File31:ブルース・リー!?
文字数 3,659文字
「部屋から出ないで下さいっ!」
リンファは咄嗟に中の2人に怒鳴る。その時には既に男が今度は両手を広げるような姿勢で向かってきていた。リンファは素早く銃を抜き放つ。
「警察よ! 止まり――」
「――咎人どもに死をっ!!」
「ッ!!」
向けられた銃口を全く恐れる様子もなく男が喚きながら飛び掛かってくる。躊躇いは一瞬だった。これでも巡査時代に何度か人に向けて発砲の経験はあった。
――パァンッ! パァンッ!
乾いた銃声が轟く。
「――っ!?」
リンファはそこで三度、目を疑う。男の身体がやはり青白い膜に覆われたかと思うと、銃弾を全て弾いてしまったのだ。男が突き出してきた手に再び青白い光が――
「く……!!」
先程の壁を大きくひしゃげさせた光景が過る。何だか分からないが、あれ に当たったらヤバい。それだけは分かった。
リンファは顔を引き攣らせながら必死に後退する。すると男はターゲットを変更して、研究室の中に踏み込もうとする。
「……!」
男の狙いが解った。同時にゾーイやナターシャの『身辺警護』という意味合いがようやく理解できた。これはローラから任された大事な使命だ。彼女を失望させる訳には行かなかった。
リンファは部屋に入ろうとする男に向かって再び銃の引き金を絞った。効かない事は解ったが、牽制にはなるはずだ。案の定、男は煩わし気にリンファの方を振り向いた。
更に銃撃を加えて男の注意を引き付ける。男がまずリンファを排除しようと再び手を突き出して向かってきた。リンファは後退しながら更に銃撃を加えるが、やはり青白い膜に阻まれて銃弾は男に届かない。
(くそ、何よこれ! 反則でしょ!?)
リンファは激しく焦る。弾薬ももう残り少ない。奴の注意を引き付けられなくなったら、ゾーイ達を襲うのを止める手段がなくなる。
その時、部屋の中からゾーイの声が響いた。
「〈信徒〉の防護膜は攻撃 に対して自動的に反応するわ! ただ密着 するだけなら反応しないはずよ!」
「……!」
つまりあの膜はこの男が任意で発動している訳ではないという事か。考えてみれば発射された銃弾に対して任意で発動していてはとても間に合わない。さりとて何にでも自動的に反応していては、日常生活すら困難になってしまう。
反応する為のトリガー……つまり条件があるのだ。それがゾーイの言う所の『攻撃』という訳だ。
そう判断したリンファは銃を手放した。
「馬鹿めっ!」
男が青白い光を発生させた手を突き出してくる。たしかに防護膜とこの光は厄介だ。だが……
(……動きそのものは素人ね!)
青白い光の範囲 がどの程度か判別が付かないので、かなり大仰に身を屈めて男の手を躱す。そして……流れるように自然な、ゆっくりした体捌き で男の脚に手を触れた!
(……いける!)
リンファの中で予測は確信に変わった。
恐らく防護膜の発動条件は、『一定以上の速度で迫る物体に対して』だ。それが銃弾であろうと、突っ込んできた車であろうと、または振るわれた刃物や拳であろうと等しく、だ。
ならば防護膜が脅威と判断しない速度で、ゆっくりと 近付けばいい。そしてその予測は見事に的中した。
「何っ!?」
まさか相手が自分の身体に触れられるとは思わず、男が驚いたような声で慌てて足元のリンファに手を押し当てようとしてくる。
「ふっ!」
だがその前にまるで添えるように当てられた、密着した距離からのリンファの寸勁 が、男の腹に物凄い衝撃を与えた。
「ごぁっ!?」
男が胃液を撒き散らしながら後ろへよろめく。手応えを感じたリンファは間髪入れず追撃に移る。
「貴様ぁっ!!」
男は口から泡を吹きながら光を発する手を薙ぎ払ってくる。リンファは身体を捻るような動作でそれを躱すと、またゆっくりとした動きで自然に密着。男の懐に潜り込んだ体勢から、片手を男の顎の下に添えて……
「発っ!!」
再び寸勁……いや、暗勁 を発動した!
後ろに吹っ飛んで逃がす事も出来ない衝撃が脳を揺さぶり、男は完全に白目を剥いてその場に倒れ込んだ。
「ふぅぅぅーーー……!」
男が動き出さない事を確認して、リンファは詰めていた息を大きく吐いた。久々 の実戦だったが、何とか身体が動いてくれた。
「う、嘘……〈信徒〉を倒しちゃったの……?」
呆然とした声のナターシャが部屋から顔を覗かせた。隣ではゾーイも目を丸くしている。
「……あなた、中国人よね? カンフー、だっけ? ブルース・リーとかみたいな、そういう奴?」
ナターシャの疑問にリンファは苦笑する。東洋人の武術=ブルース・リーだ。特に格闘技や武術に詳しくない一般の欧米人の認識はこんなものだろう。
実際には中国にいた頃習っていた太極拳に、アメリカに来てからこの街のチャイナタウンにある八極拳の道場に通って覚えた技術をミックスさせた独自の拳法であった。
ただナターシャ達に太極拳だの八極拳だの言った所で、それこそリンファのヒエログリフのようにちんぷんかんぷんだろうから、特に詳しい説明は省いて頷いた。
「まあ、そんなトコです。それよりお2人は早くその解読作業とやらを。こいつは当分起きないと思いますし、私が見張っておきますので」
「え、ええ、そうね。本当にありがとう。助かったわ、リンファ」
ナターシャはやや引き攣った笑顔を浮かべてから、ゾーイと共に再び研究室に引っ込んだ。それを見送ってからリンファは盛大な溜息を吐いた。
(……これが無事に済んだら、ぜっっっったいに詳しい話を聞かせてもらいますからね、先輩!?)
そう決意を新たにするリンファであった。
その後1時間ほどが経過し、辺りが徐々に夕景色になってきた頃……。手ごたえがあったらしく、研究室からゾーイとナターシャの歓声が聞こえてきた。
「やったわ! これならメネスを何とか出来るはずよ!」
「ええ! 早速報せに向かいましょう! 後、準備 も整えないと!」
「あ……でも、ローラ達はまだ戻ってきていないかも……」
ふとゾーイが我に返ったように疑問を呈する。ナターシャは頷いた。
「ええ、その可能性を考慮して、ローラから予め発見した情報はまずあのジョン・ストックトン警部補に伝えるようにって言われてるわ。もし居れば、あのニックってFBI捜査官にもね」
「……!?」
知っている名前が飛び出してリンファはギョッとした。やはり警部補もこの件に関わっているらしい。ナターシャ達がリンファの方を見た。
「……という訳でリンファ。今すぐ私達一緒にLAPDに来て頂戴。後出来れば事前にジョンに連絡を入れておいて」
「わ、解りました……」
ここまで来ればもう否は無い。とことん付き合うまでだ。
「ローラには? メールでだけでも報せておく?」
ゾーイの質問にナターシャは今度はかぶりを振った。
「いえ……それはローラに止められているの。万が一 の時に、情報が奴等に漏れないようにって……」
「……! そう、ね……」
その答えにゾーイは唇を噛み締めながらも、一応納得した様子だった。そしてすぐに顔を上げた。
「それじゃローラ達の為にも急がないとね」
「ええ、すぐに向かいましょう!」
3人は足早に大学の構内を出て駐車場まで急ぐ。そしてそこで我が目を疑う事となった。
「な…………」
――街のあちこちから火の手が上がっていた。それに伴ってパトカーのサイレンが至る所から聞こえている。
「い、一体何が……」
言い掛けた時、リンファの携帯が鳴る。見るとストックトン警部補からだった。噂をすればという奴だ。
「は、はい! リンファです!」
『おう、今どこだっ!?』
全ての前置きをすっ飛ばしたジョンの声。リンファは目を白黒させながらも答える。
「い、今は大学に来てます! その……ナターシャさん達の警護で……」
『……! そうか……成果はあったのか!?』
「は、はい……! 何とか」
『そうか、じゃあすぐにそいつらと一緒に戻ってこい! 今こっちはてんやわんやだっ!』
「い、一体何が起きてるんですか!? あちこちから煙が上がって、パトカーや消防車が――」
『――テロだ』
「……は?」
リンファは自分の耳を疑った。
『手から青白い光を放って銃も効かない連中が、街のあちこちで一斉に破壊、殺人行為を起こしまくってやがるんだよ!警察署 も襲撃された!』
「……っ!!」
リンファだけでなく、話に聞き耳を立てていたナターシャとゾーイも絶句していた……
リンファは咄嗟に中の2人に怒鳴る。その時には既に男が今度は両手を広げるような姿勢で向かってきていた。リンファは素早く銃を抜き放つ。
「警察よ! 止まり――」
「――咎人どもに死をっ!!」
「ッ!!」
向けられた銃口を全く恐れる様子もなく男が喚きながら飛び掛かってくる。躊躇いは一瞬だった。これでも巡査時代に何度か人に向けて発砲の経験はあった。
――パァンッ! パァンッ!
乾いた銃声が轟く。
「――っ!?」
リンファはそこで三度、目を疑う。男の身体がやはり青白い膜に覆われたかと思うと、銃弾を全て弾いてしまったのだ。男が突き出してきた手に再び青白い光が――
「く……!!」
先程の壁を大きくひしゃげさせた光景が過る。何だか分からないが、
リンファは顔を引き攣らせながら必死に後退する。すると男はターゲットを変更して、研究室の中に踏み込もうとする。
「……!」
男の狙いが解った。同時にゾーイやナターシャの『身辺警護』という意味合いがようやく理解できた。これはローラから任された大事な使命だ。彼女を失望させる訳には行かなかった。
リンファは部屋に入ろうとする男に向かって再び銃の引き金を絞った。効かない事は解ったが、牽制にはなるはずだ。案の定、男は煩わし気にリンファの方を振り向いた。
更に銃撃を加えて男の注意を引き付ける。男がまずリンファを排除しようと再び手を突き出して向かってきた。リンファは後退しながら更に銃撃を加えるが、やはり青白い膜に阻まれて銃弾は男に届かない。
(くそ、何よこれ! 反則でしょ!?)
リンファは激しく焦る。弾薬ももう残り少ない。奴の注意を引き付けられなくなったら、ゾーイ達を襲うのを止める手段がなくなる。
その時、部屋の中からゾーイの声が響いた。
「〈信徒〉の防護膜は
「……!」
つまりあの膜はこの男が任意で発動している訳ではないという事か。考えてみれば発射された銃弾に対して任意で発動していてはとても間に合わない。さりとて何にでも自動的に反応していては、日常生活すら困難になってしまう。
反応する為のトリガー……つまり条件があるのだ。それがゾーイの言う所の『攻撃』という訳だ。
そう判断したリンファは銃を手放した。
「馬鹿めっ!」
男が青白い光を発生させた手を突き出してくる。たしかに防護膜とこの光は厄介だ。だが……
(……動きそのものは素人ね!)
青白い光の
(……いける!)
リンファの中で予測は確信に変わった。
恐らく防護膜の発動条件は、『一定以上の速度で迫る物体に対して』だ。それが銃弾であろうと、突っ込んできた車であろうと、または振るわれた刃物や拳であろうと等しく、だ。
ならば防護膜が脅威と判断しない速度で、
「何っ!?」
まさか相手が自分の身体に触れられるとは思わず、男が驚いたような声で慌てて足元のリンファに手を押し当てようとしてくる。
「ふっ!」
だがその前にまるで添えるように当てられた、密着した距離からのリンファの
「ごぁっ!?」
男が胃液を撒き散らしながら後ろへよろめく。手応えを感じたリンファは間髪入れず追撃に移る。
「貴様ぁっ!!」
男は口から泡を吹きながら光を発する手を薙ぎ払ってくる。リンファは身体を捻るような動作でそれを躱すと、またゆっくりとした動きで自然に密着。男の懐に潜り込んだ体勢から、片手を男の顎の下に添えて……
「発っ!!」
再び寸勁……いや、
後ろに吹っ飛んで逃がす事も出来ない衝撃が脳を揺さぶり、男は完全に白目を剥いてその場に倒れ込んだ。
「ふぅぅぅーーー……!」
男が動き出さない事を確認して、リンファは詰めていた息を大きく吐いた。
「う、嘘……〈信徒〉を倒しちゃったの……?」
呆然とした声のナターシャが部屋から顔を覗かせた。隣ではゾーイも目を丸くしている。
「……あなた、中国人よね? カンフー、だっけ? ブルース・リーとかみたいな、そういう奴?」
ナターシャの疑問にリンファは苦笑する。東洋人の武術=ブルース・リーだ。特に格闘技や武術に詳しくない一般の欧米人の認識はこんなものだろう。
実際には中国にいた頃習っていた太極拳に、アメリカに来てからこの街のチャイナタウンにある八極拳の道場に通って覚えた技術をミックスさせた独自の拳法であった。
ただナターシャ達に太極拳だの八極拳だの言った所で、それこそリンファのヒエログリフのようにちんぷんかんぷんだろうから、特に詳しい説明は省いて頷いた。
「まあ、そんなトコです。それよりお2人は早くその解読作業とやらを。こいつは当分起きないと思いますし、私が見張っておきますので」
「え、ええ、そうね。本当にありがとう。助かったわ、リンファ」
ナターシャはやや引き攣った笑顔を浮かべてから、ゾーイと共に再び研究室に引っ込んだ。それを見送ってからリンファは盛大な溜息を吐いた。
(……これが無事に済んだら、ぜっっっったいに詳しい話を聞かせてもらいますからね、先輩!?)
そう決意を新たにするリンファであった。
その後1時間ほどが経過し、辺りが徐々に夕景色になってきた頃……。手ごたえがあったらしく、研究室からゾーイとナターシャの歓声が聞こえてきた。
「やったわ! これならメネスを何とか出来るはずよ!」
「ええ! 早速報せに向かいましょう! 後、
「あ……でも、ローラ達はまだ戻ってきていないかも……」
ふとゾーイが我に返ったように疑問を呈する。ナターシャは頷いた。
「ええ、その可能性を考慮して、ローラから予め発見した情報はまずあのジョン・ストックトン警部補に伝えるようにって言われてるわ。もし居れば、あのニックってFBI捜査官にもね」
「……!?」
知っている名前が飛び出してリンファはギョッとした。やはり警部補もこの件に関わっているらしい。ナターシャ達がリンファの方を見た。
「……という訳でリンファ。今すぐ私達一緒にLAPDに来て頂戴。後出来れば事前にジョンに連絡を入れておいて」
「わ、解りました……」
ここまで来ればもう否は無い。とことん付き合うまでだ。
「ローラには? メールでだけでも報せておく?」
ゾーイの質問にナターシャは今度はかぶりを振った。
「いえ……それはローラに止められているの。
「……! そう、ね……」
その答えにゾーイは唇を噛み締めながらも、一応納得した様子だった。そしてすぐに顔を上げた。
「それじゃローラ達の為にも急がないとね」
「ええ、すぐに向かいましょう!」
3人は足早に大学の構内を出て駐車場まで急ぐ。そしてそこで我が目を疑う事となった。
「な…………」
――街のあちこちから火の手が上がっていた。それに伴ってパトカーのサイレンが至る所から聞こえている。
「い、一体何が……」
言い掛けた時、リンファの携帯が鳴る。見るとストックトン警部補からだった。噂をすればという奴だ。
「は、はい! リンファです!」
『おう、今どこだっ!?』
全ての前置きをすっ飛ばしたジョンの声。リンファは目を白黒させながらも答える。
「い、今は大学に来てます! その……ナターシャさん達の警護で……」
『……! そうか……成果はあったのか!?』
「は、はい……! 何とか」
『そうか、じゃあすぐにそいつらと一緒に戻ってこい! 今こっちはてんやわんやだっ!』
「い、一体何が起きてるんですか!? あちこちから煙が上がって、パトカーや消防車が――」
『――テロだ』
「……は?」
リンファは自分の耳を疑った。
『手から青白い光を放って銃も効かない連中が、街のあちこちで一斉に破壊、殺人行為を起こしまくってやがるんだよ!
「……っ!!」
リンファだけでなく、話に聞き耳を立てていたナターシャとゾーイも絶句していた……