File12:狂気の研究室
文字数 3,762文字
そこは海や波の侵食によって自然に出来た洞窟を加工して作られた……一種の研究室 のような場所だった。
洞窟の最奥部はドーム状のかなり広い空間になっており、そこかしこに何の用途に使うかも不明な機器や機材類が置かれていた。
そしていくつか設置されている檻の中には、犬や猫、そして猿だろうか。そうした哺乳類と魚類とが掛け合わさったような奇怪な生物達が動き回っていた。
そんな不気味極まる研究室の中、ローラは金属製の寝台の上に寝かされていた。毒による麻痺は大方抜けていたが、その代わり寝台の四隅に手足を縛られ口にはダクトテープのような物を貼られていた。
隣にもう一つ同じ寝台が並べられており、そこにはヴェロニカが同じように縛り付けられていた。
(ここは……一体どこ? それにこの研究室と思しき設備……まさか)
麻痺による意識消失から目覚めると、既にこの状況になっていた。『ディープ・ワン』がこのようにローラ達を寝台に縛り付けたとは思えない。
ならばこれは人間 の手によるもののはずだ。そしてこの天然の洞窟を改造したと思しき研究室……
ローラの脳裏に先日ミラーカが言っていた人物の事が浮かんだ。そこに近づいてくる者が1人……
「ふふん、いい様だな、女刑事さん。今の気分はどうだ?」
「……!」
現れたのは……クラウス・ローゼンフェルトであった。病院から逃げ出して行方を眩ませていたはずのこの男が何故ここに……?
「ここはサンタカタリナ島にある祖父の秘密の研究所さ。まさかここに逃げ込む羽目になるとは……。皆お前のせいだ!」
ローラの内心の疑問が聞こえた訳でもないだろうが、クラウスは憎悪に満ちた口調と表情でローラを睨みつける。
(サンタカタリナ島……!? まさか州外に逃げずにこんな所に潜伏していたなんて……!)
これはローラだけでなく、クレア達にとっても盲点だったはずだ。それでもクレアであれば、クラウスの足取りからいずれはここを突き止めるかも知れないが、流石に昨日の今日では難しいだろう。
「不思議かい? 今自分達が置かれてる状況が。不思議だろうなぁ!」
クラウスは嘲るようにそう笑うと、その顔を邪悪な喜色に歪めながらローラ達を見下ろしてきた。その瞳に、表情に下劣な欲望が宿るのをローラは敏感に感じ取った。
「んん!? んんんーー!」
ヴェロニカも同じ物を感じ取ったらしく、テープで塞がれた口でうめき声を漏らしながら身をもがかせるが、拘束された身体が揺れ動くだけであった。
ローラは濡れた服を剥ぎ取られてブラとショーツだけの下着姿にさせられていたし、ヴェロニカはライフガードの赤い水着姿のままだ。こんな格好で寝台の四隅に手足を縛られて拘束されているのだ。男の劣情を催すには充分すぎる光景だろう。
「ふ、ふ……。あいつ がお前達を殺さずにここに連れてきた時は驚いたが、こうなって見るとむしろ殺さずに連れてきてくれて正解だったかも知れんなぁ」
「……!」
クラウスが下品に嗤いながらローラの身体に手を伸ばしてくる。男の手がローラの胸を、お腹を、太ももを無遠慮に這い回る。おぞましい感触にローラはギュッと目を瞑り、ミラーカとの情事を思い出しながら必死に耐えた。
「ふふふ……いい顔だ。少しは溜飲も下がろうという物だ」
クラウスはローラの身体から手を離すと、今度はヴェロニカの方を向いた。ヴェロニカがビクッと身を強張らせるのに構わず、彼女の身体にも手を伸ばすクラウス。
「ふふ、こっちもいい感触だ」
「ん! んん!」
必死で身を捩らせるヴェロニカ。調子に乗ったクラウスが増々鼻息を荒くしてヴェロニカをまさぐっていると、不意に彼の後ろで何かを叩きつけるような大きな音が響いた。
驚いたローラが首を上げて音のした方に視線を向けると、そこには……
(ディ、『ディープ・ワン』……!)
夜、しかも遠目で見た前回と違い、比較的明るい照明の元、間近で初めて見る異形の姿であった。鮫と硬骨魚類と、そして人間の特徴を併せ持つ海の怪物。『ディープ・ワン』の姿がそこにあった。
このドーム状の研究室は、3分の1ほどが外の海と直接繋がっているらしい大きな水路の入口となっていた。どうやらそこから這い上がってきたようだ。
「む……何だ、お前か。今いい所なんだから邪魔をするな、このウスノロめ!」
クラウスはそう言って毒づいてから再びヴェロニカを撫で回そうとするが、『ディープ・ワン』が再び地面に手を打ち付けて威嚇するような仕草をした。
それはまるでクラウスの所業に怒っているようにも見えた。そこに明確な「敵意」をローラは感じ取った。
「な、何だ、化け物の分際で! 俺のやる事にケチを付ける気か!? いいから引っ込んでろ!」
クラウスは近くにあった台の上に置いてあった長い探針のような物を手に取って、それで『ディープ・ワン』を殴りつけた。
『ディープ・ワン』はその衝撃にも微動だにせず、クラウスを睨みつけると、その鮫の歯をむき出しにした。片手が持ち上がる。それはあの毒針を射出する時の体勢にも似ていて――
「ひっ!?」
クラウスもそれを感じ取ったらしく、先程までの威勢はどこへやら、その顔を青ざめさせて引きつった悲鳴を漏らす。
その指先から例の毒針が射出されようかという瞬間――
「――そこまでだ!!」
鋭い制止の一喝によって『ディープ・ワン』の動きが止まる。
『ディープ・ワン』が入ってきたと思しき水路とは反対側のドームの壁に、外の陸地へ繋がっていると思われるドアが取り付けられていた。そのドアの前に、たった今入ってきたと思われる1人の人物が立って、こちらを鋭い目付きで睥睨していた。
「クラウス、遊び過ぎだ。こやつは基本的 にはこちらの命令に従うが、自由意志も持っている知性ある存在だという事を忘れるな。その意志を無視して無体や挑発を繰り返せば、今のように暴発 する危険もあるのだ」
現れた人物はそう言いながらツカツカとこちらに歩み寄ってくる。それは……パッと見には70歳前後に見える初老の男性であった。その姿勢も足取りも全く老いを感じさせない力強いものであった。
「む……おほん! ……お祖父様、やはり自由意志を持たせるなど危険です。完全に我々の命令に服従する兵器を作った方が……」
クラウスがバツが悪そうに咳払いした後、それを誤魔化すように反論する。ローラはクラウスの言ったお祖父様という言葉が気になった。
(お祖父様? じゃあもしかしてこの男がミラーカの言っていたナチスの……? 外見だけなら祖父じゃなく父親くらいに見えるけど……)
「クラウス、何度も言っているだろう。それでは単純な命令しか遂行できんロボットと同じだ。魚雷と大差ない存在でしかなくなる。命令を受諾しつつ独自に周囲の状況や環境を判断して、臨機応変に行動する……。それでこそ完全なる兵器 足り得るのだ。そしてその為には高い知能が必要であり、その知能を活かす為にはある程度の自由意志は必須の条件なのだ」
老人の言葉にクラウスは苦虫を噛み潰したような表情になって押し黙る。老人の言葉通り、今までに何度も繰り返された議論なのだろう。
老人がローラの方に近づいてくると、彼女の口を塞いでいるテープを剥がした。
「やあ、気分はどうかね、ローラ・ギブソン部長刑事?」
「……! 何故私の名前を……?」
「それは勿論、濡れた君の服に入っていた身分証を拝見したからだよ。ロサンゼルス市警の刑事か……。わざわざ隣のロングビーチの事件に首を突っ込んでくるとは、もしや失踪した同僚 の行方を探しているのかね?」
「ッ! やはりあなた達が……!」
ローラが唇を噛みしめると、老人はヌッと顔を近づけてきた。
「ふむ、やはり ときたか……。君はどうやって我々に……いや、その可能性 に気づいたのかね? 通常、このような世間一般の常識から考えて荒唐無稽 と言っても良い結論に辿り着く事はまず無いはずだ。だからこそこのクラウスも油断しきっていたのだろうが」
揶揄されたクラウスがまた表情を歪める。彼は絶対に事実 を追求されるはずがないと高を括っていた為、いざローラにそれに言及した質問をされた際に、咄嗟に演技が出来ずに挙動不審な態度になってしまったのだ。
「……世の中には人間には想像もできない神秘が数多くある。私は実際にそれを体験してきた。だからすぐに気付いたのよ……!」
「神秘だと?」
老人の眉がピクッと吊り上がる。ローラは会話の主導権を握れるのは今しかないと、思い切って踏み込む。
「ええ、そうよ。だから、あなたの事も知っているのよ。……エルンスト・ローゼンフェルト!」
「……!」
老人が目を見開く。老人だけでなくクラウスも驚愕したようにこちらを注視していた。どうやら的中してくれたようだ。
洞窟の最奥部はドーム状のかなり広い空間になっており、そこかしこに何の用途に使うかも不明な機器や機材類が置かれていた。
そしていくつか設置されている檻の中には、犬や猫、そして猿だろうか。そうした哺乳類と魚類とが掛け合わさったような奇怪な生物達が動き回っていた。
そんな不気味極まる研究室の中、ローラは金属製の寝台の上に寝かされていた。毒による麻痺は大方抜けていたが、その代わり寝台の四隅に手足を縛られ口にはダクトテープのような物を貼られていた。
隣にもう一つ同じ寝台が並べられており、そこにはヴェロニカが同じように縛り付けられていた。
(ここは……一体どこ? それにこの研究室と思しき設備……まさか)
麻痺による意識消失から目覚めると、既にこの状況になっていた。『ディープ・ワン』がこのようにローラ達を寝台に縛り付けたとは思えない。
ならばこれは
ローラの脳裏に先日ミラーカが言っていた人物の事が浮かんだ。そこに近づいてくる者が1人……
「ふふん、いい様だな、女刑事さん。今の気分はどうだ?」
「……!」
現れたのは……クラウス・ローゼンフェルトであった。病院から逃げ出して行方を眩ませていたはずのこの男が何故ここに……?
「ここはサンタカタリナ島にある祖父の秘密の研究所さ。まさかここに逃げ込む羽目になるとは……。皆お前のせいだ!」
ローラの内心の疑問が聞こえた訳でもないだろうが、クラウスは憎悪に満ちた口調と表情でローラを睨みつける。
(サンタカタリナ島……!? まさか州外に逃げずにこんな所に潜伏していたなんて……!)
これはローラだけでなく、クレア達にとっても盲点だったはずだ。それでもクレアであれば、クラウスの足取りからいずれはここを突き止めるかも知れないが、流石に昨日の今日では難しいだろう。
「不思議かい? 今自分達が置かれてる状況が。不思議だろうなぁ!」
クラウスは嘲るようにそう笑うと、その顔を邪悪な喜色に歪めながらローラ達を見下ろしてきた。その瞳に、表情に下劣な欲望が宿るのをローラは敏感に感じ取った。
「んん!? んんんーー!」
ヴェロニカも同じ物を感じ取ったらしく、テープで塞がれた口でうめき声を漏らしながら身をもがかせるが、拘束された身体が揺れ動くだけであった。
ローラは濡れた服を剥ぎ取られてブラとショーツだけの下着姿にさせられていたし、ヴェロニカはライフガードの赤い水着姿のままだ。こんな格好で寝台の四隅に手足を縛られて拘束されているのだ。男の劣情を催すには充分すぎる光景だろう。
「ふ、ふ……。
「……!」
クラウスが下品に嗤いながらローラの身体に手を伸ばしてくる。男の手がローラの胸を、お腹を、太ももを無遠慮に這い回る。おぞましい感触にローラはギュッと目を瞑り、ミラーカとの情事を思い出しながら必死に耐えた。
「ふふふ……いい顔だ。少しは溜飲も下がろうという物だ」
クラウスはローラの身体から手を離すと、今度はヴェロニカの方を向いた。ヴェロニカがビクッと身を強張らせるのに構わず、彼女の身体にも手を伸ばすクラウス。
「ふふ、こっちもいい感触だ」
「ん! んん!」
必死で身を捩らせるヴェロニカ。調子に乗ったクラウスが増々鼻息を荒くしてヴェロニカをまさぐっていると、不意に彼の後ろで何かを叩きつけるような大きな音が響いた。
驚いたローラが首を上げて音のした方に視線を向けると、そこには……
(ディ、『ディープ・ワン』……!)
夜、しかも遠目で見た前回と違い、比較的明るい照明の元、間近で初めて見る異形の姿であった。鮫と硬骨魚類と、そして人間の特徴を併せ持つ海の怪物。『ディープ・ワン』の姿がそこにあった。
このドーム状の研究室は、3分の1ほどが外の海と直接繋がっているらしい大きな水路の入口となっていた。どうやらそこから這い上がってきたようだ。
「む……何だ、お前か。今いい所なんだから邪魔をするな、このウスノロめ!」
クラウスはそう言って毒づいてから再びヴェロニカを撫で回そうとするが、『ディープ・ワン』が再び地面に手を打ち付けて威嚇するような仕草をした。
それはまるでクラウスの所業に怒っているようにも見えた。そこに明確な「敵意」をローラは感じ取った。
「な、何だ、化け物の分際で! 俺のやる事にケチを付ける気か!? いいから引っ込んでろ!」
クラウスは近くにあった台の上に置いてあった長い探針のような物を手に取って、それで『ディープ・ワン』を殴りつけた。
『ディープ・ワン』はその衝撃にも微動だにせず、クラウスを睨みつけると、その鮫の歯をむき出しにした。片手が持ち上がる。それはあの毒針を射出する時の体勢にも似ていて――
「ひっ!?」
クラウスもそれを感じ取ったらしく、先程までの威勢はどこへやら、その顔を青ざめさせて引きつった悲鳴を漏らす。
その指先から例の毒針が射出されようかという瞬間――
「――そこまでだ!!」
鋭い制止の一喝によって『ディープ・ワン』の動きが止まる。
『ディープ・ワン』が入ってきたと思しき水路とは反対側のドームの壁に、外の陸地へ繋がっていると思われるドアが取り付けられていた。そのドアの前に、たった今入ってきたと思われる1人の人物が立って、こちらを鋭い目付きで睥睨していた。
「クラウス、遊び過ぎだ。こやつは
現れた人物はそう言いながらツカツカとこちらに歩み寄ってくる。それは……パッと見には70歳前後に見える初老の男性であった。その姿勢も足取りも全く老いを感じさせない力強いものであった。
「む……おほん! ……お祖父様、やはり自由意志を持たせるなど危険です。完全に我々の命令に服従する兵器を作った方が……」
クラウスがバツが悪そうに咳払いした後、それを誤魔化すように反論する。ローラはクラウスの言ったお祖父様という言葉が気になった。
(お祖父様? じゃあもしかしてこの男がミラーカの言っていたナチスの……? 外見だけなら祖父じゃなく父親くらいに見えるけど……)
「クラウス、何度も言っているだろう。それでは単純な命令しか遂行できんロボットと同じだ。魚雷と大差ない存在でしかなくなる。命令を受諾しつつ独自に周囲の状況や環境を判断して、臨機応変に行動する……。それでこそ完全なる
老人の言葉にクラウスは苦虫を噛み潰したような表情になって押し黙る。老人の言葉通り、今までに何度も繰り返された議論なのだろう。
老人がローラの方に近づいてくると、彼女の口を塞いでいるテープを剥がした。
「やあ、気分はどうかね、ローラ・ギブソン部長刑事?」
「……! 何故私の名前を……?」
「それは勿論、濡れた君の服に入っていた身分証を拝見したからだよ。ロサンゼルス市警の刑事か……。わざわざ隣のロングビーチの事件に首を突っ込んでくるとは、もしや
「ッ! やはりあなた達が……!」
ローラが唇を噛みしめると、老人はヌッと顔を近づけてきた。
「ふむ、
揶揄されたクラウスがまた表情を歪める。彼は絶対に
「……世の中には人間には想像もできない神秘が数多くある。私は実際にそれを体験してきた。だからすぐに気付いたのよ……!」
「神秘だと?」
老人の眉がピクッと吊り上がる。ローラは会話の主導権を握れるのは今しかないと、思い切って踏み込む。
「ええ、そうよ。だから、あなたの事も知っているのよ。……エルンスト・ローゼンフェルト!」
「……!」
老人が目を見開く。老人だけでなくクラウスも驚愕したようにこちらを注視していた。どうやら的中してくれたようだ。