Epilogue:冷血の同盟

文字数 4,981文字

 最初に襲ってきたのはただ苦痛のみだった。それも自我が消失するかと危惧する程の激烈な痛みだ。

「――っ!! ――――っ!!!」

 苦痛以外に何も感じられなかった。苦痛だけが全てを支配していた。自分の体内に異物が侵入し、自己を作り変えていく不快感、汚辱感。しかし彼は耐えた。ひたすらに耐えた。何故ならこれは彼が自ら望んだ事だったから。

 一体どれほどの時が過ぎたのか……。時間の感覚も曖昧になっていた彼だったが、ある時唐突に目が覚めた。するとそれまで彼を支配していたあの恐ろしい苦痛が嘘のように消えている事に気づいた。


『ホウ……成功(・・)シタカ。ククク……ドウヤラオ前ノ意志ハ本物ダッタヨウダナ』

 機械で翻訳された合成音声が彼を出迎えた。未知の金属で出来た寝台に彼は寝かされているようだった。そして彼を見下ろすのは銀色のアーマーに包まれた異形の巨体。

「……!」

 そこで混乱していた頭がクリアになり、全てを思い出した。彼は……クリスはこの異星人と取引したのであった。彼自身の目的を遂げる為に。

(記憶は……問題ないようだな。俺は俺だ。洗脳されたりしている感覚もない。……上手く行ったようだな)

『気分ハドウダ? オ前ハ脆弱ナ地球人ノ衣ヲ脱ギ捨テテ進化(・・)シタノダ』

 異星人……『シューティングスター』が問いかけてくる。

「……悪くはない。至って好調だ」

 それは強がりではなかった。自身の感覚も人間だった時よりも研ぎ澄まされているのが解る。

(これが……サイボーグ(・・・・・)の世界か)

 クリスはゆっくりと寝台から降りた。手術直後だというのに、身体は嘘のように問題なく動いた。いや、問題ないどころか以前より遥かに身体が軽く感じる。

『オ前ニハ、補修用ドローンノ機能ヲ全テ移植シテアル。使イ方ハ解ルカ?」
「ああ……」

 彼は首肯した。それも嘘ではなかった。自分の頭の中にその知識が全て詰まっているのが解った。だがやはりというか、この『シューティングスター』には逆らえないようにプログラミング(・・・・・・・)されているらしかった。


 彼が自由(・・)になる為には、『シューティングスター』に死んでもらう以外にないようだ。


 その後クリスは『シューティングスター』からこのポッド(・・・)の警護を命じられた。そして奴は次のターゲットの選定の為に外出していった。今がチャンスだ。

 命じられたのはこの船の警護であって、それに抵触しない行動ならば取れるようだ。彼は度々外出する『シューティングスター』の目を盗んで、ドローンから得られた知識も総動員して船の機能を調べ続けた。

 そして遂に奴が所属しているらしい『管理局』との連絡手段を発見した。流石に奴等の言語までは分からないし、この場合はむしろその方が都合がいいので、とにかくデタラメなメッセージを作って管理局に送信した。向こうが不審を抱いてくれるなら何でも良かった。


 そして次の『狩り』の当日。『シューティングスター』は勇んでターゲットの抹殺に出掛けていった。それを見届けてからクリスはひたすらに待ちの態勢に入った。

 『シューティングスター』が生きている間はこのポッドから離れる事が出来ない。彼は自分の仕事が上手く行く事を願ってひたすらに待ち続けた。そして……

「……っ!!」

 彼はカッと目を見開いた。自身の内部感覚で解ったのだ。主人(・・)たる『シューティングスター』が死んだ事が。計画は上手く行った。


 彼の予想通りならいつまでもここに留まっているのは危険(・・)だ。彼は宇宙船に穴を開けると急いで外に飛び出した。停泊地は今までいたケネス・ハーン州立保養地から、街の反対側にあるウィッター・ナロウズ保養地に移っていた。相変わらず大胆な停泊場所だ。

 だが周囲には身を隠せる木立が生え並んでいる。その内の一つに駆け寄って木の幹に身を潜める。時刻は深夜という事もあって周囲には人に姿はない。

 しばらく隠れながら宇宙船を監視していると……

「……!」

 上空から3体の銀色の塊が宇宙船の周囲に降り立った。『シューティングスター』と同じような姿の異星人達だ。間違いなく彼等が『シューティングスター』を殺したのだ。

 因みにローラの安否については特に心配していなかった。彼女はこんな所では絶対に死なない。その確信があった。

 3体の内1体が宇宙船に穴を開けて中へと入り込む。すると程なくして宇宙船が動き出した。徐々に上空に浮上していく宇宙船。そして遮蔽機能を作動させたのか透明になって見えなくなってしまった。

 宇宙船を回収(・・)した残りの異星人達もどこかへ飛び去っていく。完全に彼等の気配が無くなった事を確認してから、クリスはフゥーッと息を吐いてその場に座り込んだ。

 あの連中に見つかっていたら彼も只では済まなかっただろう。最悪オーパーツ(・・・・・)としてその場で処分されるか、良くても宇宙船と一緒に回収される所だった。



(さて、これからどうするか……)

 とりあえず彼は自由になった。だがサイボーグとなった身でNROに戻るのは危険だ。彼の表面上(・・・)の外見は人間の時と変わりないとは言え、何かの拍子に露見しないとも限らないからだ。

 NROから命じられた任務は果たした。つまり義理も果たしたので、このままKIA(任務中死亡)扱いでLAに留まるのがいいかも知れない。

 だがその場合はホテルなどの足が付く場所には泊まれない。そもそも死亡扱いとなるとカード等も使えなくなる可能性がある。

 ミラーカの打倒とローラの奪取という目的は決まっているものの、それには慎重に事を運ぶ必要がある。どこか腰を落ち着ける場所が必要だ。どこか他人の家に居候するのが一番理想的ではあるが……


(そう言えばあの女……俺に気があるようだったな)

 ナターシャという名前の、燃えるような赤毛の女新聞記者。ケネス・ハーンでも随分彼の事を心配している様子だった。再び姿を見せてやったら喜ぶだろうか。

 エイリアンに捕まって拷問されていたという苦労話でも聞かせてやれば同情を誘えるかもしれない。あながち嘘という訳でもない。

 クリスは口の端を吊り上げた。試してみる価値はある。彼には人間の男としての機能(・・)も残っている。何なら自分の二番目(・・・)にしてやるのも悪くはない。

 方針が決まると彼は立ち上がった。あの女の家を知らないので、LAタイムズの前で出待ちしていればいいだろう。そう思って歩き出そうとした時――



「おやおや? これは意外な場所で意外な人物に会うものだね、クリス氏?」
「……っ!?」

 クリスは弾かれたように振り返った。今の声には聞き覚えがある。こんな場所にいるはずのない人物であった。

 闇の中から姿を現したのは、FBI捜査官のニック・ジュリアーニであった。他にも見慣れない人物を何人か連れている。あのクレアという女捜査官の姿は見当たらなかった。

 FBIの捜査でここに来たのだろうか。だとすると不味い事になる。彼の生存を上に、曳いてはNROに報告される恐れがあった。口を封じておかねばならない。

(不用意に俺の前に現れた不運を恨め)

 クリスは腕や背中から一気に複数のアームを展開(・・)した。アームの先にはブレードやドリル、光線銃などが備わっている。

「……!!」「な……」

 その姿を見たニックの目が驚きに見開かれる。周りにいる男達も呆気に取られていた。

「ク、クリス氏。その姿、君はまさか……」

 ニックが何か言いかけるのに構わずクリスは攻撃を仕掛けた。光線銃から細い粒子ビームが発射される。すると驚くべき事が起こった。

 何とニックが大きく跳躍してビームを躱したのだ。『シューティングスター』の持つ光線銃のような追尾機能は無いとは言え、それでも人間に躱せる速度ではない。

「何……!? 貴様は……」
「待て! 待つんだ、クリス氏! 僕達は協力し合える! 一旦武器を収めてくれ!」

 ニックは大声を上げながらクリスを制止しようとする。同時に身構えていた彼の同僚?達の事も制止していた。

「協力だと? 何の話だ」

「君は人間を辞めたんだね? それはあの『シューティングスター』の技術かい? 素晴らしいじゃないか。実は人間を辞めたのは僕達も同じ(・・・・・)なんだよ」

 そう言うとニックは何の前触れもなく変身(・・)した。皮膚がボロボロに崩れ、眼球が抜け落ち鼻が削げ落ち、醜い死者の如き姿に変じたのだ。

「……!?」
 クリスが驚いたのも束の間、周りにいた男達も次々と異なる怪物の姿に変身したのだ。

「な……。貴様ら……!?」

『どうやら僕達の事は諜報機関も把握していなかったようだね。ご覧の通りさ。僕達は人間じゃない。そしてとある目的(・・・・・)の為にこうして同盟を組んでいるんだ』

 奇怪に変貌した声音で喋るニック。

「とある目的?」

『そう。君もよく知っている女性……ミラーカを殺す事さ。君の目的ももしかしたら同じなんじゃないかな?』

「……っ!」
 クリスが瞠目する。僅かな判断材料だけでそれを見抜いたのだとしたら恐ろしい洞察力だ。


『ここにいるジョンはミラーカの眷属なんだが、既に何人もの人間を殺している。それがミラーカに知られたら確実に殺し合いになる。それ以前に僕らが怪物らしく(・・・・・)生きるに当たってどうしても彼女は邪魔な存在でね。生かしておく訳には行かないのさ』


「…………」

『きみの目的はミラーカを殺しローラを奪い取る事かな? なら僕達の利害は一致する。僕達はローラの事は殺そうとまでは思っていないし、このジョンがちょっと味見(・・)をしたいっていうくらいだ。その後は君の好きにしてくれて構わない』

「……!」

『ミラーカは強いよ? 色んな意味でね。君も人外の力を得たようだけど、それだけで確実に勝てるような甘い相手じゃない。それは君自身も理解しているんじゃないかな? ミラーカを確実に殺すのに協力し合おうじゃないか。どうかな? 悪い話じゃないと思うけど?』 

「…………」

 確かに単身でミラーカを殺すのは相当慎重に動かなければ難しいと思っていた矢先だ。その意味ではこの連中は使えるかも知れない。クリスは決断した。

「……いいだろう。お前達の目的もミラーカを殺す事だと言うなら協力してやってもいい」

 結局はそれが一番近道だ。クリスはアームを身体に収納した。

『賢明な判断に感謝するよ、クリス氏』

 それを受けてニックや男達も変身を解いて人間に戻った。

「まあ同盟といっても難しく考える必要はないよ。普段は各々好きに暮らしていて、招集(・・)が掛かったら協力し合うってだけだからね。その代わり基本的な衣食住は自分で面倒を見てもらう事になるんだけど……」

「構わん。当て(・・)ならある」

 彼は再びナターシャの事を思い出していた。ニックが頷いた。

「大変結構。では君にもこの携帯を渡しておくよ。僕達……【悪徳郷(カコトピア)】の専用回線だ。招集がある時はそちらに連絡する。君も何かあった時は連絡してくれて構わない」

「…………」

 クリスはニックが投げて寄越した携帯をキャッチした。真っ黒い装飾が施されていた。

「それじゃ僕達は失礼するよ。『シューティングスター』が帰ってきた所を奇襲するつもりだったんだけど、どうやら君が解決してくれたようだからね」

 ニックが合図を出すと、男達は三々五々夜の闇へと散っていった。ニックもそれを見届けてから立ち去っていった。


 思わぬ成り行きであったが、ミラーカ打倒に関して展望が開けたかも知れない。やはり自分は運がいい。

 彼がローラを手に入れられるのもそう遠い日の事ではないかも知れない。ローラとの退廃の未来を想像しながら、クリスはLAタイムズに向けて歩き出すのであった……



Case8に続く……
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