File26:エジプティアン・ルーレット
文字数 3,260文字
廊下を抜けた先の地上階への出入り口があるフロアに戻ってきたローラとヴェロニカだが、座って待っていたはずのクレアとジェシカの姿がなかった。
「……!! ジェシカ!? クレア!? どこに行ったの!?」
トイレか何かだろうか? 思わず彼女らの名を呼ばわると、代わりに聞こえてきたのは……
「くくく……そんなに急いでどこに行こうと言うんだい、ヴェロニカ?」
「……ッ!」
その声を聞いたヴェロニカが青ざめる。ローラも咄嗟に銃を構えた。ローラ達が戻ってきたのとは別の廊下の闇の中から、複数の人影が現れる。
「カ、カルロス……!」
「クレア! ジェシカッ!?」
絶望に呻く声はヴェロニカから、悲痛な叫びはローラから発せられた。
現れたのはメネスの〈従者〉の1人である、カルロス・エスカランテであった。何人かの〈信徒〉を連れており、その〈信徒〉達に捕えられているジェシカとクレアの姿が目に入った。
「ロ、ローラさん。先輩……ごめん」
ジェシカはまだ戦える精神状態ではなかった。それで為す術も無く捕らわれたのだろう。ジェシカが弱々しく謝罪する。クレアは言葉もなく唇を噛み締めている。
「君達が来ているのは気付いていたよ。一度解放されてからまた囚われる方が絶望が大きいだろう?」
「……!!」
カルロスの言葉にローラは歯噛みした。最初から泳がされていたのだ。ヴェロニカは早くも泣きそうな顔になっている。
「……尤も、数人とはいえ〈信徒〉達を自力で撃退するとは思わなかったけど。一定以上の強い火力には防護膜が破られてしまうようだね。これは単純な盲点だったよ。まあ『マスター』は古代エジプトのお方だから、その辺の想像が付かないのは仕方ないね」
カルロスはそう言ってからローラを指差した。
「それと君がここにいるって事は、ジェイソンの奴は失敗したって事かな? ……おかしいなぁ? 【コア】が破壊されれば、『マスター』にはすぐに察知できるはずなのに……」
「……!」
【コア】は破壊せずにニックが持ち帰った。それがこんな形で功を奏するとは。いや、もしかしたらニックにはそれが解っていたのかもしれない。
ただいずれにせよ、今のこの状況を切り抜けられなければ意味は無い。
「くく、まあいいさ。ここで改めて皆捕えてしまえば問題ない。殺しはしないから安心してくれ。君達は皆、『マスター』の愛妾 になるんだから」
「ッ!?」
おぞましい単語を聞いてローラは目を剥いた。カルロスがニヤニヤしながら近づいてくる。ローラは慌ててデザートイーグルを構えた。
「う、動かないで! それ以上近付いたら撃つわよ!?」
「あはは、流石刑事さんだ。まるで人間 の犯罪者が相手のような態度だね。……撃ちたければどうぞ?」
「……!!」
当然だがカルロスは全く動じる気配がない。
「どうやってか知らないけど、ジェイソンを斃したって事は【コア】の事も知ってるんだろう? 確かにその銃なら【コア】に当てれば俺を殺せるかもね。……当たればね」
「……!」
ゾーイによると【コア】は身体のどこにでも自由に移動させる事が出来るらしい。あの握り拳程度の大きさの物体なら、手足も含めて自由自在に動かしてしまえるだろう。
「デザートイーグル……だっけ、それ? 威力は凄いけど弾薬がデカすぎて、確かマガジンは7、8発しか撃てないんだよな? 後何発残ってる?」
「く……!」
ローラは再び歯噛みした。見抜かれている。グロック並みの装弾数があれば、身体中を撃ちまくってどこかで当てる、という戦法も取れたかも知れないが世の中そう上手くは行かない。
50口径マグナム弾は、威力は途轍もないがその分装弾数は限られる。実際、後5発しか残っていない。それではとてもカルロスの身体中を撃つなど出来ない。また当然カルロスも案山子のように撃ちまくられてくれるはずがないので、難易度は更に跳ね上がる。
「……よし。君に一回だけチャンス をやろう。俺は避けないから、どこでも好きな所を撃つと良い。もしそれが当たり なら、君の勝ちだ」
「な……!?」
カルロスが面白そうな顔で提案してくる。ローラは絶句した。
「中々面白そうだろ? ロシアンならぬエジプティアン・ルーレットだな!」
当たればカルロスは死に、外せばローラ達は捕らわれる。死なない代わりに、外す確率が異常に高いルーレットだ。
「ロ、ローラさん……」
「……! 解った。受けて立つわ」
ヴェロニカの不安に震える声がローラの決意を促した。どの道やらねばそのまま襲われるだけだ。先制攻撃の機会をくれるというのなら貰ってやる。
「いいね。それじゃ、いつでもどうぞ?」
「…………」
カルロスが両手を広げた姿勢で無防備に立ち尽くしている。今ならどこにでも当てられる。だが……
(どこなの? 脳? 心臓? いや、そんな解りやすい場所のはずが……。いや、でもそう思わせておいて実は、という事も……)
考えれば考える程ドツボに嵌っていく。そんなローラの葛藤はお見通しとばかりのカルロスのニヤけた表情が目に入る。
「……!」
カッとなったローラは衝動的に銃の引き金を引いた。どの道考えても答えなど解らないのだ。ならば運を天に任せるしかない。
――ドウゥゥンッ!!
耳を劈くような銃声が鳴り響く。そして……
「お……おぉ……ば、馬鹿な……!?」
額 を撃ち抜かれた姿のカルロスが驚愕して、その場に両膝を落とした。
(……ッ!! や、やった……やったわ!)
その姿を見たローラは内心で喝采を上げる。ヴェロニカも思わず歓声を上げた。ゆっくりと前のめりに倒れるカルロスの身体……。
(……ん?倒れる ?)
ローラは違和感を抱いた。ジェイソンは【コア】を抜き取られたら、即塵になって 消滅しなかっただろうか?
と、前のめりに倒れ掛かっていたカルロスが、バッと両手を地面に付くと勢いよく飛び跳ねて立ち上がった!
「……ッ!!」
「ふ、くく……中々の演技 だったろ? 残念……『外れ』だ」
そう言って笑うカルロスの眉間の穴が、忽ち砂で覆い尽くされて元通りに修復してしまう。
「あ……あ……そ、そんな……」
それを見たヴェロニカが絶望の呻きを漏らしながら後ずさる。
「さて……それじゃ、『罰ゲーム』だ」
「……!」
気付いた時にはカルロスが目の前にいた。物凄いスピードだ。ローラは反射的に銃の引き金を絞る。再びの銃声。今度はカルロスの胸の辺りに大きな風穴が空く。だが……
「おいおい、チャンスは一回だけだぞ!」
「がぁ……!?」
また『外れ』だったらしい。カルロスは平然と片手でローラの喉を掴み上げる。そしてそのまま足が床から離れ宙吊りにされる。恐ろしい力で全く振りほどけない。
「ぐ……が……ぁ……」
「「ローラさんっ!!」」
苦し気に呻く事しか出来ないローラの姿に、ヴェロニカとジェシカから同時に悲鳴が上がる。
「くくく……別に大した仲間意識も無いが……一応同僚 の仇だ。二度と反抗する気が起きないように、徹底的に痛めつけてやる」
「ぐぇ……げぇ……」
喜悦に満ちたカルロスの言葉にも、最早ローラは反応する余裕はない。銃も手放し、口から涎を垂らしながら両手を使って必死にカルロスの腕を外そうとするが、当然ながらビクともしない。
喉を締め付けられる痛みと酸欠でローラの意識が薄れてくる。
(ああ……も、もうダメ……。皆、ごめんなさい……。私の力が足りなかったばかりに、助けてあげられなかった……)
薄れゆく意識の中で、ローラは巻き込んでしまったクレアやジェシカ達にひたすら謝罪し続けた……
「……!! ジェシカ!? クレア!? どこに行ったの!?」
トイレか何かだろうか? 思わず彼女らの名を呼ばわると、代わりに聞こえてきたのは……
「くくく……そんなに急いでどこに行こうと言うんだい、ヴェロニカ?」
「……ッ!」
その声を聞いたヴェロニカが青ざめる。ローラも咄嗟に銃を構えた。ローラ達が戻ってきたのとは別の廊下の闇の中から、複数の人影が現れる。
「カ、カルロス……!」
「クレア! ジェシカッ!?」
絶望に呻く声はヴェロニカから、悲痛な叫びはローラから発せられた。
現れたのはメネスの〈従者〉の1人である、カルロス・エスカランテであった。何人かの〈信徒〉を連れており、その〈信徒〉達に捕えられているジェシカとクレアの姿が目に入った。
「ロ、ローラさん。先輩……ごめん」
ジェシカはまだ戦える精神状態ではなかった。それで為す術も無く捕らわれたのだろう。ジェシカが弱々しく謝罪する。クレアは言葉もなく唇を噛み締めている。
「君達が来ているのは気付いていたよ。一度解放されてからまた囚われる方が絶望が大きいだろう?」
「……!!」
カルロスの言葉にローラは歯噛みした。最初から泳がされていたのだ。ヴェロニカは早くも泣きそうな顔になっている。
「……尤も、数人とはいえ〈信徒〉達を自力で撃退するとは思わなかったけど。一定以上の強い火力には防護膜が破られてしまうようだね。これは単純な盲点だったよ。まあ『マスター』は古代エジプトのお方だから、その辺の想像が付かないのは仕方ないね」
カルロスはそう言ってからローラを指差した。
「それと君がここにいるって事は、ジェイソンの奴は失敗したって事かな? ……おかしいなぁ? 【コア】が破壊されれば、『マスター』にはすぐに察知できるはずなのに……」
「……!」
【コア】は破壊せずにニックが持ち帰った。それがこんな形で功を奏するとは。いや、もしかしたらニックにはそれが解っていたのかもしれない。
ただいずれにせよ、今のこの状況を切り抜けられなければ意味は無い。
「くく、まあいいさ。ここで改めて皆捕えてしまえば問題ない。殺しはしないから安心してくれ。君達は皆、『マスター』の
「ッ!?」
おぞましい単語を聞いてローラは目を剥いた。カルロスがニヤニヤしながら近づいてくる。ローラは慌ててデザートイーグルを構えた。
「う、動かないで! それ以上近付いたら撃つわよ!?」
「あはは、流石刑事さんだ。まるで
「……!!」
当然だがカルロスは全く動じる気配がない。
「どうやってか知らないけど、ジェイソンを斃したって事は【コア】の事も知ってるんだろう? 確かにその銃なら【コア】に当てれば俺を殺せるかもね。……当たればね」
「……!」
ゾーイによると【コア】は身体のどこにでも自由に移動させる事が出来るらしい。あの握り拳程度の大きさの物体なら、手足も含めて自由自在に動かしてしまえるだろう。
「デザートイーグル……だっけ、それ? 威力は凄いけど弾薬がデカすぎて、確かマガジンは7、8発しか撃てないんだよな? 後何発残ってる?」
「く……!」
ローラは再び歯噛みした。見抜かれている。グロック並みの装弾数があれば、身体中を撃ちまくってどこかで当てる、という戦法も取れたかも知れないが世の中そう上手くは行かない。
50口径マグナム弾は、威力は途轍もないがその分装弾数は限られる。実際、後5発しか残っていない。それではとてもカルロスの身体中を撃つなど出来ない。また当然カルロスも案山子のように撃ちまくられてくれるはずがないので、難易度は更に跳ね上がる。
「……よし。君に一回だけ
「な……!?」
カルロスが面白そうな顔で提案してくる。ローラは絶句した。
「中々面白そうだろ? ロシアンならぬエジプティアン・ルーレットだな!」
当たればカルロスは死に、外せばローラ達は捕らわれる。死なない代わりに、外す確率が異常に高いルーレットだ。
「ロ、ローラさん……」
「……! 解った。受けて立つわ」
ヴェロニカの不安に震える声がローラの決意を促した。どの道やらねばそのまま襲われるだけだ。先制攻撃の機会をくれるというのなら貰ってやる。
「いいね。それじゃ、いつでもどうぞ?」
「…………」
カルロスが両手を広げた姿勢で無防備に立ち尽くしている。今ならどこにでも当てられる。だが……
(どこなの? 脳? 心臓? いや、そんな解りやすい場所のはずが……。いや、でもそう思わせておいて実は、という事も……)
考えれば考える程ドツボに嵌っていく。そんなローラの葛藤はお見通しとばかりのカルロスのニヤけた表情が目に入る。
「……!」
カッとなったローラは衝動的に銃の引き金を引いた。どの道考えても答えなど解らないのだ。ならば運を天に任せるしかない。
――ドウゥゥンッ!!
耳を劈くような銃声が鳴り響く。そして……
「お……おぉ……ば、馬鹿な……!?」
(……ッ!! や、やった……やったわ!)
その姿を見たローラは内心で喝采を上げる。ヴェロニカも思わず歓声を上げた。ゆっくりと前のめりに倒れるカルロスの身体……。
(……ん?
ローラは違和感を抱いた。ジェイソンは【コア】を抜き取られたら、即
と、前のめりに倒れ掛かっていたカルロスが、バッと両手を地面に付くと勢いよく飛び跳ねて立ち上がった!
「……ッ!!」
「ふ、くく……中々の
そう言って笑うカルロスの眉間の穴が、忽ち砂で覆い尽くされて元通りに修復してしまう。
「あ……あ……そ、そんな……」
それを見たヴェロニカが絶望の呻きを漏らしながら後ずさる。
「さて……それじゃ、『罰ゲーム』だ」
「……!」
気付いた時にはカルロスが目の前にいた。物凄いスピードだ。ローラは反射的に銃の引き金を絞る。再びの銃声。今度はカルロスの胸の辺りに大きな風穴が空く。だが……
「おいおい、チャンスは一回だけだぞ!」
「がぁ……!?」
また『外れ』だったらしい。カルロスは平然と片手でローラの喉を掴み上げる。そしてそのまま足が床から離れ宙吊りにされる。恐ろしい力で全く振りほどけない。
「ぐ……が……ぁ……」
「「ローラさんっ!!」」
苦し気に呻く事しか出来ないローラの姿に、ヴェロニカとジェシカから同時に悲鳴が上がる。
「くくく……別に大した仲間意識も無いが……一応
「ぐぇ……げぇ……」
喜悦に満ちたカルロスの言葉にも、最早ローラは反応する余裕はない。銃も手放し、口から涎を垂らしながら両手を使って必死にカルロスの腕を外そうとするが、当然ながらビクともしない。
喉を締め付けられる痛みと酸欠でローラの意識が薄れてくる。
(ああ……も、もうダメ……。皆、ごめんなさい……。私の力が足りなかったばかりに、助けてあげられなかった……)
薄れゆく意識の中で、ローラは巻き込んでしまったクレアやジェシカ達にひたすら謝罪し続けた……