File12:通じ合う心
文字数 3,658文字
市内にあるホテルのスイートルーム。ミラーカ が現在借りている部屋との事だ。ローラは部屋を見渡す。間違いなく彼女の自宅よりも広い。家具や調度品も相当に豪華だ。
(一体1泊で何ドルするのかしら? 詳しく聞いた事なかったけど、ミラーカって普段何してるんだろう)
相当な金を持っているのは確かだ。まさかどこかの金持ちの愛人にでも収まっているのだろうかと、妙な懸念を抱いてしまう。ローラはもう1人の同行者 の顔を覗き見る。
クレア・アッカーマン。FBIの捜査官だ。ローラと同じく先日の悪夢の夜を間一髪でミラーカに助けられている。緊張した面持ちで固くなっていた。
あの時ミラーカは酷い有様で、とても警察の前に姿を現せる状態ではなかったので、このホテルの部屋番号だけを伝えて、警察が来る前に姿を消したのであった。
話しを聞いていたクレアがショックから立ち直ったのか猛烈な勢いで同行を希望してきたので、一応事前に電話でミラーカの許可を取った上で一緒に連れてきていた。
因みに相棒? のジョンソン捜査官はあの夜『ルーガルー』に殺されていて、他の隊員達と共に死体となって発見された。他に無事だったのはジョンだけだが、彼もダリオ程ではないが結構な重傷を負っていたので、現在は病院で治療中だ。
あの場には制圧班が打ち捨ててあった重火器を手に突入してきたらしい。彼のお陰でローラ達も、そしてミラーカも救われたのだから感謝してもし切れない。
奥の部屋のドアが開いた。
「ふぅ……ごめんなさいね。待たせてしまったわね。まだ左腕が再生 し切っていないから着替えに少々手間取ってしまって」
ミラーカであった。相変わらず美しいその顔だが、今は疲労の色が濃い。ゆったりした服の左の袖だけが垂れているのが痛々しい。身体の方にもまだ大きな傷跡が残っているはずだ。
全てローラ達を守る為に付いた傷だ。ローラはギュッと拳を握り締める。
「ミラーカ……大丈夫? もしまだ辛いようなら、もう少し日を置いても……」
「ありがとう、ローラ。でも大丈夫よ。奴がまだ健在である以上、余り悠長にもしていられないでしょう?」
「そう、ね……」
手傷を負った『ルーガルー』は怒り狂っているはずだ。次の犠牲者が出るのも時間の問題だろう。一刻も早く奴を止めなければならない。
「さて、それじゃあまずあなたの方の事情から聞かせてくれない? そっちのお嬢さんの事も含めて、ね」
ローラは頷いてからこれまでの経緯を話し始める。FBIの事も打ち明ける。事前にクレアの了承は得ている。マコーミック邸での邂逅。ダリオの負傷。FBIからの提案。そして先日のゴルフ場での一件。
「なるほど、ね……」
話しを聞き終えたミラーカは思案顔になる。何か気になる点があるようだ。しかしそれを聞くより先に、クレアが身を乗り出さんばかりにミラーカに詰め寄る。
「さあ、こっちの事情は話したわ! 今度はあなたの番よ! あなたは一体何者なの!? 本当に吸血鬼なの!?」
「ちょ、ちょっと……」
ミラーカがその勢いに押されて戸惑った風にローラに視線を向けてくる。ローラは少し苦笑しながら頷く。どの道あの戦闘形態や心臓を貫かれても死なない姿を見られているのだ。下手に正体を隠すよりは、打ち明けて取り込んでしまった方がいいだろう。でないと今後も色々と動きづらくなる。
「はぁ……解ったわ。まあ、お察しの通りよ。私は500年前のワラキアで、かのドラキュラ公によって吸血鬼となったの……」
「……!」
ミラーカの話を聞き終わったクレアは一瞬驚いたものの、すぐに納得したような表情になる。
「なるほどね……。実は私達は『サッカー』の正体は吸血鬼だと睨んでいたのよ。私達が調査に乗り出す前に収束してしまったから、確認できず終いだったけど、これで裏付けが取れたわ」
「……! アッカーマン捜査官、まさかミラーカの事を……」
「え? ああ、いえ、勿論違うわよ? 彼女はその元同僚 達を止めてくれたんでしょう? 信じるわよ。命の恩人の言う事だしね」
クレアは慌ててかぶりを振った。一応その言葉に嘘は無さそうだと判断したローラはミラーカの方に向き直る。
「私達の方の事情はこんな所だけど……あなたの方はどうだったの? 無事に終わったの?」
「ええ、滞りなくね。誰にも知られない場所に封印してきたわ。もう二度とヴラドが復活する事はない。断言するわ」
「そう、それなら良かった……。でも、それならもうこの街に隠れている必要は無くなったのよね? どうして……戻ってきてくれたの?」
もしかしたらという自惚れにも似た思いはあった。そうであって欲しいと言う願いもある。だが、彼女の口からはっきりとそれを聞くまでは安心できない。ミラーカがローラから微妙に視線を逸らしつつ小さい声で言った。
「それは……約束したでしょう? 戻ってくるって」
「約束……確かにしてくれたわね。でも本当にその約束だけ が理由なの?」
「ロ、ローラ……」
真正面から斬り込んでくるローラに、ミラーカはタジタジとなる。だがローラが視線を逸らさない事を悟ると、ハァ……と溜息を吐いてから認めた 。
「ええ……あなたに会いたかったから。あなたから離れたくなかったから戻ってきたのよ。これで満足?」
ちょっと不貞腐れたようにそっぽを向くミラーカだが、それが照れ隠しである事は明白だった。普段クールなこの美女が見せる意外な一面。そしてそれを引き出したのが自分である事に、例えようもない嬉しさが込み上げてくる。
「ふふ、ええ、満足よ。ありがとう、ミラーカ。私も同じ気持ちよ」
「……ッ!」
ミラーカは動揺して頬が紅潮する。非常な色白肌なので、それはとても目立った。その時咳払いの音が聞こえた。
「おほん! ……2人の世界に入ってるらしい所申し訳ないけど、現実の世界に戻ってきてもらえるかしら? 『ルーガルー』をどうするのかっていう危急の問題があるはずよね?」
その言葉にローラ達はハッとする。そうだ。今は緊急に議論すべき課題がある。
「悔しいけどFBIの作戦は失敗に終わったわ。多大な犠牲を出してしまったし、これ以上の増援を求めるのは恐らく無理でしょうね」
クレアは歯ぎしりせんばかりの表情で呻く。そう言えば彼女はこの作戦の成功によって本部へ栄転するとの事だったが、これでその芽は無くなったのだろう。無念さが滲み出ているかのようだった。
「でも……どうしたら良いの? FBIの部隊も全滅。ミラーカでさえ敵わないような怪物相手じゃ……」
尋常な方法で追い詰める事は不可能だろう。下手を打てばこちらの犠牲が増えるだけだ。ヴラドの時も感じた無力感がローラを襲う。所詮人間は奴等人外の怪物相手には、ただ餌になる以外にない無力な存在なのだろうか。
「手がない事も無いんじゃなくって?」
ミラーカだ。ローラは顔を上げる。
「あいつとまともに戦っても勝ち目は無い……。なら別方向 から攻めてみるべきじゃないかしら?」
「別方向?」
「奴は人間が変身した姿、なのよね?」
「……!」
ミラーカの言いたい事が解った。クレアも同じだ。眼鏡をクィッと上げながら頷く。
「ええ、奴は高級住宅街でも白昼堂々と活動していた。あの姿のままでは不可能な芸当よ。普段は人間の姿を取っているのは間違いないわ」
そう。クレア達も一度はその事に言及していた。アーロン・マコーミックは自ら玄関を開けて、『ルーガルー』を家の中に入れていた。あんな化け物を自分から招き入れる人間などいないだろう。
「アーロンの知り合い、もしくはアーロンが家の玄関を開けても問題ないと判断した人物……。そこまでは推察できているのだけど……」
アーロンの知人の中に該当する人物はいなかった。皆アリバイがあったし、息子のショーンまで惨殺するような深い怨恨のある人物も出なかった。となると知人以外……それも怨恨の類いではないという事になる。
「しかも、奴はその家であなたに遭遇しておきながら、あなたを殺さなかったのよね?」
ミラーカの確認にローラは再度頷く。あの態度から『ルーガルー』は元々ローラの事を知っていた可能性が高い。つまり……ローラの知人という事だ。
だがただ知人というだけでは特定は不可能だ。ローラだってこの大都市ロサンゼルスで日々社会生活を送る現代人である。オンオフに関わらず大勢の人間と関わって生きている。その中の誰かがローラに興味を持っているのだとしても、余程不審な態度でも取らない限りローラからは解りようがない。
(一体1泊で何ドルするのかしら? 詳しく聞いた事なかったけど、ミラーカって普段何してるんだろう)
相当な金を持っているのは確かだ。まさかどこかの金持ちの愛人にでも収まっているのだろうかと、妙な懸念を抱いてしまう。ローラはもう1人の
クレア・アッカーマン。FBIの捜査官だ。ローラと同じく先日の悪夢の夜を間一髪でミラーカに助けられている。緊張した面持ちで固くなっていた。
あの時ミラーカは酷い有様で、とても警察の前に姿を現せる状態ではなかったので、このホテルの部屋番号だけを伝えて、警察が来る前に姿を消したのであった。
話しを聞いていたクレアがショックから立ち直ったのか猛烈な勢いで同行を希望してきたので、一応事前に電話でミラーカの許可を取った上で一緒に連れてきていた。
因みに相棒? のジョンソン捜査官はあの夜『ルーガルー』に殺されていて、他の隊員達と共に死体となって発見された。他に無事だったのはジョンだけだが、彼もダリオ程ではないが結構な重傷を負っていたので、現在は病院で治療中だ。
あの場には制圧班が打ち捨ててあった重火器を手に突入してきたらしい。彼のお陰でローラ達も、そしてミラーカも救われたのだから感謝してもし切れない。
奥の部屋のドアが開いた。
「ふぅ……ごめんなさいね。待たせてしまったわね。まだ左腕が
ミラーカであった。相変わらず美しいその顔だが、今は疲労の色が濃い。ゆったりした服の左の袖だけが垂れているのが痛々しい。身体の方にもまだ大きな傷跡が残っているはずだ。
全てローラ達を守る為に付いた傷だ。ローラはギュッと拳を握り締める。
「ミラーカ……大丈夫? もしまだ辛いようなら、もう少し日を置いても……」
「ありがとう、ローラ。でも大丈夫よ。奴がまだ健在である以上、余り悠長にもしていられないでしょう?」
「そう、ね……」
手傷を負った『ルーガルー』は怒り狂っているはずだ。次の犠牲者が出るのも時間の問題だろう。一刻も早く奴を止めなければならない。
「さて、それじゃあまずあなたの方の事情から聞かせてくれない? そっちのお嬢さんの事も含めて、ね」
ローラは頷いてからこれまでの経緯を話し始める。FBIの事も打ち明ける。事前にクレアの了承は得ている。マコーミック邸での邂逅。ダリオの負傷。FBIからの提案。そして先日のゴルフ場での一件。
「なるほど、ね……」
話しを聞き終えたミラーカは思案顔になる。何か気になる点があるようだ。しかしそれを聞くより先に、クレアが身を乗り出さんばかりにミラーカに詰め寄る。
「さあ、こっちの事情は話したわ! 今度はあなたの番よ! あなたは一体何者なの!? 本当に吸血鬼なの!?」
「ちょ、ちょっと……」
ミラーカがその勢いに押されて戸惑った風にローラに視線を向けてくる。ローラは少し苦笑しながら頷く。どの道あの戦闘形態や心臓を貫かれても死なない姿を見られているのだ。下手に正体を隠すよりは、打ち明けて取り込んでしまった方がいいだろう。でないと今後も色々と動きづらくなる。
「はぁ……解ったわ。まあ、お察しの通りよ。私は500年前のワラキアで、かのドラキュラ公によって吸血鬼となったの……」
「……!」
ミラーカの話を聞き終わったクレアは一瞬驚いたものの、すぐに納得したような表情になる。
「なるほどね……。実は私達は『サッカー』の正体は吸血鬼だと睨んでいたのよ。私達が調査に乗り出す前に収束してしまったから、確認できず終いだったけど、これで裏付けが取れたわ」
「……! アッカーマン捜査官、まさかミラーカの事を……」
「え? ああ、いえ、勿論違うわよ? 彼女はその
クレアは慌ててかぶりを振った。一応その言葉に嘘は無さそうだと判断したローラはミラーカの方に向き直る。
「私達の方の事情はこんな所だけど……あなたの方はどうだったの? 無事に終わったの?」
「ええ、滞りなくね。誰にも知られない場所に封印してきたわ。もう二度とヴラドが復活する事はない。断言するわ」
「そう、それなら良かった……。でも、それならもうこの街に隠れている必要は無くなったのよね? どうして……戻ってきてくれたの?」
もしかしたらという自惚れにも似た思いはあった。そうであって欲しいと言う願いもある。だが、彼女の口からはっきりとそれを聞くまでは安心できない。ミラーカがローラから微妙に視線を逸らしつつ小さい声で言った。
「それは……約束したでしょう? 戻ってくるって」
「約束……確かにしてくれたわね。でも本当にその約束
「ロ、ローラ……」
真正面から斬り込んでくるローラに、ミラーカはタジタジとなる。だがローラが視線を逸らさない事を悟ると、ハァ……と溜息を吐いてから
「ええ……あなたに会いたかったから。あなたから離れたくなかったから戻ってきたのよ。これで満足?」
ちょっと不貞腐れたようにそっぽを向くミラーカだが、それが照れ隠しである事は明白だった。普段クールなこの美女が見せる意外な一面。そしてそれを引き出したのが自分である事に、例えようもない嬉しさが込み上げてくる。
「ふふ、ええ、満足よ。ありがとう、ミラーカ。私も同じ気持ちよ」
「……ッ!」
ミラーカは動揺して頬が紅潮する。非常な色白肌なので、それはとても目立った。その時咳払いの音が聞こえた。
「おほん! ……2人の世界に入ってるらしい所申し訳ないけど、現実の世界に戻ってきてもらえるかしら? 『ルーガルー』をどうするのかっていう危急の問題があるはずよね?」
その言葉にローラ達はハッとする。そうだ。今は緊急に議論すべき課題がある。
「悔しいけどFBIの作戦は失敗に終わったわ。多大な犠牲を出してしまったし、これ以上の増援を求めるのは恐らく無理でしょうね」
クレアは歯ぎしりせんばかりの表情で呻く。そう言えば彼女はこの作戦の成功によって本部へ栄転するとの事だったが、これでその芽は無くなったのだろう。無念さが滲み出ているかのようだった。
「でも……どうしたら良いの? FBIの部隊も全滅。ミラーカでさえ敵わないような怪物相手じゃ……」
尋常な方法で追い詰める事は不可能だろう。下手を打てばこちらの犠牲が増えるだけだ。ヴラドの時も感じた無力感がローラを襲う。所詮人間は奴等人外の怪物相手には、ただ餌になる以外にない無力な存在なのだろうか。
「手がない事も無いんじゃなくって?」
ミラーカだ。ローラは顔を上げる。
「あいつとまともに戦っても勝ち目は無い……。なら
「別方向?」
「奴は人間が変身した姿、なのよね?」
「……!」
ミラーカの言いたい事が解った。クレアも同じだ。眼鏡をクィッと上げながら頷く。
「ええ、奴は高級住宅街でも白昼堂々と活動していた。あの姿のままでは不可能な芸当よ。普段は人間の姿を取っているのは間違いないわ」
そう。クレア達も一度はその事に言及していた。アーロン・マコーミックは自ら玄関を開けて、『ルーガルー』を家の中に入れていた。あんな化け物を自分から招き入れる人間などいないだろう。
「アーロンの知り合い、もしくはアーロンが家の玄関を開けても問題ないと判断した人物……。そこまでは推察できているのだけど……」
アーロンの知人の中に該当する人物はいなかった。皆アリバイがあったし、息子のショーンまで惨殺するような深い怨恨のある人物も出なかった。となると知人以外……それも怨恨の類いではないという事になる。
「しかも、奴はその家であなたに遭遇しておきながら、あなたを殺さなかったのよね?」
ミラーカの確認にローラは再度頷く。あの態度から『ルーガルー』は元々ローラの事を知っていた可能性が高い。つまり……ローラの知人という事だ。
だがただ知人というだけでは特定は不可能だ。ローラだってこの大都市ロサンゼルスで日々社会生活を送る現代人である。オンオフに関わらず大勢の人間と関わって生きている。その中の誰かがローラに興味を持っているのだとしても、余程不審な態度でも取らない限りローラからは解りようがない。