File36:激戦! カコトピア

文字数 5,404文字


『おのれ……おのれぇっ!! いいだろう! もう遊びは終わりだ! 僕達の総力(・・)を以って君達を完膚なきまでに叩き潰してあげるよ!』

「……!」

 それまでの慎重な策士の仮面をかなぐり捨てたニックが怒りの叫びを上げる。それを聞いたローラ達もこれからが本番だと悟って気を引き締める。


 次の瞬間、羽ばたく音と共に月明りが遮られた。


 ――ギィエェェェェェェェッ!!!


 奇怪な叫び声。同時に風切り音が鳴り、何か(・・)が高速で飛来してきた。

「……っ! 散れっ!!」

 セネムの警告で前衛メンバーが散開する。ヴェロニカは再度『障壁』を張って、ローラとゾーイを後ろに庇う。

 直後、複数の『刃』が雨のようにその場に降り注いだ!

「ぐっ! うぅ……!!」

 着弾の衝撃にヴェロニカが呻く。『子供』とは比較にならない威力だ。

「ヴェロニカ、大丈夫!?」
「え、ええ、ローラさん。何とか……!」

 ある程度方向を限定して『障壁』を厚くしていた事で何とか耐えられたようだ。ローラは上空を見上げる。案の定そこには暗緑色の羽毛に覆われた堂々たる体躯の鳥人間の姿があった。

 あの『エーリアル』の最後の落とし胤、スパルナだ。ミラーカによるとその力はあの『長男』にも等しい物だという。

 ゾーイが咄嗟にスパルナ目掛けて砂の槍を撃ち出すが、あっさりと躱されてしまう。『長男』もそうだったが、あの巨体で『子供』以上の空中機動だ。

 ローラも再びデザートイーグルを構えてスパルナを狙おうとするが……


『ふぁははは!』
「……!」

 スパルナの物とは違う耳障りな羽音。そして人外の音声。何かが素早く上空を横切ってローラ達の後方を取る。それは蝿と人間が融合したような姿の醜い怪物であった。【悪徳郷】の一員、霊魔(シャイターン)のムスタファだ。

 奴が回り込んだのは、ヴェロニカが『障壁』を前方に集中させる事で死角(・・)となっている位置で――

 ――ビュッ! ビュッ! ビュッ!

 無防備な後衛3人組に、ムスタファがその醜い口吻から溶解液を吐きつけてきた!

 身体的には普通の人間である彼女らに躱せる距離、速度ではなく、思わず硬直してしまう3人だが……

「危ないっ!!」

 直前で割り込んだセネムが、霊気を帯びた二振りの曲刀を閃かせて不浄の液体を打ち払った。

「セ、セネム!?」
「ローラ、こいつは私に任せろ!」

 セネムはそれだけを言うと、そのままムスタファへと斬り掛かった。元々シャイターンに敵意を燃やしていた彼女だ。どの道誰かが対処に当たらねばならないので、一早く名乗り出たという所だろうか。


 その間に再び上空からスパルナが『刃』を放ってくる。『子供』のように攻撃の際に反動を付けて翼を振り抜く事をせず、飛び回ってこちらを攪乱しながら細かい動作で『刃』を小出しに撃ってくるので、中々狙いを付ける事が出来ない。

 スパルナの『刃』は明らかにゾーイを狙っているようだ。恐らく主人(・・)であるニックの意を汲んでいるのだろう。

 ヴェロニカが必死で『障壁』を展開しながら防御しつつ『弾丸』で応戦しようとするが、やはり相手の動きが速く中々捕捉できない。


 そしてニックの意を汲んでいるペット(・・・)と言えばもう一体……

「……っ!」
 スパルナに気を取られている間に、フォルネウスが危険な距離まで忍び寄ってきていた。魚類じみた外観だがネコ科のハンターとしての性質も併せ持っているフォルネウスは、足音と気配を殺して獲物に忍び寄る術にも長けているのだ。

 そしてその鮫の大口を開けるとゾーイ目掛けて飛び掛かった。

「あ……」

 ゾーイが呆然として反応が遅れる。勿論かぶり付かれたら一溜まりも無い。一瞬にして致命傷を負って即死だろう。その鋭い牙が彼女を噛み砕く寸前――

「ギャウウゥゥゥゥッ!!」

 唸り声と共にジェシカが割り込んでその突進を受け止める。そして振り上げた鉤爪を鮫の頭に振り下ろした。

 鮮血が舞った。

 ゾーイを庇ってフォルネウスにかぶり付かれたジェシカの腕と、そして彼女がダメージ覚悟で繰り出した反撃の鉤爪によって切り裂かれたフォルネウスの頭に、それぞれ大きな傷が穿たれ派手に出血した。

「ジェシカッ!」

「ガゥゥッ!」

 ローラが悲鳴を上げるが、ジェシカは歯を食いしばって痛みを堪え、そのままフォルネウスを追撃する。 


 残ったシグリッドはと言うと……

「加勢します」
「シグリッド!」

 ニックとジョン相手に2対1で戦っていたミラーカの加勢に入った。毒ガスで不覚を取った醜態を取り返すかのように猛然とジョンに対して打ち掛かる。

「ち……このアマ! 何度も俺達の邪魔をしやがって……!」

 舌打ちしたジョンは一瞬で戦闘形態へと変化し、シグリッドを迎え撃つ。シグリッドも予め魔人姿になっている事もあって、フィジカルでも全く引けを取らずにジョンと互角に渡り合う。


 シグリッドの加勢によって2対1の圧力から解放されたミラーカは、ニックとの戦いに専念できるようになった。 

「ニック! あなた達は既に罪を犯し過ぎた。街や人々を守る為にもここで確実に討伐させて貰うわよ?」

『ハッ! 言われずともこっちは最初から殺し合いのつもりさ! 君達が死ぬか、僕達が滅びるかの二つに一つだ!』

 ミラーカの宣告に、しかしニックは全く怯む事無く腕から直接生やした剣で斬り掛かってくる。ミラーカもまた戦闘形態となって、ニックの【コア】の位置を見定めるべく魔力を集中させる。


 頼もしい前衛達がそれぞれの敵を受け持ってくれた事で、後衛の3人は効率的な援護が行えるようになる。

 ヴェロニカは上空から放たれるスパルナの『刃』を、『障壁』によって巧みに防御する。その隙を突いてゾーイが砂の塊を散弾状にしてスパルナ目掛けて撃ち込む。攻撃力は砂の槍より小さいが、その分範囲が広く躱されにくい。その甲斐あって何発かの散弾が命中し、スパルナに傷を負わせる事に成功していた。怪鳥が怒りの叫びを上げる。

 ローラもそれに倣って再びグロックに持ち替えて前衛達の援護射撃に徹する。デザートイーグルに比べて威力は低いが、『ローラ』の力を込める事で魔物達にある程度の傷を与える事は可能だ。

 また弾数と霊力の消費的にもデザートイーグルよりコストパフォーマンスが高く、援護射撃という目的に限定するならグロックの方が使い勝手が良いという事を、ローラはここに至って実感していた。新たな戦術の幅が広がりそうだ。

 ヴェロニカもスパルナの攻撃を防御しつつ、『弾丸』で前衛組の戦いを援護する。


 結果として戦いはローラ達のチーム優位に進んでいた。前衛達の戦いだけなら互角だが、やはり後方支援の有無の差は大きい。だがローラ達は一時も気を抜いていない。何故なら……


『なるほど、やはり後方からの援護と言うのは厄介だね。だが優秀な後方支援要員ならこちらにもいるという事を忘れていないかい?』

「……!」

 ニックの言葉と共に、廃病院の入り口から1人の男が姿を現した。隙の無いスーツ姿と後ろに撫でつけた髪型の陰気そうな顔立ちの男。

 クリスだ。いよいよ現れた。

 彼がジャケットを脱ぎ捨てると、ワイシャツの背中を突き破るようにして6本の長い黄金色のアームが飛び出てきた。それぞれのアームはまるで独自の意思を持っているかのようにクネクネと蠢いている。

 クリスは戦場に飛び込んでくるや否や、6本のアームを縦横に撓らせる。

「ギャウッ!?」

 先端にブレードの付いたアームが、フォルネウスと戦うジェシカを横から斬り付ける。戦闘中の隙を突かれたジェシカが躱しきれずに、胴体に斜めの斬り傷が走る。

「ぬぅ……!?」

 ほぼタイムラグなしで、ムスタファと戦うセネムの背後にソーの付いたアームが迫る。セネムは驚異的な反応で曲刀によって弾くが、その隙にムスタファの反撃を許し、毛の生えた触腕が彼女の剥き出しの脇腹を打ち据えた。

「ぐっ!」
 苦痛に怯んだセネムは、ムスタファに戦いの主導権を握り返されてしまう。

 同じようにドリルの付いたアームがミラーカを、そして鉤爪の生えた手のような物が付いたアームがシグリッドを襲い、眼前のニックやジョンと戦う彼女らの動きを妨害する。

 4人の前衛を同時に攻撃するクリスの乱入によって、一度はこちらに傾きかけていた戦況が再び膠着してしまう。


「皆……!? クリス、あなたは……!」

「久しぶりというべきか、ローラ。俺の目的は聞いているはずだな? お前が何と言おうと、俺はお前を手に入れる」

「……っ」

 ローラと直に対面しても全く悪びれる所のない、いやそれどころかその目に増々妄執の焔を燃え立たせるクリス。

 最早戦うしかないと悟ったローラ。だが魔物ではない生体サイボーグである彼に神聖弾は効果を発揮しない。 


「ローラ、彼は私に任せて、あなたは空にいるアイツをお願い!」
「ゾーイ……!?」

 ローラの逡巡を見て取ったらしいゾーイが進み出て、クリスの対して砂の槍を撃ち込む。しかしクリスは5本目のアーム……先端に青白いバリアのような物が展開したアームを掲げて、砂の槍を打ち払ってしまう。

「クリス、私はもっと久しぶりよね? 高校時代に付き合ってた(・・・・・・)のは私も同じなのに、ローラばっかり見てるのは傷つくわね。私の事は構ってくれないのかしら?」

「ゾーイ・ギルモアか……。どけ、お前に用はない」

「……っ。ホントに傷つくわね。……因みにあの時の便座にグルーを塗る仕返し、ローラに提案したのは私よ。それを動画に撮って拡散したのもね。あなたがあれからモテなくなったのは、その動画で意外と小さい(・・・)って学校中に――」

 ――直後、最後の6本目の光線銃が付いたアームから、ゾーイ目掛けて粒子ビームが発射された。

 ゾーイは予め構築していた砂の盾を翳してそのビームを受け止めた。盾はビームによって破壊されるが、同時にビームを打ち消す事にも成功していた。

「いいだろう。そんなに死にたいのであれば望み通りにしてやる」

「あらら、怒ったの? そんなだから女に見限られるのよ、短小野郎!」

 ゾーイとクリスの間で、粒子ビームと砂の槍の応酬合戦が始まる。クリスの注意がゾーイに逸れたのを見て、ローラは言われた通り上空にいるスパルナにターゲットを切り替えようとするが……


「ローラさん! アイツは私に任せて下さい! 足止めと牽制だけなら私だけでも出来ます。ローラさんは前衛のジェシー達の援護を!」

「ヴェロニカ……!」

 ヴェロニカはスパルナの攻撃を『障壁』で受け止めつつ、範囲が広く発動が速い『衝撃』を使ってスパルナを牽制していた。流石にそれだけで倒すのは難しそうだが、確かに牽制だけなら何とか彼女1人でも行けそうだ。

 ローラは前衛で敵を受け持つ仲間達に注意を向ける。皆、眼前の敵と戦いながら同時にクリスのアームの妨害を受けて苦戦している。こちらからも彼女達を援護しなければならない。

 ローラは気持ちを切り替えて、グロックを用いた神聖()弾によってミラーカ達の援護に回る。

 クリスの乱入で傾きかけた戦況が、ローラ達が何とか持ち直す事によって再び押しつ押されつの膠着状態に戻る。だが……


(マズい……このままじゃ!)

 ローラは援護射撃を続けながらも内心で焦燥を募らせていく。恐らく他のメンバーも全員同じ心境のはずだ。今の状態(・・・・)で膠着しているというのはかなりマズい。

 クリスがゾーイの相手と仲間達への援護射撃という二人分(・・・)の仕事をこなせている事が、ローラ達の焦燥に繋がっていた。クリスが二役こなしているという事はつまり……


『ク……ははは! 残念だったねぇ、ミラーカ! ローラ! どうやら総合力(・・・)では僕達が上だったようだね! この勝負、僕達の勝ちだっ!』

「くっ……!」

 勝利を確信して哄笑するニックに、ミラーカがやはり焦燥に満ちた表情で歯噛みする。


 そう。クリスが二役こなしているという事はつまり…………1人余っている(・・・・・・・)という事だ。


 そしてこのタイミングで廃病院の入り口から、新たな人影が姿を現した。ブラウンの髪にスラッと背が高い美青年。【悪徳郷】最後の1人、狼男のエリオットだ。

 彼は一度戦場を睥睨すると、その場で変身を開始した。衣服が弾け飛び、灰色の剛毛が身体を覆い尽くす。そして数瞬後には狼の頭と、四足獣が無理やり直立したような歪なフォルムを持った半人半獣の姿がそこにあった。手には鋭い鉤爪が光っている。

 勿論単体でも強力な怪物ではあるが、今この時ローラ達にはその姿が、自分達に終わりを告げる悪魔そのものに見えていた。

「グルルルゥゥゥゥッ!!」

 そしてエリオットは獰猛な唸り声を上げながら、混沌とした戦場に猛然と突入してきた!

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