File13:近付く犯人像

文字数 3,100文字


「もう一つ気になっている事があるのだけど……FBIの人間は1人残らず全滅したのよね?」


 ミラーカがクレアに確認すると、彼女は顔を歪めながらも頷いた。ジョンソン捜査官も含めて、あの場に派遣されていたFBIは、ミラーカに助けられたクレアを除いて全滅しているのが確認されている。


「どうしてあの彼……ジョンだったかしら? 市警の刑事である彼だけが生き残っていたのかしら? 確かに怪我はしているけど、命に別状がある程ではないでしょう?」

「…………」


 現場が混乱している事もあってその事にまで頭が回っていなかったが、冷静になって考えてみると確かに腑に落ちない。FBIの人間達は皆即死と言っても良い状態だったのに、偶然FBIではないジョンだけが怪我で済んだ? いや、勿論彼が生き残ってくれて嬉しいのだが、それとこれとは話が別だ。
 
 いやそもそもマコーミック邸で襲われたダリオにしても即死した訳ではない。訓練されたFBIの隊員を反応すらさせずに殺したあの化け物が、ダリオやジョンだけは仕損じた……。そんな事があり得るのだろうか?
 そこまで考えた時、ローラの頭に恐ろしい結論が浮かび上がってきた。


「ま、まさか……」

「……市警の刑事は殺さずに、FBIの人間だけ狙って殺した。明らかに偶然ではあり得ないわ。そしてそんな事をする理由がある者と言えば……」

「『ルーガルー』は……う、うちの……ロサンゼルス市警の人間だって事!?」

「……そう考えるのが最も自然ではなくって?」

「ッ!」


 その事実を認めがたいローラは身体を震わせる。だがクレアは神妙な顔で頷いていた。


「なるほど。たしかに刑事ならアーロン・マコーミックが無防備に家に入れたとしても不自然じゃない……」

「ええ。それにこれまでの被害者の中にも、その刑事の仮面に騙された者がいるかも知れない」

「……奴が今まであれ程効率的(・・・)に『狩り』が出来ていた理由の説明にもなるわね。考える程に腑に落ちるわ」


 ローラを置いてきぼりにして、どんどん状況証拠が出揃っていく。


「となると、まだ4歳のショーン・マコーミックまで殺された理由は……」

「……恐らく『ルーガルー』の素顔(・・)を見てしまったからでしょうね。4歳児だって犯人の顔を覚えていて指差す位は出来る――」


「――も、もうやめてっ!」


 耐え切れなくなってローラは大声で遮った。これ以上聞くに堪えなかった。だがミラーカが容赦なく続ける。


「ローラ……。気持ちは解るけど、現実を認めるのよ。『ルーガルー』を止めたいんでしょう?」

「……!」

「奴が本当に市警の人間なんだとしたら、あなたの力が必要になるわよ。しっかりしなさい!」


 クレアが厳しい口調で叱咤してくる。


「私はこれで栄転の芽は無くなった。それだけじゃない。ジョンソン捜査官も含めて大勢の仲間を奴に殺されたのよ。絶対に引く気は無いわ」

「……ッ!」


 ローラは目を見開く。そうだ。『ルーガルー』はFBIだけではない、マコーミック家も含めて大勢の人間をその手に掛けた、凶悪極まる連続殺人鬼だ。そしてこのままでは更なる犠牲者が増えていく事になるだろう。それだけは何としても阻止しなければならない。

 もし身内の人間が道を誤ったのであれば、その始末をつけるのもまた自分達の責任だ。現実逃避している場合ではない。


「……ごめんなさい。見苦しい所を見せちゃったわね。もう大丈夫よ」


 ショックから立ち直ったローラを見てミラーカがホッとしたような表情になる。どうやら心配を掛けてしまったようだ。クレアが再び眼鏡を上げながら発言する。


「大変結構。なら自分の役割も解ってるわね?」


 ローラは頷く。内部の人間の事を調べるのであれば、自分が適任だろう。クレアでは市警の人間に対する情報収集はし辛いし、ミラーカはそもそも部外者だ。自分がやるしかないというのが正確な所だ。

 と言っても所轄の刑事だけでも大勢いる。しかも事が事だけに誰かに協力を仰ぐのも難しい。と、そこまで考えた時、頼れる人物の顔が思い浮かんだ。


「マイヤーズ警部補にも相談してみるわ。警部補なら事情も解ってるし、協力してくれるはずよ」


 ローラとしては光明が開けたような気持だった。立場も人望もあるマイヤーズなら、ローラより遥かに効率的な調査が可能だろう。だが……ミラーカが首を振った。


「……それも駄目よ。やるならあなた1人……もしくは退院してきたら、あのダリオかジョンという刑事に協力を仰ぐのは良いと思うけど、それ以外の人間は全て容疑者よ」

「な……で、でも警部補よ? 事情を知ってるから情報が洩れる心配もないし、あのヴラドとの対決の時も駆け付けてくれた人よ!? それを容疑者だなんて……」


 ミラーカの正気を疑う。それこそ疑心暗鬼になってしまっているのではないだろうか。だがミラーカは静かな表情のままだ。


「そう……実はあの時から、彼に関してどうしても腑に落ちない事が一つだけあるのよ」

「そ、それは……?」

「アンジェリーナの事よ。彼は自力で撃退したと言ってたけど……正直信じられないのよ」

「え……でも、銃で延髄と心臓を貫いたって……」


 ミラーカはかぶりを振る。


「拳銃の弾丸程度では、例え両方貫かれたとしても私達が死ぬ事なんて無いわ。超大口径のスナイパーライフルでも使えば別かも知れないけどね。少なくともあの場にそんな装備は無かったでしょう?」

「……!」

「にも関わらず彼は生還した。そして実際にアンジェリーナが戻って来なかったという事は、死んだというのは嘘ではないのでしょう」

「ま、待って……待って! ミラーカ……あ、あなたまさか……」

「……あくまで状況証拠よ。現場を見た訳じゃないから。市警の刑事が犯人かも知れないとなって、ふと頭に浮かんだのよ。とにかく彼も容疑者の1人という事を認識して欲しいの」

「…………」


 マイヤーズが犯人かも知れない……。そんな事は想像すらしたくなかった。だがそこにクレアが追い打ちを掛けてくる。


「……ちょっと聞きたいんだけど、先日のゴルフ場での作戦の詳細を知っていたのは、あの場にいたあなたと相棒以外に誰がいるのかしら?」

「そ、それは……」


 あれはFBI主導の極秘作戦であった為、市警で詳細を知っている者は限られている。作戦の決行自体は本部長や警部なども了承済みの事であったが、ある程度詳細な内容をとなると知っていたのは……マイヤーズだけのはずだ。


 ローラの喉がゴクッと鳴る。


「ル、『ルーガルー』が作戦の詳細を知っていたとは限らないわ。オオカミの頭だし、臭いとか夜目とかで察知したんじゃ……」


 そういう可能性も勿論あるだろうが、ローラはそこに自分の願望が多分に混ざっている事を自覚していた。クレアが肩を竦める。


「かも知れないわね。そのミラーカが言う通り、あくまで状況証拠……可能性の話よ。でも否定できる材料も無い。……一考の余地はあるんじゃないかしら?」

「く……!」


 ローラは歯噛みする。確かに否定できるだけの特別な根拠がなかった。


「まあ、何にせよ注意して調べてみて頂戴。勿論全て私達の取り越し苦労だったという可能性も無い訳ではないんだし」


 クレアのその締めくくりの言葉で、このホテルでの『会議』は終了となった。
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