File42:永遠の別れ

文字数 4,112文字


「おのれ、この凡愚めがぁっ!!」

 劣勢に業を煮やしたのかメネスが吼えると、一旦大きく後ろに跳び退った。そして両手を縦にして少し間隔を空けるような奇妙な構えを取った。するとその両手に見る見るうちに砂が集まっていき、まるで巨大な獣の爪のような形状になった。

「王の前にひれ伏せっ!!」

 その両腕の『爪』で挟み込むようにサリエルに襲い掛かる。『爪』はメネス(ゾーイ)自身の身体よりも大きい馬鹿げたサイズであり、あれに挟み込まれたら一瞬で原型を留めないくらいズタズタにされるだろう。

 それに対してサリエルは避ける訳でもなく、大鎌を両手に携えて振りかぶる。そして薙ぎ払うように一閃。

「…………お」

 メネスの気の抜けたような声。砂の『爪』に横一直線の筋が入り、まるで紙細工のように儚く崩れ霧散した。いや、『爪』だけでなく……


「ば……馬鹿、な……。余が……余は、不死の……」

 メネス(ゾーイ)の肉体にも綺麗な線が走り、深い裂傷が穿たれる。その傷はどう見ても致命傷であった。

 本来のメネスであれば斬撃の類いは無効化できたであろうが、生憎まだ完全には復活しておらずゾーイの肉体に閉じ込められて(・・・・・・・)いる状態であった。そしてこの状態で入れ物(・・・)に致命傷を負ったという事は……

 メネスの口から大量の血液が零れ落ちる。


「認めぬ……。このような結末……余は認めぬぞぉぉぉっ!!」

 メネスが血反吐を吐きながらも最後の力を振り絞って砂を集めようとするが、その前にサリエルの髑髏の口が開いた。その口から暗黒の炎が放射されて、メネスの身体を一瞬で呑み込んだ。

「――――ぉぁぁぁ……!」

 断末魔の叫びも漆黒の炎に呑み込まれて、ゾーイの肉体ごと跡形も無く焼き尽くされ消滅していった。


 5000年の時を経て甦り、一度倒された後もゾーイの肉体に取り憑いて復活を果たそうとしていた狂気と執念の王は、死神の手により今度こそこの世から消滅し、冥府の底へと送り返されていった。


「……っ」

 その光景を見ていたローラはメネスではなく、旧友であるゾーイのせめてもの冥福を祈った。今彼女の魂は、邪悪な呪縛からようやく解放されたのだ。

(ゾーイ……あなたの仇も死んだわ。せめて安らかに眠って)

 旧友への祈りを捧げたローラは意識を切り替える。メネスを葬り去った死神がこちらに向き直る。ここからは自分達が生き延びる為に全力を尽くさねばならない。


「ヴェロニカ……まだ?」
「も、もう少しです……!」

 ローラが目線はサリエルに固定したままで問い掛けると、ヴェロニカも切羽詰まった様子で答える。必死に霊力を練り上げている様子が伝わってくる。メネスがある程度時間を稼いでくれたが、それでも今少し足りなかったようだ。

 ローラも既にかなりの神聖弾を撃ち込んでおり、これ以上霊力と弾薬の無駄撃ち(・・・・)は出来ない。

 サリエルがこちらに向かって骨の手を翳す。するとその掌に黒いスパークが発生し、ほぼ同時に黒い雷光が迸った。同じ黒雷でも指先から放つ物よりも太く、攻撃範囲も広い。

「く……風の精霊よっ!!」

 モニカが風の防壁を全開にして黒雷を受け止める。黒雷は風の防壁に接触すると激しくスパークを撒き散らしながらも、消える事無く防壁を押し込んでくる。

「ぐ……うぅぅぅ……!」

 凄まじい圧力に晒されて急速に防壁を押し込まれているモニカが、脂汗を大量に流して苦し気に呻く。

「モニカ!? く……」

 ローラは歯噛みする。今彼女が神聖弾を撃っても、それは一時凌ぎにしかならない。それでは同じ事の繰り返しで、ジワジワと追い詰められていくだけだ。

 モニカの防壁が破られたら、恐らく自分達は一瞬にして黒雷に焼き尽くされるだろう。黒雷が風の防壁を破るのが先か、こちらの準備(・・)が整うのが先か。それによって全てが決まる。

「ぐ……く……も、もう……」

「モニカ、頑張って!」

 モニカが限界を迎えて膝を着いてしまう。黒雷は最早目の前まで迫っている。やはり駄目なのか……。 

 ローラは絶望しかけるが、その時待望の合図が耳に届く。


「ローラさん、行けますっ!」

「……っ! 良し! 合図で一斉に撃つわよ!」

 ローラは改めてデザートイーグルを構えて、激しいスパークの向こうにいるサリエルの姿に狙いを定める。

(お願い……これで決まって!)

「今よっ!」「はい!」

 ――ドウゥゥゥゥンッ!!

 重い銃声に被さるように、ヴェロニカの『大砲』も同時に発射される。『大砲』はローラの神聖弾と一体になり、超々大口径の『神聖砲弾(ホーリーキャノン)』へと変化した。


 『神聖砲弾』はサリエルが放つ黒雷を容易く打ち破り消滅させながら真っ直ぐに突き進む。


 サリエルの身体からあの冷気と黒い霜が噴き付けられる。神聖弾やメネスの攻撃も受け止めた絶対の防御が『神聖砲弾』を迎え撃ち……

『……!!』 

 黒い霜と氷の防壁が粉々に砕け散った。ここで『大砲』の分のエネルギーを使い果たしたが、『大砲』に守られていた神聖弾はそのまま直進。遂にサリエルの身体に直撃、貫通した!




『…………見事、ダ』

 サリエルは短くそれだけを告げた。そして……彼の身体、その神聖弾が貫通した傷口(・・)から瘴気のような物が漏れ出て立ち昇っていく。

「……教えて。あなたは何だったの? 何故今まで私達を助けてくれたの?」

 決着を悟ったローラが銃を下ろして静かに問いかける。勿論彼の主人があのエリゴールだったならその目的は明らかだ。『特異点』たるローラを利用してミラーカにより多くの人外の怪物をぶつける為。その為にサリエルはローラ達をサポートしてきたのだ。

 だが……それだけではない気がした。何故かローラにはそれが解った。そもそもそれだと【悪徳郷】との戦いで戦死した仲間達を救ってくれた説明がつかない。ローラと【蠱毒】たるミラーカは生き残っていたのだ。ならば仲間達はいない方が、その後残った自分達を殺すのは遥かに容易かったはず。


『…………』

 サリエルはしばらく黙って動かなかったが、やがて片方の手を動かすと自らの髑髏の顔に掌を充てがった。そしてその手が再び退かされた時……

「……っ!!」

 ローラは目を瞠った。いや、彼女だけではない。後ろにいたヴェロニカとモニカも同様だった。

「そ、そんな、あなたは……」

 かすれた声はモニカの物。ローラも勿論驚いていた。だが反面……不思議な程冷静にその事実を受け止めている自分がいる事にも気付いていた。何故だろうか。何となくだが、僅かな予感(・・)のようなものがあった。


神父様(・・・)。あなたが……『死神』だったんですね?」


 サリエルの顔は、ローラが非常によく知っている人物……ウォーレン神父のものに変わっていたのだ。 

「ああ……ローラ。とうとうこの時が来てしまったね。でもいずれは避けられない事でもあった」

 サリエル――ウォーレンは、ローラが聞き慣れた声で喋る。その声も口調も抑揚も……全て彼が本物(・・)のウォーレン神父だと告げていた。

 ローラの目が涙で曇る。そして目尻から一筋の涙が頬を伝う。


「神父様……教えて下さい。あなたはただあの男に命令されて私の後見人になったのですか? あなたのこれまでの言葉は、愛情は全て偽りの物だったのですか?」

 彼女はかつてマイヤーズ警部補にも同じような問いかけをした事を思い出していた。そしてあの時は残酷な形で裏切られた。

 果たしてウォーレンは……ゆっくりとかぶりを振った。

「最初は確かにエリゴールの意志で君に接近した。君の人生に干渉(・・)する為にね。だが……いっそ君が学生時代の頃の嫌な少女のままでいてくれたらと思うよ。君は自らの境遇にもめげず、私が誘導するまでもなく警察官を志し、そして弱きを助け強きをくじく立派な人物へと成長した。私はいつしか君の事が……誇り(・・)になっていたんだよ」

「……!」

 ローラの目から増々大粒の涙が溢れてくる。もうそれだけで充分だった。彼の愛情は本物であった。『死神』としてのこれまでの行動もエリゴールからの指示だけではない、ウォーレン神父の意志も介在していたのだ。


 彼はずっと……すぐ近くでローラの事を見守って、助けてくれていたのだ。それが解っただけで、ローラは充分であった。


 ウォーレンはモニカの方にも顔を向けた。

「モニカ、君の事はあの教会に新しく赴任してくるだろう後任の神父に頼んである。君は今後もあそこで暮らしてくれていいんだ」

「……! し、神父様……」

 モニカも言葉に詰まっていた。ウォーレンは再びローラに視線を戻す。

「ああ、そろそろお別れのようだ。前に君に言った事は本当だ。私が死ぬ事で簡易的な『ゲート』が出来る。それを通って元の世界に帰るんだ」

 ウォーレンの身体から立ち昇る瘴気の量がどんどん増えていき、反比例するように彼の身体が徐々に崩れていく。

「神父様、ミラーカ達がどこにいるのかご存知ありませんか?」

 最後にどうしても気になっている事を聞く。するとウォーレンは再びかぶりを振った。

「どこにいるかは知っているが、同時に君達が助けに行ける場所ではない事も知っている。大丈夫。君がこうして試練に打ち勝って生還するように、彼女もきっと無事に戻ってくる。それを信じるんだ」

「……! 分かりました、ミラーカを信じます」

 そうだ。ローラがこうして勝ったのだから、ミラーカだってきっと同じように生還してくれる。それを信じるのだ。


「うん、それでいい。……さようなら、ローラ。君との……君やジェシカ達との時間は私にとってとても楽しいものだったよ。ありがとう」

「神父様、私は決してあなたの事を忘れません。本当に今まで……ありがとうございました」

 ローラが万感を込めてそう言うと、彼はニッコリと微笑んだ。そして……完全に瘴気の塵となって消滅していった。


「神父様……」

 ローラは彼が消えた虚空を見つめながら大粒の涙を流し続ける。モニカとヴェロニカは彼女の心情を慮って、何も言わずにそっとローラの肩に手を添えた。

 そして……彼女らの目の前に、あの『ゲート』を小さくしたような虚空の穴が空いた。ローラは涙を拭うと、2人と目を合わせて頷き合う。

 後は躊躇う事無く、3人で一緒にその小さな『ゲート』を潜っていった。
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