File41:『死神』

文字数 4,454文字

「あ、あなた、やっぱり……」

 その姿を見たローラが呟く。ここにいるという事はやはりこの『死神』は、あのアルゴルと関りのある存在なのだ。

「ぬぅ、貴様は……以前にも見たな」

 一方メネスも警戒した視線を『死神』に向ける。【悪徳郷】との戦いの時には既にメネスの意思はゾーイの中に潜んでいたはずなので、となるとその時に『死神』の事も見ているはずだ。


『……汝ラ、元ノ世界ニ戻リタイカ?』

「……! ええ、戻りたいわ。戻る方法があるの?」

 この『死神』が現れたのは偶然ではない。これまでだって常にそうだった。その出現にもその言葉にも必ず意味があった。

 果たして『死神』は肯定した。


『汝ラガ元ノ世界ニ戻レル方法ガ一ツダケ(・・・・)アル』


「そ、それは…………ッ!?」

 『死神』の肯定にやはり予想が当たったと勢い込んで尋ねようとしたローラだが、その問いは思ってもみなかった圧力を受けて中断される。

 即ち……『死神』から噴き出る圧倒的なまでの魔力と、殺気(・・)によって。

「……え?」

「ロ、ローラさん、下がってっ!」

 事態が良く呑み込めないローラの腕をモニカが引っ張って下がらせる。

「ど、どうして……」

 ローラは尚も戸惑う。この『死神』は不気味な風体ながら常にローラ達の味方をしてきてくれた存在だ。【悪徳郷】との戦いで死んだ仲間達を蘇生するのにも手を貸してくれた。いつしか彼女も無意識の内にこの存在を味方、少なくとも中立(・・)だと思うようになっていた。


『……魔界ヨリ帰還スル方法ハ、タダ一ツ。我ヲ斃ス(・・・・)事ノミ』

「……っ!」


『我ノ身体ト魔力ハ今コノ時モ、人間ノ世界ト繋ガッテイル(・・・・・・)。我ヲ斃シタ際ニ発散サレル魔力ノ残滓ハ、二ツノ世界ヲ結ブ簡易的ナ『ゲート』ヲ作リ出スダロウ。即チ汝ラガ唯一、元ノ世界ニ戻ル方法ダ』


「あ、あなたを斃せば……?」

『然リ。ダガソレハ斃セレバ(・・・・)ノ話デモアル。我モマタ汝ラヲ殺サネバナラン。我ガ主(・・・)ガ汝ラノ処分(・・)ヲ所望シテイルガ故ニ』

 『死神』の殺気が増々強くなる。明らかに本気だ。彼は本気で自分達を殺すつもりなのだ。だが同時にそれは彼自身の意思ではないとも言った。

「あ、あなたの主ですって? それはまさか……」

『然リ。汝ノ父親(・・)タル存在。アルゴル……否、エリゴール(・・・・・)コソガ我ガ主人』

「エリゴール……」

 それがあのアルゴルと名乗っていた存在の本当の名前か。確か『ゴエティア』にも登場する悪魔の名前だ。ソロモン王72柱の悪魔のうち1体で、地獄の公爵とも呼ばれている。これは偶然だろうか。

(いや……)

 偶然ではない。ローラは直感でそれを悟った。アレ(・・)は……アレこそが本物の悪魔だったのだ。


『我ハサリエル(・・・・)。【エリゴールノ三戦士】ガ一角。生ケトシ生ケル全テノ者ニ死ヲ告ゲル存在ナリ……!』


 『死神』――サリエルはそう名乗ると、その長大な鎌を振り上げる。最早戦闘は避けられないのか。

「ローラさん!」
「く……!」

 ヴェロニカに促されて、ローラは歯噛みしつつもデザートイーグルを構える。サリエルはこちらを殺す気だ。そして自分達もサリエルを斃さなければ元の世界に戻れないというのであれば戦うしかない。

 だが現実問題として勝てるのか(・・・・・)。サリエルの魔力は凄まじいものがあり、ローラ達がフルメンバーでようやく斃せたあのデュラハーンに勝るとも劣らない。つまり実質的に3人(・・)しかいないローラ達ではどう足掻いても勝ち目は――

「ふん……!」
『……!』

 突如サリエルの周囲に大量の砂が渦を巻いた。ゾーイ……いや、メネスだ。

「お前を殺せば元の世界へ戻れるのか。それは良い事を聞いた。我が新しき王朝の礎となるがいい」

 メネスは嗤いながら砂の渦でサリエルを攻撃する。だがサリエルが鎌を一振りすると、纏わりついていた砂の渦が全て弾け飛んだ。

「何……!?」

 メネスが目を見開いた。勿論メネスがまだゾーイの肉体に縛られていて完全復活していないのもあるだろうが、それ以前サリエルの魔力は相当なものだ。メネスが完全復活しても倒せるかどうかというレベル。

 それに気付いたらしいメネスがローラ達の方を見てくる。 

「女共、一時休戦だ。まずは元の世界に戻るという共通の目的に向けて協力し合おうではないか」

「……!」

 自らが不利と見るやぬけぬけとそんな提案をしてくるメネスにローラ達は、ふざけるなと怒鳴り付けたい気持ちに駆られる。

 心情的にはメネスより余程サリエルの方に味方したいくらいだが、そのサリエルは自分達を殺そうとしている敵であり、尚且つサリエルを斃さなければ元の世界には帰れないというのだ。


「……ッ!」

 ローラは短い逡巡の末に決断した。

「ヴェロニカ! モニカ! まずは彼を……サリエルを斃すわ! 行くわよ!」

「……! は、はい!」

「仕方ありません。他に選択肢は無さそうです……!」

 モニカも以前に仲間達の蘇生を手伝ってもらったという恩がある為、複雑な気持ちのようだったが消極的な同意を示してくれる。

 全員が霊力を高めてサリエルに向かって攻撃を開始する。ここに魔界(ゲヘナ)からの生還を賭けた、魔力霊力入り乱れる決戦が始まった!





『我ニ抗ッテ見セヨ、定命ノ者達ヨッ!』

「こやつら凡愚共と一緒にするな!」

 メネスがその両手に鞭のように撓る砂の触手を作り出した。そしてそれをサリエルに向かって振るう。鞭の先端が視認できない程のスピードで、かつて霊魔(シャイターン)のムスタファを一瞬で細切れの肉片に変えた死の鞭の、しかも二刀流だ。

 元のゾーイではあり得ない強力な技だが、サリエルは大鎌を風車のように旋回させて縦横に振り回し、何とその死の鞭を全て斬り払ってしまう。今までの、どちらかと言えばゆったりした動きしかしなかったサリエルのイメージからすると考えられないような軽快な武器捌きだ。


(……ごめんなさい!)

 ローラは心の中で謝罪しつつ、サリエルに向けて神聖弾を発射する。しかしサリエルも同時にローラに対してその骨の手で人差し指を向けると、その指先から一条の黒い電光が迸った!

「……!」

 神聖弾と黒い雷光がぶつかり合うと、激しく明滅しながら互いに相殺し合った。

 だがローラがすぐに次弾を撃てないのに対して、サリエルはその髑髏の口を大きく開いた。するとその口の奥から黒く燃え盛る炎を吐き付けてきた。

「な……!」

 黒炎は放射状に広がってローラを包み込もうとする。逃げ場は無く、ローラは思わず硬直してしまうが、

「風の精霊よ、侵害を排し給え!」

 モニカが風の防壁を展開して黒炎を遮断する。だが……

「ぐ……!?」

 黒炎の熱と圧力は凄まじく、モニカの力だけでは防ぎきれず風の防壁が激しく乱れる。モニカが思わず苦鳴を漏らす。

「ローラさん!」

 危機を見て取ったヴェロニカも『障壁』を前面に集中させてモニカの加勢に入る。不可視の壁と風の防壁。2つの防御を重ねて何とかサリエルの吐き付けた黒炎を凌ぎきる事に成功した。


 その隙にメネスが次なる攻撃をサリエルに加える。先程よりも大量の砂の渦がサリエルの周囲に巻き起こる。それは最早砂の渦というよりも砂の竜巻(・・)と形容した方がいい規模であった。

 ヴェロニカとモニカが自分達が巻き込まれないように防壁を継続しなければならない程だ。

「死ねぃっ!」

 死の竜巻が一気に収束してサリエルに殺到する。これをまともに喰らえば如何に死神サリエルといえども……

「……!」

 砂の竜巻の動きが急速に停滞する。内側から何か別の力によって押し返されているのだ。やがて砂は完全に停止してしまった。その代わりに漏れ出てきたのは……冷気。

「な……」

 メネスが唖然とする。サリエルの身体から周囲を凍てつかせる強烈な冷気の波動が放散されているのだ。サリエルの周囲が恐ろしい勢いで黒っぽい霜に覆われていく。その黒い霜は砂嵐の運動を強制的に停止させて無害な物質に変えてしまった。

「ちぃっ!」

 メネスが舌打ちして連続して砂の槍をサリエルに撃ち込むが、それも全て冷気と霜によってサリエルに到達する前に停止してしまう。


 サリエルが反撃とばかりにメネスに向けて骨の人差し指を突き出す。するとそこから再び黒い雷光が迸る。

「……!!」

 メネスは咄嗟に砂の防壁を展開させて黒雷を防ぐ。ゾーイとは比較にならない展開速度で黒雷の防御に間に合うが、黒雷は防壁とぶつかり合って激しいスパークを発生させると、黒雷も消滅したが一緒に砂の防壁も突き崩していた。

 相殺だ。ローラの神聖弾とも相討ちになっていたあたり、あの黒雷は非常に威力が高いようだ。恐らくローラ達が喰らったら一溜まりも無く即死だろう。

 防壁が無くなったメネスだが、彼の魔力ならいくらでも同じような防壁を作り出せるはずだ。だがその前にサリエルが鎌を振り上げて肉薄してきた。彼が初めて自分から能動的に動いた瞬間だ。

「ち……!」

 メネスは再び舌打ちして、必死になって後退する。まだゾーイの肉体に縛られているメネスは、その身体に致命的な損傷を受ければ普通に死ぬ状態だ。

 本来ならローラ達にとって助ける義理は一切ないが、メネスが倒されるとサリエルの攻撃が自分達に集中する事になる。逆にサリエルがメネスを攻撃している間は、こちらも攻撃する絶好の機会だ。

 ローラはサリエルの背中に狙いを定めて再びデザートイーグルの引き金を絞る。発射された神聖弾はメネスを攻撃中で無防備なサリエルの背中に直撃する――

「……!」

 やはりサリエルの身体からあの冷気と黒い霜が噴き出て、神聖弾はサリエルの身体に当たる前に動きを止めて地面に落ちてしまった。


「く……」

 まさか神聖弾まで止めてしまうとは想定外であった。このまま闇雲に攻撃しても全部あの霜に止められてしまうだろう。デュラハーンの黒い霧の自動防御に近いが、あの時はフルメンバーが揃っており最後にはナターシャまで協力してくれた事で、その防御を突破する事ができた。

 だが今はメンバーが少なく同じようには行かない。その代わりに完全体ではないとは言えメネスがおり、単独でサリエルをある程度引き付ける事が出来ている。これを利用しない手はない。


「モニカは引き続き防御をお願い! ヴェロニカは……『大砲』の準備よ!」

「……! は、はい!」

 2人はローラの指示に従って、モニカは限界まで霊力を高めて風の防壁を強化し、ヴェロニカは『大砲』を放つ為の霊力を練り上げ始める。

 『シューティングスター』の事件より1年ほどが経っており、あの時よりも多少早く『大砲』を撃てるようにはなっていた。だがやはり溜め(・・)は必要であり、このような極限戦闘下では使える状況は限られていた。


 ローラはその間にもメネスと戦っているサリエルを神聖弾で牽制する。黒い炎や雷、そしてその大鎌を自在に操るサリエル相手にメネスは一対一では分が悪いようだが、ローラの援護によって何とか持ちこたえていた。

 ローラの援護もあの黒い霜に阻まれてしまうが、それでも多少その動きを阻害する効果はあるようだった。だがそれだけでは駄目だ。サリエルに攻撃を当てられなくては勝てない。
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