掛ける。
「おほん! よ、良く来てくれたわ、クレア、ナターシャ。忙しい所、悪かったわね」
空いている場所に思い思いに腰掛けた2人は、共に苦笑してかぶりを振った。
「今回のこの『ディザイアシンドローム』は、FBIでも非常に関心度が高い事件なの。だから情報を共有できるのは、私にとってありがたいくらいなんだから気にしないでいいわ」
「私は勿論言うまでもないわよね? あなたから聞ける情報は、他のどんな仕事を投げ打ってでも聞く価値があるわ」
「2人共、ありがとう……」
ローラへの気遣いだけでなく本心からそう言っているだろう2人の言葉だったが、それだけに気が楽になり、ありがたかった。ミラーカがドリンクとスナックを持って戻ってきた。
未成年のジェシカがいる上に、ほぼ全員が車で来ているので、酒類ではなく氷を入れたレモネードであった。
とりあえず全員で乾杯する。ローラとミラーカ、そして仲間 である4人の女性達……。こうして全員が揃うのは、何気に初めての事であった。ミラーカの『出所祝い』の時も、クレアが別件の仕事で来れなかったのだ。
皆の中心であり、リーダー役 でもあるローラが口火を切る。
「改めて、皆集まってくれてありがとう。今日皆を呼んだのは、例の……『ディザイアシンドローム』に関しての情報を共有しておいて欲しかったからよ」
「『ディザイアシンドローム』……。人が本だのカードだのに変わったって……俄かには信じがたいけど、あなた達もその現場を見たのよね?」
クレアがジェシカ達の方を見やる。2人は神妙に頷く。
「ああ、あれはトリックでもましてや目の錯覚でもないぜ。間違いなくあたし達の目の前で事務長は本に変わっちまったんだ」
ジェシカが若干声を震わせる。豪胆で怖いもの知らずの彼女をして、あれは恐怖を覚える光景であった。人は未知の力や存在を本能的に怖れる。それは人外の力を持つ彼女達でも変わらない。いや、むしろなまじ強い力を持つが故に、自分達の力が及ばない、理解も出来ないモノに対しての怖れは普通の人間よりも強いかも知れない。
「本や人形、野球カード……。それぞれの願望に直結した姿。それをこんな歪んだ悪意のある形で叶える……。どんな存在か知らないけど、これまでの敵 に比しても、更に性格の捻じ曲がった悪魔のような奴なのは間違いないわね」
ミラーカが彼女にしては珍しく吐き捨てるような口調になる。そう。この犯人 はただ殺すのではなく、こんな人としての尊厳すら奪うようなやり方で被害者を死に至らしめているのだ。しかも人のごった返す白昼堂々でもお構いなしに。
犯人は解っているのだ。例えどれだけの人間に目撃されようが……ましてや今回のように刑事であるローラの目の前で犯行 が行われてさえ、この国の司法には絶対に自分を逮捕する事も裁く事も出来ないという事を。
だから堂々と、かつこのような愉快犯的な犯行を恐れげもなく繰り返す。まるで警察を挑発するかのように。ローラは拳を握り締めた。
「そ、それで、敵について今解っている事は? あなたがアルトマン事務長の所に出向いたのは理由があるんでしょう?」
ナターシャが早く本題に入りたそうに質問してくる。ヴェロニカ達もローラが大学を訪れた理由に関しては、気を利かせて聞いていなかったので、興味深そうに注目する。
「ええ。野球カードに変わったドナルド・パターソンは市議会の議員だった。彼は議長や他の議員達と共に、独断専行の市政を行う市長を糾弾しようと、市庁舎に直談判に行ったそうなの。そしてその日の夜、青白い顔で帰ってきたドナルドが妻に何らかの話を打ち明けようとした途端に、野球カードに変わってしまった……」
「今の市長って……マイケル・ジョフレイ元州議員よね?」
ナターシャの確認にローラは頷いて補足する。
「そう……。あのヴァンサント議員の対立候補で、一時は容疑者にもリストアップされた、ね」
「……!」
ジェシカ以外の全員がその意味を理解した。一人だけ付いていけてないジェシカが戸惑う。
「な、何だよ、みんな。今ので何か解ったのか? ヴァンサントって誰だよ?」
「馬鹿! あの『バイツァ・ダスト』……つまりメネスに殺害された上院議員候補だった人よ。当時の対立候補が人外の力で殺害されて、今回も直談判に来た議員達がやはり人外の力で殺害 されている……」
ヴェロニカがジェシカを小突きながら説明する。メネスと言われて苦い記憶の甦ったジェシカは顔をしかめるが、そこまで言われてようやく思い至ったらしい。
「あ、そ、そうか。明らかに怪しいよな。同じ奴の周囲で立て続けに人外の力が振るわれるなんて」
「ええ、しかもそのどちらもジョフレイにとって利害関係が存在している。全く無関係のはずがないわ」
ローラが確信を持って首肯する。
「しかもそれだけじゃない。もう一人の被害者、LA自然史博物館の前館長ウィリアムとも接点があった事が明らかになっているわ」
ローラは博物館で現館長のパトリシアから聞き出した情報を仲間達に伝える。
「……なるほど。完全にクロ ね、ジョフレイ市長は」
話を聞いたクレアが断定した。それは彼女だけでなく、この部屋全員の見解であった。だが……
「でも……証拠がない。殺害方法やそれをジョフレイがやったと証明する事も出来ない。おまけにそれを裁く為の法もない」
「……!」
溜息混じりのローラの言葉に全員が問題を認識した。ジョフレイが怪しいと睨んで以降、ローラが常に感じてきたジレンマだ。まさに八方ふさがり。完全犯罪という奴だ。
ジェシカ達は勿論、クレアやナターシャにも妙案は浮かばなかった。雰囲気が暗くなりかけるが、その時ミラーカがクスッと笑った。
「ミラーカ?」
「ローラ……。ヴェロニカ達の告白の件もそうだったけど、私達と日常的に接していて、かつ今まであれだけの人外の怪物が引き起こした事件を経験しておきながら、意外と常識 が抜けきっていないのね?」
「……どういう意味?」
ミラーカが何を言いたいのか解らず戸惑うローラ。ミラーカは肩を竦めた。
「『サッカー』、『ルーガルー』、『ディープ・ワン』、『エーリアル』、そして『バイツァ・ダスト』……。今までに一度でも、犯人 が警察に逮捕されて法の裁きを受けたような事件があったかしら?」
「……ッ!」
ローラは息を呑んで目を見開いた。彼女の言いたい事が解ったのだ。
「え、えーと、つまり?」
まだ理解できていないナターシャが続きを促す。クレアも今一つ解っていないようだ。
だが反対にジェシカとヴェロニカは得心したように頷いて理解を示していた。ミラーカもそうだが、人外の力を振るって直接敵を倒してきた 彼女達だからこそ、考え方 がローラ達とは異なるという訳か。
ミラーカがナターシャの方を向いて妖しく微笑む。
「簡単よ。法で裁けないのなら……私達が裁く のよ」
「な……」
ナターシャとクレアが絶句する。ローラも内心では絶句気味であった。だが確かにミラーカが列挙した今までの怪物達……。その全てが法で裁けるような相手ではなかったという点で共通しており、最終的には全て戦い に勝利する事で解決してきた経緯がある。
「犯人を確信出来て、かつそれが人外の力を振るう法では裁けない相手だと解ったのなら……逮捕ではなく、討伐 の方法を考えた方が建設的じゃないかしら?」
ミラーカの意見に一早く同意したのはジェシカだ。
「ははっ! そいつはいいや! 流石はミラーカさんだ! アタシはミラーカさんの意見に賛成するぜ」
「ええ、今までは後手に回ってばかりでしたからね。早い段階で敵の目星が付いたなら、こちらから攻める方法を考えるべきだと思います」
ヴェロニカも身を乗り出して意見を述べる。特にヴェロニカは『ディープ・ワン』や『バイツァ・ダスト』などに、先手を打たれて誘拐された経験があるので余計にそう思うのかも知れない。
「で、でも、相手は市長よ? つまりれっきとしたアメリカ国民で社会的地位もある。今までの怪物達のようにはいかないでしょう?」
クレアが焦ったように疑問を呈する。そう。ジョフレイは表面上 は普通の人間だ。マイヤーズのようなケースですらない。もし今までの怪物達と同じ要領でジョフレイと戦いになったとして、その結果彼を殺したとしたら……今度はローラ達が殺人犯となってしまう。法を無視して好き放題殺しているくせに、自分は法に守られているという訳だ。
それから約二時間後、ローラの部屋を訪れたナターシャとFBI捜査官にしてローラの親友クレア・アッカーマンの2人。
部屋に若干残っていた『女の匂い』と、どことなく浮ついた様子のローラ、ジェシカ、ヴェロニカの3人の様子に何があったかを察して、クレアが呆れたように呟く。ナターシャの方は意外とそっち方面では初心なのか、僅かに赤面して目のやり場に困ってしまっていた。
「いらっしゃい、2人共。どうぞ空いている所に座って頂戴。飲み物を持ってくるわ」
部屋の中でただ一人だけ全く普段通りのミラーカが、妖しく微笑みながらクレア達を促す。ローラも咳払いしてから2人に声を掛ける。
「おほん! よ、良く来てくれたわ、クレア、ナターシャ。忙しい所、悪かったわね」
空いている場所に思い思いに腰掛けた2人は、共に苦笑してかぶりを振った。
「今回のこの『ディザイアシンドローム』は、FBIでも非常に関心度が高い事件なの。だから情報を共有できるのは、私にとってありがたいくらいなんだから気にしないでいいわ」
「私は勿論言うまでもないわよね? あなたから聞ける情報は、他のどんな仕事を投げ打ってでも聞く価値があるわ」
「2人共、ありがとう……」
ローラへの気遣いだけでなく本心からそう言っているだろう2人の言葉だったが、それだけに気が楽になり、ありがたかった。ミラーカがドリンクとスナックを持って戻ってきた。
未成年のジェシカがいる上に、ほぼ全員が車で来ているので、酒類ではなく氷を入れたレモネードであった。
とりあえず全員で乾杯する。ローラとミラーカ、そして
皆の中心であり、
「改めて、皆集まってくれてありがとう。今日皆を呼んだのは、例の……『ディザイアシンドローム』に関しての情報を共有しておいて欲しかったからよ」
「『ディザイアシンドローム』……。人が本だのカードだのに変わったって……俄かには信じがたいけど、あなた達もその現場を見たのよね?」
クレアがジェシカ達の方を見やる。2人は神妙に頷く。
「ああ、あれはトリックでもましてや目の錯覚でもないぜ。間違いなくあたし達の目の前で事務長は本に変わっちまったんだ」
ジェシカが若干声を震わせる。豪胆で怖いもの知らずの彼女をして、あれは恐怖を覚える光景であった。人は未知の力や存在を本能的に怖れる。それは人外の力を持つ彼女達でも変わらない。いや、むしろなまじ強い力を持つが故に、自分達の力が及ばない、理解も出来ないモノに対しての怖れは普通の人間よりも強いかも知れない。
「本や人形、野球カード……。それぞれの願望に直結した姿。それをこんな歪んだ悪意のある形で叶える……。どんな存在か知らないけど、これまでの
ミラーカが彼女にしては珍しく吐き捨てるような口調になる。そう。この
犯人は解っているのだ。例えどれだけの人間に目撃されようが……ましてや今回のように刑事であるローラの目の前で
だから堂々と、かつこのような愉快犯的な犯行を恐れげもなく繰り返す。まるで警察を挑発するかのように。ローラは拳を握り締めた。
「そ、それで、敵について今解っている事は? あなたがアルトマン事務長の所に出向いたのは理由があるんでしょう?」
ナターシャが早く本題に入りたそうに質問してくる。ヴェロニカ達もローラが大学を訪れた理由に関しては、気を利かせて聞いていなかったので、興味深そうに注目する。
「ええ。野球カードに変わったドナルド・パターソンは市議会の議員だった。彼は議長や他の議員達と共に、独断専行の市政を行う市長を糾弾しようと、市庁舎に直談判に行ったそうなの。そしてその日の夜、青白い顔で帰ってきたドナルドが妻に何らかの話を打ち明けようとした途端に、野球カードに変わってしまった……」
「今の市長って……マイケル・ジョフレイ元州議員よね?」
ナターシャの確認にローラは頷いて補足する。
「そう……。あのヴァンサント議員の対立候補で、一時は容疑者にもリストアップされた、ね」
「……!」
ジェシカ以外の全員がその意味を理解した。一人だけ付いていけてないジェシカが戸惑う。
「な、何だよ、みんな。今ので何か解ったのか? ヴァンサントって誰だよ?」
「馬鹿! あの『バイツァ・ダスト』……つまりメネスに殺害された上院議員候補だった人よ。当時の対立候補が人外の力で殺害されて、今回も直談判に来た議員達がやはり人外の力で
ヴェロニカがジェシカを小突きながら説明する。メネスと言われて苦い記憶の甦ったジェシカは顔をしかめるが、そこまで言われてようやく思い至ったらしい。
「あ、そ、そうか。明らかに怪しいよな。同じ奴の周囲で立て続けに人外の力が振るわれるなんて」
「ええ、しかもそのどちらもジョフレイにとって利害関係が存在している。全く無関係のはずがないわ」
ローラが確信を持って首肯する。
「しかもそれだけじゃない。もう一人の被害者、LA自然史博物館の前館長ウィリアムとも接点があった事が明らかになっているわ」
ローラは博物館で現館長のパトリシアから聞き出した情報を仲間達に伝える。
「……なるほど。完全に
話を聞いたクレアが断定した。それは彼女だけでなく、この部屋全員の見解であった。だが……
「でも……証拠がない。殺害方法やそれをジョフレイがやったと証明する事も出来ない。おまけにそれを裁く為の法もない」
「……!」
溜息混じりのローラの言葉に全員が問題を認識した。ジョフレイが怪しいと睨んで以降、ローラが常に感じてきたジレンマだ。まさに八方ふさがり。完全犯罪という奴だ。
ジェシカ達は勿論、クレアやナターシャにも妙案は浮かばなかった。雰囲気が暗くなりかけるが、その時ミラーカがクスッと笑った。
「ミラーカ?」
「ローラ……。ヴェロニカ達の告白の件もそうだったけど、私達と日常的に接していて、かつ今まであれだけの人外の怪物が引き起こした事件を経験しておきながら、意外と
「……どういう意味?」
ミラーカが何を言いたいのか解らず戸惑うローラ。ミラーカは肩を竦めた。
「『サッカー』、『ルーガルー』、『ディープ・ワン』、『エーリアル』、そして『バイツァ・ダスト』……。今までに一度でも、
「……ッ!」
ローラは息を呑んで目を見開いた。彼女の言いたい事が解ったのだ。
「え、えーと、つまり?」
まだ理解できていないナターシャが続きを促す。クレアも今一つ解っていないようだ。
だが反対にジェシカとヴェロニカは得心したように頷いて理解を示していた。ミラーカもそうだが、人外の力を振るって直接敵を
ミラーカがナターシャの方を向いて妖しく微笑む。
「簡単よ。法で裁けないのなら……
「な……」
ナターシャとクレアが絶句する。ローラも内心では絶句気味であった。だが確かにミラーカが列挙した今までの怪物達……。その全てが法で裁けるような相手ではなかったという点で共通しており、最終的には全て
「犯人を確信出来て、かつそれが人外の力を振るう法では裁けない相手だと解ったのなら……逮捕ではなく、
ミラーカの意見に一早く同意したのはジェシカだ。
「ははっ! そいつはいいや! 流石はミラーカさんだ! アタシはミラーカさんの意見に賛成するぜ」
「ええ、今までは後手に回ってばかりでしたからね。早い段階で敵の目星が付いたなら、こちらから攻める方法を考えるべきだと思います」
ヴェロニカも身を乗り出して意見を述べる。特にヴェロニカは『ディープ・ワン』や『バイツァ・ダスト』などに、先手を打たれて誘拐された経験があるので余計にそう思うのかも知れない。
「で、でも、相手は市長よ? つまりれっきとしたアメリカ国民で社会的地位もある。今までの怪物達のようにはいかないでしょう?」
クレアが焦ったように疑問を呈する。そう。ジョフレイは