File23:戦力拡充

文字数 4,195文字

「ニックと言えば……クレアはこの事を知っているのかしら?」
「……!」

 告白した事で多少落ち着きを取り戻したナターシャが発言する。言われてローラも彼女の事を思い出した。クレアはニックと恋仲(・・)になっていたはずだ。

 彼女から特にこちらに連絡は来ていない。ニックの正体を知らないか、もしくはナターシャのように知っていながら愛情から隠しているのか……。

「とりあえず反応を窺う意味でも、こちらから一度彼女に連絡してみた方が良さそうね」

 ミラーカの提案でクレアの携帯に掛けてみるが繋がらない。というか電波が入っていないという音声が返ってきた。


「……何か嫌な予感がするわね」

 ミラーカが眉をしかめる。

「流石に殺されているとは思いたくないけど、ニックに先手を打たれて既に囚われている可能性は充分あるわね」

 何も知らない、もしくは知っていて隠している場合なら少なくとも電話は繋がるはずだ。それが無いという事はミラーカの言葉が真実味を帯びてくる。

(何て事……私達がもっと早く気付いていれば……! ごめんなさい、クレア。どうか無事でいて……!)

 ローラは友人の無事を心から願った。



「……クレアの事は勿論、ヴェロニカやジェシカの友人達の事もある。敵の戦力は把握できたので、奴等との対決を想定してこちらも戦力を整える必要があるぞ? こちらはヴェロニカを攫われて戦えるのは4人だ。勿論邪悪な魔物共に負けるつもりは毛頭ないが、正直厳しい戦いになる事は否めんな」

 セネムが難しい顔で腕組みする。それはより現実的な問題だった。敵は7体なので数の上でも圧倒的に不利である。ナターシャは当然実質戦力という意味では数に入らない。


「……その問題に関しては、私の方である程度お力になれると存じますが」


 その時、今までずっと彫像のように無言で扉脇に控えていたシグリッドが唐突に発言した。部屋の全員が彼女の方に振り向く。

「シグリッド……確かにあなたが力を貸してくれるなら非常に心強いけど……」

「でも……いいの? これはあくまで私達の問題なのに……」

 ミラーカの言葉を引き継いでローラが質問する。確かに彼女なら戦力としては申し分ない。しかし彼女は『シューティングスター』戦で一度は共闘したものの、言ってみればそれだけの間柄である。しかもその時も主人であるルーファスを守る為だった。

 今回も間違いなく死闘になる可能性が高い。ルーファスの身が直接危機に晒されている訳でもないのに、シグリッドが積極的にそんな危険な戦いに参戦してくれる理由がない。

「……ルーファス様からは私の好きなようにして構わないとご許可を頂いております。そしてあのような剣呑な集団を放置しておく事はこの街や、曳いてはルーファス様の御為にならないと判断致しました」

 努めて冷徹な調子でそう告げながらも、シグリッドの頬や耳が僅かに赤みを帯びていた。色白な肌なのでちょっと赤みが差しただけでもかなり目立つ。

 どうやら本心ではローラやミラーカ達の事が心配で加勢したいのだが、それを素直に認めるのは恥ずかしいようである。

 一瞬呆気にとられたローラ達だが、お互いに顔を見合わせて思わず暖かい笑みが漏れた。だが極力真面目な顔に戻してシグリッドに向き直る。

「シグリッド。あなたがそう言ってくれて嬉しいわ。あなたさえ良ければ是非力を貸して欲しい。本当に……ありがとう」

「……っ。いえ、あくまでルーファス様の為ですので……」

 ローラが代表して感謝を述べると、シグリッドは増々顔を赤くして目を逸らしてしまう。だが……


「あー……ローラ? 彼女は一体何者なのだ? 気になってはいたのだが聞く機会を逸していてな。君達は随分信頼しているようだが、相手が相手だけに協力してもらって大丈夫なのか?」

 セネムだ。そう言えば彼女にシグリッドの事を説明していなかった。2人は共闘した時期がズレていて、互いに初対面なのだという事を失念していた。シグリッドも同意するように頷いた。

「そうですね。私も気になります。あの『シューティングスター』との戦いの時には、この方はいらっしゃらなかったと記憶していますが」

「あ、そうね。じゃあこの機会にお互いの事を説明しておくわね」

 セネムにはシグリッドの紹介を。そしてシグリッドにはセネムの事を説明した。互いの素性を聞いて2人は納得したように頷いた。

「なるほど……私が来れなかった半年前の事件で皆に協力してくれたのだな。私からも礼を言わせてくれ」

「いえ、あくまでルーファス様をお守りする為でしたので。しかしあなたの事情も理解できました。こうしてお会いできて嬉しく思います。これから宜しくお願い致します」

「うむ、こちらこそ宜しく頼む」

 人種も種族(・・)も異なる2人の女戦士が握手を交わす。セネムがまじまじとシグリッドを見つめた。

「しかし……北欧のトロールか。まさか実在していたとはな」

「……私は人知れず邪悪と戦う聖戦士の秘密結社という物が、映画ではなく現実にあった事に驚きました」

 映画スターの使用人らしい感想のシグリッド。互いに相手の事を不思議な物でも見るような目で見つめ……そしてどちらともなく苦笑し合った。どっちもどっちだという事に気付いたのだ。

 どうやら2人の顔合わせは上手くいったようだ。ローラはホッとした。2人共優れた戦士なので、相手の実力が何となく解って互いに認め合った部分もあるようだ。



「シグリッドさんが加わってくれるのは心強いけどよ……。それでもまだ5人だぜ? 本当に大丈夫かな?」

 ジェシカが少し不安そうな様子で問い掛けてくる。ミラーカから敵の陣容を説明された事で、最初は強気な態度だった彼女も不安を感じているようだ。ローラにもその心情は理解できた。今回の敵は今までとは様相が異なっている。

 これまで戦ってきた怪物達はいずれも強敵だったが、基本的にローラ達は仲間と連携して戦う事で勝利を収めてきた。心強い仲間達との連携は強大な『個』に勝るのだ。それがローラ達の強みでもあった。だが……

「今回は数の上でも奴等が有利だしな」
「ええ、それに連携能力も確かよ」

 セネムの言葉にミラーカが補足する。そう。それこそが問題であった。今回の敵……【悪徳郷(カコトピア)】は、個々の力はこれまでの怪物達の首魁には劣るが、その分異なる能力を持った者達が徒党を組んで、連携して攻め掛かってくるのだ。


 余り認めたくはないが……今回の敵の性質はローラ達のチーム(・・・・・・・・)に似ていた。そしてそれこそが戦いにくさを感じる最たる要因であったのだ。

 性質が同じなら、単純に数で劣る自分達の不利は否めない。敵は恐らくヴェロニカやマリコ達の命を盾に、こちらを強制的に戦いの場に引きずり出そうとしてくるだろう。その前にこの戦力差を埋めなければならない。それを痛感しつつも有効な手立てを見出せずに暗い雰囲気になり掛けるが……


「あの……もしかしたら私が何とか出来るかも知れないわ」

 控えめな発言だが、全員が弾かれたように発言者の……ナターシャに注目する。

「え……ナターシャ?」

 ローラが戸惑う。ナターシャはあくまで一般人であり戦う力は持っていないはずだ。それは皆の共通認識で、最初から彼女は戦力にカウントしていない。

 その疑問が顔に出ていたのだろう。ナターシャが慌てて首を横に振った。


「あ、ち、違うの。そうじゃなくて……戦力になりそうな当て(・・)を知っているのよ」


「な、何ですって?」

 ローラだけでなく全員が驚いたように彼女を見やる。だが同時にその顔に疑問符が浮かぶ。

(戦力の当て? そんな人、誰かいたかしら?)

 ここにいない人物で戦力と呼べて、尚且つ味方として戦ってくれるとしたら心当たりはヴェロニカのみだが、彼女は現在敵の懐に囚われている状態だ。ミラーカやジェシカ達の顔を見渡しても、やはり全員心当たりがないようだ。

「実はここに来る前に彼女(・・)にもこの屋敷に来てもらうよう連絡してあったんだけど、たった今本人から屋敷の前に着いたってメールを受け取ったのよ」

 ナターシャの言葉に増々混乱するローラ。

「え……か、彼女? 誰なの? ここの事を教えても大丈夫なの?」

「勿体付けてないで早く教えなさい」

 ミラーカも眉根を寄せて促す。するとナターシャがいつもの余裕を少し取り戻したように、悪戯っぽい表情で笑った。

「まあまあ、すぐに解るわ。きっとびっくりするわよ。という訳でシグリッドさん。すぐにインターホンが鳴るはずだけど、彼女の事は私が保証するからここまで通して欲しいの」

「……畏まりました」

 やや釈然としない様子ながらも、プロのメイドらしく疑問を差し挟まずに承るシグリッド。それから1分もしない内に、本当に来客を知らせる屋敷のチャイムが鳴った。シグリッドは一礼して応対の為に素早く退室していく。

 予めナターシャが保証していたからだろう、特に問答に時間を取られる事も無かったようで、殆ど待つ事もなくシグリッドが1人の客人(・・・・・)を伴って部屋に戻ってきた。


「え……」

 その客人の姿を見た反応の程度は様々だった。ローラが驚きに目を丸くする。ミラーカとジェシカは見覚えはあるけど一瞬誰だか思い出せないという風に目を瞬かせた。セネムは完全に首を傾げている。

 セミロングの茶色っぽい髪のその客人は、動きやすそうな半袖ジャケットとショートパンツ姿の軽装の女性であった。そして部屋に入ってきて、まずローラの方に向き直ってフッと微笑んだ。

「……久しぶりね、ローラ。あのメネスを封印(・・・・・・)して以来……かれこれ1年以上前になるかしら?」


「ゾ……ゾーイ(・・・)? あ、あなた……」


 それはローラの高校時代の旧友にして、過去『バイツァ・ダスト』事件で古代のファラオ、メネスを復活させてしまい、そしてそのメネスを再封印する役割を担った女性……ゾーイ・ギルモアであった!
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